capriccio

月季花

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救出編

3譜-Partenza-

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 森は深い。
 得にこのルベドの森はエルフたちが住処としていることもあり深く他者を拒んでいるようにも感じる。
 そんな中、真衣と鼓、暗乃やみのは歩みを進めていた。
 目標は決まったと云えど森から出なければ何も始まらない。真衣は焦る気持ちを抑えながら、暗乃との会話と時々混ざる鼓の声に安心を覚えていた。
 何ともなく察していたが暗乃は口数が多い、今まで一人で旅をしていたと云うがそれも本当かと疑うほどに様々な話を真衣に教えてくれた。
 とは云え、今まで教会に閉じ込まざるを得なかった真衣にとってはどれもが新鮮で楽しい話だった。

「この道を左に行けば、もうすぐ外だよ」
「森のかなり奥にいたんですね」
「普段は人はあまり入らないだろうね」

 その言葉にあれ?と真衣は首を傾げる。
 普段、人が入り込まない場所にいた鵺の討伐を誰が依頼したのだろうかと。
 てっきり真衣は近隣の街の誰かか、キャラバンのような人が依頼を行ったものだと思っていたが。

「その前に寄りたい場所があるんだ」

 左を指さしていた暗乃がその指先を右に移す。

「この森の女王様に会いに行かないと」

 この森の女王、と云えば先ほど暗乃がさらりと話していた。この森の触覚を司り森の番人を行うエルフの女性がいるのだと云う。
 彼女を人々はエルフの女王と呼んだ、のだと。

「何故だ?」
「これの依頼人が彼女なのさ」

 鵺の宝石を取り出し暗乃は鼓に見せる。
 それになるほどと真衣は感心した、そのような人物も旅人に依頼を出すものなのだと。
 そこで自身も云えたことではないなと苦笑した。

「怖くはないけど、人間嫌いらしいから気を付けて」
「気を付けられる、かなあ」

 気を付けるどうこうではない気がするがとも思うが、エルフは気難しい性分が多いと云うのだからせめて不快にはさせまいと心の中で誓った。
 道を進んだ先には小さな小屋が大樹に守られる形で建っていた。
 真衣たちが休養していた小屋と大きさは変わらないようには見えたものの荘厳さを感じさせる雰囲気に真衣は息を飲む。

「イーデス、依頼の品だよ」

 少し気圧されていた真衣と鼓を気にもせず暗乃は小屋に近づくと小屋の扉を軽くノックする。
 まるで友人の家を訪れたかのようなそれに真衣は慌てて近づくと扉が少し音を立てて開いた。
 新緑の髪を頭の上で結びエルフであることを象徴する翠玉の眸、女王と云うにはかなりラフな格好をしている女性は暗乃を見た後、真衣にも気付いたようで一瞬眉を顰めた。
 人間嫌いと云うのは事実なのだろう、が。
 彼女は直後目を見開く。

「クォン?」

 暗乃をも貫通して向けられた目線の先にいたのは鼓で、聞き慣れないそれが人名だと云うことも一瞬理解が出来なかった。

「っ、暗乃ありがとう、礼は用意してあるから少し入って……、そっちは、お連れ様で合っている?」

 何か云おうとした言葉を飲みこんで彼女は暗乃へ感謝を口にし再度、鼓を見つめた。

「そう、他にも報告があるから二人も一緒に失礼するよ」
「……わかりました、ではどうぞ」

 先ほどの崩れた口調ではなく整えられた口調で真衣を見ながら小屋内へと案内を行う。
 小屋の中は外観にあまりにもそぐわないものだった。
 大樹と一部融合している作りなのだろう、客を迎えるには十二分すぎる部屋に通されれば机につくように促される。
 暗乃は気にしていないように椅子に座ればそれに真衣も続く。

「ひとまずこっちだね。鵺の討伐完了」
「確かに、わかってはいたけれど安心したよ、なかなか受けてくれるのはエルフにもいなくて」

 机に置かれた宝石を確認しながら彼女はそう安堵したように息を零す。
 
「それとこの二人なんだけど」
「説明は大丈夫です。先ほどは失礼しました、リーウェン帝国皇女よ」
「!」
「濃紺の髪に紅玉の眸、リーウェンの皇族の生き残りでもなければあり得ない。反応を見るに正しかったようですね」

