恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 目の前で開けられた弁当箱の中身は、彩りのよい、バランスもよさそうな代物だった。

「おっ! 美味うまそうじゃね? 手作り?」

 まさか、母親……旭河グループNo.2の会社の社長夫人が作ってる……なんてことはないか。
 普通に考えたら、澪はそれなりの家庭のお嬢様ってやつで、家政婦さんとか言う人だっているだろう。
 
「なっ、勝手に見ないでくれる?」

 恥ずかしそうにお弁当箱を隠しながら澪はそんなことを言う。この反応、もしかして……と思いながら俺は続ける。

「いいだろ? 減るもんじゃないし」
つか、これくれよ!」

 俺は遠慮もなくそこから綺麗に巻かれた卵焼きをつまみ上げる。中学生が、友だちの弁当からおかずを取り合うようなノリの俺を、唖然としながら見ている澪の目の前で、俺はそれを口に放り込んだ。

「すっげえ美味い!」

 思うより先に、そんな言葉が口をつく。マジで美味いと思った。

 そして案の定、その弁当は澪が全て作ったものだと聞いた。すべて一から自分で作っていて、冷凍食品は一切使っていないのだと言う。
 そう言うポリシーなのかと尋ねると、『たんに作るのが好きなだけ。料理がストレス解消みたいなものだし』なんて、思いもしない返事が返ってきた。

 それから、なんだかんだ理由を付けては澪の弁当からおかずを拝借するようになった。
 毎回、嫌そうに顔を顰める癖に、俺が『美味い』と言うと、少し嬉しそうにする。澪の作るものは、お世辞抜きで美味い。俺は今まで、8つ下の妹が作る飯が世界で一番美味いと思ってたけど、今ではどっちも美味い。

 マジで、胃袋を掴まれるってやつだよなぁ

 周りの男どもからそんな話を聞いても、『なんだよ、それ』くらいにしか思ってなかった。でも今は、痛いほどそれを実感していた。

 澪のことを、知れば知るほど、俺は深みにハマっていた。画面越しの遠い存在だった相手が身近な存在に変わり、憧れが違うものに変わっているのを、俺はとっくに自覚していた。
 だが、情け無いことにそんなこと一言も口にはできなかった。いや、してはいけないと、自分を戒めていた。
 
 前に創一が、飲みながらぼやいていた。最近見合い話が増えてきて困る、と。自分では意識していなくても、創一は大企業の御曹司。そして澪も、それに連なるご令嬢ってやつだ。俺が知らないだけで、そんな話など山ほどあるだろう。

 いくら出世して、旭河の経営の一端を担いたいと思っていても、俺はただの平社員で、澪に釣り合うような家柄でもない。それに……澪は、俺のことなど、ただの生意気な本社の人間としか思っていたいだろうから。

 こんなことを柄にもなく考えてしまう自分に溜め息が出る。手にしたスマホに表示されたメッセージを見ながら、ぼんやりとしていたのだから。

『枚田澪です。登録お願いします』

 たったそれだけ。色気も可愛げも一切ないその一文。けれど、プライベートでしか使わないこのメッセージアプリに澪がいるだけで、少しだけ距離が縮まったような気がした。

「中学生かっつうの……」

 そんなことを漏らしながら、俺はスマホを持ち上げた。そのまま勢いだけでメッセージを送り、腰掛けていた自室のベッドに仰向けに転がった。

 これくらいのこと……してもいいよな? たぶん、向こうは知らないだろうし……

 天井を見ながら盛大に息を吐く声が、部屋にこだまする。
 
 誘ったのは次の日曜日。試合のない日も練習はあるが、そう長くはない。夕方には終わっているはずだ。それに、次の月曜日はオフ。別に遅くまで連れ回すつもりはないが、少しくらいは時間もあるだろう。

 そんなことを言いわけがましく考えていた。

 自分の誕生日を一緒に過ごして欲しい、なんてことは、口が裂けても言えやしないのだから。
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