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「あ、澪さーん!」
個人練習のあとロッカーに向かう私に、廊下の向こう側から手を振るのは、松下萌。
この2つ下の、高校からの後輩が『澪さんを追いかけてきました!』と私の所属するチーム『旭河ソレイユ』に入団したのはもう7年前のこと。今では、知名度NO.1のエースアタッカーとしてチームを支えている存在だ。
「どうしたの?」
「一矢さんが探してましたよ?」
私より10センチは高い身長に、恵まれた体格。それに似合わない、と言ってしまえば失礼な話だけど、とても可愛らしい、年齢より少し幼く見える顔を私に向け萌はそう言った。
「そう。いったい今度は何かしらね?」
「なんか、異動してきた偉い人を紹介したいって」
「わかった。事務所よね? 行ってくる」
4月に入ったばかりの今の時期。そういえばそんな季節だ。
萌と別れ、先にロッカールームに向かうと、私は手早く練習着から新しいジャージに着替える。
なんで練習終わった直後に来るのよ……
さすがにシャワーを浴びている時間はないだろう。ボサボサになっていた髪の毛だけ梳かして、デオドラントスプレーを体に振りかけた。
自分が顔を出さない限り、帰らないことはわかっている。だから、身だしなみを整える時間くらい大目に見てよね?
そんなことを思いながら、私は事務所に急いだ。
「お。やっとお出ましか?」
事務所に入る早々、私の姿を見つけて一矢はそんな声を上げる。
「すみませんね! お待たせして!」
嫌味には嫌味の応酬。
一矢が広報部に配属されて1年。その間色々と接点はあり、一緒に仕事をしてきた関係だ。この年下の生意気な男とは今じゃすっかり、そんな可愛げのないやりとりになってしまう。
「あぁ、君があの、枚田選手。活躍はいつも拝見しています」
一矢の横に立っていたのは、濃紺のスーツを着た男性。一矢より年齢はかなり上で、それなりの役職者、という雰囲気を醸し出している。
「はじめまして。ソレイユのキャプテンを務めております、枚田澪です」
「この度、旭河の広報部長を拝命しました、長内と申します。朝木共々、よろしくお願いいたします」
丁寧に名刺を差し出しながら、長内部長は穏やかに私にそう言った。一年前、一矢のしたぞんざいな挨拶とは天と地ほど差がある。
「こちらこそ、本社の皆様にはソレイユのためにご尽力いただき感謝しております。これからも何卒お力添えよろしくお願いします」
軽くお辞儀をして顔を上げると、視線の先に一矢が笑いを噛み殺しているのが見える。
あとで……覚えておきなさいよ⁈
心の中でそう思いながら、私は部長にニッコリと、よそゆきの顔で微笑んだ。
『今日は挨拶に来ただけなので』と断りを入れる部長をその場で見送る。けれど、帰って行ったのは部長だけで、何故か一矢は私と同じように部長を見送っていた。
「なんでいるのよ?」
「いちゃ悪いのかよ……。こっちはまだまだ仕事残ってんの。そのうち合宿に入るんだろ?その前に色々話しあるんだけど?」
周りから無駄にキャアキャア言われる顔を顰めつつ一矢は言う。なのに、中身は残念だ。歩きながら私はそんなことを思う。
この4月の下旬から、全日本の選抜選手の合同合宿が始まる。そうなると、自分のチームの対外的な仕事がどうしても後回しになってしまうのだ。キャプテンとしてバレーだけやっていればいい、というわけじゃないのがツラいところだ。
「で、昼飯は? もう食ったのか?」
暗黙の了解で、2人して打ち合わせ室に向かいながら一矢に尋ねられる。
「今から食べようと思ってたの! さっきまで私、自主練してたんだけど?」
私が眉を顰めて返すと、一矢は途端に笑顔で私に手を差し出した。
「じゃ、くれ」
「はい? 何言ってるの? なんであげなきゃいけないのよ!」
「仕方ねぇな。じゃあ俺のと交換な?」
遠足のおやつの交換? くらいの気軽さに、私は頭を抱えたくなる。
本当にこの男は……。子どもなの⁈
