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4.婚約者の憂鬱
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車で走ったのは、ほんの15分間ほど。すぐに都内の高級住宅地、それも豪邸が立ち並ぶようなエリアに入った。
そりゃあ、天下の旭河の社長のお宅だもの。想像以上の豪邸なんだろうなと察しはつく。
車は細い路地に入り減速すると、シャッターの閉まるガレージの前で停まった。かと思うと勝手にシャッターは上がり始めた。
うちの実家なんて、青空駐車場しかないのに凄い……
たぶんこれを口に出したら笑われるだけだから、私は真面目な顔を装い、心の中で感心していた。
ガレージには空いたスペースがあり、そこに車は入るとエンジンは停まる。
すでに緊張でガチガチになっている私を見て、それを察したように主任は呆れた表情を見せた。
「なんでそんな顔になるんだ?」
「も、もとからです!」
「まあいい。降りよう」
そう言うと主任はさっさとドアを開ける。私もワンテンポ遅れてそれに続いた。ガレージの隅にある扉を潜ると庭に出た。勝手に純日本の凄い庭が現れると思っていたのに、全く予想外の庭に、私は思わず声を上げた。
「凄い! 可愛いっ!」
春らしく色とりどりに咲き乱れるお花に、ところどころ動物の置物が顔を覗かせている。秘密の花園にでも迷い込んだような、そんなメルヘンチックとも言える庭だった。
「母の趣味だ……」
「お母様の? 素敵です!」
うちの場合は、庭と言ってもあるのは野菜が大半だ。こんな可愛らしい庭に憧れても現実には植えるのはチューリップ程度だった。
「そうか。母が喜ぶだろう」
「私も、お話し合いそうです」
石畳みを歩きながら主任にそう言うと、主任は私を見て薄く唇を開く。
「そうじゃなくても合うはずだ」
私にはそう聞こえた。どういう意味だろう? 植物好きとかかな? そんなことを思いながら主任のあとに続き、家の前までやってきた。
建物も、うちとは違う洋風の大きなおうち。白い壁が眩しいくらいだ。そして主任は目の前のウッディな玄関を開けて中に入った。
「お邪魔……します」
誰もいないけどそう言うと、奥から年配の女性が顔を出し、パタパタと音を立てながらこちらにやって来た。
「こ、こんにちは」
お母様だろうかと身を固くしてそう言うと、そのふくよかで優しそうな女性は笑顔を見せた。
「おかえりなさいませ、坊っちゃん」
それに私が「坊っちゃん⁈」と声を上げてしまい、主任に睨まれた。
「あらあら」
そう言うと目の前の女性は楽しそうに笑いながらスリッパを差し出している。
「さ、お嬢様も。お上がりくださいな」
「ふぁっ、ふぁいっ!」
また得意の噛みまくった返事をすると、隣から溜め息が聞こえてきた。
すみません。まったく賢そうじゃなくて……
心の中で謝りながら私はスリッパに履き替えた。
「仁美さん。母は?」
主任がそう尋ねると「奥様は書斎にいらっしゃいますよ。旦那様は急用でお出かけなさいました」と返事が返ってきた。
この方は……いわゆる、お手伝いさん、もしくは家政婦さんと言うものだろうか。よくドラマの中で扉の隙間から部屋の中を見ているあれ、だ。現実世界にもいらっしゃったんだ……。と頭の悪さ丸出しでそんなことを考えてしまった。
「こっちだ」
先に廊下を歩き出した主任は振り返ることなく私にそう言う。
「あ、はい!」
今度は噛まずに返事をして、私はそのあとに続いた。
結構長い廊下の真ん中あたり。並んでいる扉の一つの前に立ち止まると主任はそれをノックする。
「はい。どうぞ」
扉を隔ててくぐもった女性の声が聞こえてきた。
こんなやりとりを見るのは、大学の頃以来だ。職場ではノックが必要な役職の部屋に行くこともないし。学生のころは教授の個室に入るとき、こうやって入ったなぁ、なんてほんの数ヶ月前のことを懐かしく思い出していた。
主任は扉を開け中に入る。私は緊張でバクバグいっている心臓を押さえながらそれに続いた。
中は書斎、と言われるだけあって、壁一面本が並んでいる。でも、想像と違うのは、そこにあるインテリアだ。
なんか、秘密の花園のつぎは……。不思議の国?
