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救出編
2譜-Incontro-
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全身が燃えるように熱い、周りも燃え盛り悲鳴が聞こえる。誰の声かもわからない、探しているはずの影もどこにもない。
これはあの日の記憶だ。
寝苦しさに飛び起きた真衣は息を整えたところで見たこともない小屋の中であることに気付いた。
何故こんな所に、と思考をしたがすぐさまに思いだした。ああ、だからこそあんな夢を見たのだ。
あたりを見回すと一緒にはじき出されたのか、鼓も横になっている。真衣にも云えたことではあるが、簡素ではあるが布がかけられ誰かが二人を助けたことだけが窺える。
その相手は今は周りにはいないのだが。
そっと鼓に近寄り彼の胸が上下していることに安心して息を吐いた。
それと同時に見計らったかのように小屋の扉が開く。
それに警戒をした真衣であったが、入って来たのはこのような比喩が正しいのかはわからないが美しい男だった。
線が細く、陶器のように白い肌と黒銀の長い髪、何よりも見たこともない漆黒の黒曜石のような眸に引き付けられた。男性に間違いはないが、傀とは違う意味で中性さを感じさせる。
「ああ、おはよう、時間的にはこんにちは、かな。起きたんだね、良かった」
低いテノールの声すらもどこか色を感じさせるその男は真衣の目を見ていた為、慌てて隠す。
「気にしなくていいのに、カナン兵になんか引き渡さないよ」
「え」
「ん?違った?」
彼はとぼけたように笑うと、真衣に暖かいスープを差し出し、毒は入ってないよと告げた。
確かに殺すつもりならば助けもしないだろう、だからと云って何もなしに助ける相手を手放しに歓迎するほど真衣も能天気な頭をしているつもりはない。
「でもお腹は空いてるでしょう?」
身体は正直なもので空腹を確かに訴えかけてきてはいる。
彼を信用したわけではないが好意を無碍にも出来ず渡されたスープに口を付けると暖かさが身に染みた。
思えば、あそこにいた時は食事は生きる為の行為であり、特別なものではなかった。不味いわけでもないが、美味しいと感じるモノでもない。
そんなものだった。
「あの、ありがとうございます」
「どういたしまして」
おずおずと感謝を述べると嬉しそうに返事を返してくる。これだけで信用に足るかと云われればけして否ではあるものの今は彼に頼るが吉なのであろう。
近くに寝ている鼓を見るが起きる気配がない。
沈黙はさすがにとても気まずい、と思ったところで思い至る。
「そう云えば、お名前を」
「ん?……ああ、そうだったね」
謎の一瞬の間はあったがこの際偽名などでも構わないと思う、名前を呼べなければ何かあった時が面倒だ。
「僕は、 暗乃偽名ではないよ」
真衣の考えを見抜かれていたかのようにそう笑う彼に顔に出ていただろうかと逡巡するも、彼が頭の回る人物なのだろうと落ち着く。
真衣は目を見られている以上知識ある相手だとするならば隠すのは無意味と判断した。
「私は、真衣です。よろしくお願いします、暗乃さん」
「暗乃でいいよ」
「え、でも……」
初対面の人に対し呼び捨てにするわけにもいかないと躊躇う真衣であったが、暗乃がにこにこと笑い暗に呼び捨てを強要している気がする。
気がするだけなのかもしれないが、数か月前に出会った鼓ですら呼び捨てにするのにようやく慣れて来たばかりと云うのに。
「暗乃、さん」
「何、真衣ちゃん?」
これは確信犯だ。
とてもむず痒い呼ばれ方である、今までにない呼ばれ方と云うのもあるのだが。
「慣れるまで、これで許して頂けると助かるのですが」
真衣の必死の返答に仕方ない、とでも云うように食い下がった暗乃に安心したように肩を撫で下ろす。
「慣れたら呼んでね」
若干慣れ慣れしいような気もするがこのようなタイプに出会うのは初めてであり、少しだけ新鮮な気持ちにもなる。
ただ、やはり少しだけ距離感は近いのは気のせいではないだろう。
「ッ……」
距離感を掴みあぐねていると鼓の身体がわずかに動いた。幸いとばかりにそちらを見ると身体をよじり瞼を微かに開いた。
「鼓……」
少しだけ青玉は彷徨った後、真衣の姿を捉え、安心したように息を漏らした。
と同時に知らない男がそこにいることに構えようとするが身体はまだ不調なのもあるのか、それを真衣が止めるまでもなく片膝を付いた。
「あーあ、あれだけ内臓まで傷ついてたのに無理するから。暴れるとまたぐちゃぐちゃになるよ?」
さりげなく凄まじい発言をした彼を見る真衣に彼は首を傾げた。
「ああ、話してなかったね、君たち上から落ちて来たんだよ、君を庇ったのか彼の方かなり重症でね。死ななくて良かったね」
さらっとも齎される情報に困惑するも、鼓の目線が暗乃を見ながら誰だと警戒しているのがありありと伝わってくる。
