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救出編
13譜-Lavaggio del cervello-
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それは突然のことだった、ドンっと云う鈍い音と共に小屋の扉が吹き飛んだ。
幸いにも誰もその周りにはいなかった為怪我などはないが、外套を纏っていない身体には外の寒気は堪えるものがある。
「みぃつけたァ」
何が起きたのかわからない真衣の耳に真っ先に飛び込んできたのはアルカディアで聞いたあのねっとりとした喋り方だ。
一度聞いたら忘れようもないその声、赤いマントにこの気温と云うのに着込むこともなくその男、べリアルはそこに立っていた。
「なん、で……」
「真衣、羽織れ!」
鼓が龍皮の外套を真衣に渡しながら真衣を背中に庇う。
べリアルの口元がにやにやとしたまま変わらないのを見て真衣は不気味だと感じる。
「あー、一応聞いとくかァ、皇女サマちょーだい?」
「ふざけるな!」
その言葉に鼓がそう怒鳴る、今べリアルは真衣を人間として扱わなかった。それがどれほどまでに無礼なことかなど、鼓の反応を見るより明らかだ。
べリアルはその声にもへらへらとしたままでだよねェなどと呟く。
そして持ち手のある片刃剣を取り出す。
「皇女サマ以外殺して良いからァ、そうさせて貰お」
「殺されるのは自分かもよ?」
構えるべリアルの横に暗乃が既に待機し剣を振り下ろす。
それを剣で受け止めるとべリアルは笑みを更に深めた。
「あっは、ホントに傭兵殿いるじゃァん!」
「その呼び方止めて」
「名前知らない」
「教えないよ」
そんな軽口のような会話をしながらも剣をぶつけ合う様子を見ながらこの場所では動きづらいと抜け出す場所を探す。
暗乃もわかっているのだろう、二人が抜け出せるようなスペースを何とか確保しようとしてそこから更にもう一人同じ赤いマントを羽織った人物が入って来た。
「誰も俺一人なんて云ってないよォ」
「真衣、奥へ!」
その人物が飛びかかって来るのを見て鼓が剣を抜いた。
赤マントは器用に鼓に飛びかかると鼓の剣を握る手にリボンを絡めて拘束した後身軽に顎を蹴り上げる。否、避けることは出来たが鼓は出来なかった。
このリボンの持ち主を鼓は知っている、蹴り上げられじんと痛む顎を抑え鼓は驚いた顔でそのマントの人物を見た後、剣ではなく手を伸ばす。
胸ぐらを掴むことは出来なかったが充分だ。
マントを引っ張りその人物の顔が露わになる。
「なんだ、もうバレたのか」
「紫鬼⁉」
マントの下から現れたのは見間違いはしない、あの日飛空艇に残ったはずの紫鬼その人だった。
バレてしまったことにべリアルがつまらなそうに云うが鼓はもちろん真衣からしてもそれは予想外の人物でしかない。
「紫鬼、なんで?」
真衣の呆然としたような声に紫鬼は眉一つ動かさずその腕に巻きつけたリボンで剣を模し鼓に刃を振り上げる、それを受け止めながら鼓は紫鬼に攻撃を出来ない。
他人の空似などではありえない、このリボンの武器は傀が紫鬼に送ったものだ。
紫鬼の水属性でそれを強化し柔も硬もこなす戦いが出来るのだと話していたのを知っている。
「ッ、紫鬼に何したの⁉」
「何って、皇帝陛下大好きな気持ちをちょおっと貰っただけだよォ」
暗乃の斬撃を躱しべリアルは真衣を見た。
見えない目も愉悦に歪んでいるのがわかる。
