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プロポーズの言葉は、何ですか?
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『…ねぇ、お母さん。おじいちゃん、もう限界じゃない?』
『そうね…。』
『そうねって、あのレベルの認知症は、プロじゃないと無理よ!私達には、もう手に負えないわ!』
『そうは言ってもね、おばあちゃんがかわいそうでしょ?おじいちゃんが施設に入れられちゃったら。』
『じゃあ、おばあちゃんも一緒に入れちゃえば良いじゃ…。』
『バカなこと言わないの!おばあちゃんは、まだまだ全然、元気だし、ボケてもいないんだから!』
『だったら、どうするの!?私、もう、おじいちゃんの面倒見切れないよ!』
『冬花…。あなたが小さい時、おじいちゃんに散々、面倒見てもらったでしょ。冬花がまだ、何も知らないから、何かあったら大変だから、おじいちゃんは、冬花の面倒見てくれたのよ。それから大人になって、だから、今度は、おじいちゃんの面倒見てあげる番なの。お願いだから、そんなこと言わないで。』
『分かったわよ。でも、本当に限界は、あると思うの。だから、お母さん。今後のこと、真剣に考えといてよ。』
そんな会話が聞こえて来たのは、今年の初めの事でした。おじいさんの認知症の度合が大分、末期になって来ているのは、私も承知していました。私も含め、家族みんなが面倒見切れない域に達しているのは認めざるをえない状況でした。
『ねぇ、おばあちゃんは、おじいちゃんが施設に入ったら寂しい?』
孫の冬花から、あまりにも直球な問い掛けに私は、少し声を詰まらせましたが、それが、いかに自身の限界であるかの思いを察知して、丁寧に答えました。
『正直言えばね、寂しいよ。おじいさんとはね、もう六十年一緒にいるの。寂しくて当たり前よ。でもね、それ以上に、みんなの心労をかける事態になっているのなら仕方ないわね。私は、その意見に反対はしないよ。』
『おばあちゃん…。』
おじいさんが四十歳の時、やっとの思いで建てたこの家を、何も分からないままに出て行かなければならないのは、やはり時間の問題でした。
この家には、四十余年の色濃い思い出が、たくさん詰まっています。
初めて誕生した我が子。男の子が欲しいと言っていた、おじいさんは、少しだけ、がっかりしていたのを良く覚えています。でも、生まれて来た藍子を一番に抱きしめて、誰よりも可愛がっていたのは、紛れもなくおじいさんでしたね。
藍子が二十歳の時、大学在学中に身籠った時は、大変でしたね。挨拶に来た勝彦さんを玄関先で殴り倒して、ご近所中、大騒ぎになって止めるのに大変でした。
でも冬花が生まれ時は、勝彦さんよりも先に、抱っこしてましたね。それはそれは、嬉しそうにね…。
冬花が、五歳の時でしたかね、居間のガラス戸を割って、頭から血を流して大怪我した時は、救急車なんか待ってられないって、血だらけの冬花を抱えて病院に走って行きましたよね。あの時のおじいさんは、かっこ良かったですよ。私達が付き合い出して間もない頃、私のお母さんが倒れた時、お母さんを抱えて病院に走って行った、あの時を思い出しました。あの時、お母さんは、もう息もしてなくて正直、間に合わない事は、みんな分かっていました。でも、おじいさんは、言ってくれましたね。
『お前は、1%の可能性も信じない、そんなつまんない奴だったのか?俺は、そんな奴と付き合ったつもりはないぞ!』
私が、一生あなたに付いて行こうと決めた瞬間でした。あなたとの思い出は、数え切れません。嬉しかった事も、悲しかった事も、今、思えば、ほんの1ページでしたね。その時は、それが全てとしか思えないでいたけど、歳はとるものですね。それに気付ける器が持てるんです。あなたの器は、大きかったですね。私とは、比べ物にならないくらい。私は、あなたを心から尊敬していましたよ。國男さん…。
『…ねぇ、おばあちゃん。もう行くわよ。』
『うん…。』
『おばあちゃん…。』
『あの…、大丈夫ですよ。おばあちゃん、きっと離れるのが寂しいんですよ。我々が、見てますから、このままにしてあげませんか?何かありましたら、すぐに連絡しますので。』