 立ち上がり頭を下げる彼女に戸惑う真衣に彼女は先ほどの嫌悪の表情はない。
 ああ、そうか。と真衣は自分の髪を恥ずかしそうに触って見せる。
 リーウェン帝国の皇族は代々濃紺の髪を持って生まれることが多く、真衣もその血を濃く受け継いでいた。だからこそ教会ではなるべく髪も隠していたのだが。

「……彼の大戦は痛ましく思っています。カナン王もあんなに愚かな男ではなかったのですが」
「いえ、過ぎたことですので」
「私の名はイーデス・マルクライザー。現在のこの森にてシルフィ―ゼ、俗に云う女王として人間との交流を行っています」

 その説明に真衣は今度こそピンと来た、遠い昔に皇宮で行われた宴席に“シルフィ―ゼ”として来賓があった。あの時は遠目で、幼かった真衣にはそれが名前なのだと思っていたのだが。
 女王と云うのはわかりやすい称号なのだろう。

「そして、その……、従者の方、なのですが」
「彼は鼓と云います」
「クォンではない?」

 おずおずとされた質問に答えればやはり先ほどと同じ名前が聞き直される。
 真衣は鼓を見ると鼓は怪訝な顔をしながら首を横に振りながらも口を開いた。

「失礼ながら女王よ、俺を見たことがあるのでしょうか」
「……少し前に私の元から消えた婚約者、でも、そうね彼ならばもっと歳をとっているかもしれない」

 自分に呆れたとでも云うように溜め息を吐いた後、イーデスは鼓を見つめる。
 エルフの云う少し前と云うことは人間にとっては数年のことは珍しくない、そして何よりも鼓を見て婚約者だと思ったのはその婚約者が人間だったと云うことではないだろうか。
 そんな考えに真衣は口を噤む中、鼓が静かに口を開いた。

「俺には一年以上前の記憶がありません……、そのクォンと云う男が見つかれば、俺のこともわかるのでしょうか」
「ごめんなさい、そこまではわからない。でも他人の空似にしてはあまりにも似ている」

 その翠玉が嘘を云っているとは真衣には思えなかった。
 そして鼓が記憶喪失と云うことも、いつかにそんな話を聞いた気もするが深入りは良くないと詳しくを聞いていなかった。
 鼓が真衣の前に現れたのは半年も前だっただろうか、目を隠し誰とも深くは関わらなかった真衣の元にいきなり現れたのだ。
 青玉の眸の寡黙な男は真衣と無理に距離を詰めるわけでもなく自然と真衣の活動範囲に入って来た、今に思えば傀の指示でもなければ少し危機意識に欠けていたかもしれないと思い直す。
 そんな話もいつか聞ければいいと、今は思っている。

「イーデスの話も良いとして、報告二つ目。女王の目を通してもう知っているだろうけれど奥の方に飛空艇が落ちた。カナンからの襲撃だそうだよ」
「それも知っている、既に王名で兵士を森に入れさせろと話が来ている、断ったけれど……、今のカナンがなにするかなんて、私にはわからないね」

 王名でと云う言葉に真衣の肩が軽く震える。彼の王に会ったことも古い記憶にないわけではない、顔もおぼろげだが。
 真衣より幾何若い王子がおり、その妃にと云う話であれば当時の話も変わったかもしれないと云うのに、王は自身の妃にと真衣を望んだ。そして、それが大戦の引き金になったのだから、真衣には彼の王の考えなどわかりたくもなかった。

「エルフとしてもあの氷の対応は出来兼ねる、何か対応手段は考えているの?」
「ムスペルヘイムへの案内を受けているよ」
「ムスペルヘイム⁉エルフですら、神話の領域だと思っているあの土地に……」

 イーデスの反応を見るに暗乃の提案は本当に噂話のようなものなのだろう。それでも、真衣は今はそれしか頼れるものがないのだ。
 暗乃とイーデスがそうした報告を行う中、ふと鼓を見れば目線が合う。

「……、そういえば、鼓ときちんとお話ししてなかったね」
「色々あったからな」
「知ってたんだね、全部」
「傀から云われたことだけさ、前も云ったが記憶が問題でな。だからこそ、傀にいいように使われたんだろ」

