恋をするのに理由はいらない

玖羽 望月

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 12月半ば。今日は一段と冷え込むと朝の天気予報は言っていた。天気は良いが、吹く風は冷たい。

「寒いのか?」

 震える手を摩っていると、車から降りた一矢に尋ねられた。

「それもあるけど緊張してて……」
「なんで実家に帰ってきたのに緊張するんだよ。初めてプレゼンする新入社員みたいな顔だぞ?」

 茶化すように言ってから、一矢は私の頭を撫でる。

「大丈夫だ。俺のお墨付きだしな」

 目標にしていた5組の顧客。最後に決まったのは、戸田さんのお母さまからの紹介だった。それが先月のことだ。
 それから私は一矢に教えてもらいながら、父に見せるための資料を作成した。事業内容や収支、今後の収益の見込みなど、私には無縁の世界でそんなことを気にしたこともなかったけど、一矢のほうが『絶対社長を唸らせてやる』と張り切っていた。
 でも、その資料作りは全部自分の手でやった。一矢は教えてくれるけど、それ以上手を出すことはなかった。
 慣れていないパソコンでの作業に悪戦苦闘しつつ資料を作り上げ、一矢に褒めてもらったのは先日のことだ。

 今まで団体でプレーをしてきた自分が個人で何かを成し遂げるのはもしかしたら初めてなのかも知れない。一矢は大丈夫って言ってくれるけど、お父さんがなんと言うのか不安だった。

 けれど……。

「……そうか。これを澪が……」

 プリントアウトした資料に視線を落としたまま、お父さんは一矢の思惑通りに唸るように呟いた。

「あの……。まだまだ内容には問題は多いと思うけど、それでも一生懸命作ったの。どう……ですか?」

 レギュラー選手を発表する場でもこんなにドキドキしなかったと思う。飛び出しそうな心臓を押さえるように胸に手を当てて私は尋ねた。

 思えば、父は厳格そうに見えて、どちらかと言えば寛大だった。
 私のすることに口を挟むこともなく、好きなようにさせてくれた。私はそれを、忙しいから自分にはあまり興味ないのかな、くらいにしか思っていなかった。
 元々感情がそう豊かなわけでもなく、知らない人には創と親子に見えるほど無口。母とはお見合い結婚だと聞いていたけど、母が明るくお喋りで懐の深い人だからか、うまくいっていたと思う。
 けれど、父は今まで近すぎず遠すぎず私を見守ってくれていた。忙しい最中にこっそりと試合を見に来て何も言わず会場をあとにすることもあったらしい。
 そして気がついた。父は不器用で、娘にどう接していいのかわからなかっただけなんだと。

「……よく頑張ったな、澪」

 顔を上げて目を細めると、父は滅多に見せない穏やかな笑みを浮かべた。

「ありがとう……ございます……」

 これまで愛情を感じなかったわけじゃない。でも今、これまでにないくらいの深い愛情を感じてしまった。

「よかったな……」

 宥めるように背中を摩りながら、一矢は私にハンカチを差し出す。私の目からは次々と涙が零れ落ちていたから。

「一矢君」

 父は静かに呼びかけ、一矢と一緒に私も顔を上げた。

「これからも、澪のことを見守ってやってくれ。場所が変わっても、ずっと彼女が輝いていられるように」

 一矢はグッと息を飲み、そして言った。

「もちろんです。澪さんが輝きを失わないよう、俺はサポートし続けます」

 力強い一矢の答えに、父は満足そうに頷くと立ち上がった。

「さぁ、君たち。夕食は食べていくだろう? 母さんが張り切って用意してくれている」

 その顔は、とても晴れ晴れとしていて、私は父に認められた嬉しさを噛み締めていた。
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