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この休みの間に整理しようと思っていたシステム手帳が手元にないのは、落ち着かない。踵を返し、会社への道をまた戻り始めた。
本社ビルには二十四時間ガードマンが常駐していて、時間を問わず入館できる。通用口から入り手続きを済ますと、五階のマーケティング・企画部の部屋へ向かった。
さすがに今日はもう、誰も残っていないだろう。他の部署の社員も同じなのか人の気配は全くなく、寒々しい廊下を歩く。社員カードで部屋を開錠し中に入ると、ドアのすぐそばにある灯りを付けた。
「……えっ?」
振り返ると、そこにいないはずの人が席に座っていて、驚いて肩が跳ねた。
「石田さん? どうしたんだい? こんな時間に」
「真田課長こそ! 二次会に行かれたんじゃないんですか?」
自分の席に向かいながら、声を掛ける。たしかに課長は、伊東さんたちと二次会へ向かったはずだ。なのに、まだ仕事中といった感じで、パソコンに向かっていた。画面から顔を覗かせた課長は、驚いた様子で口を開いた。
「実は恥ずかしい話なんだが、今日中に送るように言われていたメールを、送り忘れていたことに気づいてね。さっき慌てて戻ってきたんだよ」
「そうなんですね。お疲れ様です。私は……」
机の引き出しの鍵を開け、大掃除の前に放り込んだ手帳を取り出すと、掲げるように課長に見せる。
「忘れ物をしてしまいまして。無事に見つけたので、これで失礼しますね。課長も、早く切り上げてくださいね」
「ありがとう、石田さん。そうさせてもらうよ。よいお年を」
課長は、いつもの穏やかな表情に戻しながら、そう口にした。私もそれに「よいお年をお迎えください」と返して、手帳をバッグにしまうと部屋を出た。
守衛室に向かうと、「早かったですね」と顔見知りのガードマンに声を掛けられる。来てからほんの十五分ほどの時間しか経っていないが、それでももう、時計の針は午後10時を指している。
(さすがに、あまり遅くなるのは……)
智臣さんが今、何をしているのか分からないが、さすがにもう寝ているなんてことはないと思いたい。通用口を出ると、道路へ向かう側とは反対の、少し開いているスペースに歩を進めた。
バッグからスマホを取り出すと、勢いだけで画面を開く。少しでも躊躇すると、電話するのが怖くなりそうだった。着信履歴から智臣さんの電話番号をタップすると、すぐに耳に当てた。
まだ飲み会の最中なら、すぐに気づかないかも。早まっていく自分の鼓動を感じながら、コール音を聞いていると、三回目が鳴る前にそれは途切れた。
『……琴葉?』
電話の向こうは騒がしいのかと思っていたが、何のざわめきも聞こえてこない。電話の相手を確認するような智臣さんの声が、はっきり聞こえてきた。
「お、疲れ、様です。すみません、飲み会の最中に……」
電話しようと思ったものの、何をどう切り出していいのか考えていなかった。言葉に詰まりながら、謝ると小さく笑うような気配がした。
『大丈夫。用事があったから、飲み会は早めに切り上げたんだ。琴葉は今どこ? もう女子会は終わったんだろう?』
「そうなんですね。私は、今会社で……」
『会社?』
深く考えず答えると、電話の向こうから訝しげな声が響く。隠れて残業していると思われたかもしれないと気づき、慌ててそれに言い足す。
「忘れ物……! 手帳を、忘れていたことに気づいて、取りに戻ったんです。仕事はしてないですから!」
あまりにも必死だったからだろうか。智臣さんがクスクスと笑う声が聞こえ、気まずい。
『さすがに、そんな心配はしてないよ。もう帰る? 僕も近くにいるから、送るよ。そうだな。通用口側の隣にあるビルの一階はコンビニだったよな。その前で待っていてくれる?』
「えっ?」
まるで、私が今通用口にいるのを見られているのかと、思わず周りを見渡す。さすがにビジネス街ともいえるこの場所に、この時間歩いている人の姿は少ない。
「わかり……ました。待ってます」
この一週間、遠ざかったように感じていた距離感が嘘みたいに、すんなりと会話できていたことに驚く。智臣さんに避けられているように感じたのは、やっぱり気のせいなのかもしれない。
