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バスルームは、他の部屋と同じように清潔で、無駄のない空間だった。
「バスタオルはここ、洗剤なんかはここに置いてあるから、必要なら使って。浴室乾燥のスイッチはこれだから。僕は着替えを取ってくるよ」
智臣さんは棚からバスタオルを取り出しながら、必要なことだけ私に伝える。まだどこか呆然としたままの私は、ちゃんと返事をすることもできず、立ち尽くしているだけだった。そんな私の頭を、智臣さんはそっと撫でる。
「大丈夫だ。気にするな」
その慰めの言葉に、余計自分が情けなくなる。俯いたまま小さく頷くと、智臣さんはもう一度軽くポンと頭を撫でて出て行った。
はぁっと深く息を吐き出し、タオルと洗剤を手にするとそのまま浴室に入り扉を閉める。その場でスカートとタイツを脱ぐと、あらわになった太ももには、淡く広がる赤い染みが残っていた。
「洗わなきゃ……」
こんな失敗をしたのは初めてだ。余計なことをしなければよかったと後悔しても、もう遅い。きっと智臣さんは、私のことを呆れているに違いない。落ち込んだまま、重い体を引きずるように動き始めた。
袖をまくろうとすると、なんとなく冷たい感触が伝わる。腕を裏返すと、着ているベージュのトップスの袖もワインを吸い込んでいた。
その事実に、より一層肩を落とす。自分に呆れ果てながら、また息を大きく吐き出すと、トップスも脱いだ。
シャワーを手にすると、服を洗い流し始める。濃いブラウンのスカートからは、思った以上に、赤い水が流れ落ちている。自分の不甲斐なさに、鼻の奥がツンとして涙が滲む。鼻をすすりながら、ワインで濡れた場所を洗った。
最後に軽く自分の足を流してふき取ると、扉を開ける。いつの間にか、洗面台の横のスペースに、ライトグレーのスウェット地の服が置かれている。その上には、『新しいものじゃなくてごめん』と走り書きのメモが乗っていた。
広げてみると、ハーフパンツだった。置いてあるのはそれだけ。智臣さんも、まさかトップスまで汚れているとは思っていなかったのだろう。とりあえず用意してもらったものをはいてみる。さすがに20cmほど身長が違うから仕方がないが、ずり落ちないようウエストを折り返した。
(上は……どうしよう……)
智臣さんに声を掛けるしかないが、今はとても人に見せられるような姿ではない。慌てて胸の周りにバスタオルを巻き付け、もう一枚をショールのように肩から掛けてバスルームを出た。
キッチンからは、食器を洗う気配がする。顔だけ覗かせて様子を窺うと、ちょうど智臣さんは、片付け終わったようだった。
「あの、智臣さん。すみません……」
恐る恐る声を掛けると智臣さんは振り返り、私を安心させるように笑みを浮かべた。
「琴葉。服は大丈夫だったか?」
「それが……」
言葉を詰まらせる私に、智臣さんは不思議そうな表情を浮かべて近づく。私の格好を見て察したのか、一瞬だけ気まずそうに視線を逸らした。
「ごめん。上も必要だったな」
「智臣さんが謝ることじゃないです。私がちゃんとしていれば……」
気まずくて目を逸らしながら答える。智臣さんは手を拭いていたタオルを置くと、私の横を通り抜けた。
「着られそうなものを探すよ。こっちへ来てくれるか?」
智臣さんに促されて、その後に続く。バスルームの向かいの寝室らしき部屋に入ると、智臣さんは灯りを付けた。
部屋の中は、ビジネスホテルの一室のようにシンプルだった。ベッドと、その横に小さなチェストがあるだけ。智臣さんがベッドの向こう側にあるクローゼットを開けると、スーツなどが掛けてある。そこでようやく、生活の気配が見えた気がした。
「ちょっとだけ、待って」
智臣さんはクローゼットの中にある衣装ケースの前にしゃがむと、背中を向けたまま言う。
「……はい」
少し後ろに立って返事をしたその声は、思っているより弱々しく響く。落ち着かない気持ちで視線を動かすと、殺風景な部屋の中に、見覚えのあるものを見つけた。
