60 / 76
11
4
12月半ば。今日は一段と冷え込むと朝の天気予報は言っていた。天気は良いが、吹く風は冷たい。
「寒いのか?」
震える手を摩っていると、車から降りた一矢に尋ねられた。
「それもあるけど緊張してて……」
「なんで実家に帰ってきたのに緊張するんだよ。初めてプレゼンする新入社員みたいな顔だぞ?」
茶化すように言ってから、一矢は私の頭を撫でる。
「大丈夫だ。俺のお墨付きだしな」
目標にしていた5組の顧客。最後に決まったのは、戸田さんのお母さまからの紹介だった。それが先月のことだ。
それから私は一矢に教えてもらいながら、父に見せるための資料を作成した。事業内容や収支、今後の収益の見込みなど、私には無縁の世界でそんなことを気にしたこともなかったけど、一矢のほうが『絶対社長を唸らせてやる』と張り切っていた。
でも、その資料作りは全部自分の手でやった。一矢は教えてくれるけど、それ以上手を出すことはなかった。
慣れていないパソコンでの作業に悪戦苦闘しつつ資料を作り上げ、一矢に褒めてもらったのは先日のことだ。
今まで団体でプレーをしてきた自分が個人で何かを成し遂げるのはもしかしたら初めてなのかも知れない。一矢は大丈夫って言ってくれるけど、お父さんがなんと言うのか不安だった。
けれど……。
「……そうか。これを澪が……」
プリントアウトした資料に視線を落としたまま、お父さんは一矢の思惑通りに唸るように呟いた。
「あの……。まだまだ内容には問題は多いと思うけど、それでも一生懸命作ったの。どう……ですか?」
レギュラー選手を発表する場でもこんなにドキドキしなかったと思う。飛び出しそうな心臓を押さえるように胸に手を当てて私は尋ねた。
思えば、父は厳格そうに見えて、どちらかと言えば寛大だった。
私のすることに口を挟むこともなく、好きなようにさせてくれた。私はそれを、忙しいから自分にはあまり興味ないのかな、くらいにしか思っていなかった。
元々感情がそう豊かなわけでもなく、知らない人には創と親子に見えるほど無口。母とはお見合い結婚だと聞いていたけど、母が明るくお喋りで懐の深い人だからか、うまくいっていたと思う。
けれど、父は今まで近すぎず遠すぎず私を見守ってくれていた。忙しい最中にこっそりと試合を見に来て何も言わず会場をあとにすることもあったらしい。
そして気がついた。父は不器用で、娘にどう接していいのかわからなかっただけなんだと。
「……よく頑張ったな、澪」
顔を上げて目を細めると、父は滅多に見せない穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとう……ございます……」
これまで愛情を感じなかったわけじゃない。でも今、これまでにないくらいの深い愛情を感じてしまった。
「よかったな……」
宥めるように背中を摩りながら、一矢は私にハンカチを差し出す。私の目からは次々と涙が零れ落ちていたから。
「一矢君」
父は静かに呼びかけ、一矢と一緒に私も顔を上げた。
「これからも、澪のことを見守ってやってくれ。場所が変わっても、ずっと彼女が輝いていられるように」
一矢はグッと息を飲み、そして言った。
「もちろんです。澪さんが輝きを失わないよう、俺はサポートし続けます」
力強い一矢の答えに、父は満足そうに頷くと立ち上がった。
「さぁ、君たち。夕食は食べていくだろう? 母さんが張り切って用意してくれている」
その顔は、とても晴れ晴れとしていて、私は父に認められた嬉しさを噛み締めていた。
「寒いのか?」
震える手を摩っていると、車から降りた一矢に尋ねられた。
「それもあるけど緊張してて……」
「なんで実家に帰ってきたのに緊張するんだよ。初めてプレゼンする新入社員みたいな顔だぞ?」
茶化すように言ってから、一矢は私の頭を撫でる。
「大丈夫だ。俺のお墨付きだしな」
目標にしていた5組の顧客。最後に決まったのは、戸田さんのお母さまからの紹介だった。それが先月のことだ。
それから私は一矢に教えてもらいながら、父に見せるための資料を作成した。事業内容や収支、今後の収益の見込みなど、私には無縁の世界でそんなことを気にしたこともなかったけど、一矢のほうが『絶対社長を唸らせてやる』と張り切っていた。
でも、その資料作りは全部自分の手でやった。一矢は教えてくれるけど、それ以上手を出すことはなかった。
慣れていないパソコンでの作業に悪戦苦闘しつつ資料を作り上げ、一矢に褒めてもらったのは先日のことだ。
今まで団体でプレーをしてきた自分が個人で何かを成し遂げるのはもしかしたら初めてなのかも知れない。一矢は大丈夫って言ってくれるけど、お父さんがなんと言うのか不安だった。
けれど……。
「……そうか。これを澪が……」
