恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 トレーナーがラウンジのスタッフに声をかけ、6人掛けのテーブルに移動した。
 向かいの席の真ん中を開け、戸田さんと沙希さんが座っている。戸田さんの前にはトレーナーが座り、その横に一矢、私と並んだ。

 状況は掴めないけど、なんとなく重苦しい空気に息が詰まりそうだ。沙希さんは俯いたまま小さくなっているし、戸田さんは苦虫を噛み潰したような顔で視線を外している。そんな中で、トレーナーだけはいつもと変わらない飄々とした様子で話し始めた。

「先に謝っとく。澪。うちの痴話喧嘩に巻き込んでごめんね」

 一矢の向こう側から顔を出すと、まずトレーナーはそう言った。
 それに、戸田さんと一矢が同じように渋い顔をして顔を顰めていた。

「痴話喧嘩って……。いったい何があったんですか?」

 巻き込まれてしまった当事者としては、聞いておかないと納得できない。

「えぇと。匡樹……弟はね、秘書の沙希のことがずっと好きだったんだけど、この前フラれてね。で、お見合いでもしたら嫉妬でもしてくれるかなって、この話を画策したんだろうね」

 明るく言うトレーナーに、戸田さんは反論することなく黙って聞いていた。

「……申し訳ありません。枚田様。私がもう少し早く気づいていれば……」
「沙希のせいじゃない。全て僕の責任だ」

 謝る沙希さんを制止すると、戸田さんは口を挟む。それを見て、トレーナーは言った。

「本当にね。でも、僕は不思議なんだけど。沙希はどうして匡樹のことを諦めてしまったんだい?」

 弾かれるように顔を上げたのは沙希さんだけではない。戸田さんもだ。その顔は、何を言っているんだと言いたげな表情だった。

「諦めたって……? そんなはずない。沙希は年下の上司になど興味はないって……」

 戸田さんが絞り出すように言うと、沙希さんは膝の上で拳を握り、また俯いた。

「沙希? 僕はずっと昔から言ってあったよね。うちは家柄とか立場とか、気にする家じゃないって。それとも、誰かに何か言われたのかい?」

 トレーナーが、諭すような優しい口調で投げかけると、沙希さんはそのまま小さく首を振る。

「……違います。本当に私は匡樹様のこと……上司としか思っていません……」

 小さく震える声とともに、光る雫が零れ落ちるのが見える。全く関係のない私にでも、嘘だとわかってしまうその様子に、胸が痛くなった。

「……10年」

 唐突にトレーナーがそれだけ言うと、沙希さんの肩が揺れる。そのまま、トレーナーは先を続けた。

「君たちが思い合ってる期間。それくらいだよね?」

 隣では一矢が「マジかよ。俺より長え」なんて小さく呟いている。

「そんなはずないだろう! 沙希はずっと兄さんのことが!」

 戸田さんはトレーナーの言葉を否定している。

「だから、澪とは別れさせて、沙希とくっつけようとでも考えたのかい? 匡樹。呆れるね」

 珍しくトレーナーは冷たい口調でそう放った。
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