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救出編
14譜-Canzone-
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暗乃の容態は悪いままだ。
鼓と交代して見張りをしているが目を覚ます様子はない。
この場所がバレているならば早く離れなければならないことは真衣も鼓も十二分にわかっている。それでも道案内と云う点を除いても暗乃を置いて行く選択肢はなかった。
この数週間だけの仲ではあるが仲間意識のようなものが芽生えている。
暖炉の火が切れないようにしながらお湯を沸かし暗乃の汗を拭った。
服を脱がせるかも悩んだが血が固まってしまっており無理矢理ひぎ剥がすのは良くないことだけはわかった為そのままにしてある。
魔族と人間では生命力が違うのかもしれないと云うことも痛感した。
眠っている間にも傷口が塞がっていた時は驚いたがそれ以降は大きな変化は見られない。
回復魔法を使えれば良いのにと真衣は眠る暗乃を見つめる。
ここまでするのは金貨の為だけだろうか。
真衣にペンダントをくれたのは?真衣の我儘に付き合ったのは?ピアスを着けてくれているのは?そんな今までの疑問があふれ出しては口に出来ない。
泣き出しそうになりながらもそれを我慢する。
泣いて良いのは今ではない。
それでも視界がぼやけてしまうのは仕方がないことだと自分に云い聞かせる。
小さく歌う、暗乃が好きだと云ってくれた心が温かくなる謡だ。
眠っている鼓の邪魔にもならない呟くような謡。
不思議なことが起きたのはその旋律も中盤に差し掛かった時だった、前までは途中で終わっていた謡の続きが思い浮かび口からまろび出る。
そしてそれに呼応するように暗乃の傷口が淡く光っている。
真衣にはそれの意味が何故か理解出来た。
声を少しだけ大きくして謡を紡ぐ。
祈るように縋るように歌う。
この謡は癒しの謡なのだと。
「真衣……」
「暗乃!」
「素敵な謡だね」
眠っていたはずの暗乃が目を覚ましてそう呟くように云う。
その言葉に溢れそうになっていた涙が頬を伝う。
それを拭おうとしたのか暗乃が手を伸ばして止める、未だ万全ではないのだろう。
起きたこと気付いたのか鼓が背後から近寄って来ると暗乃は苦笑いをして見せる。
「置いてくかと」
「置いて行かれたかったのか?」
「さすがに勘弁かな」
そんな言葉を交わしながらも鼓も安堵したのが伝わる。
鼓はその言葉の後に真衣を見た。
「回復魔法か?」
「ううん、わからない」
嘘ではない、真衣にも何が何だかと云うのが正直な感想だ。
先ほどは必至だったが今となれば不思議なものだ、謡がこのような効果があるなど知らなかった。
回復魔法と云うにはまた勝手が違う気もするが何が違うのかと云う言葉にするのが難しい。
「こちらの疲労も軽くなった、気がする、不思議なものだな」
「そうなの?なら、良かった」
「乱用はするなよ、何があるかわからない」
鼓が云う何があるかと云うのは“力”の代償のことだろう。
魔力の代わりに生命力を使う“力”は使い過ぎると寿命を削る。
リーウェンの民はそのこともあり通常の人間よりも短命なのが常だ。
だが、傀はどうだろうか、あれほどまでの“力”を使った代償は大きいに違いない悪いことは考えまいと真衣は首を横に振る。
今はここで暗乃を助けられたことが真衣にとっては重要だ。
「真衣も少し休め、眠れていないだろう」
「うん、そうだね」
暗乃は再び目を閉じている、先ほどとは違う表情をしているのは気のせいだろうか。
少し離れた場所で真衣は横になる、思っていたよりも疲れが出たのか真衣はすぐに睡魔に襲われそのまま微睡みに身を委ねた。
夢も見ないほどの睡眠だったように思う。
