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きずりんご
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とある田舎のりんご畑。
いつでも優しい顔をしたおじいちゃんとおばあちゃんがせっせと二人で営んできた人生の全て。
その全てを注ぎ込んで作り上げたりんごは評判を呼び、今やたくさんの店先にまで並ぶ様になっていました。
毎日、毎日、注がれるおじいちゃんとおばあちゃんからの愛情は自信へと変わり、りんご達一つ一つに満ち溢れています。
『今日もおじいちゃんからの元気、いっぱいもらったな!』
『僕もおばあちゃんからの温もりに、たっぷり癒やされたよ!』
『お!そのおかげだな!お前もやっとそこまで色付いて来たか!』
『ああ、俺もみんなに負けない様にこれから一気に赤くなるからな!』
『あははは!その意気だ!』
りんご達は、おじいちゃんとおばあちゃんが大好きです。みんなで足並みをそろえて、みんなで立派なりんごになる事が何よりもの親孝行だと思っているのです。
そんな折りです。一つのりんごの顔に大きな傷がある事に気づいてしまいました。
『ん?おいおい、アイツ見てみろよ!顔にあんなでっかい傷が付いてるぞ!』
『あーあ、いつの間に。あれはもう、りんごとしての価値をなくしたね。』
『ったく、アイツこの木がどんだけ守られてて、どんだけの意味を持ってるか分かってないのかな。』
『同じ木に実を付けた僕達まで価値を問われちゃうよ!』
『おい、お前!何だよ、その傷!どうやったらこの環境でそんな傷が付くんだよ!おじいちゃんとおばあちゃんを悲しませる様な事するなよな!』
『まーまー。そこまで言うなよ。コイツにも何か事情があるんだろ。までも、ちょっとした気の緩みがその傷を生んだ事に間違いは無いはずだよ。この木に実を付けた以上、恥ずかしい事してくれないでくれよな!』
『ご、ごめんなさい…。』
『小ちゃい声だな!もっと大きい声出せないの?おじいちゃんからいっぱい元気もらってるだろ!?』
『ごめんなさい…。』
『ったく、何なんだコイツ!もう良いよ!とにかく、もう僕達に迷惑かけないでくれよ!』
ここのりんご達は、みんなプライドを高く持っています。だからこそ、その和をみだす様な"キズもの"を許すわけにはいきませんでした。
おじいちゃんとおばあちゃんに最高の形で応えたい、ただ、その一心なのです。
しかし、時として、その強い思いが行き過ぎてしまう事があるのです。
『みんな良い感じに赤くなって来たな!』
『ああ。形も整ってるし、色も鮮やかで、蜜もたっぷりだし文句無しだ!…約一名を除いてだけどな!』
『アイツか…。ったく、せっかくの気分が台無しだな。』
『おい、キズもの!』
『…。』
『相変わらず、ろくに口もきけねぇのな!そろそろ収穫時期だってのにお前みたいなのがいると士気が下がるんだよな!もう、どうせお前は収穫されないんだから、自分から落ちてくれないかな!』
『そうだよ!もう僕達、優良モノと一緒の木にいないでくれよ!』
『早く落っこっちゃえよ!キズもの!』
りんごにとっての傷は、文字通り致命傷です。どんなに愛情を注がれても商品としての価値を見出す事はありません。その事実が、ここのりんご達にとってそれは、無を意味したのです。
その強過ぎた高慢な信念が、少しずつ歪んだプライドを作り上げてしまっていたのかもしれません。そう、それは、おじいちゃんとおばあちゃんがまるで望んでもいない形となって…。
そして、神様のイタズラなのでしょうか。何かを気づかせる様に、その日は何の前ぶれもなく突然、訪れたのです。
『うおい!な、何なんだよ、この嵐は!』
『知らないよ!こんなのおじいちゃんのラジオでも言ってなかったよ!』
『やばい!やばいぞ!いくら何でも風も雨も強過ぎる!収穫まで、もう直ぐだってのに!このままじゃ、みんな吹き飛ばされて落っこっちまうよ!』
『落ちちまったら終わりだぞ!俺達、何の価値も無くなっちまう!』
『おじいちゃんとおばあちゃんにどんな顔して会えば良いんだよ!あんだけ毎日、毎日、毎日、手をかけてもらったって言うのに!』