 真衣の知る傀と云う人間もそうした人物だ。
 皇帝になるべく育てられた兄の背中をいつも見ていた。
 刀の使い方だって本物を握るのは数回目だ。
 逃げたくない、立って進むべきなのだといつも思っている、それだけではどうしようもないことがたくさんあった。何も信じられない中、目を隠す女を気にするそぶりなどされれば少しは絆されてしまうものだ。
 だから、と真衣は鼓に微笑む。

「これからもよろしくね、鼓」
「ああ、任せてくれ」

 ひとしきり話を盛り上げればイーデスの従者と名乗る人物に客間を清掃したと云われ、イーデスの勧めもありこのまま小屋に一泊することになった三人には一部屋ずつ割り振られれば、暖かいスープと安心できる寝床に真衣も気が付けば眠りに落ちて行く。

 夜明けにそれは起きた。
 微睡みを一瞬にして覚醒に切り替えさせる轟音と揺れる空気にそれがいつもの悪夢でないことを知らしめた。
 慌てて部屋を飛び出せば鼓が部屋の前に既に待機しており、二人で話を交わした部屋に向かう。
 そこには暗乃だけがいた。

「いったい、何が」
「カナン軍だろうね、女王の強みを逆手にとってきた」

 いないイーデスのことをわかっているとでも云うように暗乃は二人を導くように歩き出す。

「女王はルベドの森と感覚を共有している、ヌエが巣食うのは病のようなものだし飛空艇が落ちて来たのだって擦り傷のようなものさ、悪意がなければね」

 戸惑う真衣に暗乃は言葉を続けたあとに少し顔を歪めて見せる。

「カナン軍の強襲なんて事故にいきなり見舞われたようなものだよ」
「っ⁉」
「行ってもダメだよ、僕たちには何も出来ない。軍になんて猶更見つかれないだろう?」

 暗乃は真衣ではなく鼓を見る、ぐっと奥歯を噛み締め鼓は頷く。
 眠る前まで少し見えた未来があったはずだったのにと真衣は眸を震わせる。王名で軍をと云った時に真衣が反応したのを見て言葉を飲みこんだのかもしれない。

「他のエルフがすぐに抗議するはずさ、女王はそんな軟じゃない。裏口を開けてくれている、少し遠回りに夜明け前に森を出よう」

 その提案を断ることなど鼓にも真衣にも出来なかった。
 裏口に回ればイーデスの従者と名乗っていた一人がそこにはいた。
 暗がりでも少しの怒りを感じる彼女はそれでも真衣の無事を口にしてくれた。
 多少の無理をしてでも今の内に脱出が吉と云うのは間違いないだろう、暗乃が先導し森の外を目指す。昼間とは違う静かな一行とは比例して周囲は騒がしかった。
 貸し出された黒い外套の下で真衣は静かに涙ぐみ、それを拭い自身の頬を抓る。
 イーデスに報いなければ、と。
 そこから数時間歩き続け暗乃が苦々しい顔をしながらも準備がいると云い、街に寄ることになった。
 森から大きくは離れていないが問題ないのかと尋ねる鼓に「軍があんなところ使うわけない」とすら云い放ったそこで真衣は絶対に外套を外さないようにと云われる。
 少し暑苦しいが耐えられないほどではないと頷いて見せたが真衣はその提案を飲んだことを少し後悔する。
──ローレーズタウン。
 カナンでも有数の最低な街だ。
 暗乃が苦々しい顔をしていたのがわかる、無言で歩く暗乃に対して冷たい目線かそんなことに興味はないと朝からアルコールを煽る影達。
 「見ろ、あれが噂の」「カナンの純血様を引っ提げて何用だろうな」そんな隠しもしない言葉たちは真衣と鼓にも向けられている。
 真衣たちは街の外でとも云っていたのだが万が一を考え同行は間違えではなかったのだろう。
 俯きながら歩く真衣の足元に紙が一枚飛んでくる。
 そして同時に聞こえてきた声に息を飲む。