「彼は暗乃さん、私たちを助けてくれたみたいなの」
「みたいじゃなくて助けたんだけどね」
笑いながら訂正する彼に鼓は眉間に皺を寄せる、彼は笑顔だがどこか軽薄さも感じさせる。それは真衣も気づいていたことではあるが、それをわざわざ口にすることはしない。
彼の目的はわかりあぐねるが、少なくとも今は大丈夫だと訴える。何か下心があったとしても今すぐ何かあるわけではないと云う綱渡りに近い思考ではあるが。
それにまた疑問は増えた。
「私たちが目を覚ますのに三日だと云っていましたよね」
「云ったね」
「そんな短時間で人間の内臓にまで及んでいた重症って治せるものなんですか?」
そう、鼓は微かに弱ってはいるが、それは食事などを数日摂っていなかった程度のものであり、重症を負ったと云うにしてはあまりにも普通すぎるのだ。
「ああ、そんなことか。僕、回復師《ヒーラー》だからね、死んでさえなければ生命力あればなんとかなるよ」
何でもないようにそう告げるが、真衣も鼓も絶句する。回復士は魔力があれば誰でもなれるわけではなく、回復魔法と云うのは王宮抱え魔術師の特権と云っても過言ではないのだ。
つまりは彼はカナン王国と関わりがあるのではないかと勘くぐったのだ。
「安心してよ、今はフリーの旅人なんだ」
見透かしたように笑うと鼓にも先ほどのスープを渡す。女性にだけ優しい性分と云うわけでもなさげである。
「貴族とかそんなんめんどくさくてさ、それにほら、これだしね」
自分の目を指さしそう告げる。確かに、黒曜石の眸と云うのはどの種族にも当てはまらない気もする。
少なくともこの大陸にそのような眸の持ち主の種族はいただろうか。
「お互いの探り合いはこれくらいにしてさ、僕今から仕事があるんだよね。君たちが目覚めたなら用もないだろうし」
「待ってください。ここは、どこなんですか?」
「ああ、落ちて来たから知らないのか……、ここはルベドの森、エルフたちの聖地だよ」
ルベドの森、と口の中で反芻すると、他に質問は?と云うように首を傾げる。
なかなかどうして、自分の顔が良いことを知っているのかとても眩しく感じる。
「落ちて来た、と云うのは……」
「文字通りだよ、落ちて来たんだ、飛空艇と一緒にね」
飛空艇と一緒に、その言葉に真衣の顔が真っ青になり、鼓の眉間の皺も一段と深くなる。落ちて来た、つまりはあの後、墜落したと云うことだ。
あの中にいた人たちは、傀は、疑問が次々と浮かび頭が真っ白になる。
「……私のせいだ」
微かに青ざめそう呟いた真衣に鼓の眉間の皺が深まるが、それを真衣が気に留めることは出来ない。
しかし、暗乃にとってはそれは関係ないことであるとでも云うように他にも何か、とでも再び首を微かに傾げて見せる。
質問などその状態で出来るはずもなく力なく首を横に振った真衣を見た後、鼓が少しの逡巡の後に口を開く。
「飛空艇が落ちた場所を把握しているか?」
スープには口を付けないままの彼の質問に暗乃は笑みを深め答えた。
即ち肯定であろうか、そして彼の言葉を思い返す。旅人だと云っていた、それはつまり鼓の考えを真衣は理解した。
こちらには地の知識はないのだ、そうであるならばこの目の前にいる彼を「買収」すればいいのだ。
「仕事があると云っていたな、追加金を払う、墜落地点まで案内してくれ」
鼓の言葉に暗乃はにんやりと笑いながら「僕は高いよ?」などと告げた。
それに鼓はどこに持っていたのか数枚の金貨を取り出す。大陸には札と云うモノも存在するが、紙自体高級品である為、金貨や銀貨も珍しくはない。
「これだけあれば足りるか?」
「うーん……、君も存外世間知らずだと分かったくらいの収穫しかないな……、これ僕以外ならぼったくられるよ」
そう云いながらも金貨を全て受け取る彼とは交渉成立と云うことらしい。
上機嫌に金貨を仕舞えば「ちなみに今のなら金貨一枚でも動いてあげたけど」などと笑う為、鼓の方がぴくっと震えるのを真衣は見逃さなかった。
だが、ここでは彼に頼る他ない。
ルベドの森と云えば、聞いたことがないわけではない。深部にエルフが住み、その周りには結界が張られ、外界とは断絶した、正確には不可侵条約を築いている。
故に彼等の棲息地帯であるこの森に人間は愚か他種族も近づかないと云うのが基本だ。そんな森であっても深部以外は旅人やキャラバンは世話になるようで旅人の為に用意されていたその小屋に次の旅人の為に薪をそろえた後、三人で小屋を後にする。
道中は存外道が舗装され、このルベドの森がカナン国としても重要視されていることがわかる。
「ヌエ、を知っているかい?」
「鵺……、ええ、強力な魔物……、正確には強力な精霊が堕ちた姿、数十年に一度程度出現すると云う伝説がある魔物ですね」
「うん、真衣ちゃんは優秀だね。そのヌエがこの森に巣を作ったらしいんだ」
静かな状況でそれを打ち破ったのは暗乃だった。
どうにも一人で旅をしているにしては口が軽いらしい彼の言葉はこの森に彼が来た仕事内容のようだ。真衣としてはそんな本の中で見たような内容に思わずぽかんとしそうになるものの、置いて行かれないように足を進める。