打ち合わせ室に入っていく、その広い背中を見送りながら心の中でぼやく。それから私は、自分のお弁当を入れてある冷蔵庫に向かった。
個人練習のあとロッカーに向かう私に、廊下の向こう側から手を振るのは、松下萌。
この2つ下の、高校からの後輩が『澪さんを追いかけてきました!』と私の所属するチーム『旭河ソレイユ』に入団したのはもう7年前のこと。今では、知名度NO.1のエースアタッカーとしてチームを支えている存在だ。
「どうしたの?」
「一矢さんが探してましたよ?」
私より10センチは高い身長に、恵まれた体格。それに似合わない、と言ってしまえば失礼な話だけど、とても可愛らしい、年齢より少し幼く見える顔を私に向け萌はそう言った。
「そう。いったい今度は何かしらね?」
「なんか、異動してきた偉い人を紹介したいって」
「わかった。事務所よね? 行ってくる」
4月に入ったばかりの今の時期。そういえばそんな季節だ。
萌と別れ、先にロッカールームに向かうと、私は手早く練習着から新しいジャージに着替える。
なんで練習終わった直後に来るのよ……
さすがにシャワーを浴びている時間はないだろう。ボサボサになっていた髪の毛だけ梳かして、デオドラントスプレーを体に振りかけた。
自分が顔を出さない限り、帰らないことはわかっている。だから、身だしなみを整える時間くらい大目に見てよね?
そんなことを思いながら、私は事務所に急いだ。
「お。やっとお出ましか?」
事務所に入る早々、私の姿を見つけて一矢はそんな声を上げる。
「すみませんね! お待たせして!」
嫌味には嫌味の応酬。
一矢が広報部に配属されて1年。その間色々と接点はあり、一緒に仕事をしてきた関係だ。この年下の生意気な男とは今じゃすっかり、そんな可愛げのないやりとりになってしまう。
「あぁ、君があの、枚田選手。活躍はいつも拝見しています」
一矢の横に立っていたのは、濃紺のスーツを着た男性。一矢より年齢はかなり上で、それなりの役職者、という雰囲気を醸し出している。
「はじめまして。ソレイユのキャプテンを務めております、枚田澪です」
「この度、旭河の広報部長を拝命しました、長内と申します。朝木共々、よろしくお願いいたします」
丁寧に名刺を差し出しながら、長内部長は穏やかに私にそう言った。一年前、一矢のしたぞんざいな挨拶とは天と地ほど差がある。
「こちらこそ、本社の皆様にはソレイユのためにご尽力いただき感謝しております。これからも何卒お力添えよろしくお願いします」
軽くお辞儀をして顔を上げると、視線の先に一矢が笑いを噛み殺しているのが見える。
あとで……覚えておきなさいよ⁈
心の中でそう思いながら、私は部長にニッコリと、よそゆきの顔で微笑んだ。
『今日は挨拶に来ただけなので』と断りを入れる部長をその場で見送る。けれど、帰って行ったのは部長だけで、何故か一矢は私と同じように部長を見送っていた。
「なんでいるのよ?」
「いちゃ悪いのかよ……。こっちはまだまだ仕事残ってんの。そのうち合宿に入るんだろ?その前に色々話しあるんだけど?」
周りから無駄にキャアキャア言われる顔を顰めつつ一矢は言う。なのに、中身は残念だ。歩きながら私はそんなことを思う。
この4月の下旬から、全日本の選抜選手の合同合宿が始まる。そうなると、自分のチームの対外的な仕事がどうしても後回しになってしまうのだ。キャプテンとしてバレーだけやっていればいい、というわけじゃないのがツラいところだ。
「で、昼飯は? もう食ったのか?」
暗黙の了解で、2人して打ち合わせ室に向かいながら一矢に尋ねられる。
「今から食べようと思ってたの! さっきまで私、自主練してたんだけど?」
私が眉を顰めて返すと、一矢は途端に笑顔で私に手を差し出した。
「じゃ、くれ」
「はい? 何言ってるの? なんであげなきゃいけないのよ!」
「仕方ねぇな。じゃあ俺のと交換な?」
遠足のおやつの交換? くらいの気軽さに、私は頭を抱えたくなる。
本当にこの男は……。子どもなの⁈
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