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ー第一章ー
一人ぼっち
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私は、子供の頃から気が小さくて、人見知りも激しくて、大人し過ぎるほどに静かな子だった…。
中学校に上がっても、自分に自信もないから、声も小さくて、伏し目がち。おまけに顔は、ニキビだらけで、分厚いメガネが外せない。そして、何よりデブ…。
いじめるには、格好の標的だったんだろうね…。
『ねぇ彩子。』
『…な、何?』
『生きてて楽しい?』
『え…?』
『あーごめん!楽しいよねぇ!彩子、ドMだからみんなに、いじられて最高じゃんね!』
『…。』
『もう!何かリアクション取れよ!つまんない女!…ん?女?こいつ女だよね?』
『いやいや夏希!彩子、女、女!』
『だよねぇ!一瞬、間違ってるかと思って自分を疑っちゃった!』
『…。』
『…ったく!あんたってホント何も喋らないね!どーすんの、そんなんで!?彩子の一生って最高に、つまんないだろうね!好きな人に抱きしめてもらう事もなければ、こりゃ間違いなく生涯、処女のまんまだね!』
『うわー、最悪!そんなん絶対、耐えられない!死んだ方がまだマシだわ!』
『ってか、夏希!ついに智くんとヤっちゃったの!?』
『ふふーん!すいません!上田夏希、十四歳!お先に、ロストバージンさせて頂きました!』
『ええー!マジで!?どーだった!?どーだった!?』
『それがさぁ…。あ!彩子には、聞かせない方がいーっしょ!気の毒だから!あっち行こ!あっち!』
『そうだね。彩子は、このまま何も知らない方が幸せだよ、きっと…。』
『…。』
気持ち悪くて、無抵抗…。
最初は、何となく疎外されてただけだけど、いつの間にか、机とロッカーの中には、ゴミが詰まってて…。
机の上には、"気持ち悪い"だの、"生きてる意味ある?"だの、中傷するイタズラ描きまで…。
母子家庭のウチでは、当然、お母さんには、心配かけたくないから、一人になれる公園とか土手とかで、苦しみを涙に変えていた。
寂しかった…。ただ、ひたすらに寂しかった。味方がいない事に、胸の内を話せる友達がいない事に。
いじめに抵抗する勇気より、いじめに耐え得る力より、たった一人の友達が欲しかった…。
『彩子、来年は、いよいよ高校受験ね!高校は、どんな学校に行きたいの?』
『え…。うーん…。』
『いーのよ。自分の考えてる通りに話してちょうだい。』
『お母さん、私ね、遠いトコ行きたい。誰も知ってる人がいない遠いトコ…。』
『彩子…。』
『私さ、ほら友達いないじゃない?だから、高校で頑張って友達作ろうと思って…。それにはさ、やっぱり、今までの私を知らないトコに行った方が良いでしょ?高校デビューってやつ?しようかなーって。』
『彩子…。初めてね。自分からこうしたいって言って来たの。お母さん嬉しいわ。うん!分かったわ!彩子の好きなようにしなさい。』
『ありがとう、お母さん。あ、でもちゃんと公立にするからね!』
『彩子…。ごめんね。寂しい思いをさせて…。お父さんが居たら絶対違ったのにね。』
『何言ってるのよ!お母さん!お父さんは、もう居ないんだから仕方ないじゃない。私は、大丈夫だよ。』
『ありがとう、彩子。』
お父さんは、私が生まれて直ぐに死んでしまった。お母さんは、交通事故だったって言っていた。もちろん、私なんかよりも、数倍、お母さんは、辛くて苦しい思いをしてたきたんだと思う。だから、余計に私は、お母さんの重荷には、なりたくなかった。
お母さんも薄々気付いてるんだと思う。私が、仲間外れにされている事には…。それはそうでしょう。毎日、毎日、一人で登校して、一人で下校してきて、休みの日だって、ずっと一人で家に居るんだから。
そう、私は一人ぼっち…。
心配しないはずがない。でも私は、いじめられてるとは、口が裂けても言えなかった。ううん。言いたくなかっただけかもしれない。いじめられてる事実を認めたくなかった。まだ暴力を振るわれてるわけじゃないし、お金だって要求されてるわけじゃない、中学まで我慢すれば解放される、私さえ今だけ我慢すれば、真実は知らないままお母さんに義務教育の終わりを告げられる。
私の弱さから招いたこの生活は、お母さんに責任はないの。だから、私は、一人で戦って時間が経つのを、ただ待つのみ。そして、高校で味方を…、生まれて初めての友達を作るんだ!