目を覚ました時には暗乃がすでに起きていた。
「もう大丈夫なの⁉」
「ん?ああ、真衣のおかげでむしろ体調が良いくらい」
慌てて近寄った真衣に暗乃がそう笑う、細い身体は既に見えないように衣服で隠されておりその言葉もどこまで信用していいのかがわからない。
だが顔色は少し良くなっているのだろうかとは思う。
これからまた雪山を歩くのだ、嘘を吐くにも時が違うだろうと真衣は納得することにした。
「それにしても、何故回復魔法を使わなかった?」
「回復魔法は体温を奪うんだ、それにほら、回復魔法って云うのも万能じゃなくてね。例えば失くした目のあった場所を治癒は出来ても目を戻すことは出来ないし、足の骨が折れたのを治せても足がなくなってしまえば再生は出来ない、内部破裂した臓器の回復なんかは出来るけど今回はその両方だったんだ」
最初の説明は納得するがその次の説明にぴんと来ないでいると暗乃が怪我をした脇腹を指す。
「ここに内臓が入っててね、それが一部損壊していたんだよ」
「それが今は大丈夫?」
「魔族は生命力も強いからね、数年も眠れば治っただろうけど」
「数年⁉」
その言葉に思わず真衣は絶句する、やはり人間とは根本的なものが異なるのだろう。
年と云う単位をあっけらかんと云ってみせるのは驚くものがある。
「何はともあれ、回復魔法だと難しいものを真衣は治したってこと」
暗乃の言葉に照れくささと同時にそれだけのことを本当に自分がしたのかとも思う。
まだ、真衣にはわからないことばかりのこの能力を果たして使いこなせる時はくるのだろうかと。能力に振り回されては元も子もない、以前のラコルーニャの時のことは鼓たちにも云えていない。
考えることはたくさんあるが今はそれよりも急ぐ道がある。
また暗乃と旅を出来ることを嬉しく思いながら真衣は鼓の入れたスープを飲みこんだ。
小屋の修理は難しいだろうと云うことで修理は諦め少し天候の良い時間に出立する、紐を伝っての炎魔法は少し難しいかもしれないと云う言葉通り小屋に着く前よりは身体が冷え込む。
だが、暗乃に甘えてばかりはいられない。
今回のことで暗乃も何も万能ではないことがわかった、わかっていたつもりだったがそうではないことを再認識したと云うのが正しいだろうか。
そして、真衣の中に芽生えた気持ちも。
少し歩いた後山頂だと暗乃が伝えた場所は美しく、呼吸が止まりそうだった。
地平線の先に見えるのが懐かしい故郷だと真衣は微笑む。
またこの土地に戻ってくることが出来るとは数週間前では思いもしなかった。
下りの方が危ないと云う暗乃に従い慎重に降りて行く、確かに雪がいつ自分の重みで崩れるかわからないと云うのは恐怖心がある。
カナン兵がこの道を通らないのも納得が行くと同時に紫鬼のことを考える。
べリアルは暗乃が相打ちのように深手を負わせたと云う、仮にべリアルが倒れた後もあの状況が続いているならば紫鬼は間違いなく仇討ちに来るだろう。
正気に戻っていてもこちらへの合流を図るに違いない、と云うことはべリアルも無事にこの山から去ったと云うことなのだろう。
それに安心するべきなのかわからないが紫鬼を今後どうするかもどこかで考える必要がある。
幸い真衣のことは認識出来るようだが鼓のことは完全に敵と認定していた。
今後もし対峙することがあれば真衣が相手をした方が良いのか、それともまた説得を試みるべきか。
暗乃の手を借りながら下り続け真衣はようやく龍皮の外套を脱げる場所まで降りてきた。
脱いだ龍皮は穴を掘り埋めてやる、炎では燃えず再利用するには手入れが掛かると云うのはダゴンからのアドバイスだった。
ここからはまた少し身軽だと真衣は歩き始める。
龍皮は確かに吹雪を防いだが重くもある、莫邪や他の荷物を持った状態で歩くのは難しいものがあった。