意味が分からないと真衣は紫鬼相手に攻撃が出来ない鼓を見る。
べリアルの言葉を信じるにやはりこの人物は紫鬼その人で間違いないのだろう。
だが、言葉の意味がわからない。
「闇魔法だね」
「傭兵殿さすが、詳しィ」
「……君殺せば治る?」
「試してみなよォ」
その言葉と同時に暗乃の刃がべリアルを吹き飛ばす。
何とか剣で直接的な攻撃は免れたもののべリアルはあまりの攻撃の重さに笑みを一瞬なくす。
鎧も入れれば暗乃より大柄な自分が吹き飛ばされた事実に呆気に取られたからだ。
あの二人を驚かせるつもりがこちらが驚かされるとはと片手に持っていた剣の対になる剣を取り出す。
本気で行かなければ殺される。
「あいつ何とかするから、頑張れ」
べリアルの消えた方に走り出した暗乃の背中を見守り真衣は暗乃が云った言葉を頭の中で繰り返す。
闇魔法、闇属性と云うのはけして多くない属性だ。
闇は安寧であると同時に恐怖でもある、真衣の周りに闇を扱う人物はいなかったが傀がしていた属性の勉強を横から見ていた時に書かれていた物を思い出す。
「……精神、干渉?」
「紫鬼、聞こえないのか、傀はどうした!何より何故、あいつに着く!」
「黙りなさい、不敬ですよ」
ようやく口を開いた紫鬼の眸に光はない。
そして静かながらも怒りも滲んでいる。
「傀さまならばいらっしゃるではありませんか」
「鼓!闇魔法でべリアルを兄様だと思わされてるのかもしれない!」
真衣の考えはそこに至った、闇魔法の中には人間の心に干渉する禁秘がある。
そうであるならば紫鬼の言動は納得が行く、紫鬼の忠義は何よりも厚い。
傀が命じたならば自害ですら厭わないだろうと云うほどに紫鬼は傀に忠誠を誓い傀もまたそんな紫鬼を良しとしている。
リボンの剣が解れリボンが鼓の脚を引っかける。
それに躓く鼓の頭を紫鬼は躊躇いなく蹴り降ろす。
「ッぐ」
「紫鬼、止めて!」
鼓の前に真衣が出ると紫鬼の手が一瞬止まるがその眸はけして正常とは云えない。
「ああ、真衣さま、こんなところにいらしたのですね。傀さまがお待ちですよ」
「違うの紫鬼、目を覚まして」
「困ります、傀さまから連れて来るように云われています」
かろうじて真衣のことは認識出来るらしく真衣の言葉は聞くが正気ではない。
後ろで鼓が立ち上がるのを感じながら真衣はどうするべきか悩む、十騎士であれば、敵兵であれば何か手段はある。
だが、目の前にいるのは紫鬼なのだ。傀の一番の従者であり真衣も幼い頃から世話になって来た人物である。
そんな人物に武器を向けることなど出来ない。
そもそも紫鬼は何故ここにいるのだろうか。
「兄様は、どうしたの?」
「真衣さまそれはどういう?意味で?」
「兄様に私を連れて来るように云われたのはいつ?」
「それ、は……」
紫鬼がわずかに顔を顰める。
やはり完璧に精神に干渉は出来ていないようだ。
真衣は紫鬼の手を掴み畳みかける。
「兄様は今氷の中にいるの!助けに行かないといけないの!」
「傀さまが?ですが、傀さまは……」
混乱したように頭を横に振るう紫鬼は真衣の手を振り解く。
その焦点は合っておらず先ほどとは違う反応に真衣が近寄ろうとして、阻まれた。
「紫鬼、一時撤退だ!」
べリアルの叫び声にしか真衣は聞こえないが紫鬼には違うのだろう、身体を大きく振るわせまた虚ろな目でその声の通り赤いマントを掴み走り去る。
追い駆けようとした真衣を鼓が制した。
