恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 車を走らせること5時間あまり。ようやく目的地に辿り着くと、エンジンを切り、はぁ~っと深く息を吐きながらシートに凭れかかった。久しぶりの長時間運転でさすがに疲れた。とは言え、実際に走っていたのは3時間ほど。残りは寄り道の時間だったが。


 最初に休憩がてら立ち寄ったのは道の駅。そんな場所があることも知らなかった澪は、その場所にそれはそれはテンションを上げていた。
 気がつけば地元で穫れた野菜を買い込んでいて、俺の『まだ行く途中なんだけど?』の言葉にバツの悪そうな顔を見せた。

「だ、だって。珍しいのとか、美味しそうなのいっぱいあるし!」

 一生懸命言い訳をする姿に俺は笑みを零す。

「ちゃんと日持ち考えろよ?」
「わかってるって!」

 俺に反対されなかったからか、とびきりの笑顔を返すと、今度はここの名物を売っている屋台に足取りも軽く向かって行った。

「ねぇねぇ。他にもこんな場所あるの?」
 
 また車に乗り込むと、澪はキラキラした目で俺に尋ねる。

「あぁ。あるぞ? 次の休憩もそこで取るか」
「いいの? 寄りたい!」

 澪は見たこともないくらいはしゃいでいて、子どもみてぇだな、と微笑ましくなる。

 さっきからずっと、『マジで可愛い……』と思いっぱなしだと言うことは、澪には秘密にしておこう。
 フフッと漏らしながら、俺はまたエンジンをかけた。

「うわぁ……。山だ……」

 澪は車から降りると、旅館を取り囲んでいる緑に半分言葉を失っている。

 場所はお楽しみだとどこに行くか告げていなかったが、今来ているのは山間にある静かな温泉地。俺には実家の周りと変わらないように見える田舎の風景も、澪には珍しいのだろう。口を開けて山々を見上げていた。

「もう部屋に入れる時間だし、荷物置いて散策でもするか?」

 そばまで寄り尋ねると、澪は大袈裟に深呼吸しながら「そうする」と答えた。

「空気が美味しい。なんか癒される……」
「そんなに違うか? 俺はよくわかんねぇ」

 うっとりしたような澪を隣に建物に向かう。それなりのランクで、あまり大きすぎないこの旅館は落ち着きがあり、この景色に溶け込んでいた。

 手続きを済ませて案内された部屋に入ると、澪は早速窓際に寄って窓を開けている。

「ねぇねぇ! 山しか見えないわよ? 近くに川があるのかな? なんか音が聞こえる!」 

 クールビューティーだと世間では言われている人間とは思えないくらいに、澪は笑顔で声を上げている。

「お前、そんなにはしゃいでたら中居さんに笑われるぞ?」
「えっ?」

 座卓の傍らでお茶を淹れてくれているのは、祖母と言っていいくらいの女性。その人はにこやかに笑みを浮かべていた。
 澪は一緒に部屋にいることに気づいていなかったのか、狼狽えながら振り向くと頰を染めていた。


 館内の案内などを終えた仲居さんが部屋をあとにすると、澪はようやくお茶に手をつけた。

「ちょっと! いるならいるって早く教えてよ! 恥ずかしいんだけど……」
「まさか枚田のお嬢様が、旅館に泊まったことないとは思わねぇだろ」

 涼しい顔で答えると、澪に思いっきり顔を顰められる。

「悪かったわね! 言ったでしょ? 旅行はほとんどしたことないって。遠征でも泊まるのは全部ホテルだし」

 決まり悪そうに澪はお茶をすする。

「へぇ。じゃあ、初体験、ってやつだな?」

 意味深に笑いながら言うと、何を揶揄しているのかわかったのか、俺を睨む。

「そんなことばっかり言うんだから……」
「ん? なんのことだ?」

 ワザとらしく返すと、澪は「もうっ!」と言いながらお茶を一気に飲み干す。

「いいから散歩行こう? 日が暮れちゃう!」

 立ち上がり俺の元へ来ると澪は腕を引く。

「わかったわかった」

 持っていた湯呑みを置きながら俺は答える。なんだか懐かしい……と思うのは、家族旅行で弟妹きょうだいたちがすることと一緒だからだろうか。
 
 けれど相手は澪で、向かう気持ちは全く違う。俺は立ち上がると、澪を引き寄せる。

「その前に、これだけさせて」

 そう言って、俺は澪の唇を塞いだ。

 ほんのりと温かかった唇はすぐに熱を帯びる。腰に回された腕にしがみつくと、澪は必死に俺のすることに応えようとしていた。それがどうしようもなく可愛い。

 最初のキスのとき、澪は緊張でガチガチだった。歯を食いしばっているんじゃないかくらい唇を固くして、最初は本当に触れるだけで終わった。さすがに吹き出して笑ってしまった俺に、澪は怒っていたが。

 それから何度も繰り返しているうちに、まぁ、上手くなったと思う。

 ぬるりと唇を割り入り込んで舌を軽く吸うと、同じように返してくれる。隙間は熱い吐息を漏らし、俺の求めに応え唇を重ねてくれていた。そして、それを離すと現れるのは、俺を誘うような潤んだ瞳と甘い表情。

 俺、マジでよく堪えてるわ……

 澪は自分がどんな顔をしているのか、想像すらしないのだろう。それに、その顔を見るだけで体の奥を疼かせている俺のことも。

「……? どうしたの?」

 無言で眺めていたからか、澪は不安そうにそう言う。不安がることなど一つもないのに、恋愛のこととなると一気に自信がなくなるようだ。
 
 その頰に唇を落としながら、俺は背中を撫でる。

「いや? むちゃくちゃ可愛くてどうにかなりそうだって思ってるところだ」
「それ、本当?」

 小さく笑いながらも、澪は俺の背中に手を回した。
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