恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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「掛けたまえ。……澪も」

 素っ気なくそう言うと、社長は先に応接セットに向かった。

「はっ、はいっ!」

 澪のほうが慌てふためきながらメダルを外そうとしている。俺はそれを手伝い、決まりの悪そうな表情を浮かべる澪からメダルを受け取るとケースにしまった。

「……で? なんだね? 改まって」

 向かいあって座ると、先に切り出したのは社長だ。
 旭河うちの社長とはまるでタイプが違い、寡黙で妙に威圧感がある。こっちが創一の父親だと言われても信じてしまいそうだ。

 さすが、旭河になんのコネもなく入社して、今じゃ本社を除けば一番力を持ってる会社の社長にまで登り詰めた人だよな……

 張り詰めた空気の中、俺は思った。

「ご報告が……遅くなり申し訳ございません」

 俺は、あえてという言葉を選んで話し出す。

「私、朝木と、澪さんは少し前から交際させていただいています」

 真っ直ぐ社長に言う俺に対して、社長は余裕ありげにコーヒーカップを持ち上げていた。それを一口啜ると、「そうか」とだけ言ってそれをソーサーに戻した。
 食器同士がカチャリとぶつかる音が静かな部屋に響くと、社長はこちらを見据えた。

「もういい大人同士の話だ。勝手にしなさい」

 これと言った表情もなく、ただ淡々と社長は告げる。隣からは澪のホッとしたような「よかった……」と言う呟きが聞こえた。
 しかしそれは束の間のことだった。社長が一息吐くと続けた言葉に、俺たちは凍りついた。

「ただし、私はこのままでは認めないがね」


 やっぱり……そうきたか……

 ある程度予想はしていた。すんなり認められることはないだろうと。だからはなから『認めてくれ』とは言わなかった。

「なっ……なんで? なんで認めてくれないの?」

 澪が震えた声で社長に尋ねる。そんな澪を見て、社長は軽く息を吐いた。

「澪。足の調子はどうだ?」
「今、それは関係……」
「いいから答えなさい」

 澪の言葉を遮り、社長はピシャリと言った。それにグッと言葉を飲み込むと、澪は口を開いた。

「日常生活を送るには問題ありません。選手としてはまだ難しいですが。けれど私はもう戻るつもりは……」

 澪がそこまで言うと、社長の顔が少し険しくなった。

「では、この先君は、どう生きていくつもりだ? まさかこのまま家に篭ってばかりでいるつもりじゃないだろうね?」
「それは……」

 一番痛いところを突かれ澪は唇を噛み締めて黙り込む。身内だからこその、遠慮のない厳しい言葉。もちろん社長も、澪がこのままずっとこんな生活を送るとは思っていないはずだ。

「澪。仕事を見つけなさい。ちゃんと君が続けられると思える仕事を。私は力を貸さないがね。その仕事が見つかったら、また2人で報告にきなさい」

 そこまで言うと社長は立ち上がる。澪はそれを悲壮な顔で見上げていた。

「すまないがこれから所用があってね。これで失礼するよ」

 そう言って背中を向ける社長を、俺は立ち上がって呼び止める。

「社長! ……私は、手伝ってもよろしいでしょうか」

 立ち止まり少し振り向くと、社長は「あぁ。構わない」と答えた。

「わかりました。必ずご報告に参ります。そのときはよろしくお願いします」

 深々と頭を下げていると、社長が静かに部屋から出て行った気配がした。
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