capriccio

月季花

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救出編

15譜-Incursione-

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 不安は的中し山の麓はどこもカナン兵が待機していた。
 それをなんとか潜り抜けダゴンから伝えられていたリーウェン側の幽霊街に着き、真衣は膝を着いた。
 そこに街はなかった。
 否、あった痕跡はあるが魔物にでも襲われたのか壊れた建物に乾いた血がにまだ煙の燻る様にその幽霊街はまだ襲われて数日しか経っていないことが明らかだった。

「そんな……」
「痕跡的には魔物で間違いないね」

 建物に残る生々しい爪痕をなぞり暗乃がそう告げる。
 鼓も顔を伏せ拳を握りしめている。
 
「生存者がいないか探そう」

 何とか気を持たせようと真衣はそう云いながら立ち上がる。
 もし生存者がいるのならば何か聞きだせるはずだ、誰でもいい、生きていて欲しいと云うのが正直な感想でもある。
 三人で手分けして街中を探す、死体も転がっており捕食されたのであろう形跡はあちらこちらにある。魔物に襲われた街をこの目で直接見るのは初めてだ。
 真衣は顔を顰めながらも生存者を探して回る。
 そんな真衣の耳に微かなうめき声が響いた。
 ある意味真衣だからこそ聞こえたそれに慌てて駆け寄るが壊れた瓦礫が邪魔で動かせない。
 鼓と暗乃を呼びその瓦礫を退かすと地下に通じているらしい木の扉を開けるとその小さな、本来は食料庫として使われていたであろうそこにうずくまる少年がいた。
 弱弱しく震えているが僅かに開いた目は確かに生者のそれだ。
 鼓がゆっくりと抱え上げ可能な限り開けた場所に寝かしてやる。
 目を再び閉じていた少年を真衣が優しく撫でる。
 淡い紅水晶の眸、数日前までここで平凡に暮らしていたであろう少年。
 もう少し早く真衣たちがここに辿りついていたならば助けることが出来たのではないか。
 そんな考えが頭をよぎり、首を横に振る。考えたところでこの惨状を変えることは出来ない。
 暗乃が差し出した水を何とか少年の口に運ぶと喉がごくりと動き少しの後、再び少年は目を覚ました。

「ここ、は……、ねーちゃん!かあさんは⁉」

 そう飛び起きようとして少年はぐらりとバランスを崩した。

「急に動いてはダメ、横になっていて」
「あんた、誰だよ、これ、なんで」

 少年は真衣と必死に距離を取ろうとして蹲る。
 それを見て真衣は悲しそうに顔を歪める、あの食料庫にこの少年を隠したのは親か姉かなのだろう。せめてこの子だけでも生き残って欲しいと云う希望を持っていたのだ。
 少年はこちらを振り返ると目を大きく見開いた。

「お前、お前ら!よくも!街を襲ったな!」
「え?」
「忘れねー!カナンのお前だ!魔物扱う化け物め!」

 いきなりの言葉に情けない声が出る真衣に少年はぜぇぜぇと声を漏らしながら真衣の後ろにいた鼓を指差していた。
 本人も驚いているのか何を云っているのかと云う様子に少年を落ち着かせようと真衣が再び近寄ろうとして、少年の喉にどこからか飛んで来た矢が刺さった。

「か、ひゅ」
「ッ⁉」

 崩れ落ちる少年を慌てて受け止め周りを見回すと崩壊した建物の上に茶髪の男が立っていた。
 弓を構えていた様子からその男がこの少年を射殺したに違いはない、慌てて暗乃に回復を頼むが少しの沈黙の後首を横に振られる。
 回復魔法を以ても不可な治癒、真衣の謡ならばと息を吸うがそれを鼓が止めた。