「バスタオルはここ、洗剤なんかはここに置いてあるから、必要なら使って。浴室乾燥のスイッチはこれだから。僕は着替えを取ってくるよ」
智臣さんは棚からバスタオルを取り出しながら、必要なことだけ私に伝える。まだどこか呆然としたままの私は、ちゃんと返事をすることもできず、立ち尽くしているだけだった。そんな私の頭を、智臣さんはそっと撫でる。
「大丈夫だ。気にするな」
その慰めの言葉に、余計自分が情けなくなる。俯いたまま小さく頷くと、智臣さんはもう一度軽くポンと頭を撫でて出て行った。
はぁっと深く息を吐き出し、タオルと洗剤を手にするとそのまま浴室に入り扉を閉める。その場でスカートとタイツを脱ぐと、あらわになった太ももには、淡く広がる赤い染みが残っていた。
「洗わなきゃ……」
こんな失敗をしたのは初めてだ。余計なことをしなければよかったと後悔しても、もう遅い。きっと智臣さんは、私のことを呆れているに違いない。落ち込んだまま、重い体を引きずるように動き始めた。
袖をまくろうとすると、なんとなく冷たい感触が伝わる。腕を裏返すと、着ているベージュのトップスの袖もワインを吸い込んでいた。
その事実に、より一層肩を落とす。自分に呆れ果てながら、また息を大きく吐き出すと、トップスも脱いだ。
シャワーを手にすると、服を洗い流し始める。濃いブラウンのスカートからは、思った以上に、赤い水が流れ落ちている。自分の不甲斐なさに、鼻の奥がツンとして涙が滲む。鼻をすすりながら、ワインで濡れた場所を洗った。
最後に軽く自分の足を流してふき取ると、扉を開ける。いつの間にか、洗面台の横のスペースに、ライトグレーのスウェット地の服が置かれている。その上には、『新しいものじゃなくてごめん』と走り書きのメモが乗っていた。
広げてみると、ハーフパンツだった。置いてあるのはそれだけ。智臣さんも、まさかトップスまで汚れているとは思っていなかったのだろう。とりあえず用意してもらったものをはいてみる。さすがに20cmほど身長が違うから仕方がないが、ずり落ちないようウエストを折り返した。
(上は……どうしよう……)
智臣さんに声を掛けるしかないが、今はとても人に見せられるような姿ではない。慌てて胸の周りにバスタオルを巻き付け、もう一枚をショールのように肩から掛けてバスルームを出た。
キッチンからは、食器を洗う気配がする。顔だけ覗かせて様子を窺うと、ちょうど智臣さんは、片付け終わったようだった。
「あの、智臣さん。すみません……」
恐る恐る声を掛けると智臣さんは振り返り、私を安心させるように笑みを浮かべた。
「琴葉。服は大丈夫だったか?」
「それが……」
言葉を詰まらせる私に、智臣さんは不思議そうな表情を浮かべて近づく。私の格好を見て察したのか、一瞬だけ気まずそうに視線を逸らした。
「ごめん。上も必要だったな」
「智臣さんが謝ることじゃないです。私がちゃんとしていれば……」
気まずくて目を逸らしながら答える。智臣さんは手を拭いていたタオルを置くと、私の横を通り抜けた。
「着られそうなものを探すよ。こっちへ来てくれるか?」
智臣さんに促されて、その後に続く。バスルームの向かいの寝室らしき部屋に入ると、智臣さんは灯りを付けた。
部屋の中は、ビジネスホテルの一室のようにシンプルだった。ベッドと、その横に小さなチェストがあるだけ。智臣さんがベッドの向こう側にあるクローゼットを開けると、スーツなどが掛けてある。そこでようやく、生活の気配が見えた気がした。
「ちょっとだけ、待って」
智臣さんはクローゼットの中にある衣装ケースの前にしゃがむと、背中を向けたまま言う。
「……はい」
少し後ろに立って返事をしたその声は、思っているより弱々しく響く。落ち着かない気持ちで視線を動かすと、殺風景な部屋の中に、見覚えのあるものを見つけた。
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