capriccio

月季花

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救出編

16譜-Múspellsheimr-

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 最後の最後で真衣たちは思わぬところで躓いた。
 地図上にはあった道がなく、ムスペルヘイムとされる土地まで海が広がっているのだ。
 初めて見る海に心躍る、などと云うことはなく断崖絶壁の上で会議が始まった。
 凄まじい海風と波の音に少し恐怖すら覚える真衣に暗乃がここの海が特殊なだけだと謎のフォローを入れる。
 
「船の期待は無理、飛竜は無理、泳ぐなんて更に無理」

 暗乃の言葉は最もだ。
 周辺を歩いたが人影もない辺境と云うのが正しい場所だ。
 そんな場所で果たしてどうするかと云うもまともな意見など出てくるわけもなく、真衣たちとしても手詰まり状態だ。
 地図に何か仕掛けがないかなども確認したが見つけることは出来なかった。
 そもそも地図に記載がある場所に土地があるのかも定かではない。
 そうなって来るとやはり泳ぐと云うのは一番危険だ。
 あの教会を最後に人とも出会っていない為、ここに長期滞在するのも難しいものがある。
 近くにある洞窟なども念の為探索したがこれと云ったものも見つからず、波の音を聴きながら不安な一晩を過ごさざるを得なかった。
 翌日には鼓が海に降りる道を見つけなんとか崖の下までは来たがやはり波が高くどうしようもない。
 暗乃が少しでも長く滞在出来るようにと海沿いに拠点を作る。
 川魚は脂ぎっているが海の魚は食べれないこともないと少しの間の食料問題は解決したが、そこからの動きはけして良くない。
 周辺を更に散策すればあちらこちらと洞窟あるが洞窟の奥が深い物はあまり一人で探索するわけにもいかない。それでもとしらみつぶしに探索していた時真衣がふと気が付く。

「この洞窟たち、皆海に出るように出来てるんだね」
「確かに、入口は複雑だけど海に面しているね」

 それが何かあるのかと云われれば困ってしまうが、不思議な作りだと真衣は思う。
 まるで誰かがわざとそのように作ったようにも思えてしまう。

「ねえ、暗乃、地図を見せてもらっていい?」
「何か気付いた?」
「確認したいだけなんだけど」

 暗乃が古地図に書き込んだ洞窟の場所を見つめる。
 洞窟一つ一つに目をやっていたがこの洞窟全てを一気に見てみたらどうだろうか。
 その洞窟の出口となっている場所は高低差があれど全て同じ方向を向いている。

「この出口の上、崖の上になるのかな、行くことって難しいかな」
「散策してみよう」

 何かあればいい、その気持ちだけだが実際に何かあるとは半信半疑と云ったところだが、あまりにも綺麗なその形状に真衣は疑問を持たずにはいられなかった。
 数刻の探索でその場所への道は見つかった。

「これ、普通に道が見つからないように細工されてる」
「それって」
「何かあるってことだろうね」

 道は何度も探したところだったが、真衣以外はその存在に気が付くことが出来なかった。
 魔力を持たないからこそ見付けられた場所、と云うことだろう。
 既に道と云うには朽ちたその道の先には小さな碑石が建っていた。
 苔むしたその見た目は百年単位で誰にも見つかっていないと思われるもので、あまりにもその場にあるには違和感のある物だった。

「んー?何て書いてあるか読める?」
「うーん?古い文字なのはわかるけど……」
「だよね」

 暗乃も読めないと云うことは更に古い文字なのだろうか、こんなところにあるのは何かあるに違いがないが目当てのものとは少し違ったかもしれないと肩を落とした真衣に碑石を眺めていた鼓が苔を落とす。

「鼓?」
「ここに暗乃の地図と同じ形の窪みがある」

 その言葉に地図を取り出した暗乃は鼓が苔を落とした部分を見て口笛を吹く。
 確かに暗乃の持っていたこの古い地図の形は独特なものだった。
 何が起きるのか、暗乃がその場所に地図をはめ込むと一瞬で海の音が静かになる。
 先ほどまではあんなにも五月蠅かった波の音も崖にぶつかる水しぶきの音もない。
 果たして何が起きているのかと崖から海を見下ろし真衣は驚きのあまり息を飲みこんだ。
──海が割れていた。
 今までになかった海底の道がそこには完成しており、その様子に三人で顔を見合わせる。
 危険などここまで来れば百も承知だ。
 その先に何があるのかはわからないが、確実に何かがあることだけはわかった。
 洞窟の中から一番下にある出口へ向かい海底に降り立つ。
 二つに割けた海の中は何か特別なことになっていると云うわけでもなく魚が泳いでいる。
 海に埋もれていた道は水浸しと云うわけでもなく歩きやすい。
 さすがの暗乃も口数が多くない、何かそうこの世界の不思議に触れているような感覚はわくわくもするが緊張が伴う。今この海の壁が壊れてしまってはどうしようと云う考えが頭をよぎり真衣は首を横に振った。
 そしてその先、真衣は更に驚くことになる。
 海の底に赤く燃え滾る洞窟があった。

「これは普通見つからないわけだ」

 関心したように呟く暗乃の言葉に賛成だ。
 本来ならば海の底にあたる場所にその水とは異なる属性の洞窟があるのだ、どんな冒険譚に記したところで信じられるわけもない。
 真冬の山とは反対の炎の洞窟にこの短期間で挑むことになるとは誰が想像しただろうか。
 
