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第三話 白蟻
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私は失意の中、シトロイカ王国の首都シトロンの華やかな町並みの中を歩いていました。
お目当ては衣服です。
ここ最近はシューペリア家から頂いたドレスばかり着ていたので、今や一介の庶民である私に相応しい服を購入する必要があったのです。
賑やかな町並みをドレスで歩くと目立ちますから、馬車でお店に乗り付けました。
吊るしの服を安く売る、庶民的なお店です。
馬車の御者はきょとんとされていましたが、構わずに乗車賃を支払って下車します。
そうしてお店のドアをくぐろうと意気込んだ、まさにその時です。
「珍しい店に用があるんだな、カトレア・アップルフィールド」
とても低い男性の声に呼び止められました。
全く見覚えのない方でした。
品のいいスーツに身を包んでいますが、かなり筋肉質であることが伺えます。
顔立ちは彫刻のように整っていて、くりくりとカールした黒髪が特徴的です。
「え? えっと、どちら様でしょうか?」
「カティサークという。社交界では『白蟻』の名で通っているが、聞き覚えは?」
白蟻。
その名前には聞き覚えがありました。
社交界では知れた名前、いえ、悪名です。
貴族専門の高利貸しで、お屋敷から漂う甘い香りを決して逃さない。
一度招き入れてしまった家は、食い尽くされて破綻する。
そういった意味を込めて白蟻と呼ばれる男がいることを、知っていました。
「白蟻……あなたが、あの有名な」
「悪名高い、と言ってくれて構わん」
「そんな、悪名だなんて」
「ミス・カトレア、君と話がしたい。どうだね、そこらのカフェにでも」
「お誘い頂き誠に嬉しく思いますが……」
丁重にお断りしようとしたその矢先、白蟻、いやカティサークさんは驚くべき提案をなさいました。
「時間の無駄は嫌いだ。率直に言おう。王国公認会計士カトレア・アップルフィールド、君を当行、王国中央銀行で雇用したい」
王国中央銀行、という仰々しい名前に聞き覚えがありませんでした。
王国銀行、ならば国の通貨を発行する中央銀行として誰にでも知られた存在ですが、王国中央銀行、となると全く聞き覚えがありません。
「初めてお伺いする銀行ですが」
「だろうな。ウチを知っている者は、ごくごく一部の貴族だけだ」
「失礼ですが、それはまさか闇金融の類でしょうか」
恐る恐る尋ねると、カティサークさんは低い声で笑いました。
「金利も債権の回収方法も法の範囲内でやっている。真っ当な金融だ」
「そのような銀行が、何故私を勧誘なさるのですか?」
「単純だ。数字に強く、賤業と蔑まれる金貸しになることを厭わない、社交界に通じた、そして何よりこれが一番重要なのだが――美しい女の人材を求めているからだ」
最後の条件は置いておくとして、確かに私は彼の求める人材像に適しているようです。
あれだけの辱めを受けたのですから、今更金貸しになることに抵抗など微塵もありません。
数字の扱いは好きですし、社交界には顔が知られています。
もっとも、敵も多くいるのですが。
「立ち話もなんだ。そこらで紅茶でも飲もうじゃないか」
私は半ば彼に流されるようにして、カフェに入りました。
リーズナブルなクリームティーのお店です。
紅茶とスコーンにクロテッドクリームとジャムが添えられて出てくると、私はとてもお腹が空いていたことに気付きました。
「やはり頭脳労働には糖分だ」
そんなことを仰っしゃりながら、カティサークさんはスコーンをむしゃむしゃと召し上がっています。
なんだか気が抜けてしまって、私もスコーンに手が伸びます。
クリームをたっぷり塗って頬張ると、よほど疲れてお腹が減っていたのでしょう、今までに食べたスコーンの中で一番の味がしました。
「で、当行に入社する気はないか?」
カティサークさんは紅茶を召し上がりながら仰っしゃります。
「私は、田舎に帰ろうと思います」
「敗走すると?」
「敗走、ですか」
「そうだ。話は聞いている。最近シューペリア家に取り入っている、サンドラとかいう女狐に手ひどくやられたのだろう?」
「ご存知なのですか」
「当然だ。今や社交界を二分するトピックだぞ」
そんな大事になっていたとは存じませんでした。
ですが、社交界を二分、というのはどういった訳でしょうか。