『そうですか…。すみません、では、お願いします。』
『はい。』
『おばあちゃん、じゃあ、先に帰るからね。』
『うん…。』
『我々も一旦出ようか。二人だけにしてあげよう。』
『はい。そうですね。』
みんな気を使って下さる。ありがたい…。施設に入った認知症のおじいちゃんと、その手を握り、離さないおばあちゃん。誰にも分からない二人だけの紡いだ時間。そこに何があるのか、誰にも見えなくても、知らなくても、二人に預けなければならない空気。みんな、それを察知出来る、そんな器を持っている。
『…國男さん、覚えてますか?私達が出会った頃、國男さんは、男らしくて、とっても素敵でした。私の事は、何て仰ってくれたか覚えてますか?』
『…。』
『恥ずかしいんですか?國男さんは、私の事を、華奢で弱々しいから俺のそばにいろって仰ってくれたんですよ。嬉しかったですよ。』
『…。』
『あの家を建てた時のこと覚えてますか?國男さん、泣いてらっしゃいましたね。嬉しかったんですね。苦しかったんですね。あの時の涙は、とっても綺麗でしたよ。』
『…。』
『國男さん…。もう、全てを忘れてしまったんですか?寂しいですね…。でも、私が覚えていますから大丈夫ですよ。國男さんの人生は、私が覚えていますから、悲しまなくて大丈夫ですよ。國男さん…。』
『あー…、あなたは、だ…れ?です…か…?』
『國男さん!?やですよ。國男さん、あなたの妻の凪子です。』
『な、なぎこ…。』
『そうです。凪子ですよ。思い出しましたか?』
『ど、どなたかは…、分かり…ませんが…、あ、ありがとう…、ござい…、ます…。手が温かくて…、嬉しい…です…。』
『國男さん…。』
『よ、よかった…、ら…、お、俺と結婚して…、くれま…、せんか…。』
『く、國男さん…!』
『お、俺が…、い、一生、守って…、やる…から…。』
『國男さん…!その言葉…。』
ーーー。
『凪子。』
『はい。』
『もう、俺たち付き合って二年経つな。』
『そうですね…。』
『凪子は、相変わらず華奢で弱々しいまんまだな。俺がいないと、ダメだな。やっぱ。』
『國男さん…。』
『凪子、俺と結婚しよう。俺が、一生、守ってやる。』
『國男さん…。はい。あなたに一生付いて行きます…。』
ー完ー
『そうね…。』
『そうねって、あのレベルの認知症は、プロじゃないと無理よ!私達には、もう手に負えないわ!』
『そうは言ってもね、おばあちゃんがかわいそうでしょ?おじいちゃんが施設に入れられちゃったら。』
『じゃあ、おばあちゃんも一緒に入れちゃえば良いじゃ…。』
『バカなこと言わないの!おばあちゃんは、まだまだ全然、元気だし、ボケてもいないんだから!』
『だったら、どうするの!?私、もう、おじいちゃんの面倒見切れないよ!』
『冬花…。あなたが小さい時、おじいちゃんに散々、面倒見てもらったでしょ。冬花がまだ、何も知らないから、何かあったら大変だから、おじいちゃんは、冬花の面倒見てくれたのよ。それから大人になって、だから、今度は、おじいちゃんの面倒見てあげる番なの。お願いだから、そんなこと言わないで。』
『分かったわよ。でも、本当に限界は、あると思うの。だから、お母さん。今後のこと、真剣に考えといてよ。』
そんな会話が聞こえて来たのは、今年の初めの事でした。おじいさんの認知症の度合が大分、末期になって来ているのは、私も承知していました。私も含め、家族みんなが面倒見切れない域に達しているのは認めざるをえない状況でした。
『ねぇ、おばあちゃんは、おじいちゃんが施設に入ったら寂しい?』
孫の冬花から、あまりにも直球な問い掛けに私は、少し声を詰まらせましたが、それが、いかに自身の限界であるかの思いを察知して、丁寧に答えました。
『正直言えばね、寂しいよ。おじいさんとはね、もう六十年一緒にいるの。寂しくて当たり前よ。でもね、それ以上に、みんなの心労をかける事態になっているのなら仕方ないわね。私は、その意見に反対はしないよ。』
『おばあちゃん…。』
おじいさんが四十歳の時、やっとの思いで建てたこの家を、何も分からないままに出て行かなければならないのは、やはり時間の問題でした。
この家には、四十余年の色濃い思い出が、たくさん詰まっています。