「真衣、無理だ、もう死んでいる」
「でも、だって……」

 抱えた腕に伝う血の感触に真衣は涙を抑えられない。
 再び建物の方を見た時に男の影はなく真衣は少年の躯を抱き締めることしか出来なかった。

 幽霊街は川のほとりにあるように作られているとダゴンが云っていた。
 その言葉の通り見付けた川で真衣は身体に着いた血を洗い流していた。
 冷たさが身に染みるがそれどころではない。
 少年の遺体は暗乃が燃やし弔ってくれた。
 血に塗れた服では今後の邪魔になると適度に荒らされていなかったキャラバンの荷物から適当な衣服を見繕った。
 川に沈みながら真衣は涙を隠さない、誰が何の為に罪もない少年までもを必要に殺したのだろうか。
 それにあの言葉、二人と話合う必要があると真衣は川から上がり衣服をまとった。
 いつものスープに瓦礫の下から確保した干し肉で今日は腹を満たすことになった。
 本来ならば幽霊街で食糧調達を行う予定だった為、手持ちが多くない。
 そうしたちょっとした備品を探す為にも鼓も暗乃も動いていたがやはり生き残りを見付けることは出来なかった。

「俺を見て魔物を操ったと云っていたな、カナンでは魔物を扱えるのか?」
「そんな噂聞いたことないね、仮にそうだとしてここを襲う理由がわからない」

 暗乃と鼓の会話は最もだ。
 だが魔物を扱う人間が、少なくともカナンの民がいたと云うのは確実なのだ。
 進まない食事ではあったものの我慢をして流し込んでいく。
 そしてあの時見た人影。
 真衣の見間違いでなければあの男は金色の眸をしていた。
 神々の印である金色の眸、それが果たしてどのような意味かを真衣は知らない。
 何とか食事を終えた真衣に暗乃が「あまり気にしないように」とは云ってくれたものの気がすぐに晴れるわけもなく真衣はいつかのように星を見上げた。
 今もけしてその全てがわかるわけではない。
 それでも何も知らなかった時よりはみれるようになった星空はどこか物寒げに感じた。

 全てを弔うには時間も手もないと真衣たちは幽霊街を出立する他なかった。
 幸いにも次の村を探すまでは食料は問題ないだろう。
 カナンよりも少し手入れがされていない道を行く影は多くない。
 それはリーウェンにおいて現在まだ様々な流通などが安定していないことも示している。
 思ったよりも厳しい状況が続いていることに心を痛めながらも歩くしかないが、カナンとは違い至るところ雑木林がある為逃げ込みやすいと云うのは現在の旅においては利点だろう。
 知っている木の実などであれば真衣もちょっとした食料確保の手伝いが出来る。
 少年のことを気負っていないか心配している暗乃の口数はいつもより多い、暗乃自身体調は快復していたとは云っていたが身体を動かすのをまだ是とはしていないのを真衣は知っている。
 鼓もやはり何か考えることがあるのだろう、会話に参加しているが厳しい顔をしていることが多い。

「ここもダメか」

 古い地図に記載のある村はそのほとんどが打ち捨てられていた。
 幸いにも風よけなどにはなると打ち捨てられた家で休むことがあったが食料の問題がいよいよ厳しくなって来る。
 ムスペルヘイムまでは大きい街もなく、キャラバンも見込めない。
 干し肉と水の調達は問題ないが他が圧倒的にないのだ、真衣が木の実などを集めることもあるが寒季の今ではその木の実も多くはない。
 鼓や暗乃で奔り兎を捕まえることもあったがそれだけでも賄えない部分がある。

「次の村がなかったら教会か何かを頼ろう」
「教会も見つからないのが現状だがな」

 そんな会話を聞きながら真衣は歩き続ける。
 ここまで来たのだ、諦めるわけにはいかない。
 それから歩き続けた先に教会を見付けた時は神を少し信仰しても良いかとすら思っていた。
 この土地では鼓も敵視され兼ねない、暗乃が交渉をして寝泊りと食糧の確保が出来たこの教会もいつぞやの教会のようにコスモス神を祀っていた。
 争いを好まなかった彼の女神は彼女を憎み妬んだ破壊神により殺されたと云うのが通説だ。
 彼女の死により神代は終わりを告げ人間の時代が来た。
 それはこの地に住む人々ならば皆が知っている神話。
 何かきっと真衣では理解出来ない理があるのだといつも思考を止めてしまうが今日は考えが回っている。
 先日見た金目の男のせいだろうか。
 伝説とされていた魔族がいて、神話の話とされている土地を今目指しているのだ、その神話がもし本当のことだったとしたら?