批判一色でもおかしくないはずです。
不思議に思っていると、カティサークさんは続けます。
「端的に言えばお前は嵌められたのだ、カトレア。社交界には女が学問を収めることを良く思わない、旧態然とした連中がゴロゴロといる。サンドラはそういった手合にうまく取り入り、お前の追放劇を演じてみせたのだ」
「演じた、というのは」
「あの晩の三文芝居だ。脚本も小道具も最低のな。まさか、お前が本当に横領をしたと信じている貴族がいると思うか?」
「……どういうことですか」
「横領の罪はただの口実ということだ。よく考えてもみろ、貴族の資産を横領した者が何の処罰も受けず、クリームティーなんぞ飲めると思うか?」
考えてみればおかしなことです。
どうして私は今、自由の身でいられるのでしょうか。
今まで気付きもしなかった自分が不思議に思えます。
カティサークさんの仰ることを整理すると、おおよその事情は掴めました。
私は元より、社交界に敵が多かった。これは事実です。
サンドラは私をよく思わない方達に取り入って、横領の罪をでっち上げ、私を社交界から追放する計画を立てた。
その結果が、あの舞踏会での出来事というわけです。
ということは、あの舞踏会は私をよく思わない方達ばかりが集まっていたのでしょうか。
背筋がぞっとします。
私が投獄もされず、手切金まで頂いたのは、哀れな女に対する、せめてもの情けということでしょう。
しかし疑問点もいくつか残ります。
サンドラとアルファードの動機です。
サンドラとて、女性の身でありながら学問を収めるお方。
私を追放したい意図が汲めません。
アルファードは一番の謎です。
かつて、彼との間には確かに愛情がありました。
それが一体なぜ、このようなことになったのでしょう。
私が思案にふけっていると、カティサークさんは紅茶を飲み干して言いました。
「率直に言おう。サンドラはアルファードに取り入り、シューペリア家の資産を横領している。真犯人は脚本家ときた。とんだどんでん返しもあったものだな」
その言葉で、全ての謎が氷解するのでした。
サンドラは私を追放して得た居場所で、シューペリア家の財産を食い潰し、挙句にアルファードとただならぬ関係を築いているようです。
私はズキズキと痛む胸に、冷めた紅茶を流し込みました。
お目当ては衣服です。
ここ最近はシューペリア家から頂いたドレスばかり着ていたので、今や一介の庶民である私に相応しい服を購入する必要があったのです。
賑やかな町並みをドレスで歩くと目立ちますから、馬車でお店に乗り付けました。
吊るしの服を安く売る、庶民的なお店です。
馬車の御者はきょとんとされていましたが、構わずに乗車賃を支払って下車します。
そうしてお店のドアをくぐろうと意気込んだ、まさにその時です。
「珍しい店に用があるんだな、カトレア・アップルフィールド」
とても低い男性の声に呼び止められました。
全く見覚えのない方でした。
品のいいスーツに身を包んでいますが、かなり筋肉質であることが伺えます。
顔立ちは彫刻のように整っていて、くりくりとカールした黒髪が特徴的です。
「え? えっと、どちら様でしょうか?」
「カティサークという。社交界では『白蟻』の名で通っているが、聞き覚えは?」
白蟻。
その名前には聞き覚えがありました。
社交界では知れた名前、いえ、悪名です。
貴族専門の高利貸しで、お屋敷から漂う甘い香りを決して逃さない。
一度招き入れてしまった家は、食い尽くされて破綻する。
そういった意味を込めて白蟻と呼ばれる男がいることを、知っていました。
「白蟻……あなたが、あの有名な」
「悪名高い、と言ってくれて構わん」
「そんな、悪名だなんて」
「ミス・カトレア、君と話がしたい。どうだね、そこらのカフェにでも」
「お誘い頂き誠に嬉しく思いますが……」
丁重にお断りしようとしたその矢先、白蟻、いやカティサークさんは驚くべき提案をなさいました。
「時間の無駄は嫌いだ。率直に言おう。王国公認会計士カトレア・アップルフィールド、君を当行、王国中央銀行で雇用したい」
王国中央銀行、という仰々しい名前に聞き覚えがありませんでした。
王国銀行、ならば国の通貨を発行する中央銀行として誰にでも知られた存在ですが、王国中央銀行、となると全く聞き覚えがありません。
「初めてお伺いする銀行ですが」
「だろうな。ウチを知っている者は、ごくごく一部の貴族だけだ」
