capriccio

月季花

文字の大きさ
20 / 28
救出編

17譜-Fiamma-

しおりを挟む
 その男は今まで見て来たどんな人間よりも清廉な気配を感じさせた。
 金色の目に浅黒い肌、炎のような赤い髪は軽く結われている。
 その雰囲気に思わず息を飲む一同だったが男は優し気に微笑むだけだ、少なくともあのドラゴンとは違い敵意はないのだろう。

「なるほど、彼が暴れていたのは君たちが来たからか人間に人間もどき、如何にも彼が嫌いそうだ」
「……あなたは、違うのですか」
「私はここを任されている身に過ぎない、辿り着いた者がこの炎を預けるに値するのかをね」

 男の少し背後には白い炎がゆらりと燃えており、真衣はようやくここまで辿り着いたことに安堵を覚える。
 だが、男の言葉の意味をそのまま受け取るのであればそう簡単に入手出来るわけではないのだろう。
 説明が必要だろうかと口を開いたと同時に後ろから走ってくる音がする。

「人間風情がこの地に!」
「お黙りなさい、この地へ来たと云う時点で等しく試練を受けるに足る人物です」
「グッ」

 同じ顔だが立場が違うのだろう、人間の姿に化けているドラゴンは悔しそうに黙ってしまう。
 真衣は一歩進み出て男の前で膝を着いた。

「高貴なお方とお見受け致します。この地への突如の来訪ご容赦くださいませ」
「ほう?」
「この地に眠ると云う白き炎を拝借願えませんでしょうか」
「いいですよ、と私としては返したいところですが、人間の身にこの炎はいささか重たいでしょう、触れることも叶わず一瞬で焼け死んでしまいます」

 ドラゴンの時にも気付いていたがここは紛うことなき神の領域だ。
 神を信じないなど云ってもいられない、この目の前にいるのは真衣が自ら足を折るに足る何かなのだけは確実だった。
 白い炎の正体は神の炎と云うことだ、確かにそうであれば傀の氷をも溶かせるに違いない。
 そんな真衣の願いも虚しく返って来た返答はある意味当然の回答でもあった。
 真衣は男を見るもその金色の眸からは考えを読み取ることはもちろん出来ない。

「ですが、試練を等しく与えるようにと仰せつかっています」
「試練、ですか」
「この炎を所持するに相応しいかどうか、スルト様より」
「古の炎の神……」

 この大陸で炎の神と云えばレムリアのことだが、それより以前は別の神が炎の神を名乗っていたと云う。その名がスルト、真衣はぞくりとする感覚に襲われる。
 先ほど以上の緊張感に唾を飲み干す。
 人間の身では踏み入れてはならない場所に踏み入れてしまったのではないかと云う今更ながらの考え。
 
「何、簡単なことです。この炎に触れて死ななければいいのですよ」
「はい?」

 先ほど自分が云ったことをこの男は忘れたのだろうか。
 人間が触れればその前に死んでしまうと云ったこの炎に触れるなど死ねと云っているようなものだ。
 その言葉に背後で暗乃と鼓が動くのを感じるが手だけで二人を静止させる。

「触れることが出来ればいいのですか」
「はい、そのように出来ていますから」

 嘘ではないのだと云うことはわかるがあまりにも無謀だ、だからとここで「はい、そうですか」と帰るわけにもいかない。
 かと云えど鼓や暗乃に何かをさせるわけにもいかない。
 傀を助けると云うのは真衣の望みなのだ。

「真衣、いったん作戦を」
「今私は彼女と話しています、お黙りください」

 暗乃の言葉は男によって遮られた。
 やはり、真衣一人で何とかするようにと云うことなのだろう。
 先ほどのドラゴンと戦って何とかしろと云う試練の方が何倍も楽ではないかと真衣は背中に伝う汗に思う。
 神の炎を人間が、更に真衣とは属性も違う。
 白い炎を見付けてどうやって持ち替えるべきなのかと云うのはずっと考えていたことではあったがこのような状況は想定外だった。
 どうすると考える真衣に男は微笑みを崩さない。
 真衣がここで焼け死ねば後ろの二人も帰るだろうと云う認識なのだろうか。
 
「もちろん、ここで諦めるのも賢明だと私は思います」
「やります」
「ほう?」

 諦めるなど傍から頭にはない。
 後ろで鼓が自分の名前を呼ぶのがわかるが真衣は二人を振り返って笑った。

「大丈夫」

 それは二人を安心させる為の言葉であると同時に自分に云い聞かせる言葉でもあった。
 男は身体をずらし真衣を炎の前に誘導する。
 大丈夫なわけない今すぐ帰ってそれから不慣れでも街を、国を立て直すのがいいに決まっている。でもそこに傀の姿がないのでは不十分だと云うのだけは真衣が誰よりもわかっている。
 先ほどの洞窟の中ですら感じなかった熱を近寄る度に感じる。
 それでも歩みを止めないのは本当に愚かなのかもしれない。
 神に手を伸ばしその罪故に魔物に姿を変えられた神話の内容を思い出す。
 自分もそうなるのだろうか、手を伸ばすにも熱すぎるそれに僅かに顔を顰めながら真衣は願う。
 そして、真衣は炎に包まれる。

「真衣!」
「お静かに、試練はまだ終わっていません」

 叫び近寄ろうとした鼓に男は冷たくそう云い放った。

 熱い苦しい痛い、そして寒い。
 真衣は気付けば真っ暗な空間に立っていた。
 やはり炎に焼かれ所謂あの世とやらにでも来てしまったのだろうか。
 周りを見回しても何もない、先ほどとは異なるシャンラン山脈で味わったような寒さに蹲りたくなる気持ちを抑え足を進めた。
 しばらく歩いた真衣の目に白い光が現れる。
 己を焼いた炎だと気付くのに数瞬時間が掛かったが、真衣は苦笑する。

