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夢を見る。
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ー第一章ー
≪武田聡≫
『お父さん、俺やっぱり、お父さんの会社には入らないよ。俺は、自分のやりたい事をやる。そう決めたよ。』
『そうか…。いや、それで良い。そりゃあ、ゆくゆくは、聡にこの会社を継いでほしかったのは無論だが、それよりも、聡自身が自分でやりたい事を見つけたっていう朗報の方が俺には、よっぽど嬉しいんだ。』
『お父さん…。』
『それで、聡は一体何をやりたいんだ?』
『お父さん、俺はこの国を変えたい…。』
ーーー。
自分で決めた事だから、最後まで責任を持って、応援してくれている家族に応えられるように…。
東大、財務省、国会…。
私が毎朝通ってきた場所は、あの日、胸に誓った目的地。
努力、運命、努力…。
晴れて議員バッジを付ける事を許された今、この国を変える為に、あの頃のままの信念を貫こう。
『あ、中丸先生!これからまた、お世話になります!』
『おお、君か!聞いたよ、君の演説。実に素晴らしかったよ!まるでどっかの映画みたいな綺麗な台詞で。私も、久しぶりに感動させてもらったよ。』
『ありがとうございます!これから中丸先生には、たくさん教えていただきたいことがありますので、絶対に負けないで進んで行きます!』
『はっはっは!相変わらず、綺麗な表現をするね君は!それが君の人気の秘訣だろうがね!でも甘いよ!聡君!君も、後十年もすればここが、どういう世界か良く分かるはずだ。ま、それまで残っていられるかだけどね。じゃ、失礼するよ。』
『先生…。』
ーーー。
『え!そんなこと言われたの?』
『はい。さっき廊下で偶然会いまして…。』
『気にすることないわ。中丸先生は、そういう人なの。』
『藍子さん…。』
『良い?聡君。あなたは、まだ若いわ。だからこそ、誰よりもここに長く居て嫌なところをたくさん見ていって欲しいの。そして、全てを変えて…。あなたは、それが出来る人だから。私は、あなたに期待してる。』
『藍子さん…。だったら、それには、藍子先生のお力添えが必要ですよ。』
『やめてよ。恥ずかしいわ。私に先生だなんて…。私とは、変わらず大学時代の先輩後輩でいいわよ。聡君、私よりは、確実にあなたの方がその力を持ってるわ。』
『藍子さん…。藍子さんも、この国を変えたくて議員になったんですよね?これからも改めて宜しくお願いします。』
『ええ、一緒に頑張りましょう。』
この国の政治の中枢は、あの頃描いた理想とは、当然違う…。そんな事は、分かっていた。
国民に選ばれた代表として、この紅い絨毯の上を歩く事が、どんなに重く、正統性を保たなくてはならないか、自分の意志の強さが実に問われている。私は、まだやっと、その一歩を踏み出したにすぎない。いつか上がるはずのその頂きは、かい潜る全ての闇の果て…。
変えたい…。
その思いは、その夢は、あの日誓った父に嘘ではないんだと知らせる為に、私の運命なんだと知らせる為に、私は諦めない。
そう、あの日見た父のように…。
ー第二章ー
≪中丸清三≫
『またか…。』
『あなた、どうしました?』
『…いや、何でもない。』
『もう、朝御飯の仕度できてますからね。』
『ああ、すぐ支度する。』
私は、最近なぜだか良く死ぬ夢を見る…。
確かに、もう還暦も越え、いつ何があってもおかしくはないと思っている。だが、妙に生々しく、幾重にも重なって迫り来る死への変造が何かを予兆しているとしか思えないでいた。
ーーー。
『中丸先生、それ私、聞いた事があります。』
『本当かい?春子君。』
『はい。私の友人に心理学を専攻していた者がおりまして…。確か、自分が死ぬ夢を見るのは、自分を何か変えたいだとか、変わりたいと思っている願望があるそうなんです。』
『変わりたいか…。』
『先生、何か心当たりがおありなんですか?』
『…いや、そうじゃない。…ん?春子君、君は何かね、私に何か変われとでも思っているのかね!』
『い、いえ滅相もないです!失礼致しました!』
ーーー。