振り返る真衣に首を横に振る、確かにこの場所を思い返せば追い駆けるのは賢明とは云えない。口惜しい気持ちを抑えながらその背中を見送れば、ふらふらと暗乃が小屋に入って来る。
「暗乃!」
「ん?ああ、うん大丈夫」
どこともなくそう答える暗乃に真衣が慌てて駆け寄ると暗乃が一歩身を引く、だがその身の引き方もぎこちないもので真衣は暗乃の腕を掴んだ。
細い腕だ、真衣と変わらないかくらいの腕。
その腕のどこにあのべリアルを吹き飛ばす力が、それだけではない今までの旅の人とは思えない力があったのだろう。
「おい、真衣、こいつ脇腹抉れている!」
可笑しいと思ったのは鼓もだったのだろう、隠した外套を無理矢理捲った鼓の言葉に真衣は絶句した。ぼたぼたと滴る血が雪に埋もれ消えていく。
暗乃は鼓の手を力なく振り払うと壁伝いに崩れ落ちる。
「これくらい、平気だよ、休めば良くなる」
「平気なわけ……」
「……ごめん、喋るのきつくて、少し黙ってもらっていいかな」
休むにしても場所が悪すぎる、と云う言葉を飲みこんで真衣は持っている布を傷口に当てる。
詳しくはないが止血にはこうした方法があると聞いたことがある、回復魔法を使わないのか使えないのかここでは全滅になりかねない。
べリアルがここまで追い詰めておいて撤退したのはそれ以上の痛手を負わせたからだろうか、真衣にはわからない。
ただでさえ悪い血色が更に悪く見える。
鼓が壊された扉から離れた場所に眠る場所を作り暗乃を抱える。
暗乃をそこに横たえると浅い暗乃の呼吸音と外からの風の音が嫌にうるさい。
魔力中毒で鼓の魔力を吸った宝石を使い鼓が慣れない魔法で外気を遮断する、真衣は暖炉に火を付け暗乃に再度近寄ると確かに云った通り、呼吸が少し安定している。
それでも血を失っていることに変わりはない、真衣は傍らに座り込みその手を握った。
※
シャイタンが彼に負けたことは知っていた。
十騎士の立場は何も腕の差だけで決まるわけではない、王への忠誠心、国への貢献度、神への信仰心。その全てが欠落したべリアルがそれでも十騎士の末端にいるのはその強さ故だ。
今の十騎士の中ならば単純な戦闘力だけならば他の十騎士に勝るとも劣らない。
だからこそ過信していた、先の飛空艇でもべリアルは常に有利だった。
傀の覚悟を知った紫鬼が氷に身を委ねようとしたのを無理矢理連れ出したのはべリアルだ。
何故そのようなことをしたのかと問われればせっかく面白そうなモノを見付けたのだからと回答せざるを得ない。
べリアルにはない主人への強い忠誠、それが面白く見えたのだ。
闇魔法は元より得意な魔法でその禁秘も十騎士の立場を以てすれば知識として手に入れることは容易だ。
だから、抉れた腹を抑えべリアルはあの殺気を思い出す。
闇魔法を使ってはいけない人種と云うものがいる。
それは純粋なモノであったり効かない体質のモノであったり信仰のないモノと云った相手にも効きにくい、だがそうではなかった。抉ってはいけない闇、それを抱えたモノもまた闇魔法を使ってはこちらの致命傷になり兼ねない。
反撃が碌でもないのだ。
血まみれで特殊な調教をした飛竜で飛ぶ。
シャンラン山脈を越えると云う通達があったのはこの数日だ。
他の十騎士が安全な道を構える中べリアルだけがこのようなひねくれた道を選んだ、正確にはべリアル以外は知らない道だったのかもしれない。
皇女と応戦させた紫鬼は思いのほか疲弊しており、眠らせた。
その中でもべリアルが飛竜を扱うのは正気の沙汰ではないがそれでもべリアルは満足げに笑った。
こちらの腹の仕返しくらいはしてやった、今頃慌てている頃だろう。
