恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 4月になったと言えどまだ昼間でも肌寒いのに、夜ともなれば尚更だ。
 萌と先に出ててくれと言われ、店の外に出ると、途端に冷たい空気が肌を刺した。私は薄手のリブニットの上から腕をさすりながら、独り言のように呟いた。

「寒いねぇ」
「確かに、結構冷えますね~」

 萌は私よりアルコールには強い。それでもかなり飲んでいたからか、頰を赤くしてフワフワとしたまま言った。
 細い路地を抜ける風に、萌の着るふんわりとしたワンピースが揺れている。

可愛い……よね。確かに

 2人が出てくるの待ち構えるように萌は店のドアを眺めている。二重の大きな瞳、ぽってりとした唇。身長がそれなりにあるから一般男性には敬遠されてしまうかも知れないけど、一矢となら……お似合いだ。年齢だってちょうどいい。私なんかより、ずっと。
 私はそんな卑屈になってしまう自分を打ち消すように頭を振った。

「待たせたな」

 ドアが開くと一矢が先に出てきた。そして、その背中を追いかけるように戸田さんが続いた。

「一矢さん! 会費は?」

 萌はすぐさま一矢の元へ駆け寄ると、お財布を手に言う。

「いらねぇ。半分は戸田さんが出してくれたし、お礼言ったら?」

 投げやりな感じに答えると、一矢は戸田さんに視線を送る。不機嫌そうなところを見ると、会計で一悶着あったのかも知れない。

「ご馳走様でした! ありがとうございます」

 屈託のない笑顔を2人に向け、萌は明るく言った。そう言うところは、見習うべきなんだと思う。可愛げとは何か、痛いほど知らされる。

「2人とも、ご馳走様でした。すみません、私まで」
「何言ってんだよ。元々は日頃の礼だっただろ」
「僕は、勝手にお邪魔したお詫び。こんな機会滅多にないし、気にしないで」

 口々そう言われ、私は小さく「はい……」とだけ返す。

「じゃあ、帰りましょ~! 一矢さん、駅、どっちですか?」

 さりげなく一矢の隣に立つと、萌は尋ねる。

「こっち」

 一矢は歩き始め、萌は寄り添うように歩く。

「澪? 帰らないのかい?」

 離れていく楽しそうな2人を、私はただぼうっと眺めていると戸田さんに声をかけられた。それに弾かれるように上げた顔は、いったいどんな表情をしていたのだろう。
 戸田さんは複雑そうに笑みを浮かべ、私を促すように軽く背中に触れた。

「風邪をひく前に、帰ったほうがいい。行こう」

 私はそれに小さく頷き、ゆっくりと歩き出した。

 大通りに出て自然と足を駅に向ける。日曜日の夜はそろそろ家路に着く人も多いのか、駅に近づくたび人は増えていった。そんな中でも、背の高い2人が目に入る。少しずつ距離が離れていっているにもかからず、だ。

「澪。寒いなら上着貸そうか?」

 前を見ないように俯き気味で歩く私の横からそんな言葉が聞こえる。ハッとして横を見て気づく。ずっと自分の腕を摩っていたことに。

「大丈夫。戸田さんこそ、それ脱いだら寒いでしょう?」

 ジャケットこそ羽織っているが、中に着ているものは薄手のシャツだ。私はぎこちなく笑みを浮かべて戸田さんに答えた。

「少しくらいなら我慢できるけどね? 今日は冷える。帰ったら、ちゃんと温まるように。とくにふくらはぎは入念にほぐしておくように」

 最近違和感を感じていることを誰よりも知っている戸田さんは、優しい口調で言う。

「はい。戸田トレーナーの指示は絶対ですから」

 信頼するチームの仲間に、私は少し肩の力が抜けた気がした。

「戸田さーん!」

 改札の見える場所に立つ萌が振り返り大きく手を振っている。足を早めて合流すると、萌は戸田さんの前にやって来た。

「一緒に帰りましょうよ。同じ路線ですよね?」

 一矢に向けていた笑顔を今度は戸田さんに向け、萌は明るく言う。

「そうだね。……朝木君はどうするんだい?」
「俺は……タクシーで」

 一矢はチラッとタクシー乗り場を見て答える。家がどこなのか知らないけど、この路線ではないらしい。一矢が戸田さんにそう言っている姿を眺めていると、顔を上げた一矢と目が合った。

「澪。送る。お前の家途中だし、ついでに」
「えっ?」

 私は驚いて声を漏らす。一矢と家がどこにあるかなんて話した覚えはない。でも、家が家だから、言わなくても本社勤めの一矢ならそれくらいの情報は耳にしているのかも知れない。

「うんうん。そうしてください、澪さん。私たちはここで帰ります! お疲れ様でした~!」

 満面の笑みで萌は私に小さく手を振る。

「ちょっ、と。私も電車で……」

 そう言いかけた途中で、今度は戸田さんにニッコリ笑われる。

「いいから澪は送ってもらいなさい。朝木君、よろしく。じゃあこれで」

 私の返事など待たず、戸田さんは萌を連れて踵を返す。

「な、んで……」

 呆然としたままの私を置いて、2人はあっという間に遠ざかって行った。

「帰るぞ」

 一矢から、はぁ、と呆れたような息遣いが聞こえると、私は腕を引かれていた。
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