恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 連れらてきたのはすごく奥まった場所にあるイタリアンバル。こんなおしゃれな店に来たことがないわけじゃないけど、一矢は今まで誰と来たんだろう? なんて小さなことが気になってしまう。けれど、私の心を読んだかのように、萌はあっさり尋ねていた。その答えは弟、だ。

 仲良いもんな、と今まで聞いた兄弟たちの話と、私も知っている一矢のすぐ下の弟の顔を思い出した。

 その弟、颯太ふうたに会ったのは去年の、父が社長を務める会社の記念パーティーだ。全く気乗りはしなかったけど、父に言われて渋々参加したのだ。社長の親族という立場だけでなく、本社に属しているバレーボールチームキャプテンとしても。
 一応オリンピックにも出た身としてはそれなりに顔も知られているわけで、懇親会ではちょっとしたサイン会になった。で、そこに現れたのが颯太だった。用意周到にバレーボールと黒マジックを持参した颯太は、私にそれを差し出した。

『名前は、いちやさんへ、でお願いします』

 もちろんこの男が一矢の弟なんて知るはずもなく、私はサインを先に書きながら『どんな字ですか?』と尋ねた。

『漢数字の一に、弓矢の矢』

 頭の中でその字を思い起こして、同じ名前? 珍しいな、なんて呑気に思いながら書き上げ、ボールとペンを返すと、颯太はニカッと笑うとこう言ったのだ。

『サンキュー、お嬢。兄貴に渡しとく! 俺、朝木颯太。よろしく』
『ちょ、ちょっと待って! それ一矢に渡すつもり?』
『兄貴、奥手だからさぁ、サインの一つも貰えないわけよ。だから俺が代わりに貰いにきた。じゃあ、またな~!』

 一矢以上に生意気なその弟は、笑いながら消えていった。

 そのあと、一矢に会ったときには盛大に謝られたけど、サインボールの行方を尋ねると、『俺の部屋にあるに決まってるだろ』と当たり前のように返ってきた。
 本当に欲しかったんだ……なんて驚いた。自分のサインボールが一矢の部屋にあると思うと、嬉しくもあり恥ずかしくもあったけど。

「澪さん、どれにします? これも、あっ、これも美味しそう!」

 席に着いて昔のことを思い出していると、向かいに座る萌に尋ねられ、私は我に返った。

「そうね。どれにしようか?」

 メニュー表に視線を落としながら答える。オーソドックスなものから、店のオリジナルメニューまで、本当にどれもこれも美味しそうだ。
 私たちがメニューを見ながらあれこれ言っていると、隣で何やらコソコソ話しをしている一矢と戸田さんの姿が目の端に映った。

戸田さん、また一矢を揶揄ってる?

 なんとなくだけど、戸田さんは下に兄弟がいて、こんなふうに揶揄ってるんじゃないかな? と思う。もちろん嫌がらせじゃなくて、可愛がっているようにみえる。一矢は兄で、弟たちをそうやって揶揄うことはあるけど、逆の立場になることはないのだ。だから戸田さんのこと苦手なのかも、と私は勝手な想像をした。

 案の定、戸田さんから『おじさん』に同意を求められるような言いかたをされ、一矢はものすごく不満気に答えている。

「── まだ俺は27です」

 耳に入ったその言葉に、私は思わず反応してしまった。

「えっ? 27?」

 目を丸くして顔を上げた私に、一矢は眉を顰める。その隣で萌は「あれ?」と口にしていた。

「一矢さん、もう27なんですか? まだ4月になって1週間なのに?」

 一矢の誕生日が4月なのは知っていた。ずいぶん前、一緒にメンバーのプロフィール確認をしていたときにそんな話になったのだ。でも、いつかなんて聞かなかった。それっきりそんな話になることもなく今に至るのだ。

「そうだ。もういいって。俺のことは」

 めんどくさそうに答える一矢に怯むことなく、萌は前のめりで尋ねる。

「誕生日、いつだったんですか?」
「いつでもいいだろ……」
「えー? 教えてくださいよ!」

 悪気のない押しの強さに、一矢は肩から大きく息を吐くと、諦めたように答える。

「7日」

 吐き捨てるようにボソッと言う一矢に、一瞬萌も私も考える。

「って! 今日? わ~! おめでとうございます! ケーキ食べましょう、ケーキ!」
「昼間散々食ったし、甘いものはあんま好きじゃねぇ。いいからほら、注文。店員さん、困ってるぞ」

 ふと横を見ると、困ったように笑みを浮かべた女性が立っていた。
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