少し降りた先の洞窟で休憩を挟みまた先を急ぐ。
暗乃に傷の様子を聞くが問題ないとしか答えてはくれなかった。
鼓も魔力中毒の恐れはもうないと見て外しており、ようやくそこで本当に山を越えたのだと真衣は実感した。
確かに厳しい山ではあったが得たモノもあった、次は何事もなく越せればいいと真衣は山を見上げ前を行く暗乃へと続く。
降りた先にカナン兵がいるかもしれないと更に道なき道を歩くことになったのはそれから数刻してからだ、べリアルの情報がこちらに回っていても可笑しくはない。
今のリーウェンはカナンの統治下と云うのは当たり前で幽霊街にいた時も聞いたことで理解はしたつもりだがどこか物悲しさを感じる。
山を一つ越えたのもあるだろう、カナンでは見なかった木や花がそこにはある。
それらは真衣の暮らしていた宮殿にもあった物たちだ。
悲しくもありながら懐かしさを感じ真衣は息を大きく吸い込む。
少しだけ旅の終わりが近づく。
※
拾われたのは今から一年ほど前のことだった。
記憶のないカナンの民である自分を受け入れたのに裏があることはわかっていたが、名前もわからないと云う男に名前と居住スペースを与えた少年は本当に変人でもあったのだと思う。
鼓、と云う名前はなんとなくだとは云われたがそこそこ悩んでいたと云うのは後から教えられた。
そこからの半年は鬼畜の所業かと云いたくなる日が何日かあり少年、傀はそれを楽しく見ていたのだからあれは半分趣味も兼ねていたのではないかと今も思う。
歴史に最低限の語学にマナー、他にもあるが剣の扱いだけは手慣れていたことから旅人かと云う考えもあったが今はどうでも良いことだ。
傀が何故こんな身分もわからない男を拾ったのかはその講習を終えた時に知らされた。
五年前に終わった大戦の後、行方不明になった傀の双子の妹。大戦の原因になった女。
彼女の居場所がわかった為にそこに潜入する要員が欲しかったのだ。
この組織では当たり前ではあるが紅水晶が大半を占めている、中には他の種族もいるがカナンの民は多くはない。そしてその中でも比較的安価で使い捨てが出来る、だからこそ鼓はこの役を買われた。
まずはその対象が本当に真衣であるかを探る必要があった。
だが彼女もこの五年で成長をしており、なかなか鼓にも油断をしない。
目隠しをし尼僧服に髪を隠した怪しい女がここまで放置されていたことも疑問だったが彼女の人への関わらない様も異様だった。
そんな中二人の距離が縮まったのは夜の礼拝室で偶然にも真衣を見かけたからだろう。
信心深く祈るその姿は敬虔な信者のそれで、鼓は思わず隠れてしまった。
「そこにいるのは誰?」
鈴の鳴るような声はその時に初めて聞いた。
隠れた時に音がわずかに響いたのを聞き逃さなかったのだろう、真衣はこちらを見据えそう云う。
隠れたままでは信頼は勝ち取れない、鼓は真衣の前に姿を現しようやく対面が出来たのだ。
そこからも名前を聞き出すのに時間が掛かった。
真衣だと確認出来てからの動きは速いものではあったが何故こっそりしないのかと云う作戦には傀が云う、準備をして来たからだと。
存在感を出す必要があったのだろうと今ならばわかる。
今ここでリーウェンの再興を願う者がいるのだと、リーウェンの血は潰えていないのだとカナンに示す必要があり、その機会があそこだったのだ。
事実それは上手くいった、真衣の保護も出来た。
だが、傀の思っていた以上にカナン王の執着が強かった。
真衣に刀を渡せと云うあの飛空艇の時、傀に初めて信頼されたのだと思った。
何もない男には使命しかない。
真衣を守れと云う使命、それだけで鼓はここまで動いて来ている。
だからこそ不安もある。
胡散臭いこの旅人のことだけではない、旅の当初こそは自分の出自がわかるかもしれないことに喜んだがあのルベドの森で聞いた聞き馴染みのない名前。
