貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月

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2.社会人はつらいよ?

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 日本有数の大企業、旭河あさひかわ

 日本に住んでいるなら耳にしたことのあるその会社……が、私の就職先なわけはなく、その末端に近いグループ会社の一つが私の勤める会社だ。
 本社ビルとは方向も違う、多数のグループ会社が入ったビルの中に入っていて、私とは別のグループ会社に勤めるみー君とは同じビルだ。

 ちなみにだが、いっちゃんは旭河本社勤務。そしてその本社ビルに入っている別のグループ会社にふう君は勤めている。
 けれどその2人はみー君を羨ましがっていた。私と一緒に通勤できるからと。確かに慣れない通勤ラッシュにみー君がついてくれているのは心強い。でも、そのうち時間帯が合わなくなることだってあるて思うけど……なんて思う。

「入社式はこのビルに入るグループ会社合同で大会議室でするんだよ?」

 久しぶりに見る大きなビルを見上げ口を開ける私にみー君は言った。

「やっぱり凄いねぇ……。旭河グループって」
「そんなこと言ってたら、本社なんかテレビ入るよ? ニュースで流すんだって」
「うわぁ! 規模が違う!」

 そんなことを話しながら、人がどんどん吸い込まれていくエントランスに向かった。
 みー君と一緒にエレベーターに乗り、途中で降りるみー君を見送り、私は15階で降りる。『入社式会場』と書かれた案内看板が目に入り、なんとなく背筋をピンとさせながら、奥の受付に向かった。

 会議室の入り口の前には受付があり、すでに人集りになっている。私はそこに並び、順番が来ると受付の人に自分の名前を告げた。

「朝木与織子です」
「朝木さんですね? おはようございます」

 受付の女性がふわりと笑いかけてくれ、少し緊張が解れた気がしながら私も「おはようございます」と返していると、すぐ後ろに溜まっていた人垣を掻き分けるようにその人は現れた。

「君が朝木さんかぁ!」

 私が顔を上げると、そこには爽やかに笑顔を浮かべた人が立っていた。
 ネイビーのジャケットにノータイの白いシャツに白いパンツ。どうだ、爽やかだろう、と言わんばかりの姿と浅黒い肌に白い歯を見せてニッコリと笑うその人は、私が『誰?』と戸惑っているのを意に返さず続けた。

「君の会社で専務やってる飯田いいだ剣矢けんや。32才独身。よろしくね!」

 そう言ってその人はウインクして見せた。

 か……軽い!と思いながらも、専務と言われて「あ、はい! よろしくお願いします!」と私は慌ててお辞儀をした。

「じゃあ、席まで案内するよ」

 専務はそう言うと、さりげなく私の背中に手を回そうとする。

え、ちょっと待って?

 そう思っていると、専務の後ろから低い声が聞こえてきた。

「専務。それはセクハラにあたります。やめていただけますか」

 チッ、と舌打ちしたかと思うと専務は顔を顰め、私はその声の主を見上げた。

「お堅いねぇ。川村は」

 不機嫌そうにそう言う専務を気にすることなく、その人は黙って私達を見下ろしていた。

「新人に初日から訴えられたくなければおやめください」

 川村、と呼ばれたその人は濃紺のスーツに薄いブルーのネクタイ姿。背は高く、ふう君とそう変わらなさそうだ。真っ直ぐな黒い髪の前は少し長めで、かけている黒縁眼鏡に少しかかっている。だからなのか、表情はわかりにくい。いや、元からなのかも知れないけど。

「はいはい。わかりましたよ。じゃあ川村。案内よろしく。俺は会社に戻る」

 不機嫌な様子を隠そうともせず専務は私から離れるとそう吐き捨てるように言う。それから私の顔を覗き込むと、またなんだか胡散くさくも見える笑顔を見せた。

「じゃあ朝木さん。またあとで」
「はい。よろしくお願いします」

 私のその返事に手を上げると、専務は人の隙間を縫うようにエレベーターホールに向かっていった。

「……では、こちらです」

 川村……さん、は抑揚のない低い声で私にそう言うと踵を返す。私は「はいっ!」と勢いよく返事をするとその広い背中について歩いた。

 新入社員用に並べられた椅子の間を通り抜け、椅子の背に『旭河スピンコーポレーション』と貼られた場所までやって来た。これが私の就職した会社の名前だ。
 そしてその2つある席の一つには先客がいて、私達を確かめるようにその人は振り向いた。

「あ、与織子ちゃーん!」
「桃花ちゃん! 久しぶり~!」

 手を取り合ってキャッキャ言い合う相手は唯一の同期になる山田やまだ桃花ももかちゃんだ。内定式で意気投合して連絡先も交換した仲なのだ。

「朝木さん、山田さん。式が終わったらまた迎えに来ますから、ここで待機しておいてください。では」

 川村さんは、テンションの高い私達に多少呆れ気味にそう言うと去って行った。
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