謎多きお見合い相手は、秘めた愛を彼女に注ぐ

玖羽 望月

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4(智臣side)

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三十歳を過ぎてからの二年間、俺は営業成績年間MVPを取り続けた。今年の成績も順調で、周囲では最年少での課長昇進が噂され始めていた。そして俺自身も、そのつもりで必死に仕事に打ち込んでいた。
だがその風向きが変わったのは、異母兄弟が副社長に就任したからだった。

『榛名さん、成績いいのは枕営業してるから、らしいぜ』
『え、俺は過剰接待やってるって聞いた』

そんな根も葉もない噂が、社内を流れ始めた。それを教えてくれたのは、入社後半分も残っていなかった同期の一人。さすがに聞くに堪えない話を耳にしたらしく、こっそり俺に知らせてくれていた。
社内を歩けば遠巻きにひそひそと話す、社員たちの好奇の視線が刺さった。それでも、実力がものをいう会社だ。誰にも文句は言わせないつもりだった。噂が広がれば広がるほど、寝食も忘れ仕事に没頭した。
だがそんな俺を、簡単に打ちのめすようなことが起こった。

『榛名くん。君は、うちの病院の女性たちに次々手を出してるんだって? 失望したよ。すまないが、これから信用することはできない。担当を変えてくれ』

全く身に覚えはない。それどころか、いくら誘われようが取引先の女性と関係を持とうとしたことはなかった。
入社してからずっと出入りしていた大病院の医者に、厳しい表情で言われて、頭の中で何かが叩き潰されたような衝撃を受けた。誤解を解こうにも取り付く島もなく、追い出されるように病院をあとにするしかなかった。ぷつっと、張りつめた糸が切れたような感覚が自分を襲う。呆然としながら、去年よりさらに過酷だといわれる真夏の道をフラフラと歩いた。そして――。

――北向きの窓の外では、けたたましく蝉が鳴いている。ベッドの上に座り、ぼんやりとそれを聞いていた。何の気力も湧かず、項垂れるように座っているだけ。腕にはまだ点滴が繋がれているが、数日も見ていると、それが当たり前の光景になっていた。
ベッドを囲う白いカーテンが少し揺れ、向こうに人影が写る。

「智臣さん、起きていらっしゃる?」
「えぇ。どうぞ、里子さん」

カーテンの隙間から里子さんが入ってくると、俺の顔を見てわずかに安堵したような表情を見せる。そして、ベッドの脇に置かれている椅子に腰かけた。

「今日は顔色も良くなっているわね。おかげんはどう?」
「おかげさまで、良くなっている気がします。すみません、ご迷惑をおかけして」

そう言って、俺は深々と頭を下げた。

「何を言っているのよ。迷惑だなんて、一つも思っていないわ。ご家族に心配させたくなかったんでしょう? 私を頼ってくれて正解よ」

里子さんは、薄っすらと微笑みを浮かべてそう言った。
熱中症も疑われるなか、搬送された病院で受けた診断は、過労だった。数日で退院できるかと尋ねた俺を、医者は静かに否定した。

『この状態では、簡単に退院させるわけにはいかない。自覚症状はあっただろう』

そう言われて、そんな状態になっていても体の異変に気づいていなかった自分に、愕然とした。
入院には保証人が必要だった。母にこんなことを伝えるのは気が引けた。だからと言って、会社の同僚に頼むのも気が引けた。そう思い悩んだ俺は、里子さんに連絡を取ったのだった。

「ありがとう、里子さん。この恩は必ず……」

そう口にした俺の手を、里子さんはそっと握り、首を振った。

「そんなことはいいのよ。貴方は、大事な孫のような存在なんだから」

その手のぬくもりが、心の中に広がっていくようだった。溶け出した氷から、水滴が零れるように、俺の目から雫が落ちていく。言葉を繋ぐことができない俺の耳に、里子さんの穏やかな声が響いた。

「智臣さん。もう、解放されていい時じゃないかしら。これからは、貴方らしい人生を歩んで欲しい。それが、私の願いよ」

どうして俺がこんな道を歩んでしまったのか、里子さんは分かっていながら、そっと見守ってくれていたのだろう。けれど、選択を誤り続けたのは、他でもない自分自身だ。
これからは、家族と同じくらい大切な人の願いを叶えよう。そう思いながら、その手を握り返した。
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