『うわぁ!もう耐えられないよ!』
『…くそっ!もうダメだぁ!』
ーーー。
強烈な嵐は、その価値もプライドもあざ笑うかのように全てを吹き飛ばしていきました。その爪痕は言うまでもありません。みんな、ぐうの音も出ませんでした。
『…ねぇ、もう僕達終わりだね。』
『ああ、終わった…。』
『僕達、このまま腐って消えていくんだろうな。』
『そうだな…。あぁ考えもしなかったな、自分自身がキズものになるなんて…。』
『ホントだよ。これで僕達もアイツと一緒だ。…ん!?ちょ、ちょっと待ってよ!お、おい!』
『どうした?』
『いや、あそこ見てよ!あそこ!僕達がいた木だよ!』
『な、何でだよ!何でアイツだけ飛ばされずにぶら下がってるんだよ!』
『アイツだけ、アイツだけだよ!アイツ以外、みんな吹き飛ばされちゃったって言うのに何で!?』
『くそっ!アイツってそんなに、あの嵐に耐えられるほど強かったのか?』
『アイツの強さなんて、何も知らなかったよ…。』
『もう、何でだよ!何で俺達が、こんな目に…。くそっ…!くそっ…!』
みんな泣きました。ただ、しきりに泣きました。理由はどうあれキズものになってしまった事に、価値を無くした悔しさに…。
みんなが打ちひしがれていると、聞き慣れた足音がゆっくりと聞こえてきました。
『おじいちゃんだ…。』
みんなその姿を確認すると、すぐにうつむき、まだこぼれそうになる涙をこらえるのに必死でした。
『おお、お前はよく落ちなかったなぁ。こんな大きな傷を背負って痛かったろうに…。よく頑張ったなぁ。よしよし。』
おじいちゃんは、最後まで唯一、落ちなかったアイツを優しくなでていました。
『ははは。落ちないりんごだな。こりゃあ縁起物だ。』
かつてのアイツへの罵倒があまりにも歯がゆく、その姿を見て、改めて自分達の惨めさを思い知らされていました。
すると、それまでまともに口もきけなかったはずのアイツの声が聞こえてきたのです。
『みんな、大丈夫?君も、君も、君も僕と同じ、傷だらけだ…。でも、みんなは一人じゃないから羨ましいな。痛みが分かるから助け合えるもんね。』
返す言葉がありませんでした。自分がキズものになってしまった事以上に、アイツの苦しみをまるで知らなかった事が余計に情けなかったのです。
すると、もう一つの聞き慣れた足音がゆっくりと聞こえてきました。
『あらぁ、これは大変ね…。』
おばあちゃんでした。
『おじいさん…。』
『あぁ。』
おばあちゃんは、おじいちゃんと一目合わせると当たり前の様に、吹き飛ばされて落ちていったりんごを一つ残らず拾っていきました。
『おばあちゃん、僕らをどうするつもりなの?』
『何言ってんだ!このまま棄てられるんだよ!』
『これが役立たずの行く末なんだよ…。』
そんな、りんご達の思いを尻目におばあちゃんは、拾い集めたりんごを家に持ち帰り、そして、棄てるどころか、これまた当たり前の様に、キレイな水で傷ついたりんごを洗いだしたのです。
おばあちゃんの柔らかい手は、みんな一つ一つ丁寧に、まるで、止まることを忘れた涙をぬぐう様に、真っ赤な顔に付いた泥をキレイに、そして、傷口は優しく洗い流してくれたのです。
『おばあちゃん!僕は、もうこんなに傷だらけなんだよ!もう誰にも食べてもらえないんだ!だから、こんな丁寧に洗ってくれたってどうしようもないんだよ!』
おばあちゃんにも、傷ついたりんごの声がそう聞こえたのでしょう。いつも以上ににっこり笑って囁いていました。
『付いてしまった泥は、優しく拭き取ってあげようね。付いてしまった傷は、治す事は出来ないけど、そんなもの気にしなければいいの。みんな、良くここまで立派に育ってくれたねぇ。ありがとう。』
『おばあちゃん…!』
『それに、価値ってなぁに?私達には、みんな、可愛いりんごですよ。』
りんご達は、そっと目を閉じました。そして、おばあちゃんの手の包み込む温かさに身をゆだねました。
『ただいまぁ。』
『あら、おかえりなさい。』
おじいちゃんが帰ると、おばあちゃんはそそくさと傷ついたりんごを一つ取り、剥き始めました。
『はい、おじいさん。』