初めて誕生した我が子。男の子が欲しいと言っていた、おじいさんは、少しだけ、がっかりしていたのを良く覚えています。でも、生まれて来た藍子を一番に抱きしめて、誰よりも可愛がっていたのは、紛れもなくおじいさんでしたね。
藍子が二十歳の時、大学在学中に身籠った時は、大変でしたね。挨拶に来た勝彦さんを玄関先で殴り倒して、ご近所中、大騒ぎになって止めるのに大変でした。
でも冬花が生まれ時は、勝彦さんよりも先に、抱っこしてましたね。それはそれは、嬉しそうにね…。
冬花が、五歳の時でしたかね、居間のガラス戸を割って、頭から血を流して大怪我した時は、救急車なんか待ってられないって、血だらけの冬花を抱えて病院に走って行きましたよね。あの時のおじいさんは、かっこ良かったですよ。私達が付き合い出して間もない頃、私のお母さんが倒れた時、お母さんを抱えて病院に走って行った、あの時を思い出しました。あの時、お母さんは、もう息もしてなくて正直、間に合わない事は、みんな分かっていました。でも、おじいさんは、言ってくれましたね。
『お前は、1%の可能性も信じない、そんなつまんない奴だったのか?俺は、そんな奴と付き合ったつもりはないぞ!』
私が、一生あなたに付いて行こうと決めた瞬間でした。あなたとの思い出は、数え切れません。嬉しかった事も、悲しかった事も、今、思えば、ほんの1ページでしたね。その時は、それが全てとしか思えないでいたけど、歳はとるものですね。それに気付ける器が持てるんです。あなたの器は、大きかったですね。私とは、比べ物にならないくらい。私は、あなたを心から尊敬していましたよ。國男さん…。
『…ねぇ、おばあちゃん。もう行くわよ。』
『うん…。』
『おばあちゃん…。』
『あの…、大丈夫ですよ。おばあちゃん、きっと離れるのが寂しいんですよ。我々が、見てますから、このままにしてあげませんか?何かありましたら、すぐに連絡しますので。』
『そうですか…。すみません、では、お願いします。』
『はい。』
『おばあちゃん、じゃあ、先に帰るからね。』
『うん…。』
『我々も一旦出ようか。二人だけにしてあげよう。』
『はい。そうですね。』
みんな気を使って下さる。ありがたい…。施設に入った認知症のおじいちゃんと、その手を握り、離さないおばあちゃん。誰にも分からない二人だけの紡いだ時間。そこに何があるのか、誰にも見えなくても、知らなくても、二人に預けなければならない空気。みんな、それを察知出来る、そんな器を持っている。
『…國男さん、覚えてますか?私達が出会った頃、國男さんは、男らしくて、とっても素敵でした。私の事は、何て仰ってくれたか覚えてますか?』
『…。』
『恥ずかしいんですか?國男さんは、私の事を、華奢で弱々しいから俺のそばにいろって仰ってくれたんですよ。嬉しかったですよ。』
『…。』
『あの家を建てた時のこと覚えてますか?國男さん、泣いてらっしゃいましたね。嬉しかったんですね。苦しかったんですね。あの時の涙は、とっても綺麗でしたよ。』
『…。』
『國男さん…。もう、全てを忘れてしまったんですか?寂しいですね…。でも、私が覚えていますから大丈夫ですよ。國男さんの人生は、私が覚えていますから、悲しまなくて大丈夫ですよ。國男さん…。』
『あー…、あなたは、だ…れ?です…か…?』
『國男さん!?やですよ。國男さん、あなたの妻の凪子です。』
『な、なぎこ…。』
『そうです。凪子ですよ。思い出しましたか?』
『ど、どなたかは…、分かり…ませんが…、あ、ありがとう…、ござい…、ます…。手が温かくて…、嬉しい…です…。』
『國男さん…。』
『よ、よかった…、ら…、お、俺と結婚して…、くれま…、せんか…。』
『く、國男さん…!』
『お、俺が…、い、一生、守って…、やる…から…。』
『國男さん…!その言葉…。』
ーーー。
『凪子。』
『はい。』
『もう、俺たち付き合って二年経つな。』
『そうですね…。』
『凪子は、相変わらず華奢で弱々しいまんまだな。俺がいないと、ダメだな。やっぱ。』
『國男さん…。』
『凪子、俺と結婚しよう。俺が、一生、守ってやる。』
『國男さん…。はい。あなたに一生付いて行きます…。』
ー完ー
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