恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 異動してからしばらくは、毎日ソレイユのクラブハウスに通っていた。前任者からは『自分もチームを支える一員だと自覚して、顔を売ってきなさい』なんて言われていたし。

 選手はもちろん、チームのマネージャーやトレーナー、クラブハウスに常駐する事務職員から食堂で働く人まで、とにかく俺は挨拶をして回った。

「えっと……。枚田選手。ちょっと話、いい?」

 通い始めて1週間。もちろんキャプテンの澪には色々と確認することもある。だが、未だに話しかけるだけで馬鹿みたいに緊張する自分がいた。今も、その姿を見つけてなんとか話しかけたのだ。

「……澪、です。チームのみんなは私のことをそう呼びます。コートネームってご存知ですか?」

 試合中みたいな読めない表情を真っ直ぐ俺に向け、澪はそう言った。だから俺も、負けじと真っ直ぐに見つめ返した。

「いや、初めて聞いた……」
「でしたら他のみんなのも教えますから、みんなのこともそれで呼んでください。貴方も……チームの一員ですから」

 そう言うと澪は、微笑んだ……気がした。

「……笑うんだな……」

 無意識にそんな言葉が口を突いて出る。それに、不愉快そうに顔を顰めるのを見て俺はハッとして我に返った。

「その……」
「笑ってません!」

 口ではそんなことを言いながらも、澪は気恥ずかしそうに顔を逸らした。
 その、試合中には見せない表情に、俺は思わず大笑いしてしまう。

「ははっ! なんだ、そんな顔もできるのか!」
「そんなに笑うことないでしょ? それに、そんな顔ってどんな顔⁈」

 そう言って、澪は決まり悪そうに声を上げた。
 初めて見る、淡々としたセッターとしての姿じゃない澪を見て、もっといろんな顔を見てみたい、なんてことをそのとき俺は思った。

 それから、今まで接点などなかった澪の、意外な姿はたくさん見てきた。

 あるときは、高校からの後輩だという、チームのエースストライカー、松下選手と楽しそうに会話する姿。あるときは、スケジュール調整するために真面目な顔でパソコンに向かっている姿。そして、もう一つ。

「ごめん一矢! 今日は時間ないから打ち合わせはご飯食べながらで!」

 澪はとにかく忙しい。俺が異動してから半年が過ぎたが、今までも全日本の合宿や国際試合で不在なことは多々あった。そして、これから今期のリーグが始まるとあって、捕まえるのはなかなか骨が折れた。

「りょーかい。先打ち合わせ室行っとく」

 すっかりこんな口調で会話するようになり、澪には『そんなのでよく社会人ができるわね!』なんて呆れられている。

 ま、本社でも生意気だとは言われるが、一応それなりに相手は見てる。そして、澪には、なんつーか、普通に喋りてぇな、と思っただけだ。

「お待たせ」

 先に打ち合わせ室で待っていると、澪がトレー片手に入って来た。

「私だけご飯持ってきちゃったけど、もう食べたの?」

 澪も俺に合わせてか、普通に、後輩たちと接するように俺に話すようになった。俺のほうが年下だし、そうしてくれと言った結果、最初は渋々従ってくれたが、今ではこうなった。

「いや? 本社戻るし、途中で食えばいいかって」
「悪いけど、今日は色々忙しくて。ご飯食べながら打ち合わせさせてもらうわね」

 澪は持っていたトレーからグラスを俺と自分の前に置き席に着くと小さなバッグを取り出した。

「それって、まさか弁当?」

 どこをどう見ても、学生時代に教室で見たような弁当箱を取り出す澪に、俺は間抜けな質問をする。

「当たり前じゃない。それ以外に何があるのよ」

 呆れたようにそう言うと、澪はその蓋を開けた。

 
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