「リーウェンの皇女が発見されたってよ!」
「見付けりゃ一生、酒飲んで女食って暮らせるらしい」

 酒場とすら呼ぶに堪えないそこからの下卑た笑いが聞こえてくる、こんな場所にそんな高貴な人間いやしないとすぐに話は流れた。
 飛んできた紙には真衣の顔と王名を持って捕獲を指示する文面が簡単に書かれていた。
 心配が鼓から聞こえたが真衣は大丈夫だと暗乃の後に続く。街の中、少し溝臭い小屋とも呼べない場所に暗乃がもぐり込めばようやく暗乃が口を開いた。

「ね?軍のお偉いさんなんていなかったでしょう?」
「更に上を行く下劣だったな」

 鼓の吐き捨てるような言葉に俯いていた真衣には分からなかった何かを他にも見たのだろうか。
 埃の被った棚を漁る暗乃に二人して何をいているのかと目線を向ければいくつかの宝石などを取り出して見せる。

「少し前にここを拠点にしていてね、古い地図とか置いていたんだ。盗まれていなくて良かった」

 宝石に魔力を込めふわりと浮かび上がった地図は真衣が見慣れているものとは少し異なっていた。リーウェンの名前があるだけではない、見慣れない土地が書き加えられている。

「古い冒険者が書いたとされてる地図さ、偽物として闇市に流れていたものを安値で買ったんだけど、まさか役に立つ日がくるなんてね」

 ムスペルヘイムの名前がそこにはあった。
 暗乃がここを目指した理由はそれだったのだろう、歩き疲れた足を少し伸ばし暗乃は二人に干し肉を差し出してきた。
 今の内に空腹を満たしておけと云うことなのだろう。
 少し躊躇いながらも真衣は干し肉をかじる。干し肉に罪はないがこの状況での干し肉の味はけして美味しいとは云えなかった。
 地図を読みながら暗乃が難しい顔をしている、それもそうだろうあのエルフを持ってして神話と云わしめた場所だ。
 この冒険者の地図も全てが正しいわけではないのだろう。
 金貨三十枚での契約をどこまで彼が履行してくれるか、真衣は少しだけ祈るような気持ちで干し肉を更にかじる。
 ローレーズタウンでの滞在はその数時間で真衣は厳しい足に鞭を打って歩みを進めた、鼓に心配をされながらもあのような場所にはなかなか居られないと云う気持ちが勝ってしまったことにほんの少し罪悪感を持ちながら林の中で川に足を浸す。
 外套を脱ぎ肉刺になりそうな場所に薬草を張り付けて行く。
 さすがに無理をし過ぎたと暗乃が云って来たがその無理も致し方ないのだろう。
 暗乃と鼓で干し肉ではない夕飯を準備しているのだから真衣は溜め息を吐く。
 従者に契約主と云う立場とは云え何も出来ない自分が少し憎らしい、何だかんだと暗乃に頼りきりなのも良くないことはこの一日と少しでも痛感している。
 薬草が染みる足を摩りながら少し息を吸い込んだ。
 何年も仕舞い込んでいた真衣の“力”、傀のようにけして強力ではないその謡は回復師のような万能な回復のものでもない、ほんの少し体力を回復したりだとかそうしたものだ。何より真衣の心の安定にもなる。
 謡いながら触れた場所の痛みが少し和らぐ、林の影から動物たちが顔を出す。
 夕日が差し込む林に小さな聖域が現れたようだった。
 そこに暗乃がそっと近づく。

「綺麗な歌だね」
「えっと、その、えへへありがとうございます」
「それが君の“力”?」

 現れた観客に照れくさく笑う真衣は少し悩みながらも頷く。音属性、それが真衣の“力”だ。
 傀の氷属性よりも珍しいそれの使い道はその希少性故にあまり明らかになっていない。
 真衣はただ流れてくる謡を歌うだけ、それで周りが喜ぶ姿が見れたのだがあの大戦以来誰かに聴かせたこともない。

「少しだけ追加のリクエストは出来る?」
「……少しだけ、ですよ」

 誰かの為に歌うのは好きだった。
 再び息を吸い流れてくるままに言葉を紡ぐそれが果たして何の言語かは真衣も知らない。ただ零れるままに紡ぐその音がこの観客に何かを齎せばいいと、願っている。
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