capriccio

月季花

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救出編

21譜-dove si trova-

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 デッグ一団と別れいよいよ最後の道のりに逸る足を抑えながら真衣は進んでいた。
 ルベドの森は現在カナンに対して強く抗議しており、付近へのカナン兵の滞在をも許可していない。
 つまりルベドの森の近くにまで来れば安全でもあると云うことだ。
 女王も回復はしており、真衣たちを出迎えるつもりでいると云う伝言を聞いた時は感謝しても感謝が足りないと思ったものだ。
 森の中を歩きながら地図を見る、そこにはもうルベドの森が控えており真衣は少し感慨深くなったのを感じる。
 あの時は全てが不安で仕方がなかった。
 今は心強い味方がいる。
 ルベドの森は真衣たちを受け入れた、それは当然のことではない。
 真っ先に向かったのはあの女王の小屋だった、変わりなくその小屋はそこにあった。
 緊張しながらもノックをすると出迎えたのは間違いなくイーデスその人で真衣は思わず涙ぐんだ。

「綺麗な顔が歪んでしまいますよ」

 優しい声色に更に涙が零れそうになりながらも真衣は頭を下げた。

「ご協力感謝いたします、女王」
「奥へどうぞ、話はそこでしましょう」

 イーデスの言葉に真衣たちはあの時の広間へ通された。
 暗乃が定期的に伝書鳥を使用していたらしく、イーデスへの話の通りは存外早かった。
 曰く、現在の状況でルベドの森行きの伝書鳥を射抜く莫迦はいないとのことだった。
 
「ムスペルヘイムが実在したことも驚きですが本当に炎を持ち替えるとは」
「そのことでお願いがあるのです」
「聞きましょう」
「恐らく船内は怪我をした人物やカナン兵もいるはずです、捕縛やけが人の保護をエルフの方々にお願いは出来ないでしょうか」

 エルフは基本的に人間に干渉をしない、イーデスとて女王の役割がなければ人間と関わるのを避けるタイプのエルフに違いない。
 せめてけが人を寝かせる場所だけでも確保をしたいと云うのが真衣の願いだった。
 少しの沈黙のあとイーデスが口を開く。

「それは恐らく難しいでしょう、以前のカナンの襲撃により人間への不信感をエルフ自体が抱えています。その感情を無視することは女王として出来ません。……しかし、場所の一時提供であれば、そうですね、他のエルフへ説得が出来るかもしれません」
「いえ、それだけでも充分です、ありがとうございます」

 真衣からすればエルフの森で回復に専念できると云うのが大きな利点だった。
 傀が立て直すにしろカナン兵に常に狙われた場所では立て直しも出来たものではない。
 けが人を寝かせる担架の準備と真衣の万全の態勢、それが揃わなければ氷は溶かせない。
 暗乃の回復魔法を頼り切りにするわけにも行かずカナン兵の捕縛は鼓に依頼したとして、傀が瞬時に対応を出来るだろうか。
 その考えを首を横に振り何とか振り払う、傀ならば出来るに決まっている。
 翌日からは氷付いた飛空艇の周りで作業を行った、飛空艇内の地図はない為鼓の記憶で書かれた地図を頼りにどのように動くかを決め、カナン兵の捕縛を鼓が中心に傀を探す、暗乃はけが人の確保と云う話になる。
 イーデスも立ち会うが基本的には干渉はしないが森に危害が及びそうな場合と真衣の対応を請け負ってくれた。
 いったいどれほど準備すればいいのかはわからないながらもイーデスが提供する布や藁を使い簡易的なベッドを作成していく、それだけで数日掛かったが、万全の準備をしても想定外が起こるものだと真衣は不安が募って行くのを感じる。
 食事や寝床はイーデスが用意してくれた、そのことに感謝するとリーウェン皇帝がルベドの森の自治権をカナン王と争ったおかげで今のルベドの森が存在することを真衣は聞かされた。
 エルフの間では有名な話なのだと云う。
 初対面の時ですら真衣がリーウェンの皇女だと知った瞬間に軟化した態度に合点が行った。
 いよいよ、明日だと真衣は部屋から星空を眺める。
 ペンダントを撫で緊張する真衣の耳に階下から声が掛けられた。
 下を見下ろすと暗乃が軽く手を振っており、真衣はこそりと階下に降り暗乃のところまで行く。

「星、一緒に見ない?」
「うん」

 暗乃の提案に真衣は頷く、暗乃は真衣が回復するまでは手伝うよと云ってくれていた。
 その後のことは、わからない。
 暗乃に手を引かれ小屋の建っている大木を登って行く。
 こんな場所に登っていいのかと聞いた真衣に暗乃は「さあ?」と返し見つかった時が怖いなと云う気持ちと少しわくわくしてしまう気持ちに自分の心境の変化を感じていた。
 頂点とまでは行かなくとも他の木々を見下ろせるほど上まで登ってきた二人は大きな幹に腰を掛けた。
 たしかにここであれば星もいつもより近く見える。

