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ー第二章ー
≪葛藤≫
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理想っていうのは、ずっとイコール妄想でしかないものだと思っていた。現実には、絶対にあり得ない虚しき偶像。言ってしまえば、マスターベーションと同じだ。快楽の空論…。
ただ、今は、そんな全ての過去の"思い過ごし"が可笑しくて笑けてくる。だってほら、目の前にこうしてその"証拠品"がいるじゃないか!何の疑う余地もない。
『キーちゃん!あのさ、お願いがあるんだけど…。』
付き合って一週間が過ぎた。俺の事をいつの間にかに"キーちゃん"って呼ぶようになっていた。別に何て呼んだらいいとも聞かれた訳でもない。勝手にそう呼びだしたのだ。その何の悪気もない馴れ馴れしい感じがまた愛しくてたまらない。
『お!優里からの初めてのお願いだな!何?何でも言ってごらんよ。』
俺は俺で、9歳も離れてる"差"を偉そうに呼び捨てにする事で、"大人な彼氏像"を作り出そうとしていた。単純すぎるが明確に、かつ簡単に"良い彼氏"の礎とするには、頼れる"大人感"を出すしかないと思っていた。
『あのね、三千円貸して欲しいの。ダメ?』
『え?…いやダメじゃないけど、優里、金持ってんじゃん。』
『違うの!今日たまたま下ろし忘れちゃってね、しかも、これから飲み会だし。ほら、もうこんな時間でしょ?手数料もったいないじゃない!ね?お願い!今回だけ!』
『ま、三千円くらい別に良いけど…。』
『良いけど…?』
『いや、意外に手数料とか気にするんだなって思って。そんな小さい事なんか気にしないで、もっと大胆にお金使う子だと思ってたから。』
『キーちゃん!私を何だと思ってるの!言ったでしょ!私は、お嬢様のつもりなんて、これっぽっちもないの!そりゃ確かに口座には、それなりにまとまった金額はあるけど私は、無駄遣いはしたくないの!いつどこでどうにかなっちゃうか分からないでしょ!』
『優里…。』
『もしかして、ただのケチくさ女だって思ってんの?だとしたらキーちゃんなんて、もういらない!』
『いやいや!ちょっと待てし!まだ何にも言ってないじゃんか!そんな事思ってないから!むしろ逆だよ!』
『逆?』
『そう!ホントにしっかりした子なんだなって。だって俺だったら、もっと見境無しにお金使っちゃうのに。優里は、見た目とは裏腹で、ちゃんと周りが見えてて、ホントお利口さんだよ。』
『またそれを言う!いいですよ!どうせバカっぽいもん!』
『ははは!ごめんごめん!怒った顔もかわいいよ、優里ちゃん!』
『バカにすんな、コラァ!』
『あははは!ごめんごめんて!ほら!はいよ、これ!』
『え?…何で一万円?』
『ああ、財布見たら萬券しか無かったから、それでいいよ。』
『あ、ありがとう…。ちゃんと返すから!』
『おう!いつでもいいよん!』
『キーちゃんって、やっぱり大人だね。』
『そ、そんな事ないですよ!何を言っちゃっちゃっちゃっちゃっ!』
『あははは!兄さん!噛んでる!噛んでる!』
見た目は、ぽわーんとしてて、一見やっぱりバカっぽい。そんな子が見せる、まるで屈託を感じさせない笑顔は、否応なしに俺の心をキュンキュン鳴らす。でも実は、しっかりした考えの下に、ちゃんとプランを持って生きている。そのギャップがまた、俺の心をズキューンと撃ち抜く。
俺は、もう優里の虜…。
『キーちゃん!明日、どれ着てって欲しい?』
優里の夏休みの目前、お互いの休みが合い、急遽、遊園地に行こうって事になった。それは、まだ付き合い始めて3週間も経っていない時の事。初めて優里の部屋に招かれ、初めての優里の手料理をご馳走になり、当たり前の様に何かを期待した浮かれた心を静め、二人まったりと過ごしていた。それにしても、やっぱり女の子の部屋だ…。まず匂いが違いますわ!なんてフローラル!