それを直接見れないのだけが悔しいが今回は痛み分けだ。
「怒られたら慰めてねェ、紫鬼?」
そう返って来ない返事を期待して、黙った。
幸いにも誰もその周りにはいなかった為怪我などはないが、外套を纏っていない身体には外の寒気は堪えるものがある。
「みぃつけたァ」
何が起きたのかわからない真衣の耳に真っ先に飛び込んできたのはアルカディアで聞いたあのねっとりとした喋り方だ。
一度聞いたら忘れようもないその声、赤いマントにこの気温と云うのに着込むこともなくその男、べリアルはそこに立っていた。
「なん、で……」
「真衣、羽織れ!」
鼓が龍皮の外套を真衣に渡しながら真衣を背中に庇う。
べリアルの口元がにやにやとしたまま変わらないのを見て真衣は不気味だと感じる。
「あー、一応聞いとくかァ、皇女サマちょーだい?」
「ふざけるな!」
その言葉に鼓がそう怒鳴る、今べリアルは真衣を人間として扱わなかった。それがどれほどまでに無礼なことかなど、鼓の反応を見るより明らかだ。
べリアルはその声にもへらへらとしたままでだよねェなどと呟く。
そして持ち手のある片刃剣を取り出す。
「皇女サマ以外殺して良いからァ、そうさせて貰お」
「殺されるのは自分かもよ?」
構えるべリアルの横に暗乃が既に待機し剣を振り下ろす。
それを剣で受け止めるとべリアルは笑みを更に深めた。
「あっは、ホントに傭兵殿いるじゃァん!」
「その呼び方止めて」
「名前知らない」
「教えないよ」
そんな軽口のような会話をしながらも剣をぶつけ合う様子を見ながらこの場所では動きづらいと抜け出す場所を探す。
暗乃もわかっているのだろう、二人が抜け出せるようなスペースを何とか確保しようとしてそこから更にもう一人同じ赤いマントを羽織った人物が入って来た。
「誰も俺一人なんて云ってないよォ」
「真衣、奥へ!」
その人物が飛びかかって来るのを見て鼓が剣を抜いた。
赤マントは器用に鼓に飛びかかると鼓の剣を握る手にリボンを絡めて拘束した後身軽に顎を蹴り上げる。否、避けることは出来たが鼓は出来なかった。
このリボンの持ち主を鼓は知っている、蹴り上げられじんと痛む顎を抑え鼓は驚いた顔でそのマントの人物を見た後、剣ではなく手を伸ばす。
胸ぐらを掴むことは出来なかったが充分だ。
マントを引っ張りその人物の顔が露わになる。
「なんだ、もうバレたのか」
「紫鬼⁉」
マントの下から現れたのは見間違いはしない、あの日飛空艇に残ったはずの紫鬼その人だった。
バレてしまったことにべリアルがつまらなそうに云うが鼓はもちろん真衣からしてもそれは予想外の人物でしかない。
「紫鬼、なんで?」
真衣の呆然としたような声に紫鬼は眉一つ動かさずその腕に巻きつけたリボンで剣を模し鼓に刃を振り上げる、それを受け止めながら鼓は紫鬼に攻撃を出来ない。
他人の空似などではありえない、このリボンの武器は傀が紫鬼に送ったものだ。
紫鬼の水属性でそれを強化し柔も硬もこなす戦いが出来るのだと話していたのを知っている。
「ッ、紫鬼に何したの⁉」
「何って、皇帝陛下大好きな気持ちをちょおっと貰っただけだよォ」
暗乃の斬撃を躱しべリアルは真衣を見た。
見えない目も愉悦に歪んでいるのがわかる。
意味が分からないと真衣は紫鬼相手に攻撃が出来ない鼓を見る。
べリアルの言葉を信じるにやはりこの人物は紫鬼その人で間違いないのだろう。
だが、言葉の意味がわからない。
「闇魔法だね」
「傭兵殿さすが、詳しィ」