白を基調とした家具に、アンティーク調のテーブルと椅子。ところどころ置かれているウサギにネコ。私はつい、可愛いらしいそちらに目を奪われていた。
「帰りました」
主任がそう声を掛けると、向こう側から本を閉じた気配がした。
「おかえりなさい。創一さん」
私はその声「ん?」となる。主任の影に隠れていてよく見えなかった私は、後ろから顔を覗かせた。
「あら、いらっしゃい、朝木さん」
立ち上がりそう言うその人は、品のいいオフホワイトのスーツ姿。その、見慣れた服装の、よく知った顔に私は驚く。
「えっ⁈ 教授⁈」
私は不思議の国に迷い込んだ主人公のように、ポカンとしていた。
そりゃあ、天下の旭河の社長のお宅だもの。想像以上の豪邸なんだろうなと察しはつく。
車は細い路地に入り減速すると、シャッターの閉まるガレージの前で停まった。かと思うと勝手にシャッターは上がり始めた。
うちの実家なんて、青空駐車場しかないのに凄い……
たぶんこれを口に出したら笑われるだけだから、私は真面目な顔を装い、心の中で感心していた。
ガレージには空いたスペースがあり、そこに車は入るとエンジンは停まる。
すでに緊張でガチガチになっている私を見て、それを察したように主任は呆れた表情を見せた。
「なんでそんな顔になるんだ?」
「も、もとからです!」
「まあいい。降りよう」
そう言うと主任はさっさとドアを開ける。私もワンテンポ遅れてそれに続いた。ガレージの隅にある扉を潜ると庭に出た。勝手に純日本の凄い庭が現れると思っていたのに、全く予想外の庭に、私は思わず声を上げた。
「凄い! 可愛いっ!」
春らしく色とりどりに咲き乱れるお花に、ところどころ動物の置物が顔を覗かせている。秘密の花園にでも迷い込んだような、そんなメルヘンチックとも言える庭だった。
「母の趣味だ……」
「お母様の? 素敵です!」
うちの場合は、庭と言ってもあるのは野菜が大半だ。こんな可愛らしい庭に憧れても現実には植えるのはチューリップ程度だった。
「そうか。母が喜ぶだろう」
「私も、お話し合いそうです」
石畳みを歩きながら主任にそう言うと、主任は私を見て薄く唇を開く。
「そうじゃなくても合うはずだ」
私にはそう聞こえた。どういう意味だろう? 植物好きとかかな? そんなことを思いながら主任のあとに続き、家の前までやってきた。
建物も、うちとは違う洋風の大きなおうち。白い壁が眩しいくらいだ。そして主任は目の前のウッディな玄関を開けて中に入った。
「お邪魔……します」
誰もいないけどそう言うと、奥から年配の女性が顔を出し、パタパタと音を立てながらこちらにやって来た。
「こ、こんにちは」
お母様だろうかと身を固くしてそう言うと、そのふくよかで優しそうな女性は笑顔を見せた。
「おかえりなさいませ、坊っちゃん」
それに私が「坊っちゃん⁈」と声を上げてしまい、主任に睨まれた。
「あらあら」
そう言うと目の前の女性は楽しそうに笑いながらスリッパを差し出している。
「さ、お嬢様も。お上がりくださいな」
「ふぁっ、ふぁいっ!」
また得意の噛みまくった返事をすると、隣から溜め息が聞こえてきた。
すみません。まったく賢そうじゃなくて……
心の中で謝りながら私はスリッパに履き替えた。
「仁美さん。母は?」
主任がそう尋ねると「奥様は書斎にいらっしゃいますよ。旦那様は急用でお出かけなさいました」と返事が返ってきた。
この方は……いわゆる、お手伝いさん、もしくは家政婦さんと言うものだろうか。よくドラマの中で扉の隙間から部屋の中を見ているあれ、だ。現実世界にもいらっしゃったんだ……。と頭の悪さ丸出しでそんなことを考えてしまった。
「こっちだ」
先に廊下を歩き出した主任は振り返ることなく私にそう言う。
「あ、はい!」
今度は噛まずに返事をして、私はそのあとに続いた。
結構長い廊下の真ん中あたり。並んでいる扉の一つの前に立ち止まると主任はそれをノックする。
「はい。どうぞ」
扉を隔ててくぐもった女性の声が聞こえてきた。
こんなやりとりを見るのは、大学の頃以来だ。職場ではノックが必要な役職の部屋に行くこともないし。学生のころは教授の個室に入るとき、こうやって入ったなぁ、なんてほんの数ヶ月前のことを懐かしく思い出していた。
主任は扉を開け中に入る。私は緊張でバクバグいっている心臓を押さえながらそれに続いた。
中は書斎、と言われるだけあって、壁一面本が並んでいる。でも、想像と違うのは、そこにあるインテリアだ。
なんか、秘密の花園のつぎは……。不思議の国?
白を基調とした家具に、アンティーク調のテーブルと椅子。ところどころ置かれているウサギにネコ。私はつい、可愛いらしいそちらに目を奪われていた。
「帰りました」
主任がそう声を掛けると、向こう側から本を閉じた気配がした。
「おかえりなさい。創一さん」
私はその声「ん?」となる。主任の影に隠れていてよく見えなかった私は、後ろから顔を覗かせた。
「あら、いらっしゃい、朝木さん」
立ち上がりそう言うその人は、品のいいオフホワイトのスーツ姿。その、見慣れた服装の、よく知った顔に私は驚く。
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