「何故、カオスはコスモスを殺したんだろう」

 カオス、それがこの地に伝わる破壊神の名前だった。
 正確には破壊神と云うのは後付けの名前で、混沌の神と云うのが正しい。
 彼を讃えるのはたとえどんな人間であっても邪教として差別の対象になる。
 どの神とも違う眸を持ち神を振り回していたと云う神、その神が神々の中でも寵愛を受けていたとされる女神を殺す理由が真衣にはわからない。
 何かきっと真衣ではわからないことがあったのだろう。
 神様の考えることなど真衣には難しくてわからないが、それでもそんな思いを馳せても仕方がない。
 何か暗乃ならば珍しい話を知っているだろうかと起き上がりあの日とは違い見えない影に少し残念な気持ちが湧いたのは誰にも内緒だ。
 翌朝用意されていたものに真衣は目を輝かせた。
 まさかここで食べられるとは思っていなかった。

「おにぎり!」
「お嬢さん、おにぎりわかるのかい?」
「はい!大好きです!」

 米を握っただけのそれは母がピクニックだと云い真衣と傀を中庭で遊ばせるときによく作っていた物だ。
 中に様々な食材が入っておりその中身を当てるゲームを傀とよく行っていた。
 シスターの老婆は嬉しそうに笑い、たくさんお食べとスープも差し出して来る。
 追加でと早めに食べるように持たせられたおにぎりを片手に真衣はシスターに手を振った。
 この辺鄙な土地でも銀貨は役に立つらしく多めに渡された銀貨にシスターが目を白黒させていたが気持ちだと伝えると喜んで受け取ってくれた。

「そんなに好きなのあれ?」
「思い出の味、って云うのかな?懐かしい味」
「ふーん」

 暗乃にはいまいち米の受けは良くなかったが鼓は気に入ったらしく作り方を聞き旅には向いてないことに気付き残念がっていた。
 楽しい時間を過ごせたと真衣はここ数日へこんでいた気持ちを切り替える。
 あと少し、あと少しで旅の目的地にたどり着くのだ。
 長いようで短かった旅に思いを馳せながら真衣は道を急いだ。

 ※

 ヴィルトゥは荒れていた。
 あの十騎士最強と云わしめるべリアルが死の縁を彷徨いながら帰還したともなれば仕方ないだろう。
 しかもそれはリーウェンの生き残りにやられたのだともなれば話が違う。
 やはり彼等は危険だと国民は叫んだ。
 魔力ではない“力”、その危険性に関しては研究者たちが昔から提唱はしていた。
 リーウェンと友好的な時分は良かっただろう、だが、大戦後は違う。
 彼等の怨念が復讐に来ると云う妄言が国民の間ではまことしやかに噂されていた。
 どれほどまでにあり得ないことであったとしてもこの信仰の深い地において言葉の力は強い。
 そうしてリーウェンの民はカナンでは虐げられ、時には見せしめに殺され、数を減らしていった。
 そしてそれが正しかったのだと云う者が出てきたともあればややこしいことに違いない。
 その報告を読み初老の男は深い溜息を吐く。

「如何された、アレンカール大司教」
「いや、何、ご心配痛み入ります」

 アレンカール、カナンにおいて王の次に発言権を持つ大司教の身分を持つ彼と対等な椅子に座る仮面の男に丁寧な口調でそう返すと笑顔に変わる。

「全ては王とあなたの思う儘になります」
「それはあなたに云っていただくと安心ですな、クォン殿」

 仮面の男、クォンは感情の読めない声色でそう云うがそれに満足げなアレンカールは手元の飲み物を飲み、窓から見える街を見る。

「もうすぐ、この国が完璧になるのです、弱音など云えませんな」
「はい、皇女は“力”の使い方を理解して来ているようですので、むしろ今の方が時期ではないかと」
「べリアルを倒した傭兵がいたと云うが戦力を以てすれば問題ない、結果皇女さえ手に入れば全て上手くいくのです」

 アレンカールは澄んだ青玉でクォンを見つめた。
 その言葉に黙って頷くクォンに何か通じたと思ったのだろう、アレンカールは仕事の続きがあると席を離れる。
 誰もいなくなったその部屋でクォンは仮面を外し出されていた飲み物を飲み干す。
 その顔は寸分違わず鼓と同じ顔をしていた。
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