貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月

文字の大きさ
38 / 69
4.婚約者の憂鬱

10

しおりを挟む
 車で走ったのは、ほんの15分間ほど。すぐに都内の高級住宅地、それも豪邸が立ち並ぶようなエリアに入った。

 そりゃあ、天下の旭河の社長のお宅だもの。想像以上の豪邸なんだろうなと察しはつく。
 車は細い路地に入り減速すると、シャッターの閉まるガレージの前で停まった。かと思うと勝手にシャッターは上がり始めた。

 うちの実家なんて、青空駐車場しかないのに凄い……

 たぶんこれを口に出したら笑われるだけだから、私は真面目な顔を装い、心の中で感心していた。
ガレージには空いたスペースがあり、そこに車は入るとエンジンは停まる。
 すでに緊張でガチガチになっている私を見て、それを察したように主任は呆れた表情を見せた。

「なんでそんな顔になるんだ?」
「も、もとからです!」
「まあいい。降りよう」

 そう言うと主任はさっさとドアを開ける。私もワンテンポ遅れてそれに続いた。ガレージの隅にある扉を潜ると庭に出た。勝手に純日本の凄い庭が現れると思っていたのに、全く予想外の庭に、私は思わず声を上げた。

「凄い! 可愛いっ!」

 春らしく色とりどりに咲き乱れるお花に、ところどころ動物の置物が顔を覗かせている。秘密の花園にでも迷い込んだような、そんなメルヘンチックとも言える庭だった。

「母の趣味だ……」
「お母様の? 素敵です!」

 うちの場合は、庭と言ってもあるのは野菜が大半だ。こんな可愛らしい庭に憧れても現実には植えるのはチューリップ程度だった。

「そうか。母が喜ぶだろう」
「私も、お話し合いそうです」

 石畳みを歩きながら主任にそう言うと、主任は私を見て薄く唇を開く。

「そうじゃなくても合うはずだ」

 私にはそう聞こえた。どういう意味だろう? 植物好きとかかな? そんなことを思いながら主任のあとに続き、家の前までやってきた。

 建物も、うちとは違う洋風の大きなおうち。白い壁が眩しいくらいだ。そして主任は目の前のウッディな玄関を開けて中に入った。

「お邪魔……します」

 誰もいないけどそう言うと、奥から年配の女性が顔を出し、パタパタと音を立てながらこちらにやって来た。

「こ、こんにちは」

 お母様だろうかと身を固くしてそう言うと、そのふくよかで優しそうな女性は笑顔を見せた。

「おかえりなさいませ、坊っちゃん」

 それに私が「坊っちゃん⁈」と声を上げてしまい、主任に睨まれた。

「あらあら」

 そう言うと目の前の女性は楽しそうに笑いながらスリッパを差し出している。

「さ、お嬢様も。お上がりくださいな」
「ふぁっ、ふぁいっ!」

 また得意の噛みまくった返事をすると、隣から溜め息が聞こえてきた。

 すみません。まったく賢そうじゃなくて……

 心の中で謝りながら私はスリッパに履き替えた。

仁美ひとみさん。母は?」

 主任がそう尋ねると「奥様は書斎にいらっしゃいますよ。旦那様は急用でお出かけなさいました」と返事が返ってきた。

 この方は……いわゆる、お手伝いさん、もしくは家政婦さんと言うものだろうか。よくドラマの中で扉の隙間から部屋の中を見ているあれ、だ。現実世界にもいらっしゃったんだ……。と頭の悪さ丸出しでそんなことを考えてしまった。

「こっちだ」

 先に廊下を歩き出した主任は振り返ることなく私にそう言う。

「あ、はい!」

 今度は噛まずに返事をして、私はそのあとに続いた。

 結構長い廊下の真ん中あたり。並んでいる扉の一つの前に立ち止まると主任はそれをノックする。

「はい。どうぞ」

 扉を隔ててくぐもった女性の声が聞こえてきた。

 こんなやりとりを見るのは、大学の頃以来だ。職場ではノックが必要な役職の部屋に行くこともないし。学生のころは教授の個室に入るとき、こうやって入ったなぁ、なんてほんの数ヶ月前のことを懐かしく思い出していた。

 主任は扉を開け中に入る。私は緊張でバクバグいっている心臓を押さえながらそれに続いた。
 中は書斎、と言われるだけあって、壁一面本が並んでいる。でも、想像と違うのは、そこにあるインテリアだ。
 なんか、秘密の花園のつぎは……。不思議の国?
 白を基調とした家具に、アンティーク調のテーブルと椅子。ところどころ置かれているウサギにネコ。私はつい、可愛いらしいそちらに目を奪われていた。

「帰りました」

 主任がそう声を掛けると、向こう側から本を閉じた気配がした。

「おかえりなさい。創一さん」

 私はその声「ん?」となる。主任の影に隠れていてよく見えなかった私は、後ろから顔を覗かせた。

「あら、いらっしゃい、朝木さん」

 立ち上がりそう言うその人は、品のいいオフホワイトのスーツ姿。その、見慣れた服装の、よく知った顔に私は驚く。

「えっ⁈ 教授せんせい⁈」

 私は不思議の国に迷い込んだ主人公のように、ポカンとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしたち、いまさら恋ができますか?

樹沙都
恋愛
藤本波瑠《ふじもとはる》は、仕事に邁進するアラサー女子。二十九歳ともなればライフスタイルも確立しすっかり独身も板についた。 だが、条件の揃った独身主義の三十路には、現実の壁が立ちはだかる。 身内はおろか取引先からまで家庭を持って一人前と諭され見合いを持ち込まれ、辟易する日々をおくる波瑠に、名案とばかりに昔馴染みの飲み友達である浅野俊輔《あさのしゅんすけ》が「俺と本気で恋愛すればいいだろ?」と、囁いた。 幼かった遠い昔、自然消滅したとはいえ、一度はお互いに気持ちを通じ合わせた相手ではあるが、いまではすっかり男女を超越している。その上、お互いの面倒な異性関係の防波堤——といえば聞こえはいいが、つまるところ俊輔の女性関係の後始末係をさせられている間柄。 そんなふたりが、いまさら恋愛なんてできるのか? おとなになったふたりの恋の行方はいかに?

五年越しの再会と、揺れる恋心

柴田はつみ
恋愛
春山千尋24歳は五年前に広瀬洋介27歳に振られたと思い込み洋介から離れた。 千尋は今大手の商事会社に副社長の秘書として働いている。 ある日振られたと思い込んでいる千尋の前に洋介が社長として現れた。 だが千尋には今中田和也26歳と付き合っている。 千尋の気持ちは?

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

お嬢様は地味活中につき恋愛はご遠慮します

縁 遊
恋愛
幼い頃から可愛いあまりに知らない人に誘拐されるということを何回も経験してきた主人公。 大人になった今ではいかに地味に目立たず生活するかに命をかけているという変わり者。 だけど、そんな彼女を気にかける男性が出てきて…。 そんなマイペースお嬢様とそのお嬢様に振り回される男性達とのラブコメディーです。 ☆最初の方は恋愛要素が少なめです。

処理中です...