『ちょっと!キーちゃん聞いてる?』
『え!?あ、おー!さすがは、お嬢さ…。いやいや!いっぱい服持ってんなぁ。』
『んー、まぁ一応、女の子ですから。ってか、キーちゃんてどんな感じが好きなの?』
『そりゃあ、やっぱセーラー…。』
『セーラー服なんて言わないでね!』
『うっ!』
『ロリコンは、十分、分かったから。制服以外で!』
『そうだなぁ…。ってなると、ニーハイにヒラヒラのミニスカにキャミソールだな!しかも、原色系の!』
『うーん…。キーちゃんてホンモノね。っていうか発想が中2だよね。』
『いやいや!そんな事な…。』
『あるでしょ!…スゴーイ!清彦さんてやっぱりオトナ!って思う事の方が多いから、まだ救いなんだけど、性的発想に関しては極めてクソガキだよね。』
『ゆ、言うねぇ…。でも男なんて大半がロリコンなんだから、これが"フツー"なんだよ。』
『出た出た!よくいるよね。そうやって自分を標準化する奴。でも、そう考えると男っていう生き物自体が相当、下等に思えてくるわ。ピチピチした若い張りと艶にしか頭が無いんだから。』
『あのなぁ!えらい酷く言っちゃってくれてるけど、男はさぁ、子孫を残す為にそもそもの発情目線がメスとは違うの!子孫繁栄の可能性が高い方を選んでしまうっていうのが、遺伝的にも本能的にも無意識に決まっちゃってんの!だから…。』
『何を偉そうに!』
『何だよ!』
『だったら何でコンドーム付けんの?子孫繁栄したいんなら中出しするのが当然でしょ!』
『な…。』
『孕んで困るのは、女よりも男なんだから!そうでしょ!?貧乏人なら特にね!それこそ無駄にお金が飛んでいくだけなんだから!』
『それを女が言うかね!…ってか、あ、あのさぁ。俺達、なんつう話しをしてんだ?俺達が揉める話題じゃないだろ。優里、前に何かあったのか?トラウマでもあんのか?って言いたくなるんだけど…。』
『ホントだね。何でこんな話してんだろ。ってか何で、こんな話になったんだっけ?』
『俺がロリコンだ、ロリコンだってとこからだろ?俺は、フツーだって言ってるのに。ってか、優里こそ何かそういうのないの?』
『そういうのって?』
『んーだから、好きな男の格好だとか、求めるものだとかさ。』
『そりゃあ、あるわよ。私にだって列記とした"理想像"ってものが。』
『何だよ。言ってごらんよ。俺が、その理想を越えてやるから!』
この何気なく放ったつもりの言葉が、ある意味、全ての始まりだった。俺は、優里の為なら…。虜…。いや奴隷…。もう優里以外に何も見えなくなっていた。
『言ったねー!私って実は、めっちゃ理想高くて面倒臭い女なんだよ。』
『え?』
『まだ言ってなかったけど私、今まで付き合った人って大学入って初めて付き合った、例の3年前に別れた人、一人だけなんだよ。それも3ヶ月も、もたなかったし。原因は、分かってるの。』
『な、なに…?』
『私の理想が高過ぎるって事。』
『そんな事で、何で?』
『あら?だって、毎回毎回、私の理想に添うように色んな要求されたら溜まんないでしょ?そりゃあ、フラれて当然だよね。あーあ、悟くん、ルックスは完璧だったのにな…。』
『ちょっと待てよ。じゃあ何で俺なんかと付き合ったの?』
『だって、今まで私の公言してる理想項目にここまで当て嵌まった人、キーちゃんが初めてだもん!』
『公言してる?』
『そりゃあ、いきなり全部は、言わないよ。それこそみんな逃げちゃうもの。私だって、か弱い一人の女の子だもん。寂しい夜なんて嫌いだもん。大好きな彼氏に甘えたいもん。その為に多少の駆け引きだってするわよ。』
『そりゃあ、誰だってそうだと思うけど、ねぇ…。ってか、その公言してない理想って何だよ。』
『キーちゃん!』
『なに!?』
『キーちゃんは、私の理想を叶えてくれる運命の人だと思ってる!…そうだよね?』
『だ、だから言ってみって!』
『分かった。じゃあ、これから少しずつ気付いたら、その都度、言ってくよ。』
『気付いたら?…なんか怖ぇ!』