プリントアウトした資料に視線を落としたまま、お父さんは一矢の思惑通りに唸るように呟いた。
「あの……。まだまだ内容には問題は多いと思うけど、それでも一生懸命作ったの。どう……ですか?」
レギュラー選手を発表する場でもこんなにドキドキしなかったと思う。飛び出しそうな心臓を押さえるように胸に手を当てて私は尋ねた。
思えば、父は厳格そうに見えて、どちらかと言えば寛大だった。
私のすることに口を挟むこともなく、好きなようにさせてくれた。私はそれを、忙しいから自分にはあまり興味ないのかな、くらいにしか思っていなかった。
元々感情がそう豊かなわけでもなく、知らない人には創と親子に見えるほど無口。母とはお見合い結婚だと聞いていたけど、母が明るくお喋りで懐の深い人だからか、うまくいっていたと思う。
けれど、父は今まで近すぎず遠すぎず私を見守ってくれていた。忙しい最中にこっそりと試合を見に来て何も言わず会場をあとにすることもあったらしい。
そして気がついた。父は不器用で、娘にどう接していいのかわからなかっただけなんだと。
「……よく頑張ったな、澪」
顔を上げて目を細めると、父は滅多に見せない穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとう……ございます……」
これまで愛情を感じなかったわけじゃない。でも今、これまでにないくらいの深い愛情を感じてしまった。
「よかったな……」
宥めるように背中を摩りながら、一矢は私にハンカチを差し出す。私の目からは次々と涙が零れ落ちていたから。
「一矢君」
父は静かに呼びかけ、一矢と一緒に私も顔を上げた。
「これからも、澪のことを見守ってやってくれ。場所が変わっても、ずっと彼女が輝いていられるように」
一矢はグッと息を飲み、そして言った。
「もちろんです。澪さんが輝きを失わないよう、俺はサポートし続けます」
力強い一矢の答えに、父は満足そうに頷くと立ち上がった。
「さぁ、君たち。夕食は食べていくだろう? 母さんが張り切って用意してくれている」
その顔は、とても晴れ晴れとしていて、私は父に認められた嬉しさを噛み締めていた。
あなたにおすすめの小説
毎週金曜日、午後9時にホテルで
狭山雪菜
恋愛
柳瀬史恵は、輸入雑貨の通販会社の経理事務をしている28歳の女だ。
同期入社の内藤秋人は営業部のエースで、よく経費について喧嘩をしていた。そんな二人は犬猿の仲として社内でも有名だったけど、毎週金曜日になると二人の間には…?
不定期更新です。
こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
4番目の許婚候補
富樫 聖夜
恋愛
愛美は家出をした従姉妹の舞の代わりに結婚することになるかも、と突然告げられた。どうも昔からの約束で従姉妹の中から誰かが嫁に行かないといけないらしい。順番からいえば4番目の許婚候補なので、よもや自分に回ってくることはないと安堵した愛美だったが、偶然にも就職先は例の許婚がいる会社。所属部署も同じになってしまい、何だかいろいろバレないようにヒヤヒヤする日々を送るハメになる。おまけに関わらないように距離を置いて接していたのに例の許婚――佐伯彰人――がどういうわけか愛美に大接近。4番目の許婚候補だってバレた!? それとも――? ラブコメです。――――アルファポリス様より書籍化されました。本編削除済みです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
【完結】曖昧な距離で愛している
山田森湖
恋愛
結婚4年目のアラサー夫婦、拓海と美咲。仲は悪くないが、ときめきは薄れ、日常は「作業」になっていた。夫には可愛い後輩が現れ、妻は昔の恋人と再会する。揺れる心、すれ違う想い。「恋人に戻りたい」――そう願った二人が辿り着いた答えは、意外なものだった。曖昧で、程よい距離。それが、私たちの愛の形。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
✽全28話完結
✽辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
✽他誌にも掲載中です。
✽2026.4/11 エブリスタ用に使用している表紙に変更しました。
→表紙はイラストをGrok タイトルをChatGPTでAI生成しています。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました!
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──