友達と遊ぶ事を知らなかった私には、一人ぼっちで机に向かうっていう"暇潰し"しかする事がなかった。そう、"お陰"で勉強だけは出来た。常に学年トップ。
学校生活での楽しい思い出の代わりに、私には、教科書の文字ばっかりが焼き付いてる。先生からは、東大が狙える超進学校を薦められた。私は、言われるがままに、その意見に乗っかろうと思ってる。
やっぱり東大なんて誰でも狙えるトコじゃないし、失った楽しいはずの思い出の代償は、確実に手にしとくべきだと考えたの。
友達と学歴。私の掲げた目標は、いじめに消えた思い出の上に立つ。若すぎた犠牲を取り返す為に、お母さんを楽にさせてあげる為に…。
私は、がむしゃらに勉強した。色んな雑念を払拭するように。忘れるように…。
『お母さん。私ね、お母さんを楽させてあげられる様に頑張るからね。』
『どうしたの?突然。』
『ああ、気にしないで!ちょっと宣言してみたかったの!自分に喝を入れる為に。お母さんしか、聞いてもらえる人いないから。』
『彩子…。そんな自分にプレッシャー掛けなくていいのよ。お母さんは、彩子が、そばに居てくれるだけで十分、励みになるんだから。もっと肩の力を抜いて楽に生きなさい。』
『…。』
『彩子…。どうしたの、今日は?』
『ううん…。ごめんね、ちょっと寂しくなっただけ。』
『彩子…。ほら、こっちへおいで。お母さんが、抱きしめてあげるわ。』
『…うん。』
『どう?あったかいでしょ?辛い時は、いつでも言うのよ。お母さんが、楽にしてあげるからね。』
『ありがとう。…ねぇお母さん、好きな人に抱きしめられたら、また違うの?』
『彩子…。そうね、全然違った嬉しさと温かさがあるわ。何より、あの開放感がたまらないわ。全てを預けたくなるの。』
『お父さんもそうだった?』
『もちろん!あの独特の温もりは、生涯忘れる事はないわ。』
『私にも、そういう人が、現れるかなぁ…。』
『何言ってるの!当たり前でしょ!必ず彩子の事が大好きな人に巡り逢えるわ!そして、優しく抱きしめてくれるわ。』
『ホントに?ホントに?』
『彩子…?どうしたの?あらやだ!泣いてるの?』
『ウウッ…。』
『いいわよ!泣きなさい。我慢しないで泣いていいのよ。彩子の涙の数だけ、いくらでも抱きしめてあげるから。』
『ごめんね。お母さん、ごめんね!私、強くなるから…。』
一つ屋根の下、二人だけの決心は、まだ見えない未来に明かりを灯すように、時間を止めた。
映える夕日は、繕う時間に束の間の安息を。心には、優しいゆとりを。息つく余裕は、張り詰めた糸に遊びをくれるんだ…。
だけど、その夜―。
珍しく、こんな夢を見た。
私は、夢の中でも変わらず、いじめられている。でも、ふと周りを見ると、明らかに今より大人びた私が何人も…。高校生の私、リクルートスーツの私、母親の私、お婆ちゃんの私…。他にも、いーっぱい。そして、当たり前のように、いじめられている。しかも、今よりもエスカレートしていて…。蹴り飛ばされる私、水浸しの私、土下座してお金を渡してる私…。
そこには、ついさっき、お母さんと交わしたばかりの希望は、どこにも見当たりはしなかった。陽の当たらない怖れているリアルな現実しか映されていなかった。
やっぱりなんだ。どんなに高飛車な理想を描いても、高貴な夢に現をぬかしても、次の瞬間には、冷たすぎる現実が、全てをゼロに戻してくれる。勇気を振り絞った一歩は、勘違いの進歩。気がつけば、いつもそこは、ふりだしなんだ。
でも何で…?