思い出した時にこの一年の鼓と云う人格はそのままで済むのだろうかと。
不安を振り払い、鼓は歩みを進めた。
鼓と交代して見張りをしているが目を覚ます様子はない。
この場所がバレているならば早く離れなければならないことは真衣も鼓も十二分にわかっている。それでも道案内と云う点を除いても暗乃を置いて行く選択肢はなかった。
この数週間だけの仲ではあるが仲間意識のようなものが芽生えている。
暖炉の火が切れないようにしながらお湯を沸かし暗乃の汗を拭った。
服を脱がせるかも悩んだが血が固まってしまっており無理矢理ひぎ剥がすのは良くないことだけはわかった為そのままにしてある。
魔族と人間では生命力が違うのかもしれないと云うことも痛感した。
眠っている間にも傷口が塞がっていた時は驚いたがそれ以降は大きな変化は見られない。
回復魔法を使えれば良いのにと真衣は眠る暗乃を見つめる。
ここまでするのは金貨の為だけだろうか。
真衣にペンダントをくれたのは?真衣の我儘に付き合ったのは?ピアスを着けてくれているのは?そんな今までの疑問があふれ出しては口に出来ない。
泣き出しそうになりながらもそれを我慢する。
泣いて良いのは今ではない。
それでも視界がぼやけてしまうのは仕方がないことだと自分に云い聞かせる。
小さく歌う、暗乃が好きだと云ってくれた心が温かくなる謡だ。
眠っている鼓の邪魔にもならない呟くような謡。
不思議なことが起きたのはその旋律も中盤に差し掛かった時だった、前までは途中で終わっていた謡の続きが思い浮かび口からまろび出る。
そしてそれに呼応するように暗乃の傷口が淡く光っている。
真衣にはそれの意味が何故か理解出来た。
声を少しだけ大きくして謡を紡ぐ。
祈るように縋るように歌う。
この謡は癒しの謡なのだと。
「真衣……」
「暗乃!」
「素敵な謡だね」
眠っていたはずの暗乃が目を覚ましてそう呟くように云う。
その言葉に溢れそうになっていた涙が頬を伝う。
それを拭おうとしたのか暗乃が手を伸ばして止める、未だ万全ではないのだろう。
起きたこと気付いたのか鼓が背後から近寄って来ると暗乃は苦笑いをして見せる。
「置いてくかと」
「置いて行かれたかったのか?」
「さすがに勘弁かな」
そんな言葉を交わしながらも鼓も安堵したのが伝わる。
鼓はその言葉の後に真衣を見た。
「回復魔法か?」
「ううん、わからない」
嘘ではない、真衣にも何が何だかと云うのが正直な感想だ。
先ほどは必至だったが今となれば不思議なものだ、謡がこのような効果があるなど知らなかった。
回復魔法と云うにはまた勝手が違う気もするが何が違うのかと云う言葉にするのが難しい。
「こちらの疲労も軽くなった、気がする、不思議なものだな」
「そうなの?なら、良かった」
「乱用はするなよ、何があるかわからない」
鼓が云う何があるかと云うのは“力”の代償のことだろう。
魔力の代わりに生命力を使う“力”は使い過ぎると寿命を削る。
リーウェンの民はそのこともあり通常の人間よりも短命なのが常だ。
だが、傀はどうだろうか、あれほどまでの“力”を使った代償は大きいに違いない悪いことは考えまいと真衣は首を横に振る。
今はここで暗乃を助けられたことが真衣にとっては重要だ。
「真衣も少し休め、眠れていないだろう」
「うん、そうだね」
暗乃は再び目を閉じている、先ほどとは違う表情をしているのは気のせいだろうか。
少し離れた場所で真衣は横になる、思っていたよりも疲れが出たのか真衣はすぐに睡魔に襲われそのまま微睡みに身を委ねた。
夢も見ないほどの睡眠だったように思う。
目を覚ました時には暗乃がすでに起きていた。
「もう大丈夫なの⁉」
「ん?ああ、真衣のおかげでむしろ体調が良いくらい」