「私では役不足でしたか」

 返ってくるはずもないただのぼやきだった。
 鼓にも、何よりも暗乃に悪いことをしてしまったと真衣は俯く。
 それだけではない、真衣がいなくなった後リーウェンの民はどうなるのだろう。
 せめて真衣だけでもと願ったダゴンの言葉は、嘘を吐いたことになる。
 それでも足を止められないのは傀の偉大さを過去浴びて来たからだ。
 優しくて苛烈で皇帝になるに相応しいと云われ続けていた兄、彼がいなければリーウェンの復興など出来はしない。
 そんな真衣の肩に誰かが触れた。
 背後を振り返るとそこには見たこともない女性が立っていた。
 美しい澄んだ空色の髪に金色の眸、同性である真衣ですらこんなにも目を奪われる美しい女性だ、男の人ならば一瞬で虜にしてしまうだろう。

「大丈夫」

 女性はそうまるで天啓のように囁いた。
 鈴が鳴るような美しい声は真衣の心の不安を全て打ち払う気分にすらさせた。

「大丈夫よ、可愛い子」

 真衣の頬を撫で彼女は更に微笑む。
 その言葉が全てであるかのように真衣の手を取り白い炎に手を伸ばすように腕を動かす。
 白い炎に翳された手をまるで伝うように炎は真衣の身体を再び包む。
 けれど不思議なことに熱さはなく、先ほどまで感じていた寒さもない。
 炎はくるりと回った後、真衣のペンダントへと吸収されていった。

「大切なもの?」
「……はい」

 女性の質問に真衣は素直に答える。
 この旅が終われば去ってしまうかもしれないヒト。
 この数週間で何度も助けられたヒト。
 美しいのに残酷さを持つ不思議なヒト。

「そう、それは苦しいわね」

 言葉にしてもいないのに女性は真衣の気持ちを分かったようにそう告げる。
 そして真衣の手を包み込むように握り締める。

「でも、大丈夫」

 またあの言葉だった。

「ほら、ここにいては駄目よ」

 彼女はそう続ける。
 真衣の耳に先ほどまでは聞こえなかった鼓と暗乃の声が響いてくる。
 この空間は果たして何だったのか、真衣が女性に目を向けるとそれでも彼女は静かに微笑んでいた。

「そうだ、貴女に一つお願いがあるの、彼を──を」

 彼女の言葉は最後まで聞き取れないまま真衣は意識を覚醒させた。
 炎に撒かれた身体は何ともない、熱さを感じていたがそれも問題ない。
 先ほどまでの暗い空間は何だったのか身体を慌てて起き上がらせた真衣に鼓と暗乃がほっとした顔でこちらを見る。
 その背後にはにこやかなままの男が立っていた。

「炎は貴女を主と認めたようです」
「え?」

 急な男の言葉に真衣は情けない声を出していた。
 そして思わずペンダントを見るとそこには暗乃の物とは違う魔力の塊が渦巻いているのがわかる。
 先ほどの暗い空間は何だったのだろうかと云う真衣の疑問に男が口を開いた。

「白き炎は心清きモノにしか持つことは許されません、貴女は持つことを許された。それだけのことです」
「清きモノ……」

 繰り返しながらも真衣はそんな対したモノではないとも思う。
 それでもこの炎を手に入れたことは間違いなくこの旅の到着点にもなるだろう。
 ほっとした気持ちでペンダントを眺めていた真衣の前に男が今度は膝を折った。

「試すようなマネをして申し訳ありません」
「え」
「その炎を持つ者は主と同じ、彼も貴女に危害を加えることはありませんし、我らスルト様の傍仕え聖霊は貴女に力を貸すことでしょう」
「聖霊……」

 正体を掴みあぐねていた男の正体を明かされて尚真衣は不思議な気持ちだった。
 聖霊が人の形を持っていることが不思議な気分と云うのが正しいだろうか。
 男の金の眸は先ほどのものよりも優しく見えるのは気のせいではないはずで、言葉も本当のことなのだろう。
 真衣は安心したように微笑んで気を失う。

「試練に人間の身体では負担が大きかったのでしょう」
「死んでたらどうするつもりだったのさ」
「?それはそれ、我らが主にふさわしくないモノだっただけのことです」

 暗乃の質問に男は何を云っているのか分からないと云う風に返す。
 それが本質であり、真衣に跪いたのもけして真衣を認めたからではない。
 その反応に暗乃は吐き気がすると云ったような反応を見せるがそれを鼓がいなす。

「彼女を休ませたい、何か場所はあるか」
「主の寝室であればすぐ用意させましょう」

 男は尚もにこやかに返す。
 真衣を鼓が抱きかかえると寝室と呼ばれる場所まで案内され、二人はそこで真衣の目ざめを待った。
 時間にすれば数刻程度で真衣は目を覚ました。
 自分のいる環境がわからずパニックになりかけている真衣に暗乃と鼓で話をまとめる。
 夢ではなかったことに安心してペンダントを握り締める真衣に二人も安堵して微笑み合った。
 ここに長居するわけにもいかない。
 真衣が起きたのならば本当の最後の旅をしなければならない。
 ここまで来た道を引き返すのだ、それはまたきっと色々とあるだろうが、希望のあるものに違いがないことだけは真衣にはわかる。

「戻ろう、ルベドの森に!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...