何で、私なの?神様、ズルいよ。私だって、みんなとバカ話したかった。補導されたって構わないから、みんなと背伸びしてみたかったよ。それに、可愛くなって大好きな男の子とお話したかったし、誰よりも優しくされたかった…。
私は、全然、強くないのに、泣き虫なのに何で神様は、私を選んだの?こんな運命、私には重すぎるよ。
もう無理…。
陽の当たらない真っ暗な未来なんて、もう、見たくない。もう、何も見たくない…!
ーーー。
『…彩子。彩子、起きなさい!遅れるわよ!』
『ん…。んー…。』
『珍しいわね、彩子が寝坊するなんて。早く支度していらっしゃい。』
気がつくと朝…。春を止めている意地悪な冷たい風が窓の隙間から零れていた。
でも、なんてナーバスな夢だったんだろう。季節も神様も現実もみんなして意地悪ばっか。
それにしても…。
『あれ…?』
ちょっと、待って!何で!?
何も見えない―。
『は!?ちょっと、嘘でしょ!?何でよ!?』
とにかく理解出来ない…。
『彩子…?どうしたの、大きい声出して。』
『ちょっと!お母さん!私、目、開いてる!?』
『え…?何言ってるの、彩子。ちゃんと開いて…。』
『見えないのよ!』
『え…?』
『何も見えないのよ!どこをどう向いても、何度、瞬きしても、何も見えないのよ!!何で!?お母さん!何で!?』
『落ち着きなさい!彩子!落ち着いて!』
必死に抱き止めるお母さんの腕が痛いくらいに、更に私をパニックに陥らせた。
『彩子!これ幾つか分かる!?』
『は!?何言ってんの!?幾つも何も、真っ暗闇よ!』
『彩子…!』
私は、そのまま取り乱したお母さんが呼んだ救急車で病院へと向かった。
訳の分からない突然の事態。お母さんも私も、ひたすらにパニックになっていた。
ただ、認めざるを得ないのは、遠近感もない真っ暗闇の世界…。
『先生!一体何が?この子に一体何があったんですか!?』
『んん…、これは、今の段階では、何とも言えません…。白内障にしろ緑内障にしろ、何らかの前兆があるはずです。ここまで、何の前兆もなく突然、失明するなんて私の知る限り前例がありません。』
『そんな…、先生!それじゃ、この子は、どうなるって言うんですか!?』
『もう少し、調べてみてからでないと申し訳ないですが今は何とも…。』
『そ、そんな…。』
『とりあえず、精神的にも落ち着かせる為にも、もちろん、検査の為にも、このまま一度、入院しましょう。』
『ウウッ…。』
咽び泣くお母さんの声が、私の現実を物語った。私は、言われるがままに病室のベッドへ…。
医者も分からない、原因不明の失明。確かに、もう何も見たくない!そう言った。でも、それは、あくまで夢の中の話…。
神様…。あなたは、一体私をどうしようとしているの?ここまで無様な姿にして何が面白いって言うの?確かに、よく聞くよ。この人なら乗り越えられるから、神様は、こんな試練を与えるんだって。
ふざけないで!