そもそも魔物とは、精霊の成れの果てである。
聖霊、神は万物に宿ると云うのがレムリアでの教えではあるのだが、その中でも精霊は"人々から不要とされた"超常存在だ。
そしてその精霊が一定の忘却と絶望の果てに至るのが"堕ちる"、或いは"堕転"と呼ばれる魔物化現象である。
かと云って全ての精霊がそうなるわけでもなければ、魔物の発生源はそれだけではないのだが、元が精霊である魔物は他の魔物よりも強力な傾向にある。
鵺と云うのは定期的にそう云った魔物化した精霊の中でも特に強力かつ凶暴になった魔物の総称と云う表現が正しいだろうか。
「待て、お前、一人だろう」
「今三人になったし?」
「俺たちを数に入れるな」
「まあまあ、巣が通り道なんだよ、回り道するにしても巣からの警戒範囲がどうにも広いみたいでね」
鵺は少なくとも"旅人"が一人で相手をするような魔物ではない。鼓が云いたかったのはそういうことなのだろうが、それをへらへらと笑いながら進んでいく暗乃に着いて行く他ないのが実際である。
道は舗装されてはいるものの、町中のように整備はされていない上に周りは木々が生い茂っている。木漏れ日はあるが一つ足を踏み入れれば迷子になってしまうだろう。
この森がカナンに手を出されない理由の一つがこれである。
そもそもが広すぎるのだ、故に迂回するにも大変である為に道があり、地の利があるエルフとトラブルを起こすわけにもいかない。
そして、真衣と鼓もまた来た道を引き返したところでどこに出るかもわからないまま歩くよりこの怪しげな男に着いて行ったほうがマシである。
溜め息混じりに「すまん」と告げる鼓に苦笑をするしかない。
真衣からすれば鼓は顔見知りで少しお節介が過ぎる最近教会に来たカナンの人間が正直な感想であった為に、実は彼との距離もあまり掴めていない。
だが、彼に関しては記憶にある限り慎重で狡猾だった兄が派遣した存在である上に結果として暗乃に助けられたにせよ、真衣を庇った命の恩人でもある。
暗乃によって一緒に運ばれていた莫邪を抱えながら再び前を向いた真衣の耳に聞き慣れない音が響いて来た。
「何、この……」
「真衣?」
鼓と暗乃には聞こえていないらしいそれに眉を顰めた瞬間、音の正体に暗乃が気づいた。
鼓の足を引っかけ転ばせた後、真衣の腕を引きしゃがむ。見た目より更に薄い、けれど筋肉の付いた身体に一瞬戸惑うも頭上を何かが横切ったことだけはわかった。
立ち上がった真衣の目に映ったのはぬめりとした鋭い牙を持つその化け物、否魔物である。大きさは真衣の数倍もありそうではあるがその半分以上は闇に覆われていて定かではない。
巣とやらの警戒範囲内に入ったのだろう、その大きさにはそぐわない俊敏さで現れたそれはぼたぼたとよだれを地面に落としながら、そのよだれの落ちた場所が音を立てながら黒ずんでいくのを見ながら足が震えるのを真衣は感じた。
戦争による恐怖ではない、ただ、本能としてそれが脅威であると警鐘を鳴らす。"怖い"と思った。
それを見ながらひゅう、と口笛を吹くのは間違いなく暗乃だろう。鼓がこちらに走って来れば鵺は低く唸る。
牙は赤い。
確かにこれは強力な魔物として記述があっても可笑しくないだろう。
「思ったより大きいね」
「普通は小規模な隊で駆除する魔物だろう」
「いやー、それが"あの"カナンが今はどこも軍備不足なんだってさ、知らなかった?」
たしかに、暗乃に云われながら真衣は教会内でカナンで魔物の出現や野生生物の凶暴化がこの数年で頻発していると聞いたことがあった。
それらをカナンでは"リーウェンの呪い"だなどと嗤ってくるのだから何度奥歯を噛み締めたかもわからない。
そうして軍備が回らない結果、暗乃のようなフリーの旅人がこうした討伐の依頼を受ける、と云うのが今のカナンの情勢なのだろう。そして、彼の眸があってしても野放しにされている理由も、その動きで理解した。
彼は強い、間違いなく今まで出会った中でも上位に食い込む強さを誇るだろう。
そうしてここに一人来たと云うところだろうか、ちらりと暗乃を見れば、口元は笑みのまま彼は鵺を見据えていた。
真衣からすれば黒い靄の不気味な魔物も彼からすれば、金の為の討伐対象に過ぎない、と云うことだろうか。
「真衣、気を付けろ」
「……うん」
鼓の声にきゅっと唇を引き結ぶ真衣はその魔物へ対峙する。
保護された際に近くに落ちていたと云う莫邪を構えて見せる真衣に暗乃が微かに笑い、何処からともなく片刃剣を取り出した。
「じゃあ、ヌエ狩りと行こう」
その声を待っていたとでも云うように鵺が大きく咆哮する。
鼓膜を割くような声に思わず足がすくみそうになりながらも踏みしめ、真衣の身体には似合わない大振りの刀を振り抜く。
少し鈍い金色の刀身が木漏れ日を受け美しく輝く、リーウェンにて代々皇帝にのみ引き継がれて来たそれは美しさだけではない。リーウェンの建国からあるとされる莫邪はしなやかさの中に剛力を放つ。