「……君殺せば治る?」
「試してみなよォ」
その言葉と同時に暗乃の刃がべリアルを吹き飛ばす。
何とか剣で直接的な攻撃は免れたもののべリアルはあまりの攻撃の重さに笑みを一瞬なくす。
鎧も入れれば暗乃より大柄な自分が吹き飛ばされた事実に呆気に取られたからだ。
あの二人を驚かせるつもりがこちらが驚かされるとはと片手に持っていた剣の対になる剣を取り出す。
本気で行かなければ殺される。
「あいつ何とかするから、頑張れ」
べリアルの消えた方に走り出した暗乃の背中を見守り真衣は暗乃が云った言葉を頭の中で繰り返す。
闇魔法、闇属性と云うのはけして多くない属性だ。
闇は安寧であると同時に恐怖でもある、真衣の周りに闇を扱う人物はいなかったが傀がしていた属性の勉強を横から見ていた時に書かれていた物を思い出す。
「……精神、干渉?」
「紫鬼、聞こえないのか、傀はどうした!何より何故、あいつに着く!」
「黙りなさい、不敬ですよ」
ようやく口を開いた紫鬼の眸に光はない。
そして静かながらも怒りも滲んでいる。
「傀さまならばいらっしゃるではありませんか」
「鼓!闇魔法でべリアルを兄様だと思わされてるのかもしれない!」
真衣の考えはそこに至った、闇魔法の中には人間の心に干渉する禁秘がある。
そうであるならば紫鬼の言動は納得が行く、紫鬼の忠義は何よりも厚い。
傀が命じたならば自害ですら厭わないだろうと云うほどに紫鬼は傀に忠誠を誓い傀もまたそんな紫鬼を良しとしている。
リボンの剣が解れリボンが鼓の脚を引っかける。
それに躓く鼓の頭を紫鬼は躊躇いなく蹴り降ろす。
「ッぐ」
「紫鬼、止めて!」
鼓の前に真衣が出ると紫鬼の手が一瞬止まるがその眸はけして正常とは云えない。
「ああ、真衣さま、こんなところにいらしたのですね。傀さまがお待ちですよ」
「違うの紫鬼、目を覚まして」
「困ります、傀さまから連れて来るように云われています」
かろうじて真衣のことは認識出来るらしく真衣の言葉は聞くが正気ではない。
後ろで鼓が立ち上がるのを感じながら真衣はどうするべきか悩む、十騎士であれば、敵兵であれば何か手段はある。
だが、目の前にいるのは紫鬼なのだ。傀の一番の従者であり真衣も幼い頃から世話になって来た人物である。
そんな人物に武器を向けることなど出来ない。
そもそも紫鬼は何故ここにいるのだろうか。
「兄様は、どうしたの?」
「真衣さまそれはどういう?意味で?」
「兄様に私を連れて来るように云われたのはいつ?」
「それ、は……」
紫鬼がわずかに顔を顰める。
やはり完璧に精神に干渉は出来ていないようだ。
真衣は紫鬼の手を掴み畳みかける。
「兄様は今氷の中にいるの!助けに行かないといけないの!」
「傀さまが?ですが、傀さまは……」
混乱したように頭を横に振るう紫鬼は真衣の手を振り解く。
その焦点は合っておらず先ほどとは違う反応に真衣が近寄ろうとして、阻まれた。
「紫鬼、一時撤退だ!」
べリアルの叫び声にしか真衣は聞こえないが紫鬼には違うのだろう、身体を大きく振るわせまた虚ろな目でその声の通り赤いマントを掴み走り去る。
追い駆けようとした真衣を鼓が制した。
振り返る真衣に首を横に振る、確かにこの場所を思い返せば追い駆けるのは賢明とは云えない。口惜しい気持ちを抑えながらその背中を見送れば、ふらふらと暗乃が小屋に入って来る。
「暗乃!」
「ん?ああ、うん大丈夫」