一体、私の何を見てそれを言うの!?私のどこに、そんな力が?それに、こんな状況から何を見出せって言うのよ!もう、私には、絶望に打ちひし枯れて泣く事しか出来ないよ。光りのない世界に怯えて、何もない視界に怯えて、流れ落ちる涙すら見えないなんて…。
『彩子、大丈夫よ。何も怖がる事はないわ。彩子は、一人じゃないわ。お母さんが、ずーっと、そばに居てあげるからね。』
『お母さん…。ウウッ…。』
神様…。
とりあえず、今、分かったのは、改めて知る、お母さんのありがたさと、涙って全然、枯れないんだって事だけだよ…。
中学校に上がっても、自分に自信もないから、声も小さくて、伏し目がち。おまけに顔は、ニキビだらけで、分厚いメガネが外せない。そして、何よりデブ…。
いじめるには、格好の標的だったんだろうね…。
『ねぇ彩子。』
『…な、何?』
『生きてて楽しい?』
『え…?』
『あーごめん!楽しいよねぇ!彩子、ドMだからみんなに、いじられて最高じゃんね!』
『…。』
『もう!何かリアクション取れよ!つまんない女!…ん?女?こいつ女だよね?』
『いやいや夏希!彩子、女、女!』
『だよねぇ!一瞬、間違ってるかと思って自分を疑っちゃった!』
『…。』
『…ったく!あんたってホント何も喋らないね!どーすんの、そんなんで!?彩子の一生って最高に、つまんないだろうね!好きな人に抱きしめてもらう事もなければ、こりゃ間違いなく生涯、処女のまんまだね!』
『うわー、最悪!そんなん絶対、耐えられない!死んだ方がまだマシだわ!』
『ってか、夏希!ついに智くんとヤっちゃったの!?』
『ふふーん!すいません!上田夏希、十四歳!お先に、ロストバージンさせて頂きました!』
『ええー!マジで!?どーだった!?どーだった!?』
『それがさぁ…。あ!彩子には、聞かせない方がいーっしょ!気の毒だから!あっち行こ!あっち!』
『そうだね。彩子は、このまま何も知らない方が幸せだよ、きっと…。』
『…。』
気持ち悪くて、無抵抗…。
最初は、何となく疎外されてただけだけど、いつの間にか、机とロッカーの中には、ゴミが詰まってて…。
机の上には、"気持ち悪い"だの、"生きてる意味ある?"だの、中傷するイタズラ描きまで…。
母子家庭のウチでは、当然、お母さんには、心配かけたくないから、一人になれる公園とか土手とかで、苦しみを涙に変えていた。
寂しかった…。ただ、ひたすらに寂しかった。味方がいない事に、胸の内を話せる友達がいない事に。
いじめに抵抗する勇気より、いじめに耐え得る力より、たった一人の友達が欲しかった…。
『彩子、来年は、いよいよ高校受験ね!高校は、どんな学校に行きたいの?』
『え…。うーん…。』
『いーのよ。自分の考えてる通りに話してちょうだい。』
『お母さん、私ね、遠いトコ行きたい。誰も知ってる人がいない遠いトコ…。』
『彩子…。』
『私さ、ほら友達いないじゃない?だから、高校で頑張って友達作ろうと思って…。それにはさ、やっぱり、今までの私を知らないトコに行った方が良いでしょ?高校デビューってやつ?しようかなーって。』
『彩子…。初めてね。自分からこうしたいって言って来たの。お母さん嬉しいわ。うん!分かったわ!彩子の好きなようにしなさい。』
『ありがとう、お母さん。あ、でもちゃんと公立にするからね!』
『彩子…。ごめんね。寂しい思いをさせて…。お父さんが居たら絶対違ったのにね。』
『何言ってるのよ!お母さん!お父さんは、もう居ないんだから仕方ないじゃない。私は、大丈夫だよ。』
『ありがとう、彩子。』
お父さんは、私が生まれて直ぐに死んでしまった。お母さんは、交通事故だったって言っていた。もちろん、私なんかよりも、数倍、お母さんは、辛くて苦しい思いをしてたきたんだと思う。だから、余計に私は、お母さんの重荷には、なりたくなかった。
お母さんも薄々気付いてるんだと思う。私が、仲間外れにされている事には…。それはそうでしょう。毎日、毎日、一人で登校して、一人で下校してきて、休みの日だって、ずっと一人で家に居るんだから。
そう、私は一人ぼっち…。
心配しないはずがない。でも私は、いじめられてるとは、口が裂けても言えなかった。ううん。言いたくなかっただけかもしれない。いじめられてる事実を認めたくなかった。まだ暴力を振るわれてるわけじゃないし、お金だって要求されてるわけじゃない、中学まで我慢すれば解放される、私さえ今だけ我慢すれば、真実は知らないままお母さんに義務教育の終わりを告げられる。
私の弱さから招いたこの生活は、お母さんに責任はないの。だから、私は、一人で戦って時間が経つのを、ただ待つのみ。そして、高校で味方を…、生まれて初めての友達を作るんだ!