『大丈夫だよ!だってキーちゃんは、私の理想の彼氏なんでしょ?』
『も、もちろんだともさ!』
『あははは!んじゃ、今日は、とりあえず一つだけ言っとくね!』
『な、何さ…?』
『私ね、エッチは結婚相手としかしないって決めてるから!』
『え!?』
『今日、このまま泊まるつもりだろうけど、チュウまでだからね!』
これは、やられた!色んな覚悟は決めていたけど、まさかエッチをしないとは、考えもしなかった。このご時世、今までとは正反対の意味でこんな子がいたのかと叫びたかった。
『マ、マジで…?』
『マジ!』
『うわー!マジかぁ!』
『そんな堂々と本人を目の前にして、葛藤しますかね。…って事は何?キーちゃんて、もしかしてただ、ヤりたいだけだった?』
『ち、違うわ!』
『ホントにぃ?怪しい…。』
『ホントだよ!俺は、純粋に優里が好きだから、付き合ったんだよ!キーちゃん嘘つかない。』
『んじゃあ、別にエッチしなくても大丈夫でしょ?』
『お、おうよ!当たり前だよ!』
『んー!さすがは、私の理想の彼氏様!』
『…ってかさ、一つ聞いても良い?』
『何?』
『優里って、…って事は、処女なの?』
『そうだよ。何か問題でも?』
『いやいやいや!ノープロブレムです!はい!』
『私は、キレイな体のまま全てを愛する旦那様に捧げたいの!ある意味、貴重でしょ?こんな子。』
『あらー、自分で言っちゃったね。まぁ、確かにその通りだと思うけど。』
『…ところでさぁ、キーちゃん!明日の服、どれが良いの?』
『あ、ああ!えーと、じゃあねぇ…。』
もはや何でも良かった。俺は、まさに心ここに在らずのまま服を撰んだ。そして、待っていたかのように…。
『んじゃ明日、行き掛けにキーちゃん家行って、今度は私がキーちゃんの服決めてあげるね!』
俺は、これから本当の意味で優里色に染められていくんだろうなと怖じ気づき始めていた。
その夜、お風呂は当然、別々に。でも、なんだかんだ言って、いざ布団の中に二人で入ったら…!何て、淡い期待は、あの心をキュンキュン言わす笑顔を右腕の上で見せられたら、何も仕掛ける事さえも出来ず…。優里からのおやすみを込めた軽ーい『チュッ!』だけで、深い葛藤の眠りへと誘われたのだった。
俺は、確かにそこまで性欲は強くないと自分でも思う節はある。でも、5年ぶりに出来た彼女とエッチ出来ないだ!?それは、どうなんだろう…。せっかく、おさらば出来ると思ってたセンズリ生活から結局、抜け出せないのか!?かと言って、浮気をする訳にもいかないし。優里が好きっていう気持ち、逃がしたくないっていう気持ちは、ホンモノなのに!ちょっと神様さぁ!なんでこんな事してくれんのさ!これは酷過ぎるでしょうよ!さっきホントは、おっぱいくらい触ろうって思ったのに…。
いや!裏切れない優里への想いとの度重なる葛藤に次ぐ葛藤。あぁ、俺はホントにこのまま上手くやっていけるのだろうか。いや!でも優里を逃がしたくないなぁ…。あー、でもなぁ…。あー…。
『おっはよ!キーちゃん!』
『…んん?』
『もう朝だよ!起きて!』
『え!?』
俺は、一睡も出来なかった。一晩中、葛藤から逃れられなかったみたいだ。それを知ってか知らずか優里は、出来すぎの満点の笑顔で返してくる。
『おはよう…。』
『もう朝ご飯出来るから、顔洗って来なよ!』
『あ、ああ。』
朝ご飯まで作ってくれる。ホントに理想的なのになぁ…。
『…美味し?』
『うん!すげぇ美味しい!味噌汁の塩加減も最高だよ!』
『それは、インスタントだけどね!…はい!ぱっぱと食べてキーちゃん家行くよ!』
『お、おう。』
まずいなぁ。完全に優里のペースだ!これは、どうやったってこのまま尻に敷かれて行くのが目に見えている。心境的には、まるで弱みでも握られているみたいだ。
あー、強さを下さい!神様の悪戯に耐えられる強さを下さい!笑い者にしたいんでしょ?立派に演じてやりますとも!だから、少しで良い!みんな!オラに元気を…!
