capriccio

月季花

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救出編

11譜-Istituto di ricerca-

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 川を上り魔物を倒し、食料品調達の為に村に寄るかキャラバンを頼る。
 そんな日々が型に付きそうになっていた中、真衣はシャンラン山脈の麓まで辿り着いていた。
 既に見えていた山の上部雪が積もっており、更に過酷な道になることだけは確実だった。
 麓の地点でダゴンに依頼していた荷物を受け取りそのチェックをしている暗乃と鼓を背に真衣は手を握り締める。ようやくここまで辿り着けたがここまで真衣一人では無理だったことは間違いない。
 幸いにも幽霊街がらこちらあの謎の宝石も十騎士などとの接触はなかったものの旅がけして楽であったわけではない。
 確認を終えた防寒対策一式を鼓が真衣に渡して来る、それを受け取ると暗乃に続いて歩き始める。この道は冒険者の中でもあまり人が通らない道とされているのだと云う。
 その為通常の道よりも険しい、代わりに大勢の戦闘になることはない。
 と云うのが暗乃の見立てだった。
 実際、暗乃の持つ地図のどれにもその記載はなくこの入口に来てもここが通り道だとは真衣もぴんと来ない。
 だからこそ正解なのだとは思うが今まで以上に暗乃から目を離せない。
 あの日から暗乃がピアスを外したところは見たことがない、渡す前までは日によってはデザインを変えたことなどもあったがあのピアスが外されたところは少なくとも真衣は見ていない。
 気に入ってくれたのはいいことなのだがどことなく気恥ずかしさもある。
 それに加えて真衣が宝石を使う度にこのペンダントの良さを痛感させられる、そもそもの魔力量が潤沢なのだろう魔力切れを起こさない、宝石によってはすぐにダメになってしまうものもあるのにこの大きさでこの性能は段違いだ。
 鼓や暗乃に別途頼らなくても良いのは便利と云わざるを得ない。
 そっとペンダントを撫でながら真衣は微笑む。
 それを鼓が複雑そうな顔して見ていたのを真衣は知らない。
 一気に登っても体調を崩すと云う言葉の通り、暗乃は今までにも増して休憩を挟んだ。
 今までのある程度の平坦な道よりは体力を奪われるのは間違いない。
 山小屋も正規のルートとは違い碌にないと云う言葉により気持ちを引き締めていた真衣の耳に木々を押し退ける素早い音が聞こえた。
 移動速度が凄まじくそれには暗乃も気づいている様子で構えれば前から凄まじい音で四足歩行の獣が飛び込んできた、魔物かとも一瞬構えたがそれにしては見た目が禍々しくもない。
 そして、その獣は真衣たちに気づいたのか大きく口を開く。

『ニンゲン!タスけろ!』
「今、喋った……?」

 捕食されるのかと再度構えた真衣に獣はそう云って真衣の後ろに隠れてしまう。
 喋ったことももちろん助けろとは何のことだと獣が走って来たことで木々がなぎ倒された道の向こうに更に別の獣がこちらに向かって走って来ていた。

「いったいどういう」
『セツメイはアトでする、あいつカエりウちして!』

 獣が再び吠えるのを聞いて暗乃と鼓が向かって来た獣を迎え討った。
 伸ばされた爪は鋭く怪我では済まないだろうと云うのはすぐわかる、獣を背後に真衣は謡で支援をする。この数週間で謡のレパートリーも少し増えた。
 鼓と暗乃の剣で前足を割かれた獣は低く唸りながら来た道を去って行く。
 それを追うか聞こうとして真衣は大きな獣の舌で舐めとられた。

『ニンゲン!カンシャ!』
「真衣!」

 人懐っこい声色とは別に舐めとられ唾液まみれになった真衣を見て鼓が声を上げ
真衣は何とも云えない顔で苦笑いするしかなかった。
 ここでは目立ち兼ねないと外套を羽織らせられ少し外れた岩陰で獣の話を聞くことになった。
 唾液まみれでは寒い山では凍えてしまう。

「君はそもそも何?」
『ヤク!』
「ヤク?」
『なんばぁさんななでもいい!』

 暗乃の言葉に無邪気に返すヤクと名乗った獣は真衣が着替えるのを見ようとして鼓から止められる。少し早いが厚手の服に着替えて唾液まみれになってしまった服はどこかで処理をするしかないだろうか、気に入っていた服だけに残念だがそれも仕方ないだろう。
 岩陰から出た真衣にヤクが今度こそ飛びかかり真衣は後ろに倒れる。
 それを見て鼓が真衣を助け起こし暗乃に何をしているのか聞こうとして止まった。