『お、ありがとう。』
『今年も、美味しいりんごが出来ましたね。』
ーおわりー
いつでも優しい顔をしたおじいちゃんとおばあちゃんがせっせと二人で営んできた人生の全て。
その全てを注ぎ込んで作り上げたりんごは評判を呼び、今やたくさんの店先にまで並ぶ様になっていました。
毎日、毎日、注がれるおじいちゃんとおばあちゃんからの愛情は自信へと変わり、りんご達一つ一つに満ち溢れています。
『今日もおじいちゃんからの元気、いっぱいもらったな!』
『僕もおばあちゃんからの温もりに、たっぷり癒やされたよ!』
『お!そのおかげだな!お前もやっとそこまで色付いて来たか!』
『ああ、俺もみんなに負けない様にこれから一気に赤くなるからな!』
『あははは!その意気だ!』
りんご達は、おじいちゃんとおばあちゃんが大好きです。みんなで足並みをそろえて、みんなで立派なりんごになる事が何よりもの親孝行だと思っているのです。
そんな折りです。一つのりんごの顔に大きな傷がある事に気づいてしまいました。
『ん?おいおい、アイツ見てみろよ!顔にあんなでっかい傷が付いてるぞ!』
『あーあ、いつの間に。あれはもう、りんごとしての価値をなくしたね。』
『ったく、アイツこの木がどんだけ守られてて、どんだけの意味を持ってるか分かってないのかな。』
『同じ木に実を付けた僕達まで価値を問われちゃうよ!』
『おい、お前!何だよ、その傷!どうやったらこの環境でそんな傷が付くんだよ!おじいちゃんとおばあちゃんを悲しませる様な事するなよな!』
『まーまー。そこまで言うなよ。コイツにも何か事情があるんだろ。までも、ちょっとした気の緩みがその傷を生んだ事に間違いは無いはずだよ。この木に実を付けた以上、恥ずかしい事してくれないでくれよな!』
『ご、ごめんなさい…。』
『小ちゃい声だな!もっと大きい声出せないの?おじいちゃんからいっぱい元気もらってるだろ!?』
『ごめんなさい…。』
『ったく、何なんだコイツ!もう良いよ!とにかく、もう僕達に迷惑かけないでくれよ!』
ここのりんご達は、みんなプライドを高く持っています。だからこそ、その和をみだす様な"キズもの"を許すわけにはいきませんでした。
おじいちゃんとおばあちゃんに最高の形で応えたい、ただ、その一心なのです。
しかし、時として、その強い思いが行き過ぎてしまう事があるのです。
『みんな良い感じに赤くなって来たな!』
『ああ。形も整ってるし、色も鮮やかで、蜜もたっぷりだし文句無しだ!…約一名を除いてだけどな!』
『アイツか…。ったく、せっかくの気分が台無しだな。』
『おい、キズもの!』
『…。』
『相変わらず、ろくに口もきけねぇのな!そろそろ収穫時期だってのにお前みたいなのがいると士気が下がるんだよな!もう、どうせお前は収穫されないんだから、自分から落ちてくれないかな!』
『そうだよ!もう僕達、優良モノと一緒の木にいないでくれよ!』
『早く落っこっちゃえよ!キズもの!』
りんごにとっての傷は、文字通り致命傷です。どんなに愛情を注がれても商品としての価値を見出す事はありません。その事実が、ここのりんご達にとってそれは、無を意味したのです。
その強過ぎた高慢な信念が、少しずつ歪んだプライドを作り上げてしまっていたのかもしれません。そう、それは、おじいちゃんとおばあちゃんがまるで望んでもいない形となって…。
そして、神様のイタズラなのでしょうか。何かを気づかせる様に、その日は何の前ぶれもなく突然、訪れたのです。
『うおい!な、何なんだよ、この嵐は!』
『知らないよ!こんなのおじいちゃんのラジオでも言ってなかったよ!』
『やばい!やばいぞ!いくら何でも風も雨も強過ぎる!収穫まで、もう直ぐだってのに!このままじゃ、みんな吹き飛ばされて落っこっちまうよ!』
『落ちちまったら終わりだぞ!俺達、何の価値も無くなっちまう!』
『おじいちゃんとおばあちゃんにどんな顔して会えば良いんだよ!あんだけ毎日、毎日、毎日、手をかけてもらったって言うのに!』
『うわぁ!もう耐えられないよ!』
『…くそっ!もうダメだぁ!』
ーーー。