ただ、今は、そんな全ての過去の"思い過ごし"が可笑しくて笑けてくる。だってほら、目の前にこうしてその"証拠品"がいるじゃないか!何の疑う余地もない。
『キーちゃん!あのさ、お願いがあるんだけど…。』
付き合って一週間が過ぎた。俺の事をいつの間にかに"キーちゃん"って呼ぶようになっていた。別に何て呼んだらいいとも聞かれた訳でもない。勝手にそう呼びだしたのだ。その何の悪気もない馴れ馴れしい感じがまた愛しくてたまらない。
『お!優里からの初めてのお願いだな!何?何でも言ってごらんよ。』
俺は俺で、9歳も離れてる"差"を偉そうに呼び捨てにする事で、"大人な彼氏像"を作り出そうとしていた。単純すぎるが明確に、かつ簡単に"良い彼氏"の礎とするには、頼れる"大人感"を出すしかないと思っていた。
『あのね、三千円貸して欲しいの。ダメ?』
『え?…いやダメじゃないけど、優里、金持ってんじゃん。』
『違うの!今日たまたま下ろし忘れちゃってね、しかも、これから飲み会だし。ほら、もうこんな時間でしょ?手数料もったいないじゃない!ね?お願い!今回だけ!』
『ま、三千円くらい別に良いけど…。』
『良いけど…?』
『いや、意外に手数料とか気にするんだなって思って。そんな小さい事なんか気にしないで、もっと大胆にお金使う子だと思ってたから。』
『キーちゃん!私を何だと思ってるの!言ったでしょ!私は、お嬢様のつもりなんて、これっぽっちもないの!そりゃ確かに口座には、それなりにまとまった金額はあるけど私は、無駄遣いはしたくないの!いつどこでどうにかなっちゃうか分からないでしょ!』
『優里…。』
『もしかして、ただのケチくさ女だって思ってんの?だとしたらキーちゃんなんて、もういらない!』
『いやいや!ちょっと待てし!まだ何にも言ってないじゃんか!そんな事思ってないから!むしろ逆だよ!』
『逆?』
『そう!ホントにしっかりした子なんだなって。だって俺だったら、もっと見境無しにお金使っちゃうのに。優里は、見た目とは裏腹で、ちゃんと周りが見えてて、ホントお利口さんだよ。』
『またそれを言う!いいですよ!どうせバカっぽいもん!』
『ははは!ごめんごめん!怒った顔もかわいいよ、優里ちゃん!』
『バカにすんな、コラァ!』
『あははは!ごめんごめんて!ほら!はいよ、これ!』
『え?…何で一万円?』
『ああ、財布見たら萬券しか無かったから、それでいいよ。』
『あ、ありがとう…。ちゃんと返すから!』
『おう!いつでもいいよん!』
『キーちゃんって、やっぱり大人だね。』
『そ、そんな事ないですよ!何を言っちゃっちゃっちゃっちゃっ!』
『あははは!兄さん!噛んでる!噛んでる!』
見た目は、ぽわーんとしてて、一見やっぱりバカっぽい。そんな子が見せる、まるで屈託を感じさせない笑顔は、否応なしに俺の心をキュンキュン鳴らす。でも実は、しっかりした考えの下に、ちゃんとプランを持って生きている。そのギャップがまた、俺の心をズキューンと撃ち抜く。
俺は、もう優里の虜…。
『キーちゃん!明日、どれ着てって欲しい?』
優里の夏休みの目前、お互いの休みが合い、急遽、遊園地に行こうって事になった。それは、まだ付き合い始めて3週間も経っていない時の事。初めて優里の部屋に招かれ、初めての優里の手料理をご馳走になり、当たり前の様に何かを期待した浮かれた心を静め、二人まったりと過ごしていた。それにしても、やっぱり女の子の部屋だ…。まず匂いが違いますわ!なんてフローラル!