真衣は真っ直ぐと飛びかかって来た鵺の爪を弾いて見せると刃を振り上げる。
刀の重さを感じさせない動きではあったものの、鵺に掠ることはなく真衣は奥歯を少し噛み締める。
「上出来だよ」
そんな真衣に暗乃が更に踏み込んで見せる。
華奢なその身体にどれだけの力が入っているのか、暗乃は大きく跳ねると風のように鵺の頭上へと移動し、剣を大きく突き立てる。闇に覆われていた鵺の頭部が露出する。
確認出来ていた牙ももちろんだが、真衣の目を引き付けたのは虚ろな目だった。虚ろでありながらも獣を感じさせるその目は今まで見たこともない生物のそれではなく、一瞬手が止まる。
「手を留めるなよ、真衣」
真衣の横を過ぎた鼓の手には微かに魔法陣が浮かんでおり、彼も準備が出来たのだと理解する。
頭を攻撃された鵺が大きく腕を振り上げそれを避ける。
抉られた地面にぞっとしながらも突き立てた剣を再度振り被る暗乃が鵺の身体の反動で少しバランスを崩す。つだが、頭に気を取られていたのか鼓が振り上げた剣が鵺の腕を切り裂く。
やはり人間とは根本的に異なる生物なのだろう、その断面から溢れるのは血液ではなく赤い煙で。真衣はそれに内心安堵しながら鼓に続くように刃を向けた。
「いやあ、助かったよ本当に」
そう笑う暗乃の手には鵺の死骸から回収した宝石のようなものが握られている。
結局は大きな攻撃は暗乃が手慣れているのか、鼓と真衣の攻撃はあくまで手助け程度にしかならなかったように感じる。一人で旅人など行っているだけあり、やはり優秀なのだとまじまじと感じさせられた。
留めを刺すと同時に鵺の身体は霧散し、宝石のような塊へと転じた。
それを依頼人の元へと持っていくのだと云う。
その前に飛空艇の場所へと案内してくれると云うのだから、感謝しなければならない。
「暗乃、魔法も使っていたな、一体……」
「それは秘密、君たちだって知られたくないこともあるんだろう?」
「そうだな、踏み込み過ぎた」
魔法が珍しいわけではないが魔法も剣技も優れている人物など多いわけではないことくらい鼓もわかっていた。
だからこそ踏み入った言葉を口にしたと鼓は失態を悔いる。金銭を発生させたからと今暗乃が鼓たちを置いて行ってしまえば、森で迷子になることは間違いないのだ。
「気にしなくていいよ、気になるのはなるのは人間のサガってやつさ」
鼓の考えを読んでいるかの様にへらりと暗乃は笑って見せる。
やはり、今まで出会ったどんな人物とも違うと真衣は感じた。
しばらく歩いた後に木々がなぎ倒され“氷の塊”が森の中に突然現れた。その姿に真衣が絶句していると鼓が口を開く。
「傀か……‼」
「兄様、まさか……」
「きっと氷で少しでも飛空艇のダメージを軽減させようとしたんだろうね」
完全に凍り付いた飛空艇に人の気配は感じられない。
否、中の人間含めて凍らせざるを得なかったのだろう。
氷に触れようとしたものの真衣の指先が凍りかけ、思わず手を引っ込める。
「強大な“力”だね、まさかここまでとは」
「……」
「怖い顔しないでよ真衣ちゃん、リーウェンの民の“力”なんて、有名じゃないか」
“力”、リーウェンの民にだけ使える特殊な魔法のようなモノだ。産まれた時から身についているそれは基本的には一人に一属性であり、傀の“力”は氷だった。
それでも、ここまでの影響があるのは真衣も初めて感じる。
「どう、すれば……」
このようなモノ、傀自身の制御でなければ解除できないだろう。だが、恐らく傀もこの中にいる解除は難しいと見るのがいい。
「ここから先、南にムスペルヘイムと云う土地がある」
「?」
「そこには何もかもを溶かす白い炎があるらしいよ、確実ではないけれどね」
暗乃の言葉に真衣は息を飲んだ。
ざあ、と周りの木々が音を鳴らす。
確実ではないと云うことは、暗乃もあくまでそうした噂を知っているに過ぎないと云うことだろう。
「それがあれば」
「この厄介な氷を溶かせる可能性はあるかもしれない」
先ほどまでの何もない状態とは違う。
一縷の望みであったとしてもその噂を頼るしか今考えられる手段はない。
「どうしようかな、今回少し稼げたし、金払いのいい依頼人がいれば地図とか準備も」
「金貨三十枚」
「へえ?」
暗乃が果たして何を云おうとしているのか察した真衣はそれがかなりの大金とわかりながらも口にした。
実際今すぐの手渡しは難しいが傀がいればその程度支払える。
「お願いします、ムスペルヘイムまで案内を……、暗乃、さん」
「いいよ、と云いたいけどそれは前払い?」
「……、いえ」
「意地悪を云ったね、金貨三十枚で案内の依頼受けようじゃないか」
真衣の考えなどわかっていたのか聞いた上で少し口角を上げながら暗乃はそう告げる。鼓は口を出して来ないと云うことは少なくとも反対と云うわけではないらしい。
すっと暗乃が手を真衣に伸ばす。
その行為にどうすればいいかあぐねていれば、暗乃が微笑みを浮かべながら、握手、と云う。
