恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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番外編

観察日記 2

「ただいまぁ~」

 子どものころからの癖で、玄関を開けるとでかい声でそう言う。
 今は兄貴と、3つ下の弟実樹との3LDK3人暮らし。みんな、お互いに迷惑をかけない程度には好き勝手に暮らしていて、うるさく言われることも言うこともない。
 水でも飲むか、とキッチンに向かい、飲み物と酒のつまみしか入ってないスカスカの冷蔵庫を開けるとペットボトルを取り出した。

 誰か起きてんのか?

 リビングには明かりが点いていて、テレビの音が聞こえている。もう夜中なのに珍しい、と俺はリビングに向かった。

「兄貴か。珍しいな、テレビなんて」

 テレビの前にあるソファには、真剣な眼差しで画面に見入る兄貴がいた。目の前のテーブルにはビールの缶がいくつか並んでいた。

「颯太か。早かったな」
「いや、早くはねぇよ」

 そんなツッコミをしながら兄貴の隣に陣取ると、画面に視線をやる。

「バレー? あぁ、オリンピックか」

 画面の向こうでは、選手たちが忙しなく動いている。セットカウントは1対1。第3セット目の今は、日本がリードしていた。

 そういや、旭河のチームの選手が出てたっけ。確か……松下選手と枚田選手。

 俺は画面を見ながら水を口に含む。ちょうど画面にはアタックを決めた松下選手の顔が映し出されていた。

 枚田選手って、俺の就職先の社長令嬢ってやつだよな

 さすがにそれくらいは知っている。旭河に就職したかったくらいだから、一応は。

 にしても兄貴、バレーに興味なんかあったっけ?

 食い入るように試合を観ている兄貴の横顔を眺めながら思う。元々そんなにテレビを見るほうじゃないが、サッカーは好きで観ている。けど、バレーを観ている姿は初めてだ。

 まぁ、関係者出てるから話しの種にってことか、と俺も一緒にその試合を見守った。

「よしっ!」

 小さく言って拳を握ったのは兄貴。
 日本は3セットを取り勝利した。途中、危ないところもあったが、松下選手の活躍で流れは変わったようだ。

 俺は立ち上がると大きく伸びをした。もう3時前。さすがに眠い。

「兄貴は? 寝ないの?」
「ん? あぁ……俺はもうちょっと……」

 兄貴はまだ試合の終わったはずの画面を向いたまま答えた。

 変な兄貴……

 立ち去ろうとすると、テレビから『それではインタビューに、松下選手、そして枚田選手にお越しいただきました』と聞こえてきた。

『今日の試合、松下選手が流れを変えましたね。そのあたりどうでしょうか?』
『ありがとうございます。澪さんがいいボールをくれるので、私はそれを打っただけです。澪さんのおかげです!」

 松下選手はニコニコとそう返している。童顔だからか、高校生くらいにも見えるが、確か俺より1つ年上だ。

『枚田選手。松下選手はそう言っていますが、どうでしょう?』

 今度は枚田選手にマイクが差し出された。ふと兄貴を見ると、その様子を試合中と変わらないくらい真剣に見ていた。

『松下選手の調子が上がってきたのは感じたので、思い切ったプレーをすることができました。それについてきてくれた松下選手の力が大きいと思います』

 試合中はあまり映ることのなかった枚田選手。写真で見たときも思ったが、かなりの美女だ。ただ、松下選手と対照的に、ニコリともしないのは凄いが。

「フッ」

 立ったままテレビを見ていた俺の耳に届いたのは、兄貴から漏れた笑い声。

 え? 今のに笑うとこ、あったか?

 思わず兄貴を見下ろすと、また真剣に画面に向いていた。

『──。では次の試合も頑張ってください』
『はい。ありがとうございました』

 2人でそう言ってお辞儀をし、上げた顔。やっぱり松下選手は明るい笑顔、枚田選手は真顔だった。

 兄貴はテレビを切ると、ようやく立ち上がる。

「さて、寝るか!」

 なんだか嬉しそうな表情で兄貴は言った。

 それからというもの、兄貴はたぶん女子バレーの試合は全部見ていた。時差の関係で、時間はだいたい夜中に始まるのにも関わらず、だ。

 で、俺も時間の許す限りそれに付き合った。試合を見たかったわけじゃない。兄貴がなんであそこで笑ったのか、単純に知りたかったから。

 で、3位決定戦。これに勝てばメダル。負ければもちろんメダルには届かない一戦。
 なんだかんだで、俺も試合に夢中になっていた。フルセットまで持ち込まれ、そして点を取り合うシーソーゲームになった。マッチポイントになってもまた点を取られ、そんな手に汗握る試合。
 そして……、最後は松下選手のアタックが決まり試合は終わった。

「お~! 銅メダル!」
「あぁ」

 ホッとしたように兄貴は呟いた。そして、喜び合う選手たちの映し出された画面を見つめ、嬉しそうに目を細めた。
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