友達と遊ぶ事を知らなかった私には、一人ぼっちで机に向かうっていう"暇潰し"しかする事がなかった。そう、"お陰"で勉強だけは出来た。常に学年トップ。
学校生活での楽しい思い出の代わりに、私には、教科書の文字ばっかりが焼き付いてる。先生からは、東大が狙える超進学校を薦められた。私は、言われるがままに、その意見に乗っかろうと思ってる。
やっぱり東大なんて誰でも狙えるトコじゃないし、失った楽しいはずの思い出の代償は、確実に手にしとくべきだと考えたの。
友達と学歴。私の掲げた目標は、いじめに消えた思い出の上に立つ。若すぎた犠牲を取り返す為に、お母さんを楽にさせてあげる為に…。
私は、がむしゃらに勉強した。色んな雑念を払拭するように。忘れるように…。
『お母さん。私ね、お母さんを楽させてあげられる様に頑張るからね。』
『どうしたの?突然。』
『ああ、気にしないで!ちょっと宣言してみたかったの!自分に喝を入れる為に。お母さんしか、聞いてもらえる人いないから。』
『彩子…。そんな自分にプレッシャー掛けなくていいのよ。お母さんは、彩子が、そばに居てくれるだけで十分、励みになるんだから。もっと肩の力を抜いて楽に生きなさい。』
『…。』
『彩子…。どうしたの、今日は?』
『ううん…。ごめんね、ちょっと寂しくなっただけ。』
『彩子…。ほら、こっちへおいで。お母さんが、抱きしめてあげるわ。』
『…うん。』
『どう?あったかいでしょ?辛い時は、いつでも言うのよ。お母さんが、楽にしてあげるからね。』
『ありがとう。…ねぇお母さん、好きな人に抱きしめられたら、また違うの?』
『彩子…。そうね、全然違った嬉しさと温かさがあるわ。何より、あの開放感がたまらないわ。全てを預けたくなるの。』
『お父さんもそうだった?』
『もちろん!あの独特の温もりは、生涯忘れる事はないわ。』
『私にも、そういう人が、現れるかなぁ…。』
『何言ってるの!当たり前でしょ!必ず彩子の事が大好きな人に巡り逢えるわ!そして、優しく抱きしめてくれるわ。』
『ホントに?ホントに?』
『彩子…?どうしたの?あらやだ!泣いてるの?』
『ウウッ…。』
『いいわよ!泣きなさい。我慢しないで泣いていいのよ。彩子の涙の数だけ、いくらでも抱きしめてあげるから。』
『ごめんね。お母さん、ごめんね!私、強くなるから…。』
一つ屋根の下、二人だけの決心は、まだ見えない未来に明かりを灯すように、時間を止めた。
映える夕日は、繕う時間に束の間の安息を。心には、優しいゆとりを。息つく余裕は、張り詰めた糸に遊びをくれるんだ…。
だけど、その夜―。
珍しく、こんな夢を見た。
私は、夢の中でも変わらず、いじめられている。でも、ふと周りを見ると、明らかに今より大人びた私が何人も…。高校生の私、リクルートスーツの私、母親の私、お婆ちゃんの私…。他にも、いーっぱい。そして、当たり前のように、いじめられている。しかも、今よりもエスカレートしていて…。蹴り飛ばされる私、水浸しの私、土下座してお金を渡してる私…。
そこには、ついさっき、お母さんと交わしたばかりの希望は、どこにも見当たりはしなかった。陽の当たらない怖れているリアルな現実しか映されていなかった。
やっぱりなんだ。どんなに高飛車な理想を描いても、高貴な夢に現をぬかしても、次の瞬間には、冷たすぎる現実が、全てをゼロに戻してくれる。勇気を振り絞った一歩は、勘違いの進歩。気がつけば、いつもそこは、ふりだしなんだ。
でも何で…?
