恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 戸田さんが残ったビールを飲み干すと、タイミングを見計らったように次がやってくる。それを店員がそれぞれの前に置くと、俺はその持ち手に手をかけた。

「澪に……お見合いの話が出てるんだよね」

 ジョッキを持ち上げてなくてよかった。思わず体を揺らしてしまい、危うくビールを溢しそうになった。

「……それを、どうして戸田さんが知ってるんですか? あいつから何か聞いてるんですか?」

 苛立ちを隠せず、睨みつけるように尋ねる。俺が話をなんで知っているんだと。

「まさか。そんなこと僕に言うわけないでしょ。僕が知っているのは、その相手のことを知っているからだよ」

 動じることなく飄々と戸田さんは言うとジョッキに口をつけた。

 颯太も知らないその相手。もちろん澪は誰なのか知っているはずだ。だが澪は俺に見合いをするなんて一言も言わなかった。俺は『次の土曜日に伯父の紹介で人に会うことになってしまった』としか聞いていない。だから俺も知らないふりをするしかなかった。

「この話、相手から持ちかけたってのは別の筋から聞いてます。いったい誰なんですか? まさか戸田さん、ってことないですよね?」

 颯太の話では、うちの社長を通じて、相手からこの話を持ちかけてきたらしいってことだった。そして枚田社長は、断るに断りきれなかったとぼやいていたと。

 戸田さんはフフッと息を漏らし口を開く。

「僕だったらよかったんだけどね? 断るのも簡単だし。残念ながら相手は、僕の弟、なんだよ」

 俺は声も出せず、ただポカンと間抜けな顔をして戸田さんを見ていたと思う。
 予想もできなかった相手。そういえば前に俺と同じ年の弟がいると言っていた。だが、うちの……旭河の社長に見合い話を持ちかけられるなんて、いったい……。

「ハハハ。なかなかに今凄い顔してるよ? 何でって思ってるよね」

 明るく笑い飛ばされ、俺はムッとしながら尋ねる。

「戸田さん、いったい何者ですか?」

 最大の疑問。とてもじゃないが、社長が一般家庭の人間との見合い話を了承するとは思えない。

「僕は普通の人間のつもりなんだけどね。好き勝手に生きてる放蕩息子とは言われてるけど。でも……弟は違う、かな?」

 そう言って戸田さんは苦々しく笑顔を浮かべた。そしてそのまま続けた。自分の生まれた家の話を。

「──まぁ、こんな感じ、かな?」

 戸田さんは、しばらく自分の実家の話を俺に語ってくれた。その話が終わると、途端に俺は大きく息を吐き出した。

「それ、澪は知ってるんですか?」
「ううん? 誰も知らない。僕の周りにいる人はほとんどね。よくある名前だし、よほどのことがなければ普通の人は気づかないかな。まぁ、旭河の社長はすぐわかったみたいだけど」

 笑いながら戸田さんは答えて、2杯目のジョッキを飲み干していた。

 次の日。俺はとある企業のサイトを自席で眺め、溜め息を吐いていた。

 確かに……載ってる

 開いたのは役員一覧。その中に常務取締役戸田とだ匡樹まさきの名前があった。

 うちに……特にソレイユに関係の深い企業の次期社長候補。その相手から見合い話を持ちかけられたら、うちの社長でさえ断れないだろう。
 ただし、見合いは見合い。その先どうするかは本人に委ねられているはずだ。無理な政略結婚には発展しない、と思いたい。社長は無茶振りはするが、無理矢理はしない。でなきゃ、旭河の次期後継者のはずの創一が、グループの末端企業に勤められるはずがないのだから。

「係長。お電話が入っています。Doorsドアーズの担当のかたから、ソレイユの感謝デーについて、と言うことです」

 それに俺の眉がピクリと動く。
 Doorsは、日本では有名なスポーツ用品メーカー。もちろんソレイユも世話になっている。
 そして今、俺の目の前で開かれている画面もそのDoorsだった。

「繋いで」

 素っ気なくそう言って、切り替わった電話を取った。
 相手はいつものソレイユの担当者だ。来月末にあるファン感謝デー。そこで発表する新ユニフォームの打ち合わせについてだった。
 電話を切ったあと、パソコンの画面が目に入る。

 相手は大企業の常務。こっちはただの係長か……

 そう思うと、少し自虐めいた気分になった。
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