強烈な嵐は、その価値もプライドもあざ笑うかのように全てを吹き飛ばしていきました。その爪痕は言うまでもありません。みんな、ぐうの音も出ませんでした。
『…ねぇ、もう僕達終わりだね。』
『ああ、終わった…。』
『僕達、このまま腐って消えていくんだろうな。』
『そうだな…。あぁ考えもしなかったな、自分自身がキズものになるなんて…。』
『ホントだよ。これで僕達もアイツと一緒だ。…ん!?ちょ、ちょっと待ってよ!お、おい!』
『どうした?』
『いや、あそこ見てよ!あそこ!僕達がいた木だよ!』
『な、何でだよ!何でアイツだけ飛ばされずにぶら下がってるんだよ!』
『アイツだけ、アイツだけだよ!アイツ以外、みんな吹き飛ばされちゃったって言うのに何で!?』
『くそっ!アイツってそんなに、あの嵐に耐えられるほど強かったのか?』
『アイツの強さなんて、何も知らなかったよ…。』
『もう、何でだよ!何で俺達が、こんな目に…。くそっ…!くそっ…!』
みんな泣きました。ただ、しきりに泣きました。理由はどうあれキズものになってしまった事に、価値を無くした悔しさに…。
みんなが打ちひしがれていると、聞き慣れた足音がゆっくりと聞こえてきました。
『おじいちゃんだ…。』
みんなその姿を確認すると、すぐにうつむき、まだこぼれそうになる涙をこらえるのに必死でした。
『おお、お前はよく落ちなかったなぁ。こんな大きな傷を背負って痛かったろうに…。よく頑張ったなぁ。よしよし。』
おじいちゃんは、最後まで唯一、落ちなかったアイツを優しくなでていました。
『ははは。落ちないりんごだな。こりゃあ縁起物だ。』
かつてのアイツへの罵倒があまりにも歯がゆく、その姿を見て、改めて自分達の惨めさを思い知らされていました。
すると、それまでまともに口もきけなかったはずのアイツの声が聞こえてきたのです。
『みんな、大丈夫?君も、君も、君も僕と同じ、傷だらけだ…。でも、みんなは一人じゃないから羨ましいな。痛みが分かるから助け合えるもんね。』
返す言葉がありませんでした。自分がキズものになってしまった事以上に、アイツの苦しみをまるで知らなかった事が余計に情けなかったのです。
すると、もう一つの聞き慣れた足音がゆっくりと聞こえてきました。
『あらぁ、これは大変ね…。』
おばあちゃんでした。
『おじいさん…。』
『あぁ。』
おばあちゃんは、おじいちゃんと一目合わせると当たり前の様に、吹き飛ばされて落ちていったりんごを一つ残らず拾っていきました。
『おばあちゃん、僕らをどうするつもりなの?』
『何言ってんだ!このまま棄てられるんだよ!』
『これが役立たずの行く末なんだよ…。』
そんな、りんご達の思いを尻目におばあちゃんは、拾い集めたりんごを家に持ち帰り、そして、棄てるどころか、これまた当たり前の様に、キレイな水で傷ついたりんごを洗いだしたのです。
おばあちゃんの柔らかい手は、みんな一つ一つ丁寧に、まるで、止まることを忘れた涙をぬぐう様に、真っ赤な顔に付いた泥をキレイに、そして、傷口は優しく洗い流してくれたのです。
『おばあちゃん!僕は、もうこんなに傷だらけなんだよ!もう誰にも食べてもらえないんだ!だから、こんな丁寧に洗ってくれたってどうしようもないんだよ!』
おばあちゃんにも、傷ついたりんごの声がそう聞こえたのでしょう。いつも以上ににっこり笑って囁いていました。
『付いてしまった泥は、優しく拭き取ってあげようね。付いてしまった傷は、治す事は出来ないけど、そんなもの気にしなければいいの。みんな、良くここまで立派に育ってくれたねぇ。ありがとう。』
『おばあちゃん…!』
『それに、価値ってなぁに?私達には、みんな、可愛いりんごですよ。』
りんご達は、そっと目を閉じました。そして、おばあちゃんの手の包み込む温かさに身をゆだねました。
『ただいまぁ。』
『あら、おかえりなさい。』
おじいちゃんが帰ると、おばあちゃんはそそくさと傷ついたりんごを一つ取り、剥き始めました。
『はい、おじいさん。』
『お、ありがとう。』
『今年も、美味しいりんごが出来ましたね。』
ーおわりー
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