恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

文字の大きさ
3 / 76
1

1

「あ、澪さーん!」

 個人練習のあとロッカーに向かう私に、廊下の向こう側から手を振るのは、松下まつしたもえ
 この2つ下の、高校からの後輩が『澪さんを追いかけてきました!』と私の所属するチーム『旭河あさひかわソレイユ』に入団したのはもう7年前のこと。今では、知名度NO.1のエースアタッカーとしてチームを支えている存在だ。

「どうしたの?」
「一矢さんが探してましたよ?」

 私より10センチは高い身長に、恵まれた体格。それに似合わない、と言ってしまえば失礼な話だけど、とても可愛らしい、年齢より少し幼く見える顔を私に向け萌はそう言った。

「そう。いったい今度は何かしらね?」
「なんか、異動してきた偉い人を紹介したいって」
「わかった。事務所よね? 行ってくる」

 4月に入ったばかりの今の時期。そういえばそんな季節だ。
 萌と別れ、先にロッカールームに向かうと、私は手早く練習着から新しいジャージに着替える。

 なんで練習終わった直後に来るのよ……

 さすがにシャワーを浴びている時間はないだろう。ボサボサになっていた髪の毛だけ梳かして、デオドラントスプレーを体に振りかけた。

 自分が顔を出さない限り、帰らないことはわかっている。だから、身だしなみを整える時間くらい大目に見てよね?
 そんなことを思いながら、私は事務所に急いだ。


「お。やっとお出ましか?」

 事務所に入る早々、私の姿を見つけて一矢はそんな声を上げる。

「すみませんね! お待たせして!」

 嫌味には嫌味の応酬。
 一矢が広報部に配属されて1年。その間色々と接点はあり、一緒に仕事をしてきた関係だ。この年下の生意気な男とは今じゃすっかり、そんな可愛げのないやりとりになってしまう。

「あぁ、君があの、枚田ひらた選手。活躍はいつも拝見しています」

 一矢の横に立っていたのは、濃紺のスーツを着た男性。一矢より年齢はかなり上で、それなりの役職者、という雰囲気を醸し出している。

「はじめまして。ソレイユのキャプテンを務めております、枚田澪です」
「この度、旭河の広報部長を拝命しました、長内おさないと申します。朝木共々、よろしくお願いいたします」

 丁寧に名刺を差し出しながら、長内部長は穏やかに私にそう言った。一年前、一矢のしたぞんざいな挨拶とは天と地ほど差がある。

「こちらこそ、本社の皆様にはソレイユのためにご尽力いただき感謝しております。これからも何卒お力添えよろしくお願いします」

 軽くお辞儀をして顔を上げると、視線の先に一矢が笑いを噛み殺しているのが見える。

 あとで……覚えておきなさいよ⁈

 心の中でそう思いながら、私は部長にニッコリと、よそゆきの顔で微笑んだ。

 『今日は挨拶に来ただけなので』と断りを入れる部長をその場で見送る。けれど、帰って行ったのは部長だけで、何故か一矢は私と同じように部長を見送っていた。

「なんでいるのよ?」
「いちゃ悪いのかよ……。こっちはまだまだ仕事残ってんの。そのうち合宿に入るんだろ?その前に色々話しあるんだけど?」

 周りから無駄にキャアキャア言われる顔を顰めつつ一矢は言う。なのに、中身は残念だ。歩きながら私はそんなことを思う。

 この4月の下旬から、全日本の選抜選手の合同合宿が始まる。そうなると、自分のチームの対外的な仕事がどうしても後回しになってしまうのだ。キャプテンとしてバレーだけやっていればいい、というわけじゃないのがツラいところだ。

「で、昼飯は? もう食ったのか?」

 暗黙の了解で、2人して打ち合わせ室に向かいながら一矢に尋ねられる。

「今から食べようと思ってたの! さっきまで私、自主練してたんだけど?」

 私が眉を顰めて返すと、一矢は途端に笑顔で私に手を差し出した。

「じゃ、くれ」
「はい? 何言ってるの? なんであげなきゃいけないのよ!」
「仕方ねぇな。じゃあ俺のと交換な?」

 遠足のおやつの交換? くらいの気軽さに、私は頭を抱えたくなる。

 本当にこの男は……。子どもなの⁈

 打ち合わせ室に入っていく、その広い背中を見送りながら心の中でぼやく。それから私は、自分のお弁当を入れてある冷蔵庫に向かった。

感想 0

あなたにおすすめの小説

毎週金曜日、午後9時にホテルで

狭山雪菜
恋愛
柳瀬史恵は、輸入雑貨の通販会社の経理事務をしている28歳の女だ。 同期入社の内藤秋人は営業部のエースで、よく経費について喧嘩をしていた。そんな二人は犬猿の仲として社内でも有名だったけど、毎週金曜日になると二人の間には…? 不定期更新です。 こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

4番目の許婚候補

富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

【完結】曖昧な距離で愛している

山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! ✽全28話完結 ✽辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 ✽他誌にも掲載中です。 ✽2026.4/11 エブリスタ用に使用している表紙に変更しました。 →表紙はイラストをGrok タイトルをChatGPTでAI生成しています。

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました! 「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──