「契約成立の証ってこと」
その言葉に真衣は慌てて手を差し出した。
「はい!ありがとうございます!」
これはあの日の記憶だ。
寝苦しさに飛び起きた真衣は息を整えたところで見たこともない小屋の中であることに気付いた。
何故こんな所に、と思考をしたがすぐさまに思いだした。ああ、だからこそあんな夢を見たのだ。
あたりを見回すと一緒にはじき出されたのか、鼓も横になっている。真衣にも云えたことではあるが、簡素ではあるが布がかけられ誰かが二人を助けたことだけが窺える。
その相手は今は周りにはいないのだが。
そっと鼓に近寄り彼の胸が上下していることに安心して息を吐いた。
それと同時に見計らったかのように小屋の扉が開く。
それに警戒をした真衣であったが、入って来たのはこのような比喩が正しいのかはわからないが美しい男だった。
線が細く、陶器のように白い肌と黒銀の長い髪、何よりも見たこともない漆黒の黒曜石のような眸に引き付けられた。男性に間違いはないが、傀とは違う意味で中性さを感じさせる。
「ああ、おはよう、時間的にはこんにちは、かな。起きたんだね、良かった」
低いテノールの声すらもどこか色を感じさせるその男は真衣の目を見ていた為、慌てて隠す。
「気にしなくていいのに、カナン兵になんか引き渡さないよ」
「え」
「ん?違った?」
彼はとぼけたように笑うと、真衣に暖かいスープを差し出し、毒は入ってないよと告げた。
確かに殺すつもりならば助けもしないだろう、だからと云って何もなしに助ける相手を手放しに歓迎するほど真衣も能天気な頭をしているつもりはない。
「でもお腹は空いてるでしょう?」
身体は正直なもので空腹を確かに訴えかけてきてはいる。
彼を信用したわけではないが好意を無碍にも出来ず渡されたスープに口を付けると暖かさが身に染みた。
思えば、あそこにいた時は食事は生きる為の行為であり、特別なものではなかった。不味いわけでもないが、美味しいと感じるモノでもない。
そんなものだった。
「あの、ありがとうございます」
「どういたしまして」
おずおずと感謝を述べると嬉しそうに返事を返してくる。これだけで信用に足るかと云われればけして否ではあるものの今は彼に頼るが吉なのであろう。
近くに寝ている鼓を見るが起きる気配がない。
沈黙はさすがにとても気まずい、と思ったところで思い至る。
「そう云えば、お名前を」
「ん?……ああ、そうだったね」
謎の一瞬の間はあったがこの際偽名などでも構わないと思う、名前を呼べなければ何かあった時が面倒だ。
「僕は、 暗乃偽名ではないよ」
真衣の考えを見抜かれていたかのようにそう笑う彼に顔に出ていただろうかと逡巡するも、彼が頭の回る人物なのだろうと落ち着く。
真衣は目を見られている以上知識ある相手だとするならば隠すのは無意味と判断した。
「私は、真衣です。よろしくお願いします、暗乃さん」
「暗乃でいいよ」
「え、でも……」
初対面の人に対し呼び捨てにするわけにもいかないと躊躇う真衣であったが、暗乃がにこにこと笑い暗に呼び捨てを強要している気がする。
気がするだけなのかもしれないが、数か月前に出会った鼓ですら呼び捨てにするのにようやく慣れて来たばかりと云うのに。
「暗乃、さん」
「何、真衣ちゃん?」
これは確信犯だ。
とてもむず痒い呼ばれ方である、今までにない呼ばれ方と云うのもあるのだが。
「慣れるまで、これで許して頂けると助かるのですが」
真衣の必死の返答に仕方ない、とでも云うように食い下がった暗乃に安心したように肩を撫で下ろす。
「慣れたら呼んでね」
若干慣れ慣れしいような気もするがこのようなタイプに出会うのは初めてであり、少しだけ新鮮な気持ちにもなる。
ただ、やはり少しだけ距離感は近いのは気のせいではないだろう。
「ッ……」
距離感を掴みあぐねていると鼓の身体がわずかに動いた。幸いとばかりにそちらを見ると身体をよじり瞼を微かに開いた。
「鼓……」
少しだけ青玉は彷徨った後、真衣の姿を捉え、安心したように息を漏らした。
と同時に知らない男がそこにいることに構えようとするが身体はまだ不調なのもあるのか、それを真衣が止めるまでもなく片膝を付いた。
「あーあ、あれだけ内臓まで傷ついてたのに無理するから。暴れるとまたぐちゃぐちゃになるよ?」
さりげなく凄まじい発言をした彼を見る真衣に彼は首を傾げた。
「ああ、話してなかったね、君たち上から落ちて来たんだよ、君を庇ったのか彼の方かなり重症でね。死ななくて良かったね」
さらっとも齎される情報に困惑するも、鼓の目線が暗乃を見ながら誰だと警戒しているのがありありと伝わってくる。
「彼は暗乃さん、私たちを助けてくれたみたいなの」
「みたいじゃなくて助けたんだけどね」
笑いながら訂正する彼に鼓は眉間に皺を寄せる、彼は笑顔だがどこか軽薄さも感じさせる。それは真衣も気づいていたことではあるが、それをわざわざ口にすることはしない。