「暗乃?」
「……なんでもないよ」

 真衣からは暗乃の表情は見えなかったが鼓の顔を見るに何か言葉にしがたい顔をしていたのだろう。
 真衣が鼓に助け起こされる頃には暗乃はいつもの表情で真衣に止められなくてごめんね、とまで口にする。
 それに横に首を振り身体を擦りつけて来るヤクにどうしようか悩んで見上げるとヤクはきらきらとした眸で真衣を見つめ返す。

「あなたはどこから来たの?」
『マックラ!イタい!ニンゲン、いいニオい!』
「真っ暗?」

 見えないヤクの走って来た先に目線をやればヤクの云う場所がわかるのだろうか。
 だがそんな時間はなく、この獣をどうすれば良いのかも分からない。
 鼓と暗乃を困ったように見れば鼓も同じことを考えいるようで暗乃だけは何かを考え込んでいるようだった。

「暗乃?」
「何?」
「ううん、難しい顔していたから」

 不思議そうに問いかけた真衣に暗乃はいつもの笑顔を以て答える。
 何か気に掛かることでもあるのだろうか。
 心配な気持ちになりながらヤクを嗜めているとヤクは鼻先で暗乃を嗅ぐ。
 それに怪訝そうな顔をする暗乃にヤクが目を見開く。

『ニンゲンじゃない!このニオい、シッてる!』

 その言葉に真衣も鼓も驚いた顔をする。
 暗乃が人間ではないことは既に鼓も知っているがその風体は人間と変わらない。それを匂いだけで嗅ぎ分けるだけではない、自然に話してしまっていたが獣が話すなど聞いたことない。

「……古い実験施設がある、と云う噂がある」

 苦々しそうに暗乃が口を開いた。
 その声はもちろん表情も話したくないと云うのがわかる顔だった。

「そこがまだ稼働してるなら、そこからの脱走の実験生物じゃないかな」
「実験生物」

 真衣はそう呟きながらヤクを見る。
 云われてみればどのような獣とも違うそれは合成獣のようにも見えるが、喋る合成獣なども聞いたことない。
 真衣の知見が狭すぎると云うわけでもないだろうが、合成獣の研究はカナンでは合法だとラコルーニャの一件で知った。だからその古い研究所とやらであのラコルーニャのようなことが起きているとしても不思議ではない。

「どちらにせよ面倒事だから関わらないのが吉だと思うけど」
「そうだな」

 暗乃と鼓の言葉に真衣はヤクを撫でながらその言葉に同意をしたくなる。
 だが先ほどの言葉が気になる暗乃を嗅いで匂いを知っていると云っていたそこにいるのではないだろうか、暗乃と同じ魔族が。

「この子をこのままには、出来ない」

 その言葉も嘘ではない。
 真衣の言葉に鼓が溜め息を吐き暗乃が肩を竦める。
 ヤクはよくわかってはいないようだが真衣の手に頭を擦りつけて尻尾をぶんぶんと振っている。

「だそうです、鼓」
「真衣、仮にそれがその研究施設の生物だとするなら脱走してきたと云うことだ、先ほども追われていただろう。カナン兵に見つかるのはまずい」

 暗乃に話を振られた鼓はそう云って真衣を納得させようとするが、真衣がどこかでもう行先を決めてしまっていることはわかっているようでもあった。
 優先すべきはこの山を越えた先にあるのだと、真衣にもわかっている。
 それでもこの場で出遭ったこの獣を捨て置く理由にはならない。

『ヤク、カエりたいの』

 獣とは思えない悲痛な声色でヤクはそう口にした。

『イタくないバショ、ニンゲンのコエみたいなバショ』

 真衣を覗き込む眸は何を考えているかはわからない。
 ヤク自身にも言葉の深い意味は分かっていないのかもしれないと思いながら真衣は二人を見つめる。

「僕たちの負けだね」
「はぁ……」
 先ほどまでの苦々しい顔をどこへやったのかあっさりとそう告げる暗乃と再び大きく溜め息を吐いた鼓が近くに合った切り株に腰を掛けた。
 その目はどうするつもりだ、と聞いているようにも見えた。
 ヤクの来た道を逆走するのが一番だと云う話ではあるが足元は決して良くはない、距離もどの程度かもわからなければあの獣だけではない追手がいる可能性もある。
 真衣はその考えは最もだと思いながらも何かないかと思案する。
 暗乃が何も云わないと云うことはどこにその研究所があるのかなどは知らないと云うことなのだろう。