「失礼ですが、それはまさか闇金融の類でしょうか」
恐る恐る尋ねると、カティサークさんは低い声で笑いました。
「金利も債権の回収方法も法の範囲内でやっている。真っ当な金融だ」
「そのような銀行が、何故私を勧誘なさるのですか?」
「単純だ。数字に強く、賤業と蔑まれる金貸しになることを厭わない、社交界に通じた、そして何よりこれが一番重要なのだが――美しい女の人材を求めているからだ」
最後の条件は置いておくとして、確かに私は彼の求める人材像に適しているようです。
あれだけの辱めを受けたのですから、今更金貸しになることに抵抗など微塵もありません。
数字の扱いは好きですし、社交界には顔が知られています。
もっとも、敵も多くいるのですが。
「立ち話もなんだ。そこらで紅茶でも飲もうじゃないか」
私は半ば彼に流されるようにして、カフェに入りました。
リーズナブルなクリームティーのお店です。
紅茶とスコーンにクロテッドクリームとジャムが添えられて出てくると、私はとてもお腹が空いていたことに気付きました。
「やはり頭脳労働には糖分だ」
そんなことを仰っしゃりながら、カティサークさんはスコーンをむしゃむしゃと召し上がっています。
なんだか気が抜けてしまって、私もスコーンに手が伸びます。
クリームをたっぷり塗って頬張ると、よほど疲れてお腹が減っていたのでしょう、今までに食べたスコーンの中で一番の味がしました。
「で、当行に入社する気はないか?」
カティサークさんは紅茶を召し上がりながら仰っしゃります。
「私は、田舎に帰ろうと思います」
「敗走すると?」
「敗走、ですか」
「そうだ。話は聞いている。最近シューペリア家に取り入っている、サンドラとかいう女狐に手ひどくやられたのだろう?」
「ご存知なのですか」
「当然だ。今や社交界を二分するトピックだぞ」
そんな大事になっていたとは存じませんでした。
ですが、社交界を二分、というのはどういった訳でしょうか。
批判一色でもおかしくないはずです。
不思議に思っていると、カティサークさんは続けます。
「端的に言えばお前は嵌められたのだ、カトレア。社交界には女が学問を収めることを良く思わない、旧態然とした連中がゴロゴロといる。サンドラはそういった手合にうまく取り入り、お前の追放劇を演じてみせたのだ」
「演じた、というのは」
「あの晩の三文芝居だ。脚本も小道具も最低のな。まさか、お前が本当に横領をしたと信じている貴族がいると思うか?」
「……どういうことですか」
「横領の罪はただの口実ということだ。よく考えてもみろ、貴族の資産を横領した者が何の処罰も受けず、クリームティーなんぞ飲めると思うか?」
考えてみればおかしなことです。
どうして私は今、自由の身でいられるのでしょうか。
今まで気付きもしなかった自分が不思議に思えます。
カティサークさんの仰ることを整理すると、おおよその事情は掴めました。
私は元より、社交界に敵が多かった。これは事実です。
サンドラは私をよく思わない方達に取り入って、横領の罪をでっち上げ、私を社交界から追放する計画を立てた。
その結果が、あの舞踏会での出来事というわけです。
ということは、あの舞踏会は私をよく思わない方達ばかりが集まっていたのでしょうか。
背筋がぞっとします。
私が投獄もされず、手切金まで頂いたのは、哀れな女に対する、せめてもの情けということでしょう。
しかし疑問点もいくつか残ります。
サンドラとアルファードの動機です。
サンドラとて、女性の身でありながら学問を収めるお方。
私を追放したい意図が汲めません。
アルファードは一番の謎です。
かつて、彼との間には確かに愛情がありました。
それが一体なぜ、このようなことになったのでしょう。
私が思案にふけっていると、カティサークさんは紅茶を飲み干して言いました。
「率直に言おう。サンドラはアルファードに取り入り、シューペリア家の資産を横領している。真犯人は脚本家ときた。とんだどんでん返しもあったものだな」
その言葉で、全ての謎が氷解するのでした。
サンドラは私を追放して得た居場所で、シューペリア家の財産を食い潰し、挙句にアルファードとただならぬ関係を築いているようです。
私はズキズキと痛む胸に、冷めた紅茶を流し込みました。
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