政治の世界に飛び込んで、早三十余年。かつての私も確かに聡君の様に、純粋にこの国を何とかしたい。その熱意に満ち溢れていた…。
『先生、今回の一件も〝こちらで〟どうぞ宜しくお願い致します。』
『ん…。ほう、今回はやけに気前がいいですな。』
『いやいや、中丸先生には、いつもお世話になってますので、ほんのお気持ちです。』
『そうか…。ちょっと失礼するよ…。』
『え…、先生、どちらへ?』
『なんでもない。ただの小便だよ。』
『あ…、失礼致しました。』
最近は、この四角い狭い空間で物思いに更ける事が多くなった…。自問自答とは、この事か―。
献金、収賄は、もはや暗黙…。罪悪感は、目の前の現金に眩まされ、行き着くは、雲隠れの論議…。
ここに来て学んだ事は、利便性を求めた議会と、想像以上に動く金、批判と理想と信念の中で下した答えは、偽りの富と名声…。
あの頃描いた夢には、どうやら渦巻いた陰が見えていなかったんだ…。
私は、ここで一つ、問うてみた―。
『…春子君。』
『はい、先生。お呼びでしょうか?』
『君は、私の秘書になって何か学ぶ事が出来たかね…。』
『え…、は、はい!それは、もうたくさんの事を学ばせて頂きました!』
『例えば?』
『は、はい!そうですね…、先生の政治に対する熱意、それから、党も派閥も分け隔てなく、誰にも流されない己の信念の強さです。』
『そうか…。春子君、君も、いずれ国政に進出するつもりなんだろ?』
『はい!そのつもりです!ですので先生に付いて、一から学んでる次第です。』
『春子君、君は、聡君をどう思う?』
『ええ、まだお若いですが、実にエネルギッシュでとても好感の持てる、本当にその通りやってくれそうな、そんな期待を抱かせる立派な代議士でらっしゃると思います!』
『そうか…。』
『先生…?さっきから一体何なんですか?』
『いや…、深い意味はない。ただ、ちょっと確認しておきたかったんだ。』
『確認…ですか…。』
ーーー。
『おいおいおい!大変だ!見たかこの記事!』
『え…!?嘘でしょ!?中丸先生が?』
『地方の有志と結託して総額二億七千万の収賄容疑だと!その他にも、ヤミ献金やら何やら疑惑の山って…。』
『これ本当何ですか!?一体どこからこんな疑惑が!』
『肝心の先生は!?』
『今日は、これから大事な会合があるので…。』
(バタン。)
『先生!』
『皆、済まないね…。迷惑をかけた。』
『先生!この記事は、この記事は本当なんですか?』
『…ああ、私が自分で昔から仲の良かった記者に告発したんだ。』
『え…!?』
『春子君、私はどうやら君の言った通り、変わりたかったようだよ。まだ汚れていない澄んだ瞳の何も知らないあの頃に…。私は、色々と知りすぎてしまった。知らなくて良かった柵から裏舞台まで…。この三十年間、政治という名のビジネスをしていたんだ。私は、何一つとして、この国のそれを変える事は出来なかった。流されるままに身を預け、上っ面の選挙活動、熱意を伝える為の汗は、詐りの目論み…。もう、私は一票の重さの量り方を忘れてしまったよ…。』
『先生…。』
『春子君、君は、素晴らしい政治家になれる。私の分まで頑張ってくれたまえ。』
『先生…、これからどうなさるおつもりですか?』
『…今日このまま会見を開き、全てを認め、罪を償うよ。』
『まさか、お辞めになるのですか!?』
『はっはっは!春子君、世話になったね。最後に、私から政治を担う者として最も当たり前で実に難しい事を教えておこう。』
『え…。』
『私のようになっては、いけないよ。』
『先生…。本当にありがとうございました!』
遠く見た夢の終わり…。
鮮やかな若さの登場に、勝る英知は薄汚れた歴史の片鱗…。
もはや、太刀打つ志気、情熱、信念は皆無。過ちに鎮座し、これからはゆっくりと、この国の行く末を見守ろう…。ただ誇りしは、熱意持つ後継者への橋渡し…。
夢は託され、終わりを厭わず、いずれその形を現し、慈しみ…。
ー第三章ー
≪坂本春子≫
私も、知らず知らずの内に先生と同じ行動をとっていた。この四角い空間で考え、息をつく時間が長くなっている…。
(ジャー、ガチャ。)