「ここがムスペルヘイム、なのかな」
「地図上では多分、あってるはずだよ」
「この中、熱そうだけど、二人とも大丈夫?」
「うーん、少し歩いてから考えよう」
「俺は上を脱いでおくか……」

 真衣は比較的薄着だが鼓も暗乃も長袖を着ている。
 その心配で声を掛けると鼓が上着を脱ぎ暗乃も少し考えたようだがこのままでとのことだった。
 海底を歩いて来たのだ、今更何があっても驚かないぞと云う気持ちで真衣は洞窟に踏み入れる。
 洞窟の中は想像以上の熱さだった。
 砂漠を越えるキャラバンの気持ちになりながら真衣は歩く。
 休息を挟むよりも早急に探索をして出た方がいいだろうと云う暗乃の見立て通りこの中で休むと云う想像はしたくもない。
 温くなった水を口に含み汗を拭う。
 暗乃も汗をかいているが脱ごうとしない為、余計なことは云わないでおこうと真衣は口を噤む。それは鼓も変わらないようでコートを脱いでいて正解だと云うように定期的に汗を拭っている。
 あまり先に進み過ぎては戻る時の体力が担保出来ないがこの先にあるかもしれない物を確認出来ない以上、戻ることは出来ない。
 じりじりと肌が焼かれるような感覚は刻一刻と増して来る。
 ここで立ち止まるわけにはいかないがあまりにも過酷だ。

「次、行き止まりだったら一回出て作戦を立て直そう」

 数回目の行き止まりで暗乃がそう提案する。
 それに頷き真衣は分岐点に戻り進んでない道へ歩みを進める。
 今度こそ正解であって欲しいと云う気持ちと正解であれば何があるのかわからない気持ちが胸の中でせめぎ合う。
 そもそも本当にこんなところに白い炎などあるのだろうか。
 見渡す限り美しい炎の赤だが今はそれも憎らしく思ってしまう自分に嫌気がさしながら歩く。
 幸いなのは魔物がいないことだろう、刀などこのような中で握ってなどいられない。
 そして、次の道の行き止まりが見えて来て真衣は思わず落胆の溜め息を吐く。
 やはり行き当たりばったりでは良くないと云うことなのだろう、素直に引き返そうとした真衣を背後から何かが引っ張った。

「ッ⁉」
「貴様ら、何者だ?」

 首元に突き付けられた剣に驚きながら、それ以上にこの場所に人間がいたことに驚く真衣は目の前で剣を抜こうとする鼓たちに静止するように声を掛ける。

「人間に人間もどきか、二度目だ、貴様ら何者だ?この神域に何をしに来た」

 低い男の声は再び問いかけ真衣の首の剣を更に深める。

「この地にある、白い炎を求め旅をしました」
「はっ、白い炎?神のものだぞあれは、傲慢にもほとほと呆れるな」

 男の回答に真衣は白い炎があるのだと確信する、そしてここが“神話”の領域であることも。
 食い込む切っ先に微かに震えながら真衣は男を見上げた。
 浅黒い肌をした金色の眸のガタイの良い男は真衣を見下ろしており、真衣に突き付けられた剣故に動けない二人を更に一瞥した。

「神の御使いたる俺の審判だ、お前らは死刑だ」
「真衣!」

 剣は躊躇いなく真衣の首を目がけ貫こうとして男が暗乃に投げつけられたナイフを避けたことでそれは首の皮を切り裂いただけで済んだ。
 熱い地面に両手をつき真衣は男と距離を取る。

「俺に逆らうだと?貴様ら不敬だ不敬!この、俺に!」

 男はそう叫びながら人間の形から弾けるようにその姿を正しい姿に戻す。
 炎と同じ色の鱗に金色の眸、真衣の腕ほどもある爪に思わず後ずさりをする。
 飛竜ではない、その元になった伝説上の生き物。

「ドラゴンが、人間の姿に?」
「殺す!」

 勢いよく振り上げられた腕をぎりぎりで避け真衣は伝う汗を拭った。
 今の一撃は喰らってしまえば堪ったものではない、かと云って足場も良いわけではない。
 暗乃が勢いよく剣を振り下ろすが傷一つつかない。
 暗乃でそれなのだから真衣や鼓でも戦闘は難しいに違いないと云うのがわかる。
 振り回される腕や尻尾は大振りで注意すれば避けられないこともないのは唯一の救いだろうか。
 一旦の退避を二人に告げようとして真衣はドラゴンのいる側が出口であることに気付く。
 後ろは行き止まりだったはずだと振り返るがそこには先ほどはなかった道が出来ている。
 このドラゴンがそこから来たのだとすれば、その先に白い炎がある可能性が高い。

「二人ともこっちへ!」

 叫び真衣はその道へ走り出す、人間の形になっていた理由、巨躯では通れないこの道を抜ける為だったのならばひとまずは切り抜けられるはずだ。
 真衣の言葉に続き暗乃と鼓がその爪を避け走って来る。
 一足早く道を抜けた先で真衣は自分の手を見つめる。

「暑く、ない?」

 道を抜けた先はあの熱はどこへ行ったのか、地上と変わらない。乾燥こそすれど暑さはなくむしろ快適にすら感じる温度に真衣は更に混乱する。
 道を引っ掻くドラゴンの爪の音から逃げるように道を更に奥へ進む。
 ドラゴンが人間の姿に戻って襲ってくるともわからない、鼓をしんがりに先へ進み、そしてその先に美しい光を見た。

「おや、ここに誰かが来るのは、いったいいつぶりだろう」

 そこにはあのドラゴンと同じ風体だが落ち着いた雰囲気の男が立っていた。
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