彼の目的はわかりあぐねるが、少なくとも今は大丈夫だと訴える。何か下心があったとしても今すぐ何かあるわけではないと云う綱渡りに近い思考ではあるが。
それにまた疑問は増えた。
「私たちが目を覚ますのに三日だと云っていましたよね」
「云ったね」
「そんな短時間で人間の内臓にまで及んでいた重症って治せるものなんですか?」
そう、鼓は微かに弱ってはいるが、それは食事などを数日摂っていなかった程度のものであり、重症を負ったと云うにしてはあまりにも普通すぎるのだ。
「ああ、そんなことか。僕、回復師《ヒーラー》だからね、死んでさえなければ生命力あればなんとかなるよ」
何でもないようにそう告げるが、真衣も鼓も絶句する。回復士は魔力があれば誰でもなれるわけではなく、回復魔法と云うのは王宮抱え魔術師の特権と云っても過言ではないのだ。
つまりは彼はカナン王国と関わりがあるのではないかと勘くぐったのだ。
「安心してよ、今はフリーの旅人なんだ」
見透かしたように笑うと鼓にも先ほどのスープを渡す。女性にだけ優しい性分と云うわけでもなさげである。
「貴族とかそんなんめんどくさくてさ、それにほら、これだしね」
自分の目を指さしそう告げる。確かに、黒曜石の眸と云うのはどの種族にも当てはまらない気もする。
少なくともこの大陸にそのような眸の持ち主の種族はいただろうか。
「お互いの探り合いはこれくらいにしてさ、僕今から仕事があるんだよね。君たちが目覚めたなら用もないだろうし」
「待ってください。ここは、どこなんですか?」
「ああ、落ちて来たから知らないのか……、ここはルベドの森、エルフたちの聖地だよ」
ルベドの森、と口の中で反芻すると、他に質問は?と云うように首を傾げる。
なかなかどうして、自分の顔が良いことを知っているのかとても眩しく感じる。
「落ちて来た、と云うのは……」
「文字通りだよ、落ちて来たんだ、飛空艇と一緒にね」
飛空艇と一緒に、その言葉に真衣の顔が真っ青になり、鼓の眉間の皺も一段と深くなる。落ちて来た、つまりはあの後、墜落したと云うことだ。
あの中にいた人たちは、傀は、疑問が次々と浮かび頭が真っ白になる。
「……私のせいだ」
微かに青ざめそう呟いた真衣に鼓の眉間の皺が深まるが、それを真衣が気に留めることは出来ない。
しかし、暗乃にとってはそれは関係ないことであるとでも云うように他にも何か、とでも再び首を微かに傾げて見せる。
質問などその状態で出来るはずもなく力なく首を横に振った真衣を見た後、鼓が少しの逡巡の後に口を開く。
「飛空艇が落ちた場所を把握しているか?」
スープには口を付けないままの彼の質問に暗乃は笑みを深め答えた。
即ち肯定であろうか、そして彼の言葉を思い返す。旅人だと云っていた、それはつまり鼓の考えを真衣は理解した。
こちらには地の知識はないのだ、そうであるならばこの目の前にいる彼を「買収」すればいいのだ。
「仕事があると云っていたな、追加金を払う、墜落地点まで案内してくれ」
鼓の言葉に暗乃はにんやりと笑いながら「僕は高いよ?」などと告げた。
それに鼓はどこに持っていたのか数枚の金貨を取り出す。大陸には札と云うモノも存在するが、紙自体高級品である為、金貨や銀貨も珍しくはない。
「これだけあれば足りるか?」
「うーん……、君も存外世間知らずだと分かったくらいの収穫しかないな……、これ僕以外ならぼったくられるよ」
そう云いながらも金貨を全て受け取る彼とは交渉成立と云うことらしい。
上機嫌に金貨を仕舞えば「ちなみに今のなら金貨一枚でも動いてあげたけど」などと笑う為、鼓の方がぴくっと震えるのを真衣は見逃さなかった。
だが、ここでは彼に頼る他ない。
ルベドの森と云えば、聞いたことがないわけではない。深部にエルフが住み、その周りには結界が張られ、外界とは断絶した、正確には不可侵条約を築いている。
故に彼等の棲息地帯であるこの森に人間は愚か他種族も近づかないと云うのが基本だ。そんな森であっても深部以外は旅人やキャラバンは世話になるようで旅人の為に用意されていたその小屋に次の旅人の為に薪をそろえた後、三人で小屋を後にする。
道中は存外道が舗装され、このルベドの森がカナン国としても重要視されていることがわかる。
「ヌエ、を知っているかい?」
「鵺……、ええ、強力な魔物……、正確には強力な精霊が堕ちた姿、数十年に一度程度出現すると云う伝説がある魔物ですね」
「うん、真衣ちゃんは優秀だね。そのヌエがこの森に巣を作ったらしいんだ」
静かな状況でそれを打ち破ったのは暗乃だった。
どうにも一人で旅をしているにしては口が軽いらしい彼の言葉はこの森に彼が来た仕事内容のようだ。真衣としてはそんな本の中で見たような内容に思わずぽかんとしそうになるものの、置いて行かれないように足を進める。
そもそも魔物とは、精霊の成れの果てである。
聖霊、神は万物に宿ると云うのがレムリアでの教えではあるのだが、その中でも精霊は"人々から不要とされた"超常存在だ。