今思えば、確かにそうだったのかもしれない…。晴れて政界の一員となった今、先生の意志を引き継ぎ、果たせなかったこの国の再編を。派閥に揺るがされずに、お金に揺るがされずに、己を保ち貫こう。冷静に状況を見極めて、冷厳に未来を見据えて…。
『先生!私、先生が立候補なさるなら、私は先生に必ず付いて行きます!』
『春子さん…。春子さんまで、私の事を先生なんて言うの、やめて下さい。私は、やっぱりいくら政治家だとしても子供の頃からの下の名前で呼ばれる方が性に合ってるんです。』
『…そういうところが、誰からも愛される政治家なんでしょうね、聡さんは。』
『春子さん、私なんかが本当に総裁選に立候補していいんですかね…。』
『勿論ですよ!何を言ってるんですか!それが今、我が党が一番望んでる事なんです!』
『そうなんですかね…。私自身にしたら、ただの異例人事での興味本位の話題作りとしか思えないんですが…。』
『そんなことありません!純粋に今、党がこの国が、聡議員をリーダーとして必要としてるんです!』
『そうですか…。分かりました。』
『先生、前向きにご検討お願いしますよ!』
この人に付いていけば間違いない。実力と人望を兼ね備え、若さ故のパフォーマンスは、見る人の心を快打する。
絶対に今、必要なのはこの人なんだ…。
ーーー。
『聡さん何故ですか!?どうして立候補しなかったんですか!?』
『春子さん…。すいません、せっかく後押しして頂いたのに…。私は、あれからもう一度よく考えたんです。本当に今、自分で良いのか、他に打ってつけの方がいらっしゃるんじゃないかと…。』
『聡さん…。』
『私は、まだ政治経験の浅い勉強途中の若僧です。政治の中枢にいながら、どこか他人事の意識がまだ抜け切れていないミーハーに近い立場なんです。もしかしたら、ただの政治改革思想マニアなのかもしれません…。私は、まだ自分の理想通りにこの国を動かしてない。その力が、まだ無いんです。今、必要なのは、その力を持つ〝本物〟の方です。』
『でも、聡議員の支持率は圧倒的なんですよ!それは、ある意味、国民に対する裏切り行為じゃないんですか!?誰もが望んでいるリーダーの座から逃げ出したっていう有権者への冒涜ですよ!』
『春子さん…、結構言いますね。でも私は、そう捉えられても構いません。私が自分で思ったんです。〝今〟じゃないと…。』
『聡さん…。あなたは本当に左右されませんね。尊敬します。私だったら、簡単に乗せられてますよ。今後、必ずまた聡議員の出番が来ます。その時こそは、お願いします。誰もが望む声を受け止めて下さい。』
『その時に、それだけの実力が身についていれば必ずや…。』
ーーー。
今思えば確かに、そうだったのかもしれない…。安易な判断と気付かずに、その場の凌ぎの為に、本来あるべきはずだった未来の姿に陰りを落とすのだ…。
尊敬を仰いだあの方も、知らない所で便宜を働き、己の夢を捨てた。その意志を受け継ぎし私が、目指すものは、しっかりと先を見定めた他の熱意達との疎通と共有。
皆で創ろう。この国を…。
夢半ば、破らす悪意は握り締め、包み隠さぬこの世の果てへ、光る足跡、迷走の日々を裏切らず、辿り着いた頂は、万感の宴と抑揚に許されし決断を下すべし。
ーーー。
『総理!この度は、おめでとうございます。』
『おお、春子君か!ありがとう。君もこれからも宜しく頼むよ!期待している。』
『ありがとうございます。総理…、あの、一つ聞いても宜しいでしょうか。』
『ん?どうした、言ってみなさい。』
『…総理は、今まで総理になる夢を見た事がおありですか?』
『ああ、勿論だとも。幾度となく見てきたよ。今日この日を、どれだけ嘱望してきたことか…。私はね今、ついに夢の上にいるんだ。実に待った甲斐があった。これからどれだけ総理としての任期を勤めるかは分からんが、全力を持ってやり遂げるとここに誓おう。』
『総理…、私は、聡議員を推して参りました。ですが、今やっと分かりました。聡議員が出馬を断念したその訳が…。私は、まだまだ恐るるに足らずです。これから、しっかり勉強させて頂きます。私も総理になる夢を見てるんです。』
『春子君、君は必ず近い将来この国を動かす中心になる。その為の今を、しっかり踏み締めなさい。足跡は、深く大きいものがいい。絶対にそれは、嘘はつかないから…。』
皆、夢を見る。