「いよいよ明日だね」
「……うん」
「けが人は任せて回復魔法以外も簡単な応急処置くらい出来るから」
「頼りにしてる」

 そんな話が続いて行く、本当は星を見ることなど重要ではないことなど真衣にもわかっていた。
 明日こそが本当の旅の終わりだ、暗乃は旅が終わるまでに今後の身の振り方を考えてくれると云っていた。それは今もなのだろうか、聞きたい気持ちと耳を塞いでしまいたい気持ちがある。
 どちらにせよ真衣は笑ってその選択を受け入れる他ないのだろうが。

「ねえ、真衣。君は“兄様”じゃないんだよ?」

 それは意外な言葉だった。

「え?」
「いつも云うよね“兄様”ならって。でも真衣は真衣だ、そうでしょう?」
「そ、れは兄様が優秀だから私もそれに習わなきゃ」
「僕は“兄様”のことなんて知らないけど真衣について来たよ、デッグのところのなんだっけ、アナスタシア?も真衣だから助けようとしてくれた、違う?」

 暗乃のいつになく真剣な声色に真衣は少し考えてしまう。
 たしかにこの旅の途中でも何度も何度も考えた、ここにいるのが真衣ではなく傀ならばと。
 それは傀ならばこの場でも難なくすり抜けるイメージが強くあったからだ。

「旅を終えたのは真衣の実力だ」
「でも、それは暗乃や鼓がいたからで」
「だけど真衣がいなきゃ旅は始まらなかった」

 優しいけれど暗くて何も見通せない眸が真衣を貫く。
 決断したのはたしかに真衣だ、真衣が自分で立って進むと決めたのがこの旅だった。
 自分の中にあった迷いがヒビを立てた気がする。

「刺激的な旅をありがとう真衣」

 少年のように笑う笑顔を初めて見た、このような笑い方も出来るヒトなのだと真衣は少し嬉しい気持ちになる。
 今まで真衣は傀の背中を追いかけていたつもりだった、傀の代わりにならなければと。
 けれど真衣は傀ではない。
 真衣のままでも誰かの助けになることが出来るのだと、気付かされた。
 迷いの気持ちは消えないけれど、今までの靄がかった思考は晴らされた気持ちになる。

「ねえ、暗乃」
「何?」
「私が目覚めたら伝えたいことがあるの、だから、それまでは待っていてもらえる?」
「……金貨受け取らないといけないからね、いくらでも待つよ」

 そんな会話に真衣は微笑んだ。
 きっとうまく行くと真衣は星空を見上げる。
 見つかる前にと木を降り真衣たちはそれぞれの寝室に向かった、ペンダントを握り締め覚悟を決める。覚悟がなかったわけではないが今生まれた感情は更に強固に真衣に覚悟を決めさせたのだ。
 朝から真衣たちは忙しかった。
 少しでも体力を付けておくようにと大盛りの皿に身体に良いとされる薬湯にと真衣は思わず苦笑をしてしまう。
 既に暗乃は飛空艇の場所に行ってしまったと云う。
 食後の薬湯を飲んで真衣はイーデスに深々と頭を下げた。

「リーウェン帝国第一皇女として、シルフィ―ゼさまには感謝を」
「はい、確かにそのお気持ち受け取らせていただきました」

 その言葉に微笑んだイーデスは「行きましょうか」と告げる。
 真衣は大きく頷き飛空艇の場所まで鼓とイーデスを伴って歩き出す。
 それは一種の神聖さも備えた歩みだった、イーデスに用意してもらったリーウェンでは儀式をするときに着る赤い装束は真衣の覚悟の表れでもある。
 緑の多いこの森で異質さを醸し出すそれを動物たちが遠巻きに見つめている。
 飛空艇の場所に辿り着いた時、その姿を見た暗乃が少し悲しそうに微笑んだのを真衣は知らない。
 飛空艇の氷にぎりぎり当てられない場所で真衣は立ち止まる。
 それでも感じる冷気は何もかもを拒絶しているようにも見えた。

「兄様」

 真衣はそう呟くとペンダントを握り締める、そしてその炎を解放する感覚と同時に謡を紡ぐ。
 これは真衣が独断で決めたことだ、謡の相乗効果もあればきっと中にいる人達も焼き尽くさずに済む。
 炎に飲まれる感覚と歌えと云う本能がせめぎ合う。
 遠くで誰かが何かを云っているが真衣の耳には聞こえない。
 この氷を溶かすように、中にいる人々がどうか無事でありますように。
 氷が溶け落ち船体が重い音を立てて地面に着地する。
 それと同時に崩れ落ちる真衣の身体をイーデスが受け止める。
 鼓の指示で暗乃も船内へと入る姿を薄らいだ目で眺め真衣は目を閉じた。
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