そしてその精霊が一定の忘却と絶望の果てに至るのが"堕ちる"、或いは"堕転"と呼ばれる魔物化現象である。
かと云って全ての精霊がそうなるわけでもなければ、魔物の発生源はそれだけではないのだが、元が精霊である魔物は他の魔物よりも強力な傾向にある。
鵺と云うのは定期的にそう云った魔物化した精霊の中でも特に強力かつ凶暴になった魔物の総称と云う表現が正しいだろうか。
「待て、お前、一人だろう」
「今三人になったし?」
「俺たちを数に入れるな」
「まあまあ、巣が通り道なんだよ、回り道するにしても巣からの警戒範囲がどうにも広いみたいでね」
鵺は少なくとも"旅人"が一人で相手をするような魔物ではない。鼓が云いたかったのはそういうことなのだろうが、それをへらへらと笑いながら進んでいく暗乃に着いて行く他ないのが実際である。
道は舗装されてはいるものの、町中のように整備はされていない上に周りは木々が生い茂っている。木漏れ日はあるが一つ足を踏み入れれば迷子になってしまうだろう。
この森がカナンに手を出されない理由の一つがこれである。
そもそもが広すぎるのだ、故に迂回するにも大変である為に道があり、地の利があるエルフとトラブルを起こすわけにもいかない。
そして、真衣と鼓もまた来た道を引き返したところでどこに出るかもわからないまま歩くよりこの怪しげな男に着いて行ったほうがマシである。
溜め息混じりに「すまん」と告げる鼓に苦笑をするしかない。
真衣からすれば鼓は顔見知りで少しお節介が過ぎる最近教会に来たカナンの人間が正直な感想であった為に、実は彼との距離もあまり掴めていない。
だが、彼に関しては記憶にある限り慎重で狡猾だった兄が派遣した存在である上に結果として暗乃に助けられたにせよ、真衣を庇った命の恩人でもある。
暗乃によって一緒に運ばれていた莫邪を抱えながら再び前を向いた真衣の耳に聞き慣れない音が響いて来た。
「何、この……」
「真衣?」
鼓と暗乃には聞こえていないらしいそれに眉を顰めた瞬間、音の正体に暗乃が気づいた。
鼓の足を引っかけ転ばせた後、真衣の腕を引きしゃがむ。見た目より更に薄い、けれど筋肉の付いた身体に一瞬戸惑うも頭上を何かが横切ったことだけはわかった。
立ち上がった真衣の目に映ったのはぬめりとした鋭い牙を持つその化け物、否魔物である。大きさは真衣の数倍もありそうではあるがその半分以上は闇に覆われていて定かではない。
巣とやらの警戒範囲内に入ったのだろう、その大きさにはそぐわない俊敏さで現れたそれはぼたぼたとよだれを地面に落としながら、そのよだれの落ちた場所が音を立てながら黒ずんでいくのを見ながら足が震えるのを真衣は感じた。
戦争による恐怖ではない、ただ、本能としてそれが脅威であると警鐘を鳴らす。"怖い"と思った。
それを見ながらひゅう、と口笛を吹くのは間違いなく暗乃だろう。鼓がこちらに走って来れば鵺は低く唸る。
牙は赤い。
確かにこれは強力な魔物として記述があっても可笑しくないだろう。
「思ったより大きいね」
「普通は小規模な隊で駆除する魔物だろう」
「いやー、それが"あの"カナンが今はどこも軍備不足なんだってさ、知らなかった?」
たしかに、暗乃に云われながら真衣は教会内でカナンで魔物の出現や野生生物の凶暴化がこの数年で頻発していると聞いたことがあった。
それらをカナンでは"リーウェンの呪い"だなどと嗤ってくるのだから何度奥歯を噛み締めたかもわからない。
そうして軍備が回らない結果、暗乃のようなフリーの旅人がこうした討伐の依頼を受ける、と云うのが今のカナンの情勢なのだろう。そして、彼の眸があってしても野放しにされている理由も、その動きで理解した。
彼は強い、間違いなく今まで出会った中でも上位に食い込む強さを誇るだろう。
そうしてここに一人来たと云うところだろうか、ちらりと暗乃を見れば、口元は笑みのまま彼は鵺を見据えていた。
真衣からすれば黒い靄の不気味な魔物も彼からすれば、金の為の討伐対象に過ぎない、と云うことだろうか。
「真衣、気を付けろ」
「……うん」
鼓の声にきゅっと唇を引き結ぶ真衣はその魔物へ対峙する。
保護された際に近くに落ちていたと云う莫邪を構えて見せる真衣に暗乃が微かに笑い、何処からともなく片刃剣を取り出した。
「じゃあ、ヌエ狩りと行こう」
その声を待っていたとでも云うように鵺が大きく咆哮する。
鼓膜を割くような声に思わず足がすくみそうになりながらも踏みしめ、真衣の身体には似合わない大振りの刀を振り抜く。
少し鈍い金色の刀身が木漏れ日を受け美しく輝く、リーウェンにて代々皇帝にのみ引き継がれて来たそれは美しさだけではない。リーウェンの建国からあるとされる莫邪はしなやかさの中に剛力を放つ。
真衣は真っ直ぐと飛びかかって来た鵺の爪を弾いて見せると刃を振り上げる。
刀の重さを感じさせない動きではあったものの、鵺に掠ることはなく真衣は奥歯を少し噛み締める。