どんな理想を映そうとも、どんな終わりを迎えようとも…。
ー完ー
≪武田聡≫
『お父さん、俺やっぱり、お父さんの会社には入らないよ。俺は、自分のやりたい事をやる。そう決めたよ。』
『そうか…。いや、それで良い。そりゃあ、ゆくゆくは、聡にこの会社を継いでほしかったのは無論だが、それよりも、聡自身が自分でやりたい事を見つけたっていう朗報の方が俺には、よっぽど嬉しいんだ。』
『お父さん…。』
『それで、聡は一体何をやりたいんだ?』
『お父さん、俺はこの国を変えたい…。』
ーーー。
自分で決めた事だから、最後まで責任を持って、応援してくれている家族に応えられるように…。
東大、財務省、国会…。
私が毎朝通ってきた場所は、あの日、胸に誓った目的地。
努力、運命、努力…。
晴れて議員バッジを付ける事を許された今、この国を変える為に、あの頃のままの信念を貫こう。
『あ、中丸先生!これからまた、お世話になります!』
『おお、君か!聞いたよ、君の演説。実に素晴らしかったよ!まるでどっかの映画みたいな綺麗な台詞で。私も、久しぶりに感動させてもらったよ。』
『ありがとうございます!これから中丸先生には、たくさん教えていただきたいことがありますので、絶対に負けないで進んで行きます!』
『はっはっは!相変わらず、綺麗な表現をするね君は!それが君の人気の秘訣だろうがね!でも甘いよ!聡君!君も、後十年もすればここが、どういう世界か良く分かるはずだ。ま、それまで残っていられるかだけどね。じゃ、失礼するよ。』
『先生…。』
ーーー。
『え!そんなこと言われたの?』
『はい。さっき廊下で偶然会いまして…。』
『気にすることないわ。中丸先生は、そういう人なの。』
『藍子さん…。』
『良い?聡君。あなたは、まだ若いわ。だからこそ、誰よりもここに長く居て嫌なところをたくさん見ていって欲しいの。そして、全てを変えて…。あなたは、それが出来る人だから。私は、あなたに期待してる。』
『藍子さん…。だったら、それには、藍子先生のお力添えが必要ですよ。』
『やめてよ。恥ずかしいわ。私に先生だなんて…。私とは、変わらず大学時代の先輩後輩でいいわよ。聡君、私よりは、確実にあなたの方がその力を持ってるわ。』
『藍子さん…。藍子さんも、この国を変えたくて議員になったんですよね?これからも改めて宜しくお願いします。』
『ええ、一緒に頑張りましょう。』
この国の政治の中枢は、あの頃描いた理想とは、当然違う…。そんな事は、分かっていた。
国民に選ばれた代表として、この紅い絨毯の上を歩く事が、どんなに重く、正統性を保たなくてはならないか、自分の意志の強さが実に問われている。私は、まだやっと、その一歩を踏み出したにすぎない。いつか上がるはずのその頂きは、かい潜る全ての闇の果て…。
変えたい…。
その思いは、その夢は、あの日誓った父に嘘ではないんだと知らせる為に、私の運命なんだと知らせる為に、私は諦めない。
そう、あの日見た父のように…。
ー第二章ー
≪中丸清三≫
『またか…。』
『あなた、どうしました?』
『…いや、何でもない。』
『もう、朝御飯の仕度できてますからね。』
『ああ、すぐ支度する。』
私は、最近なぜだか良く死ぬ夢を見る…。
確かに、もう還暦も越え、いつ何があってもおかしくはないと思っている。だが、妙に生々しく、幾重にも重なって迫り来る死への変造が何かを予兆しているとしか思えないでいた。
ーーー。
『中丸先生、それ私、聞いた事があります。』
『本当かい?春子君。』
『はい。私の友人に心理学を専攻していた者がおりまして…。確か、自分が死ぬ夢を見るのは、自分を何か変えたいだとか、変わりたいと思っている願望があるそうなんです。』
『変わりたいか…。』
『先生、何か心当たりがおありなんですか?』
『…いや、そうじゃない。…ん?春子君、君は何かね、私に何か変われとでも思っているのかね!』
『い、いえ滅相もないです!失礼致しました!』
ーーー。
政治の世界に飛び込んで、早三十余年。かつての私も確かに聡君の様に、純粋にこの国を何とかしたい。その熱意に満ち溢れていた…。
『先生、今回の一件も〝こちらで〟どうぞ宜しくお願い致します。』