『ヤク、アンナイデキるよ』
「本当?」
「鵜呑みにするのはまずくない?」

 そんな言葉に暗乃がすぐさまに返して来る。
 知能としては宛てにするのは不味いと云うことは真衣もわかっていたもののその言葉に嬉しくなったのも事実だ。
 ならばどうすると悩む真衣は再びヤクが走って来たほうを見つめる。
 
「あれだけ大きい跡なら少し離れた場所を歩いて進むのは、難しいかな」
「おすすめはしないけど、あのど真ん中を行くよりはマシだろうね」

 それは暗乃が案内出来ると云う意味だろう。
 真衣はヤクを撫でながら道を進もうと二人に伝える。

「どうなっても知らんぞ」
「今回ばかりは鼓に同意」

 そんな言葉を吐きながらも着いて来てくれる二人に感謝しながら真衣は道を外れて歩き始めた。
 ヤクが歩くにしては道は狭く時折なぎ倒した場所に移動してもらいながら歩みを進める。
 しばらく歩いた場所、存外離れていない場所にその建物はあった。
 崖に沿うように目立たないように建つそれを見て暗乃が嫌そうな顔をしていたのは気のせいではないはずだ。
 追手が幸いにもないのはその分の人数が割けないと云うことだろうか。
 この古びた建物のどこからヤクは飛び出して来たのか周辺を歩いて回るとそれはすぐにわかった、研究員らしき人物たちが集まって大穴の処理をしているようだった。
 なるほどあそこからであればヤクの大きさでも抜け出せると覗き込んだ真衣の後ろからヤクがその大穴に向かって飛び込んだ。

「っえ⁉」
『ただいま!ただいま!』

 研究員たちも突然のことで驚いたように散って行く。
 一瞬、ヤクがそのような役割を持っていたのかとも警戒したがそういうわけではない様子に真衣は肩を撫で下ろす。
 獣の重さは人間の作った一時的な壁など破壊してしまうようだ。

「勝手に帰ったみたいだけど、どうする?」
「……、ペンダントが」

 真衣は首元に手をやり焦ったように呟いた。
 先ほどヤクが飛び出した時に引っかかり落としてしまったのだ。

「なるほど、あの中に反応がある……、くそ、不味いな」
「暗乃?」
「研究所ともなれば魔力解析も出来る、あのペンダントには僕の魔力が入ってる」
「それはどういう……」
「とっても不味いってこと」

 溜め息を吐きながら暗乃がやれやれと云った風に首を横に振る。
 そんなにも重要な物だと云う認識はなかった、大切にしていたつもりではあったが暗乃の念を押した言葉にさすがに鼓も仕方がないと大穴を見下ろす。

「あの獣は最悪後回しだ、研究員が発見する前にペンダントを回収しよう」

 崖を滑り下りながら暗乃はそう二人に云う。
 真衣は頷きそれに続く。
 大穴は建物の壁に開いていたようで中はその古びた見た目にそぐわず立派な物だった、石造りの広い廊下はどこかガランともしているが。
 ヤクが飛び込んだことでそちらに気が向いているのか人影はない。
 早足に廊下を進み階段を下りて行く、人の声がして近場にあった部屋に隠れるとそこには様々な書類が無造作に広がっていた。これだけの量を宝石に保管しないと云うのはよっぽど重要な物なのだろう。

「実験ナンバーゼロ?」
「行ったみたい、真衣、そっちも良いけど進まないと」
「うん、そうだね」

 何故か目を引かれたその書類を元の場所に戻し真衣は暗乃に着いて行く。
 幸いにもどこかで振り落とされたのだろうペンダントはすぐに見つかった。
 安堵した真衣に渡す前に暗乃が何かしらの詠唱をする。

「これでまたちぎれることはないと思うけど」
「うん、ありがとう」

 自然と暗乃が真衣にペンダントを着ける様子を見て鼓の盛大な溜め息に真衣ははっとした。
 まるで従者のように扱ってしまったと慌てて謝ろうとした真衣に暗乃は何が悪かったのかわからない、と云いたげな表情で鼓を見る。
 その様子に再度鼓は深い溜め息を吐き、頭を抑えるのだった。
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