「上出来だよ」
そんな真衣に暗乃が更に踏み込んで見せる。
華奢なその身体にどれだけの力が入っているのか、暗乃は大きく跳ねると風のように鵺の頭上へと移動し、剣を大きく突き立てる。闇に覆われていた鵺の頭部が露出する。
確認出来ていた牙ももちろんだが、真衣の目を引き付けたのは虚ろな目だった。虚ろでありながらも獣を感じさせるその目は今まで見たこともない生物のそれではなく、一瞬手が止まる。
「手を留めるなよ、真衣」
真衣の横を過ぎた鼓の手には微かに魔法陣が浮かんでおり、彼も準備が出来たのだと理解する。
頭を攻撃された鵺が大きく腕を振り上げそれを避ける。
抉られた地面にぞっとしながらも突き立てた剣を再度振り被る暗乃が鵺の身体の反動で少しバランスを崩す。つだが、頭に気を取られていたのか鼓が振り上げた剣が鵺の腕を切り裂く。
やはり人間とは根本的に異なる生物なのだろう、その断面から溢れるのは血液ではなく赤い煙で。真衣はそれに内心安堵しながら鼓に続くように刃を向けた。
「いやあ、助かったよ本当に」
そう笑う暗乃の手には鵺の死骸から回収した宝石のようなものが握られている。
結局は大きな攻撃は暗乃が手慣れているのか、鼓と真衣の攻撃はあくまで手助け程度にしかならなかったように感じる。一人で旅人など行っているだけあり、やはり優秀なのだとまじまじと感じさせられた。
留めを刺すと同時に鵺の身体は霧散し、宝石のような塊へと転じた。
それを依頼人の元へと持っていくのだと云う。
その前に飛空艇の場所へと案内してくれると云うのだから、感謝しなければならない。
「暗乃、魔法も使っていたな、一体……」
「それは秘密、君たちだって知られたくないこともあるんだろう?」
「そうだな、踏み込み過ぎた」
魔法が珍しいわけではないが魔法も剣技も優れている人物など多いわけではないことくらい鼓もわかっていた。
だからこそ踏み入った言葉を口にしたと鼓は失態を悔いる。金銭を発生させたからと今暗乃が鼓たちを置いて行ってしまえば、森で迷子になることは間違いないのだ。
「気にしなくていいよ、気になるのはなるのは人間のサガってやつさ」
鼓の考えを読んでいるかの様にへらりと暗乃は笑って見せる。
やはり、今まで出会ったどんな人物とも違うと真衣は感じた。
しばらく歩いた後に木々がなぎ倒され“氷の塊”が森の中に突然現れた。その姿に真衣が絶句していると鼓が口を開く。
「傀か……‼」
「兄様、まさか……」
「きっと氷で少しでも飛空艇のダメージを軽減させようとしたんだろうね」
完全に凍り付いた飛空艇に人の気配は感じられない。
否、中の人間含めて凍らせざるを得なかったのだろう。
氷に触れようとしたものの真衣の指先が凍りかけ、思わず手を引っ込める。
「強大な“力”だね、まさかここまでとは」
「……」
「怖い顔しないでよ真衣ちゃん、リーウェンの民の“力”なんて、有名じゃないか」
“力”、リーウェンの民にだけ使える特殊な魔法のようなモノだ。産まれた時から身についているそれは基本的には一人に一属性であり、傀の“力”は氷だった。
それでも、ここまでの影響があるのは真衣も初めて感じる。
「どう、すれば……」
このようなモノ、傀自身の制御でなければ解除できないだろう。だが、恐らく傀もこの中にいる解除は難しいと見るのがいい。
「ここから先、南にムスペルヘイムと云う土地がある」
「?」
「そこには何もかもを溶かす白い炎があるらしいよ、確実ではないけれどね」
暗乃の言葉に真衣は息を飲んだ。
ざあ、と周りの木々が音を鳴らす。
確実ではないと云うことは、暗乃もあくまでそうした噂を知っているに過ぎないと云うことだろう。
「それがあれば」
「この厄介な氷を溶かせる可能性はあるかもしれない」
先ほどまでの何もない状態とは違う。
一縷の望みであったとしてもその噂を頼るしか今考えられる手段はない。
「どうしようかな、今回少し稼げたし、金払いのいい依頼人がいれば地図とか準備も」
「金貨三十枚」
「へえ?」
暗乃が果たして何を云おうとしているのか察した真衣はそれがかなりの大金とわかりながらも口にした。
実際今すぐの手渡しは難しいが傀がいればその程度支払える。
「お願いします、ムスペルヘイムまで案内を……、暗乃、さん」
「いいよ、と云いたいけどそれは前払い?」
「……、いえ」
「意地悪を云ったね、金貨三十枚で案内の依頼受けようじゃないか」
真衣の考えなどわかっていたのか聞いた上で少し口角を上げながら暗乃はそう告げる。鼓は口を出して来ないと云うことは少なくとも反対と云うわけではないらしい。
すっと暗乃が手を真衣に伸ばす。
その行為にどうすればいいかあぐねていれば、暗乃が微笑みを浮かべながら、握手、と云う。
「契約成立の証ってこと」
その言葉に真衣は慌てて手を差し出した。
「はい!ありがとうございます!」
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