恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 チラッと横目で盗み見る一矢は、かなり上機嫌のようだ。左手には買ったばかりのお鍋の入った紙袋、右手には私の手を握っている。そして私は、戸惑ったまま手を引かれ歩いていた。

 こう言うの、当たり前なの?

 私は紙袋を見て軽く息を吐いた。さっきあったことを思い出しながら。


 目当ての店に連れて行ってもらった私は、実物を見たり、店員さんに話を聞いたりして品物を選んだ。

「これにする」

 ようやく一つに絞り、一緒に話を聞いてくれていた一矢にそう言うと、一矢はそれを店員さんに預けこう言った。

「せっかくだから、他のも見ねぇ?」

 店にはお鍋以外の商品もたくさんあり、私もそれに頷くと店内をブラブラと見て回った。そして一通り見終わり、レジに向かった私に差し出されたのは、会計済みの商品だった。

「ご主人様がお会計なさいましたよ?」

 ポカンとしてしまった私に、悪気なく店員さんは言った。

 ご主人様でもないし、数万円もするお鍋の支払い終わってるって、どう言うこと⁈ と、振り返ると、一矢は涼しい顔をして紙袋を受け取っていたのだ。

「あのっ、ちょ、ちょっと!」

 慌てる私をよそに、一矢は「いいから」と私の手を握る。

「ありがとうございました」

 店員さんの声を背にしながら、私たちは店をあとにした。

 そして、今は店を出て歩き出したところだ。あまりにもスマートに支払いをしていた一矢に、私はモヤモヤしてしまう。

 こんな高いもの、簡単に『買ってくれてありがとう』なんて言えない。一矢にとっては、今まで他の人に同じようにしてきた行為なのかも知れないけど、私はそんなことをされるのは初めてで、どうしたら正解なのかわからない。
 
「足、大丈夫か? どこか入る? 昼飯にはちょっと早いけど」

 俯き気味に歩いていた私はそう声をかけられて、弾かれたように顔を上げた。

「あの、聞きたいことがあるの」

 立ち止まって私はそう言う。モヤモヤの最大の原因。それを聞いておかないと、きっとこの心は晴れない。

 私が至って真面目な顔をして切り出したからか、一矢から笑顔が消えた。

「なんだ?」
「……できたら、誰もいないところで話がしたい」

 こんな話題を、周りにたくさん人がいる場所でしたくない。私はそう思った。
 
「わかった。いったん帰ったほうが良さそうだな」

 一矢は表情を曇らせると息を吐き、険しい顔を見せた。
 もしかしたら、怒らせてしまったかも知れない。それでも私は、ちゃんとはっきりさせておきたいことがあった。

 帰りの車もまた無言。20分の辛抱だけど、この空気を作り出したのが自分だと思うと居た堪れない。それに、一矢もずっと難しい顔して運転していて、やっぱり怒らせてしまったのかと私は項垂れていた。

「お茶、入れてくるからソファに座って待ってて」

 会話らしい会話もなく家に着き、私はそう言う。一矢は短く「あぁ」と返事をすると、リビングへ向かった。

「はい、どうぞ」

 グラスに入れた冷たいお茶をテーブルに置くと、私は一矢が座るソファに、少しあいだを取って座る。
 一矢はグラスを手にすると、しばらく何か考えてから、一気にお茶を飲み干しテーブルにグラスを置いた。

「話、俺から先にしていいか?」

 前を向いたままの一矢に尋ねられ、私は「あ、うん……」と歯切れの悪い返事を返す。そして一矢はクルッと私のほうを見て口を開いた。

「俺、一人で突っ走ってたよな。悪い。自分の気持ちとお前の気持ちに温度差あることを想像してなかった。お前の好きが、本当は創一に対するのと変わらないかも知れないって考えもしてなくて」

 そこまで一気に言うと、一矢は苦しげな表情を見せた。

「え、と。待って……。違うの」

 目を見開いたまま、私はかろうじてそれだけ答える。確かに私はずっと戸惑っていた。でも、一矢のことを創と同じなんて、少しも思っていない。

「私……。不安だったのかも知れない。好きだなんて言われるのも初めてで。付き合ってって言われてないし、どうしたらいいのかわからなくて……」

 一矢は困ったような顔をしてから、薄らと笑みを浮かべた。

「ごめん。悪かった。言わなくてもわかるだろうなんて、勝手なこと思って」

 そう言うと、一矢は私の頭をそっと撫でる。

「俺の彼女になってくれるか?」

 優しい笑みを浮かべて、穏やかに一矢は言う。改めて言われると、照れるよりも嬉しくて……。

「…………うん」

 そう言うのが精一杯だった。一矢はまた困った顔になると、私の頰に手を伸ばす。

「泣いてるところなんて……初めて見た。試合に勝っても負けても泣くことなかったのにな」

 頰に伝う涙を拭いながら、一矢は静かに言う。

「そうだね。……どんな大事な試合に勝っても、ここまで嬉しいと思ったこと、ないかも……」

 泣き笑いしながら答えると、ようやく一矢は笑顔に戻る。

「これからは言いたいことはなんでも言えよ? クレームでも要望でも質問でも、なんでも受け付けるから」
「わかった」

 ふふっと笑い、私はそう返事をしてから尋ねる。

「じゃあ……。私にいつから片想いしてたの?」
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