どこともなくそう答える暗乃に真衣が慌てて駆け寄ると暗乃が一歩身を引く、だがその身の引き方もぎこちないもので真衣は暗乃の腕を掴んだ。
細い腕だ、真衣と変わらないかくらいの腕。
その腕のどこにあのべリアルを吹き飛ばす力が、それだけではない今までの旅の人とは思えない力があったのだろう。
「おい、真衣、こいつ脇腹抉れている!」
可笑しいと思ったのは鼓もだったのだろう、隠した外套を無理矢理捲った鼓の言葉に真衣は絶句した。ぼたぼたと滴る血が雪に埋もれ消えていく。
暗乃は鼓の手を力なく振り払うと壁伝いに崩れ落ちる。
「これくらい、平気だよ、休めば良くなる」
「平気なわけ……」
「……ごめん、喋るのきつくて、少し黙ってもらっていいかな」
休むにしても場所が悪すぎる、と云う言葉を飲みこんで真衣は持っている布を傷口に当てる。
詳しくはないが止血にはこうした方法があると聞いたことがある、回復魔法を使わないのか使えないのかここでは全滅になりかねない。
べリアルがここまで追い詰めておいて撤退したのはそれ以上の痛手を負わせたからだろうか、真衣にはわからない。
ただでさえ悪い血色が更に悪く見える。
鼓が壊された扉から離れた場所に眠る場所を作り暗乃を抱える。
暗乃をそこに横たえると浅い暗乃の呼吸音と外からの風の音が嫌にうるさい。
魔力中毒で鼓の魔力を吸った宝石を使い鼓が慣れない魔法で外気を遮断する、真衣は暖炉に火を付け暗乃に再度近寄ると確かに云った通り、呼吸が少し安定している。
それでも血を失っていることに変わりはない、真衣は傍らに座り込みその手を握った。
※
シャイタンが彼に負けたことは知っていた。
十騎士の立場は何も腕の差だけで決まるわけではない、王への忠誠心、国への貢献度、神への信仰心。その全てが欠落したべリアルがそれでも十騎士の末端にいるのはその強さ故だ。
今の十騎士の中ならば単純な戦闘力だけならば他の十騎士に勝るとも劣らない。
だからこそ過信していた、先の飛空艇でもべリアルは常に有利だった。
傀の覚悟を知った紫鬼が氷に身を委ねようとしたのを無理矢理連れ出したのはべリアルだ。
何故そのようなことをしたのかと問われればせっかく面白そうなモノを見付けたのだからと回答せざるを得ない。
べリアルにはない主人への強い忠誠、それが面白く見えたのだ。
闇魔法は元より得意な魔法でその禁秘も十騎士の立場を以てすれば知識として手に入れることは容易だ。
だから、抉れた腹を抑えべリアルはあの殺気を思い出す。
闇魔法を使ってはいけない人種と云うものがいる。
それは純粋なモノであったり効かない体質のモノであったり信仰のないモノと云った相手にも効きにくい、だがそうではなかった。抉ってはいけない闇、それを抱えたモノもまた闇魔法を使ってはこちらの致命傷になり兼ねない。
反撃が碌でもないのだ。
血まみれで特殊な調教をした飛竜で飛ぶ。
シャンラン山脈を越えると云う通達があったのはこの数日だ。
他の十騎士が安全な道を構える中べリアルだけがこのようなひねくれた道を選んだ、正確にはべリアル以外は知らない道だったのかもしれない。
皇女と応戦させた紫鬼は思いのほか疲弊しており、眠らせた。
その中でもべリアルが飛竜を扱うのは正気の沙汰ではないがそれでもべリアルは満足げに笑った。
こちらの腹の仕返しくらいはしてやった、今頃慌てている頃だろう。
それを直接見れないのだけが悔しいが今回は痛み分けだ。
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