貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月

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2.社会人はつらいよ?

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 まさかその返事がこんなことになるなんて思わず、私は人の話を聞かずに『はい』と言ってしまったことを反省していた。

 歓迎会はお開きとなり、そしてそれぞれが適当に別れていくなか、私は主任と並んで歩いていた。

「本当によかったのか?」

 隣から同情したような主任の声が降ってきて、私はそれに「はい……」とだけ答えた。

 本当なら二次会には参加せず帰るつもりだった。と言うか、兄達には『心配だから一次会で切り上げて帰っておいで』と言われていたのだけど、ついうっかり返事をしたばっかりに参加することになってしまっていたのだ。
 慌てて取り消そうとしたけど、宮内さんがあまりにも嬉しそうに「やった!」なんて言うものだから、さすがに言い出せなかった。

「主任ー! 朝木さーん! こっちこっち!」

 その宮内さんは他の営業さん達と少し前を歩いている。メンバーは歳の近い人ばかりで、全部で6人だ。
 主任は隣でスマホに何か打ち込みながら歩いていて、それが終わったのか画面から顔を上げた。

「何時までいるつもりだ?」

 主任はスマホを上着の内ポケットにしまいながら私に尋ねる。

「えーと、門限が10時なので、ギリギリあと1時間ほど……」

 社会人にもなって門限なんて笑われるかな?

 そう思いながらおずおずと答えると、主任は腕時計を確認していた。

「俺もそれくらいで切り上げる。一緒に店を出してやるから安心しろ」

 まるで仕事の業務連絡みたいに、主任は淡々とした口調で私に言う。

「ありがとうございます。主任、優しいですね!」

 きっと、二次会の途中で帰るなんて、私には言い出しづらいと思ってそう言ってくれたんだろうなって、私は都合よく受け取った。

 仕事中だってそうだ。清田さんが帰って、途端に私がどうしていいのか分からなくて困っていると、隣からさりげなく、『マニュアルの30ページ見ろ』なんて声がしてくる。自分は画面を見て手を動かしながらで、最初は怒ってるのかと思った。
 でも、1週間経って今は違うんだなって思える。

「別に……俺も早く帰りたいからだ」

 そう言って顔を背ける主任は、なんとなく照れてるんだろうなって思う。
 そしてその顔を見て私は、ちょっと可愛いかも……と思えるくらいにはなっていた。


 二次会は、近くのバーだった。バーなんて初めてだったけど、ここは結構騒がしい雰囲気のところで、私の勝手な大人が静かに飲むところって言うイメージからはかけ離れていた。

「じゃあ。お疲れ様でーす! かんぱーい!」

 宮内さんの音頭で私達はグラスを合わせた。ちょうど6人掛けのテーブルの端に私は座り、隣に宮内さん、向かいにはまたも主任。残りは確か、林さん、今井さん、岩崎さん、だったはずだ。社内ではみんな社員証をぶら下げているからなんとか覚えられた。

「にしても、主任と飲めるの、久しぶりですよね! やっとですよ!」

 甘そうなカクテルの入ったグラスから口を離すと、宮内さんはとにかく嬉しそうにそう言った。

「だから……俺は忙しいんだ……」

 主任はウイスキーのグラスから少し唇を離して答えている。

「確かに、人の倍は仕事してそうですよね」

 主任の横から林さんが言う。
 確かに主任はいつも忙しそうだ。いったいいつ休憩してるんだろ?っ言うくらいに。

「でも、主任が事務に移って1年かぁ……。もう営業には戻ってこないんですか? また伝説作ってくださいよ」

 林さんの横から今井さんが覗き込むようにそう言い、私は思わず「伝説?」と口に出してしまう。

「朝木さん、聞いてない? 主任の伝説!」

 今度は岩崎さんが私を覗き込んで尋ねる。

「別に聞かさなくてもいい。昔の話だ」

 主任はグラスを傾けたまま顔を顰めて言うが、私は内心とっても気になっていた。

「昔って、年寄りみたいですよ、主任! 朝木さんは知りたいよね?」

 どうも私は隠し事ができないらしい。ばっちり顔に出ていたようで、私は素直に頷いた。

「実はね……」

 そう言って岩崎さんから聞かされた主任の過去。と言っても、まだ1年ちょっと前のことだ。
 主任は去年の4月に、それまで長く事務をしていた人が急に退職することになり、営業から営業事務に移ったのだという。そして、それまでは2年連続で社内の営業成績年間MVPを取っていた、なんて聞かされたら、私は驚くしかなかった。
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