慌てて近寄った真衣に暗乃がそう笑う、細い身体は既に見えないように衣服で隠されておりその言葉もどこまで信用していいのかがわからない。
だが顔色は少し良くなっているのだろうかとは思う。
これからまた雪山を歩くのだ、嘘を吐くにも時が違うだろうと真衣は納得することにした。
「それにしても、何故回復魔法を使わなかった?」
「回復魔法は体温を奪うんだ、それにほら、回復魔法って云うのも万能じゃなくてね。例えば失くした目のあった場所を治癒は出来ても目を戻すことは出来ないし、足の骨が折れたのを治せても足がなくなってしまえば再生は出来ない、内部破裂した臓器の回復なんかは出来るけど今回はその両方だったんだ」
最初の説明は納得するがその次の説明にぴんと来ないでいると暗乃が怪我をした脇腹を指す。
「ここに内臓が入っててね、それが一部損壊していたんだよ」
「それが今は大丈夫?」
「魔族は生命力も強いからね、数年も眠れば治っただろうけど」
「数年⁉」
その言葉に思わず真衣は絶句する、やはり人間とは根本的なものが異なるのだろう。
年と云う単位をあっけらかんと云ってみせるのは驚くものがある。
「何はともあれ、回復魔法だと難しいものを真衣は治したってこと」
暗乃の言葉に照れくささと同時にそれだけのことを本当に自分がしたのかとも思う。
まだ、真衣にはわからないことばかりのこの能力を果たして使いこなせる時はくるのだろうかと。能力に振り回されては元も子もない、以前のラコルーニャの時のことは鼓たちにも云えていない。
考えることはたくさんあるが今はそれよりも急ぐ道がある。
また暗乃と旅を出来ることを嬉しく思いながら真衣は鼓の入れたスープを飲みこんだ。
小屋の修理は難しいだろうと云うことで修理は諦め少し天候の良い時間に出立する、紐を伝っての炎魔法は少し難しいかもしれないと云う言葉通り小屋に着く前よりは身体が冷え込む。
だが、暗乃に甘えてばかりはいられない。
今回のことで暗乃も何も万能ではないことがわかった、わかっていたつもりだったがそうではないことを再認識したと云うのが正しいだろうか。
そして、真衣の中に芽生えた気持ちも。
少し歩いた後山頂だと暗乃が伝えた場所は美しく、呼吸が止まりそうだった。
地平線の先に見えるのが懐かしい故郷だと真衣は微笑む。
またこの土地に戻ってくることが出来るとは数週間前では思いもしなかった。
下りの方が危ないと云う暗乃に従い慎重に降りて行く、確かに雪がいつ自分の重みで崩れるかわからないと云うのは恐怖心がある。
カナン兵がこの道を通らないのも納得が行くと同時に紫鬼のことを考える。
べリアルは暗乃が相打ちのように深手を負わせたと云う、仮にべリアルが倒れた後もあの状況が続いているならば紫鬼は間違いなく仇討ちに来るだろう。
正気に戻っていてもこちらへの合流を図るに違いない、と云うことはべリアルも無事にこの山から去ったと云うことなのだろう。
それに安心するべきなのかわからないが紫鬼を今後どうするかもどこかで考える必要がある。
幸い真衣のことは認識出来るようだが鼓のことは完全に敵と認定していた。
今後もし対峙することがあれば真衣が相手をした方が良いのか、それともまた説得を試みるべきか。
暗乃の手を借りながら下り続け真衣はようやく龍皮の外套を脱げる場所まで降りてきた。
脱いだ龍皮は穴を掘り埋めてやる、炎では燃えず再利用するには手入れが掛かると云うのはダゴンからのアドバイスだった。
ここからはまた少し身軽だと真衣は歩き始める。
龍皮は確かに吹雪を防いだが重くもある、莫邪や他の荷物を持った状態で歩くのは難しいものがあった。
少し降りた先の洞窟で休憩を挟みまた先を急ぐ。
暗乃に傷の様子を聞くが問題ないとしか答えてはくれなかった。
