24 / 76
5
1
ソファの前にある小さなガラステーブル。その上に置かれたスマホが音を立てて震え出す。
「ちょっ……と……待って……」
言っても仕方のない言葉を吐き出しながら必死で指を伸ばす。今動かせるのは腕だけだ。なんとか手繰り寄せると、電話に出た。
『俺だ。……一矢はどうしてる?』
創はいきなり本題に入る。確かにあれから時間は経っていて、そろそろ寝たいはずだ。
「それが……寝ちゃって……」
私が小声で答えると、創から訝しげに『寝た?』と返ってきた。
「ちっ、違うから! 変な意味じゃなくて。話ししてたら急に眠いって言い出してそのまま……」
私の膝枕で寝てる、とはさすがに言えず言葉を濁しながら答える。
『ここのところ仕事が忙しかったみたいだな。一矢、あまり食べてなかったらしい。見ればわかるだろ? そのやつれっぷり』
呆れたように息を吐く気配が電話の向こうから聞こえる。創の言う通り、私も驚いたのだ。一矢がこの数ヶ月の間にかなり痩せてしまっていたことに。
「うん……。そうだね。自分でも言ってた」
『それだけじゃなさそうだがな。それは澪が塞ぎ込んでた理由と同じじゃないのか?』
創はそんなことを言い出す。違う、とは言い切れず私は押し黙った。
さっきまで、色々話をした。
そして、私たちの間には色々と誤解が生じていたことがわかった。
まず、一矢が真っ先に言い出したのは、『戸田さんからのプロポーズ、断ったのか?』だった。
全然思い当たる節がなくて、『プロポーズって何のこと?』と尋ねて返ってきたのは、決まりの悪そうな表情と、退院前日に立ち聞きしてしまったと言う会話の内容だった。
「プロポーズなわけないじゃない! だいたい、戸田さんに他に好きな人いるの知ってるもの。片想いだって言ってたけど」
それを聞いたのは随分前のことだ。なんでそんな話になったのか思い出せないけど、戸田さんはこう言っていた。
『こんな年になって片想いするなんて思ってなかった。相手には言えないけどね』
私の話を聞いてホッとしている一矢に、私も悩んでいたことを打ち明ける。
「私だって、萌に……その。嫉妬……してたんだからね?」
恥ずかしくて顔を背けながらチラッと一矢を見ると、その顔は嬉しそうに笑っている。
「へー。嫉妬してたんだな。妹思い出すから可愛がってただけ、だけど?」
「うるさいなぁ。いいでしょ!」
そっぽを向いて答えると、一矢に抱き寄せられ耳元で囁かれる。
「で、俺のこと、どう思ってるわけ?」
突然の豹変に、心臓が飛び出しそうだった。
そんな至近距離で異性に囁かれるなど初めての経験だ。顔どころか、耳まで熱い。どんな強敵との試合より心臓はバクバクいっている。
「え……と……」
俯いたまま言葉を濁すと、私に回わされた腕に一層力が入る。
「ん? 聞こえねぇけど?」
私の耳の後ろから、わざと小さく息を漏らしながら尋ねる声。それが髪の隙間から耳を擽り、思わず身を縮めた。そして、そのままの体勢で言葉を声に出した。
「あ、の……。私も、その……。好き、です。一矢のこと……」
自分でも聞き取れないくらいか細い声。萌に押し付けられた漫画や小説のヒロインのように可愛く告白できればいいけど、恋愛初心者の私がそんなことできる気がしない。
頭の上から「ふふっ」と含み笑いが聞こえると、回されていた腕が解かれた。一矢はそのまま私の肩を起こしたかと思うと、くるりと自分のほうに私を向かせた。
「聞こえないからもう一回な?」
そう言う一矢の顔は思いっきりニヤニヤしている。黙っていれば精悍な顔つきの日本男児的なイケメンなのに、それも今は形無しだ。けれど、そんな顔をさせているのが、他でもない、自分だと思うと嬉しくもある。
「私にばっかり何度も言わせないでよ! 私だってちゃんと聞いてないもの!」
よく考えれば、勢い余った感じで告白されたのだ。なのに私にばかり言わせようとするのはズルい。ちょっとは困ればいいのよ、と意地悪く思いながら顔を上げる。けれど、一矢は私の予想に反した反応を見せた。
「俺はお前が好きだよ。マジで好き。一生離すつもりねぇからな? 長年の片思いなめんなよ?」
私を見つめて明るく言うと、一矢は少年のようにニカっと笑う。
カァッと熱くなる頰に、私は無意識で手を当てる。鼓動はランニングしたあとより早く打っている気しかしない。
私が言葉を失ったままその顔を眺めていると、一矢は続けた。
「じゃ、選手交代。次はお前の番だぞ?」
こうなれば、逃げようもない。と言うか逃げちゃだめだと思う。私も、ちゃんと伝えなきゃ。
下を向いて一度大きく深呼吸をする。そしてまた顔を上げた。
「私も、一矢のことが好き。いつのまにか好きになってた。会えるだけで、いつも……嬉しかった」
今度こそ、ちゃんと聞こえるように、自分の気持ちを真剣に伝える。
一矢は表情を緩めると、私を正面から抱き寄せた。
「すげぇ嬉しい。夢じゃねぇよな?」
「夢じゃないよ? 夢なら……覚めないで欲しい」
一矢の温もりに包まれながら、私は答えていた。
「ちょっ……と……待って……」
言っても仕方のない言葉を吐き出しながら必死で指を伸ばす。今動かせるのは腕だけだ。なんとか手繰り寄せると、電話に出た。
『俺だ。……一矢はどうしてる?』
創はいきなり本題に入る。確かにあれから時間は経っていて、そろそろ寝たいはずだ。
「それが……寝ちゃって……」
私が小声で答えると、創から訝しげに『寝た?』と返ってきた。
「ちっ、違うから! 変な意味じゃなくて。話ししてたら急に眠いって言い出してそのまま……」
私の膝枕で寝てる、とはさすがに言えず言葉を濁しながら答える。