電話を切り、ほっと一つ息を吐くと、告げられた場所へ歩き出した。
本社ビルには二十四時間ガードマンが常駐していて、時間を問わず入館できる。通用口から入り手続きを済ますと、五階のマーケティング・企画部の部屋へ向かった。
さすがに今日はもう、誰も残っていないだろう。他の部署の社員も同じなのか人の気配は全くなく、寒々しい廊下を歩く。社員カードで部屋を開錠し中に入ると、ドアのすぐそばにある灯りを付けた。
「……えっ?」
振り返ると、そこにいないはずの人が席に座っていて、驚いて肩が跳ねた。
「石田さん? どうしたんだい? こんな時間に」
「真田課長こそ! 二次会に行かれたんじゃないんですか?」
自分の席に向かいながら、声を掛ける。たしかに課長は、伊東さんたちと二次会へ向かったはずだ。なのに、まだ仕事中といった感じで、パソコンに向かっていた。画面から顔を覗かせた課長は、驚いた様子で口を開いた。
「実は恥ずかしい話なんだが、今日中に送るように言われていたメールを、送り忘れていたことに気づいてね。さっき慌てて戻ってきたんだよ」
「そうなんですね。お疲れ様です。私は……」
机の引き出しの鍵を開け、大掃除の前に放り込んだ手帳を取り出すと、掲げるように課長に見せる。
「忘れ物をしてしまいまして。無事に見つけたので、これで失礼しますね。課長も、早く切り上げてくださいね」
「ありがとう、石田さん。そうさせてもらうよ。よいお年を」
課長は、いつもの穏やかな表情に戻しながら、そう口にした。私もそれに「よいお年をお迎えください」と返して、手帳をバッグにしまうと部屋を出た。
守衛室に向かうと、「早かったですね」と顔見知りのガードマンに声を掛けられる。来てからほんの十五分ほどの時間しか経っていないが、それでももう、時計の針は午後10時を指している。
(さすがに、あまり遅くなるのは……)
智臣さんが今、何をしているのか分からないが、さすがにもう寝ているなんてことはないと思いたい。通用口を出ると、道路へ向かう側とは反対の、少し開いているスペースに歩を進めた。
バッグからスマホを取り出すと、勢いだけで画面を開く。少しでも躊躇すると、電話するのが怖くなりそうだった。着信履歴から智臣さんの電話番号をタップすると、すぐに耳に当てた。
まだ飲み会の最中なら、すぐに気づかないかも。早まっていく自分の鼓動を感じながら、コール音を聞いていると、三回目が鳴る前にそれは途切れた。
『……琴葉?』
電話の向こうは騒がしいのかと思っていたが、何のざわめきも聞こえてこない。電話の相手を確認するような智臣さんの声が、はっきり聞こえてきた。
「お、疲れ、様です。すみません、飲み会の最中に……」
電話しようと思ったものの、何をどう切り出していいのか考えていなかった。言葉に詰まりながら、謝ると小さく笑うような気配がした。
『大丈夫。用事があったから、飲み会は早めに切り上げたんだ。琴葉は今どこ? もう女子会は終わったんだろう?』
「そうなんですね。私は、今会社で……」
『会社?』
深く考えず答えると、電話の向こうから訝しげな声が響く。隠れて残業していると思われたかもしれないと気づき、慌ててそれに言い足す。
「忘れ物……! 手帳を、忘れていたことに気づいて、取りに戻ったんです。仕事はしてないですから!」
あまりにも必死だったからだろうか。智臣さんがクスクスと笑う声が聞こえ、気まずい。
『さすがに、そんな心配はしてないよ。もう帰る? 僕も近くにいるから、送るよ。そうだな。通用口側の隣にあるビルの一階はコンビニだったよな。その前で待っていてくれる?』
「えっ?」
まるで、私が今通用口にいるのを見られているのかと、思わず周りを見渡す。さすがにビジネス街ともいえるこの場所に、この時間歩いている人の姿は少ない。
「わかり……ました。待ってます」
この一週間、遠ざかったように感じていた距離感が嘘みたいに、すんなりと会話できていたことに驚く。智臣さんに避けられているように感じたのは、やっぱり気のせいなのかもしれない。
電話を切り、ほっと一つ息を吐くと、告げられた場所へ歩き出した。
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