貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月

文字の大きさ
10 / 69
2.社会人はつらいよ?

5

しおりを挟む
 見ていた番組はそのあとすぐ終わり、私はいっちゃんのご飯を用意する。
 鶴さんの作ったいっちゃん専用おかずは、ザ酒のつまみ。しかも、お母さんが作ったのかな?って感じのものが多い。
 今日も、いっちゃんが一番気に入っているという筑前煮に、ピリ辛の枝豆、鯵の南蛮漬け。お酒を飲むからご飯は不要だ。
 それをお皿に盛り付けていると、いっちゃんは早々と戻って来た。髪の毛は全く乾かしてなくて、肩からかけたタオルに時々雫が落ちている。

「いっちゃん風邪ひくよ!」

 私がダイニングテーブルにお皿を運びながら言うと、「そのうち乾くって」と笑いながら残りのお皿を手にした。
 こういうところは兄弟一適当だ。これがふう君やみー君なら、『変な癖ついたら嫌だ』と絶対ちゃんと乾かしているはずだ。

 いっちゃんは一旦お皿をテーブルに置くと、そのまま冷蔵庫に向かう。もちろん出すのは缶ビール。ほんと、お父さんを見てるみたいだ。

「与織子も飲むか?」

 冷蔵庫の扉を開けたままのいっちゃんに尋ねられるが、「私はいいよ。お茶にする」と返してテーブルに座った。

「与織子もまだまだお子様だな」

 なんて言いながらいっちゃんは冷蔵庫から缶ビールとお茶のボトルを取り出して、お茶を注いで持って来てくれた。

「じゃ、初日お疲れ様!」

 向かいに座ったいっちゃんは、プルタブを開けると上機嫌で缶を掲げた。

「うん。……思ってた以上に疲れた!」

 私は笑いながらそう言って、お茶のグラスを持ち上げた。
 そしてそれから、いっちゃんに今日あったことをひたすら聞いてもらった。入社式のみー君の話に、役員との懇親会。そして、清田さんのことを。
 いっちゃんはせっせとおかずを口に運びながらも、ニコニコしながら聞いてくれていた。

「そうか。とりあえず良かったな、その、清田さんって人がいてくれて」
「うん。優しそうな人で本当によかったよ~。でも6月から産休に入るんだって。私、主任とやっていけるかな……」

 私がそう愚痴めいたことを口にすると、途端にいっちゃんの顔が曇った。

「主任って……与織子の上司のことか? 何か言われたか?」

 そう言うといっちゃんは険しい顔になる。なんでだろう? 直接話をしていたみー君も様子がおかしかったし、いっちゃんも難しい顔をしている。やっぱり怖くて有名とか……?

「ううん? 何も言われてないよ。むしろ何も言わないから、ちょっと怖そうだなぁって思っただけ」

 私がそう言うと、いっちゃんは少しホッとしたようにまた箸を動かし始めた。

「なんだ。何かあったのかと思っただろ。それに、その主任ってやつも喋ってみたらいいヤツかも知れないぞ? 俺だって与織子の前じゃこんなだけど、職場じゃ鬼の部長とか言われてるみたいだしな」

 筑前煮に視線を送り、せっせと箸で拾っては口に運びながらいっちゃんはそう言った。

………………。待って? 今なんて言った?

 私はさっきの台詞の内容を頭の中で反芻する。私が呆然としていることに気づいていないのか、いっちゃんは筑前煮のカケラまで綺麗に食べてから、平然と顔を上げて缶ビールを手にした。

「? どうかしたか?」

 そこでようやく私を見て、いっちゃんはそう尋ねる。

「今……部長……。部長って言ったよね? いっちゃん部長なの⁈」

 私が大声を上げ、いっちゃんは自分が言ってしまったことに気づいたようで「あ。……」と声を漏らした。

「いや、その、あれだ。部活の部長みたいなものだ」

 その場を取り繕うような台詞に「そんなわけないでしょ! みー君のことも知らなかったし、いっちゃんだって! まさか……ふう君も?」と最後に恐る恐る尋ねた。

 まさか、社長ですとか言われたらどうしよう?

 けれどいっちゃんは急に冷静な顔になると、「いや、あいつは普通だ。自分の力だけでのし上がるんだと」と返してきた。

 そしてまた、いっちゃんは自分の失言に気づいていないようだ。

 ふう君が自分の力だけなら、いっちゃんとみー君は違うの……?

 もう私は頭がショートしそうで、深呼吸するように息を吐くと、もう考えないことに決めたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしたち、いまさら恋ができますか?

樹沙都
恋愛
藤本波瑠《ふじもとはる》は、仕事に邁進するアラサー女子。二十九歳ともなればライフスタイルも確立しすっかり独身も板についた。 だが、条件の揃った独身主義の三十路には、現実の壁が立ちはだかる。 身内はおろか取引先からまで家庭を持って一人前と諭され見合いを持ち込まれ、辟易する日々をおくる波瑠に、名案とばかりに昔馴染みの飲み友達である浅野俊輔《あさのしゅんすけ》が「俺と本気で恋愛すればいいだろ?」と、囁いた。 幼かった遠い昔、自然消滅したとはいえ、一度はお互いに気持ちを通じ合わせた相手ではあるが、いまではすっかり男女を超越している。その上、お互いの面倒な異性関係の防波堤——といえば聞こえはいいが、つまるところ俊輔の女性関係の後始末係をさせられている間柄。 そんなふたりが、いまさら恋愛なんてできるのか? おとなになったふたりの恋の行方はいかに?

五年越しの再会と、揺れる恋心

柴田はつみ
恋愛
春山千尋24歳は五年前に広瀬洋介27歳に振られたと思い込み洋介から離れた。 千尋は今大手の商事会社に副社長の秘書として働いている。 ある日振られたと思い込んでいる千尋の前に洋介が社長として現れた。 だが千尋には今中田和也26歳と付き合っている。 千尋の気持ちは?

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

お嬢様は地味活中につき恋愛はご遠慮します

縁 遊
恋愛
幼い頃から可愛いあまりに知らない人に誘拐されるということを何回も経験してきた主人公。 大人になった今ではいかに地味に目立たず生活するかに命をかけているという変わり者。 だけど、そんな彼女を気にかける男性が出てきて…。 そんなマイペースお嬢様とそのお嬢様に振り回される男性達とのラブコメディーです。 ☆最初の方は恋愛要素が少なめです。

処理中です...