『ちょっと!キーちゃん聞いてる?』
『え!?あ、おー!さすがは、お嬢さ…。いやいや!いっぱい服持ってんなぁ。』
『んー、まぁ一応、女の子ですから。ってか、キーちゃんてどんな感じが好きなの?』
『そりゃあ、やっぱセーラー…。』
『セーラー服なんて言わないでね!』
『うっ!』
『ロリコンは、十分、分かったから。制服以外で!』
『そうだなぁ…。ってなると、ニーハイにヒラヒラのミニスカにキャミソールだな!しかも、原色系の!』
『うーん…。キーちゃんてホンモノね。っていうか発想が中2だよね。』
『いやいや!そんな事な…。』
『あるでしょ!…スゴーイ!清彦さんてやっぱりオトナ!って思う事の方が多いから、まだ救いなんだけど、性的発想に関しては極めてクソガキだよね。』
『ゆ、言うねぇ…。でも男なんて大半がロリコンなんだから、これが"フツー"なんだよ。』
『出た出た!よくいるよね。そうやって自分を標準化する奴。でも、そう考えると男っていう生き物自体が相当、下等に思えてくるわ。ピチピチした若い張りと艶にしか頭が無いんだから。』
『あのなぁ!えらい酷く言っちゃってくれてるけど、男はさぁ、子孫を残す為にそもそもの発情目線がメスとは違うの!子孫繁栄の可能性が高い方を選んでしまうっていうのが、遺伝的にも本能的にも無意識に決まっちゃってんの!だから…。』
『何を偉そうに!』
『何だよ!』
『だったら何でコンドーム付けんの?子孫繁栄したいんなら中出しするのが当然でしょ!』
『な…。』
『孕んで困るのは、女よりも男なんだから!そうでしょ!?貧乏人なら特にね!それこそ無駄にお金が飛んでいくだけなんだから!』
『それを女が言うかね!…ってか、あ、あのさぁ。俺達、なんつう話しをしてんだ?俺達が揉める話題じゃないだろ。優里、前に何かあったのか?トラウマでもあんのか?って言いたくなるんだけど…。』
『ホントだね。何でこんな話してんだろ。ってか何で、こんな話になったんだっけ?』
『俺がロリコンだ、ロリコンだってとこからだろ?俺は、フツーだって言ってるのに。ってか、優里こそ何かそういうのないの?』
『そういうのって?』
『んーだから、好きな男の格好だとか、求めるものだとかさ。』
『そりゃあ、あるわよ。私にだって列記とした"理想像"ってものが。』
『何だよ。言ってごらんよ。俺が、その理想を越えてやるから!』
この何気なく放ったつもりの言葉が、ある意味、全ての始まりだった。俺は、優里の為なら…。虜…。いや奴隷…。もう優里以外に何も見えなくなっていた。
『言ったねー!私って実は、めっちゃ理想高くて面倒臭い女なんだよ。』
『え?』
『まだ言ってなかったけど私、今まで付き合った人って大学入って初めて付き合った、例の3年前に別れた人、一人だけなんだよ。それも3ヶ月も、もたなかったし。原因は、分かってるの。』
『な、なに…?』
『私の理想が高過ぎるって事。』
『そんな事で、何で?』
『あら?だって、毎回毎回、私の理想に添うように色んな要求されたら溜まんないでしょ?そりゃあ、フラれて当然だよね。あーあ、悟くん、ルックスは完璧だったのにな…。』
『ちょっと待てよ。じゃあ何で俺なんかと付き合ったの?』
『だって、今まで私の公言してる理想項目にここまで当て嵌まった人、キーちゃんが初めてだもん!』
『公言してる?』
『そりゃあ、いきなり全部は、言わないよ。それこそみんな逃げちゃうもの。私だって、か弱い一人の女の子だもん。寂しい夜なんて嫌いだもん。大好きな彼氏に甘えたいもん。その為に多少の駆け引きだってするわよ。』
『そりゃあ、誰だってそうだと思うけど、ねぇ…。ってか、その公言してない理想って何だよ。』
『キーちゃん!』
『なに!?』
『キーちゃんは、私の理想を叶えてくれる運命の人だと思ってる!…そうだよね?』
『だ、だから言ってみって!』
『分かった。じゃあ、これから少しずつ気付いたら、その都度、言ってくよ。』