鼓も魔力中毒の恐れはもうないと見て外しており、ようやくそこで本当に山を越えたのだと真衣は実感した。
確かに厳しい山ではあったが得たモノもあった、次は何事もなく越せればいいと真衣は山を見上げ前を行く暗乃へと続く。
降りた先にカナン兵がいるかもしれないと更に道なき道を歩くことになったのはそれから数刻してからだ、べリアルの情報がこちらに回っていても可笑しくはない。
今のリーウェンはカナンの統治下と云うのは当たり前で幽霊街にいた時も聞いたことで理解はしたつもりだがどこか物悲しさを感じる。
山を一つ越えたのもあるだろう、カナンでは見なかった木や花がそこにはある。
それらは真衣の暮らしていた宮殿にもあった物たちだ。
悲しくもありながら懐かしさを感じ真衣は息を大きく吸い込む。
少しだけ旅の終わりが近づく。
※
拾われたのは今から一年ほど前のことだった。
記憶のないカナンの民である自分を受け入れたのに裏があることはわかっていたが、名前もわからないと云う男に名前と居住スペースを与えた少年は本当に変人でもあったのだと思う。
鼓、と云う名前はなんとなくだとは云われたがそこそこ悩んでいたと云うのは後から教えられた。
そこからの半年は鬼畜の所業かと云いたくなる日が何日かあり少年、傀はそれを楽しく見ていたのだからあれは半分趣味も兼ねていたのではないかと今も思う。
歴史に最低限の語学にマナー、他にもあるが剣の扱いだけは手慣れていたことから旅人かと云う考えもあったが今はどうでも良いことだ。
傀が何故こんな身分もわからない男を拾ったのかはその講習を終えた時に知らされた。
五年前に終わった大戦の後、行方不明になった傀の双子の妹。大戦の原因になった女。
彼女の居場所がわかった為にそこに潜入する要員が欲しかったのだ。
この組織では当たり前ではあるが紅水晶が大半を占めている、中には他の種族もいるがカナンの民は多くはない。そしてその中でも比較的安価で使い捨てが出来る、だからこそ鼓はこの役を買われた。
まずはその対象が本当に真衣であるかを探る必要があった。
だが彼女もこの五年で成長をしており、なかなか鼓にも油断をしない。
目隠しをし尼僧服に髪を隠した怪しい女がここまで放置されていたことも疑問だったが彼女の人への関わらない様も異様だった。
そんな中二人の距離が縮まったのは夜の礼拝室で偶然にも真衣を見かけたからだろう。
信心深く祈るその姿は敬虔な信者のそれで、鼓は思わず隠れてしまった。
「そこにいるのは誰?」
鈴の鳴るような声はその時に初めて聞いた。
隠れた時に音がわずかに響いたのを聞き逃さなかったのだろう、真衣はこちらを見据えそう云う。
隠れたままでは信頼は勝ち取れない、鼓は真衣の前に姿を現しようやく対面が出来たのだ。
そこからも名前を聞き出すのに時間が掛かった。
真衣だと確認出来てからの動きは速いものではあったが何故こっそりしないのかと云う作戦には傀が云う、準備をして来たからだと。
存在感を出す必要があったのだろうと今ならばわかる。
今ここでリーウェンの再興を願う者がいるのだと、リーウェンの血は潰えていないのだとカナンに示す必要があり、その機会があそこだったのだ。
事実それは上手くいった、真衣の保護も出来た。
だが、傀の思っていた以上にカナン王の執着が強かった。
真衣に刀を渡せと云うあの飛空艇の時、傀に初めて信頼されたのだと思った。
何もない男には使命しかない。
真衣を守れと云う使命、それだけで鼓はここまで動いて来ている。
だからこそ不安もある。
胡散臭いこの旅人のことだけではない、旅の当初こそは自分の出自がわかるかもしれないことに喜んだがあのルベドの森で聞いた聞き馴染みのない名前。
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