『ここのところ仕事が忙しかったみたいだな。一矢、あまり食べてなかったらしい。見ればわかるだろ? そのやつれっぷり』
呆れたように息を吐く気配が電話の向こうから聞こえる。創の言う通り、私も驚いたのだ。一矢がこの数ヶ月の間にかなり痩せてしまっていたことに。
「うん……。そうだね。自分でも言ってた」
『それだけじゃなさそうだがな。それは澪が塞ぎ込んでた理由と同じじゃないのか?』
創はそんなことを言い出す。違う、とは言い切れず私は押し黙った。
さっきまで、色々話をした。
そして、私たちの間には色々と誤解が生じていたことがわかった。
まず、一矢が真っ先に言い出したのは、『戸田さんからのプロポーズ、断ったのか?』だった。
全然思い当たる節がなくて、『プロポーズって何のこと?』と尋ねて返ってきたのは、決まりの悪そうな表情と、退院前日に立ち聞きしてしまったと言う会話の内容だった。
「プロポーズなわけないじゃない! だいたい、戸田さんに他に好きな人いるの知ってるもの。片想いだって言ってたけど」
それを聞いたのは随分前のことだ。なんでそんな話になったのか思い出せないけど、戸田さんはこう言っていた。
『こんな年になって片想いするなんて思ってなかった。相手には言えないけどね』
私の話を聞いてホッとしている一矢に、私も悩んでいたことを打ち明ける。
「私だって、萌に……その。嫉妬……してたんだからね?」
恥ずかしくて顔を背けながらチラッと一矢を見ると、その顔は嬉しそうに笑っている。
「へー。嫉妬してたんだな。妹思い出すから可愛がってただけ、だけど?」
「うるさいなぁ。いいでしょ!」
そっぽを向いて答えると、一矢に抱き寄せられ耳元で囁かれる。
「で、俺のこと、どう思ってるわけ?」
突然の豹変に、心臓が飛び出しそうだった。
そんな至近距離で異性に囁かれるなど初めての経験だ。顔どころか、耳まで熱い。どんな強敵との試合より心臓はバクバクいっている。
「え……と……」
俯いたまま言葉を濁すと、私に回わされた腕に一層力が入る。
「ん? 聞こえねぇけど?」
私の耳の後ろから、わざと小さく息を漏らしながら尋ねる声。それが髪の隙間から耳を擽り、思わず身を縮めた。そして、そのままの体勢で言葉を声に出した。
「あ、の……。私も、その……。好き、です。一矢のこと……」
自分でも聞き取れないくらいか細い声。萌に押し付けられた漫画や小説のヒロインのように可愛く告白できればいいけど、恋愛初心者の私がそんなことできる気がしない。
頭の上から「ふふっ」と含み笑いが聞こえると、回されていた腕が解かれた。一矢はそのまま私の肩を起こしたかと思うと、くるりと自分のほうに私を向かせた。
「聞こえないからもう一回な?」
そう言う一矢の顔は思いっきりニヤニヤしている。黙っていれば精悍な顔つきの日本男児的なイケメンなのに、それも今は形無しだ。けれど、そんな顔をさせているのが、他でもない、自分だと思うと嬉しくもある。
「私にばっかり何度も言わせないでよ! 私だってちゃんと聞いてないもの!」
よく考えれば、勢い余った感じで告白されたのだ。なのに私にばかり言わせようとするのはズルい。ちょっとは困ればいいのよ、と意地悪く思いながら顔を上げる。けれど、一矢は私の予想に反した反応を見せた。
「俺はお前が好きだよ。マジで好き。一生離すつもりねぇからな? 長年の片思いなめんなよ?」
私を見つめて明るく言うと、一矢は少年のようにニカっと笑う。
カァッと熱くなる頰に、私は無意識で手を当てる。鼓動はランニングしたあとより早く打っている気しかしない。
私が言葉を失ったままその顔を眺めていると、一矢は続けた。
「じゃ、選手交代。次はお前の番だぞ?」
こうなれば、逃げようもない。と言うか逃げちゃだめだと思う。私も、ちゃんと伝えなきゃ。
下を向いて一度大きく深呼吸をする。そしてまた顔を上げた。
「私も、一矢のことが好き。いつのまにか好きになってた。会えるだけで、いつも……嬉しかった」
今度こそ、ちゃんと聞こえるように、自分の気持ちを真剣に伝える。
一矢は表情を緩めると、私を正面から抱き寄せた。
「すげぇ嬉しい。夢じゃねぇよな?」
「夢じゃないよ? 夢なら……覚めないで欲しい」
一矢の温もりに包まれながら、私は答えていた。
あなたにおすすめの小説
毎週金曜日、午後9時にホテルで
狭山雪菜
恋愛
柳瀬史恵は、輸入雑貨の通販会社の経理事務をしている28歳の女だ。
同期入社の内藤秋人は営業部のエースで、よく経費について喧嘩をしていた。そんな二人は犬猿の仲として社内でも有名だったけど、毎週金曜日になると二人の間には…?
不定期更新です。
こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
4番目の許婚候補
富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】曖昧な距離で愛している
山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
✽全28話完結
✽辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
✽他誌にも掲載中です。
✽2026.4/11 エブリスタ用に使用している表紙に変更しました。
→表紙はイラストをGrok タイトルをChatGPTでAI生成しています。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました!
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──