何で、私なの?神様、ズルいよ。私だって、みんなとバカ話したかった。補導されたって構わないから、みんなと背伸びしてみたかったよ。それに、可愛くなって大好きな男の子とお話したかったし、誰よりも優しくされたかった…。
私は、全然、強くないのに、泣き虫なのに何で神様は、私を選んだの?こんな運命、私には重すぎるよ。
もう無理…。
陽の当たらない真っ暗な未来なんて、もう、見たくない。もう、何も見たくない…!
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『…彩子。彩子、起きなさい!遅れるわよ!』
『ん…。んー…。』
『珍しいわね、彩子が寝坊するなんて。早く支度していらっしゃい。』
気がつくと朝…。春を止めている意地悪な冷たい風が窓の隙間から零れていた。
でも、なんてナーバスな夢だったんだろう。季節も神様も現実もみんなして意地悪ばっか。
それにしても…。
『あれ…?』
ちょっと、待って!何で!?
何も見えない―。
『は!?ちょっと、嘘でしょ!?何でよ!?』
とにかく理解出来ない…。
『彩子…?どうしたの、大きい声出して。』
『ちょっと!お母さん!私、目、開いてる!?』
『え…?何言ってるの、彩子。ちゃんと開いて…。』
『見えないのよ!』
『え…?』
『何も見えないのよ!どこをどう向いても、何度、瞬きしても、何も見えないのよ!!何で!?お母さん!何で!?』
『落ち着きなさい!彩子!落ち着いて!』
必死に抱き止めるお母さんの腕が痛いくらいに、更に私をパニックに陥らせた。
『彩子!これ幾つか分かる!?』
『は!?何言ってんの!?幾つも何も、真っ暗闇よ!』
『彩子…!』
私は、そのまま取り乱したお母さんが呼んだ救急車で病院へと向かった。
訳の分からない突然の事態。お母さんも私も、ひたすらにパニックになっていた。
ただ、認めざるを得ないのは、遠近感もない真っ暗闇の世界…。
『先生!一体何が?この子に一体何があったんですか!?』
『んん…、これは、今の段階では、何とも言えません…。白内障にしろ緑内障にしろ、何らかの前兆があるはずです。ここまで、何の前兆もなく突然、失明するなんて私の知る限り前例がありません。』
『そんな…、先生!それじゃ、この子は、どうなるって言うんですか!?』
『もう少し、調べてみてからでないと申し訳ないですが今は何とも…。』
『そ、そんな…。』
『とりあえず、精神的にも落ち着かせる為にも、もちろん、検査の為にも、このまま一度、入院しましょう。』
『ウウッ…。』
咽び泣くお母さんの声が、私の現実を物語った。私は、言われるがままに病室のベッドへ…。
医者も分からない、原因不明の失明。確かに、もう何も見たくない!そう言った。でも、それは、あくまで夢の中の話…。
神様…。あなたは、一体私をどうしようとしているの?ここまで無様な姿にして何が面白いって言うの?確かに、よく聞くよ。この人なら乗り越えられるから、神様は、こんな試練を与えるんだって。
ふざけないで!
一体、私の何を見てそれを言うの!?私のどこに、そんな力が?それに、こんな状況から何を見出せって言うのよ!もう、私には、絶望に打ちひし枯れて泣く事しか出来ないよ。光りのない世界に怯えて、何もない視界に怯えて、流れ落ちる涙すら見えないなんて…。
『彩子、大丈夫よ。何も怖がる事はないわ。彩子は、一人じゃないわ。お母さんが、ずーっと、そばに居てあげるからね。』
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