『ん…。ほう、今回はやけに気前がいいですな。』
『いやいや、中丸先生には、いつもお世話になってますので、ほんのお気持ちです。』
『そうか…。ちょっと失礼するよ…。』
『え…、先生、どちらへ?』
『なんでもない。ただの小便だよ。』
『あ…、失礼致しました。』
最近は、この四角い狭い空間で物思いに更ける事が多くなった…。自問自答とは、この事か―。
献金、収賄は、もはや暗黙…。罪悪感は、目の前の現金に眩まされ、行き着くは、雲隠れの論議…。
ここに来て学んだ事は、利便性を求めた議会と、想像以上に動く金、批判と理想と信念の中で下した答えは、偽りの富と名声…。
あの頃描いた夢には、どうやら渦巻いた陰が見えていなかったんだ…。
私は、ここで一つ、問うてみた―。
『…春子君。』
『はい、先生。お呼びでしょうか?』
『君は、私の秘書になって何か学ぶ事が出来たかね…。』
『え…、は、はい!それは、もうたくさんの事を学ばせて頂きました!』
『例えば?』
『は、はい!そうですね…、先生の政治に対する熱意、それから、党も派閥も分け隔てなく、誰にも流されない己の信念の強さです。』
『そうか…。春子君、君も、いずれ国政に進出するつもりなんだろ?』
『はい!そのつもりです!ですので先生に付いて、一から学んでる次第です。』
『春子君、君は、聡君をどう思う?』
『ええ、まだお若いですが、実にエネルギッシュでとても好感の持てる、本当にその通りやってくれそうな、そんな期待を抱かせる立派な代議士でらっしゃると思います!』
『そうか…。』
『先生…?さっきから一体何なんですか?』
『いや…、深い意味はない。ただ、ちょっと確認しておきたかったんだ。』
『確認…ですか…。』
ーーー。
『おいおいおい!大変だ!見たかこの記事!』
『え…!?嘘でしょ!?中丸先生が?』
『地方の有志と結託して総額二億七千万の収賄容疑だと!その他にも、ヤミ献金やら何やら疑惑の山って…。』
『これ本当何ですか!?一体どこからこんな疑惑が!』
『肝心の先生は!?』
『今日は、これから大事な会合があるので…。』
(バタン。)
『先生!』
『皆、済まないね…。迷惑をかけた。』
『先生!この記事は、この記事は本当なんですか?』
『…ああ、私が自分で昔から仲の良かった記者に告発したんだ。』
『え…!?』
『春子君、私はどうやら君の言った通り、変わりたかったようだよ。まだ汚れていない澄んだ瞳の何も知らないあの頃に…。私は、色々と知りすぎてしまった。知らなくて良かった柵から裏舞台まで…。この三十年間、政治という名のビジネスをしていたんだ。私は、何一つとして、この国のそれを変える事は出来なかった。流されるままに身を預け、上っ面の選挙活動、熱意を伝える為の汗は、詐りの目論み…。もう、私は一票の重さの量り方を忘れてしまったよ…。』
『先生…。』
『春子君、君は、素晴らしい政治家になれる。私の分まで頑張ってくれたまえ。』
『先生…、これからどうなさるおつもりですか?』
『…今日このまま会見を開き、全てを認め、罪を償うよ。』
『まさか、お辞めになるのですか!?』
『はっはっは!春子君、世話になったね。最後に、私から政治を担う者として最も当たり前で実に難しい事を教えておこう。』
『え…。』
『私のようになっては、いけないよ。』
『先生…。本当にありがとうございました!』
遠く見た夢の終わり…。
鮮やかな若さの登場に、勝る英知は薄汚れた歴史の片鱗…。
もはや、太刀打つ志気、情熱、信念は皆無。過ちに鎮座し、これからはゆっくりと、この国の行く末を見守ろう…。ただ誇りしは、熱意持つ後継者への橋渡し…。
夢は託され、終わりを厭わず、いずれその形を現し、慈しみ…。
ー第三章ー
≪坂本春子≫
私も、知らず知らずの内に先生と同じ行動をとっていた。この四角い空間で考え、息をつく時間が長くなっている…。
(ジャー、ガチャ。)
今思えば、確かにそうだったのかもしれない…。晴れて政界の一員となった今、先生の意志を引き継ぎ、果たせなかったこの国の再編を。派閥に揺るがされずに、お金に揺るがされずに、己を保ち貫こう。冷静に状況を見極めて、冷厳に未来を見据えて…。
『先生!私、先生が立候補なさるなら、私は先生に必ず付いて行きます!』