『気付いたら?…なんか怖ぇ!』
『大丈夫だよ!だってキーちゃんは、私の理想の彼氏なんでしょ?』
『も、もちろんだともさ!』
『あははは!んじゃ、今日は、とりあえず一つだけ言っとくね!』
『な、何さ…?』
『私ね、エッチは結婚相手としかしないって決めてるから!』
『え!?』
『今日、このまま泊まるつもりだろうけど、チュウまでだからね!』
これは、やられた!色んな覚悟は決めていたけど、まさかエッチをしないとは、考えもしなかった。このご時世、今までとは正反対の意味でこんな子がいたのかと叫びたかった。
『マ、マジで…?』
『マジ!』
『うわー!マジかぁ!』
『そんな堂々と本人を目の前にして、葛藤しますかね。…って事は何?キーちゃんて、もしかしてただ、ヤりたいだけだった?』
『ち、違うわ!』
『ホントにぃ?怪しい…。』
『ホントだよ!俺は、純粋に優里が好きだから、付き合ったんだよ!キーちゃん嘘つかない。』
『んじゃあ、別にエッチしなくても大丈夫でしょ?』
『お、おうよ!当たり前だよ!』
『んー!さすがは、私の理想の彼氏様!』
『…ってかさ、一つ聞いても良い?』
『何?』
『優里って、…って事は、処女なの?』
『そうだよ。何か問題でも?』
『いやいやいや!ノープロブレムです!はい!』
『私は、キレイな体のまま全てを愛する旦那様に捧げたいの!ある意味、貴重でしょ?こんな子。』
『あらー、自分で言っちゃったね。まぁ、確かにその通りだと思うけど。』
『…ところでさぁ、キーちゃん!明日の服、どれが良いの?』
『あ、ああ!えーと、じゃあねぇ…。』
もはや何でも良かった。俺は、まさに心ここに在らずのまま服を撰んだ。そして、待っていたかのように…。
『んじゃ明日、行き掛けにキーちゃん家行って、今度は私がキーちゃんの服決めてあげるね!』
俺は、これから本当の意味で優里色に染められていくんだろうなと怖じ気づき始めていた。
その夜、お風呂は当然、別々に。でも、なんだかんだ言って、いざ布団の中に二人で入ったら…!何て、淡い期待は、あの心をキュンキュン言わす笑顔を右腕の上で見せられたら、何も仕掛ける事さえも出来ず…。優里からのおやすみを込めた軽ーい『チュッ!』だけで、深い葛藤の眠りへと誘われたのだった。
俺は、確かにそこまで性欲は強くないと自分でも思う節はある。でも、5年ぶりに出来た彼女とエッチ出来ないだ!?それは、どうなんだろう…。せっかく、おさらば出来ると思ってたセンズリ生活から結局、抜け出せないのか!?かと言って、浮気をする訳にもいかないし。優里が好きっていう気持ち、逃がしたくないっていう気持ちは、ホンモノなのに!ちょっと神様さぁ!なんでこんな事してくれんのさ!これは酷過ぎるでしょうよ!さっきホントは、おっぱいくらい触ろうって思ったのに…。
いや!裏切れない優里への想いとの度重なる葛藤に次ぐ葛藤。あぁ、俺はホントにこのまま上手くやっていけるのだろうか。いや!でも優里を逃がしたくないなぁ…。あー、でもなぁ…。あー…。
『おっはよ!キーちゃん!』
『…んん?』
『もう朝だよ!起きて!』
『え!?』
俺は、一睡も出来なかった。一晩中、葛藤から逃れられなかったみたいだ。それを知ってか知らずか優里は、出来すぎの満点の笑顔で返してくる。
『おはよう…。』
『もう朝ご飯出来るから、顔洗って来なよ!』
『あ、ああ。』
朝ご飯まで作ってくれる。ホントに理想的なのになぁ…。
『…美味し?』
『うん!すげぇ美味しい!味噌汁の塩加減も最高だよ!』
『それは、インスタントだけどね!…はい!ぱっぱと食べてキーちゃん家行くよ!』
『お、おう。』
まずいなぁ。完全に優里のペースだ!これは、どうやったってこのまま尻に敷かれて行くのが目に見えている。心境的には、まるで弱みでも握られているみたいだ。
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