『春子さん…。春子さんまで、私の事を先生なんて言うの、やめて下さい。私は、やっぱりいくら政治家だとしても子供の頃からの下の名前で呼ばれる方が性に合ってるんです。』
『…そういうところが、誰からも愛される政治家なんでしょうね、聡さんは。』
『春子さん、私なんかが本当に総裁選に立候補していいんですかね…。』
『勿論ですよ!何を言ってるんですか!それが今、我が党が一番望んでる事なんです!』
『そうなんですかね…。私自身にしたら、ただの異例人事での興味本位の話題作りとしか思えないんですが…。』
『そんなことありません!純粋に今、党がこの国が、聡議員をリーダーとして必要としてるんです!』
『そうですか…。分かりました。』
『先生、前向きにご検討お願いしますよ!』
この人に付いていけば間違いない。実力と人望を兼ね備え、若さ故のパフォーマンスは、見る人の心を快打する。
絶対に今、必要なのはこの人なんだ…。
ーーー。
『聡さん何故ですか!?どうして立候補しなかったんですか!?』
『春子さん…。すいません、せっかく後押しして頂いたのに…。私は、あれからもう一度よく考えたんです。本当に今、自分で良いのか、他に打ってつけの方がいらっしゃるんじゃないかと…。』
『聡さん…。』
『私は、まだ政治経験の浅い勉強途中の若僧です。政治の中枢にいながら、どこか他人事の意識がまだ抜け切れていないミーハーに近い立場なんです。もしかしたら、ただの政治改革思想マニアなのかもしれません…。私は、まだ自分の理想通りにこの国を動かしてない。その力が、まだ無いんです。今、必要なのは、その力を持つ〝本物〟の方です。』
『でも、聡議員の支持率は圧倒的なんですよ!それは、ある意味、国民に対する裏切り行為じゃないんですか!?誰もが望んでいるリーダーの座から逃げ出したっていう有権者への冒涜ですよ!』
『春子さん…、結構言いますね。でも私は、そう捉えられても構いません。私が自分で思ったんです。〝今〟じゃないと…。』
『聡さん…。あなたは本当に左右されませんね。尊敬します。私だったら、簡単に乗せられてますよ。今後、必ずまた聡議員の出番が来ます。その時こそは、お願いします。誰もが望む声を受け止めて下さい。』
『その時に、それだけの実力が身についていれば必ずや…。』
ーーー。
今思えば確かに、そうだったのかもしれない…。安易な判断と気付かずに、その場の凌ぎの為に、本来あるべきはずだった未来の姿に陰りを落とすのだ…。
尊敬を仰いだあの方も、知らない所で便宜を働き、己の夢を捨てた。その意志を受け継ぎし私が、目指すものは、しっかりと先を見定めた他の熱意達との疎通と共有。
皆で創ろう。この国を…。
夢半ば、破らす悪意は握り締め、包み隠さぬこの世の果てへ、光る足跡、迷走の日々を裏切らず、辿り着いた頂は、万感の宴と抑揚に許されし決断を下すべし。
ーーー。
『総理!この度は、おめでとうございます。』
『おお、春子君か!ありがとう。君もこれからも宜しく頼むよ!期待している。』
『ありがとうございます。総理…、あの、一つ聞いても宜しいでしょうか。』
『ん?どうした、言ってみなさい。』
『…総理は、今まで総理になる夢を見た事がおありですか?』
『ああ、勿論だとも。幾度となく見てきたよ。今日この日を、どれだけ嘱望してきたことか…。私はね今、ついに夢の上にいるんだ。実に待った甲斐があった。これからどれだけ総理としての任期を勤めるかは分からんが、全力を持ってやり遂げるとここに誓おう。』
『総理…、私は、聡議員を推して参りました。ですが、今やっと分かりました。聡議員が出馬を断念したその訳が…。私は、まだまだ恐るるに足らずです。これから、しっかり勉強させて頂きます。私も総理になる夢を見てるんです。』
『春子君、君は必ず近い将来この国を動かす中心になる。その為の今を、しっかり踏み締めなさい。足跡は、深く大きいものがいい。絶対にそれは、嘘はつかないから…。』
皆、夢を見る。
どんな理想を映そうとも、どんな終わりを迎えようとも…。
ー完ー
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