capriccio

月季花

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救出編

20譜-Dimmi-

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 熱くて苦しい。
 そうこの炎の試練とやらを受けた時のような感覚。
 必死に息をしようとして肺まで焼けるのではないかと思いながらも真衣は必死に息を吸っては咽せ返る。
 あの時のような優しい手はなく、ただ熱いだけだ。

 真衣が熱を出して倒れて丸三日が経とうとしていた。
 鼓との合流に少し手間取ったもののグールの大群に関してはカナン兵で何とかしてもらう他ないと合流した鼓は暗乃の背後で熱に苦しむ真衣を見て駆け寄った。
 恐らくではあるが神の炎を使った後遺症か何かなのだと云うのが二人の見解だった。

「その可能性を考慮出来なかった浅はかだ」

 暗乃のその言葉と声を聞いて鼓は暗乃を責められなかった。
 真衣を寝かせその唇に何とか水を注ぎこむ、汗を拭い可能な限り額に乗せた布が冷たい状態を保つ。
 それでも目を覚ます様子のない真衣を二人でただ見守るしかない。
 それが腹立たしくもあり鼓は暗乃にその場を任せ水を汲みに行く。
 水が今すぐ必要な状況ではない、だが何かをしていなければ気が済まないと云う状況だった。
 鼓は一人で今までの旅の記録をしていた宝石に追記をする、真衣が倒れて三日、この一文だけで傀が静かに怒るのがわかる。
 そもそも、黒い宝石の正体も突き止められていない。
 三人でそこまでするのは無理があるだろうが破壊耐性が強すぎる、自然発生はしないだろうと云うのが鼓の見解だ。
 川の水で顔を洗い水を汲む。
 この間に暗乃と真衣が二人で話す時間をわざと作っていた。
 暗乃と話す時の真衣はいつも柔らかな顔をしている、それが真衣本来の性質なのだろうが鼓やダゴンではその笑顔は引き出せない。
 それを悔しいとは思わない、鼓と真衣の関係は主従でありそれ以下でも以上であってもいけない。
 最近は特に思い悩んでいることが増えた、それがわかっていたから幽霊街での外出も許可したがあれから真衣の暗乃への距離が近くなった、本人は気付いていないようだが。
 そして困っているのは暗乃もそれをよしとしているところだ。
 少しは遠慮をなど考えた自分があまりにも浅はかだった。
 最初から真衣へ謎に好意を持っていた暗乃が真衣からのそれに遠慮などするわけがなかったのだ。
 傀に何と報告するべきか悩み暗乃との関係の部分はぼかしているが傀にはすぐに見破られるに違いない。
 それに、と鼓はもう一つの問題を考える。
──紫鬼だ。
 闇魔法に関しては暗乃にも詳しくは聞き、幽霊街にあった書物も漁った。
 精神を蝕む方法などは記載がなかったが謎もある属性と云うことだけは確実で、暗乃曰く解呪はべリアル本人が行うか殺すかしかないのだろうと云うことだった。
 暗乃をも大けがを負わせた相手に果たして挑めるのだろうか。
 それ以上に傀が紫鬼を尻尾切りすることがないとも云えない。
 傀はそういう男だ。

「戻ったぞ」
「真衣なら起きないよ」
「そうか」

 洞窟には二人分の沈黙が流れる。
 いつもの饒舌はどこへやったのかと云う質問をしたくもなるがそれはただの八つ当たりだと思って口を噤む。
 暗乃の顔は思ったよりも疲れているようで本心から心配しているのがわかる。
 実際この三日間碌にも寝ていない、回復魔法を試したがこれは怪我や病気ではない為快復させることは出来なかった。
 少し使っただけでこの反動だ、次、傀の氷を溶かすともなれば真衣の負担はどれほどの物だろうと考えその嫌な予感を鼓は必至に振り払った。
 きっとその時が来ても真衣は笑顔でまたこの炎を使うのだけはわかっていた。

 ※

 皇女の場所は依然として掴めない。
 レガートの報告に安心と不安の異なる感情がアルスを包んだ。
 今日も父と共にいるクォンを見た、仮面を着けたまま黒いコートに身を包んだ侵略者。
 どこから仕入れているのか正確な情報を教えて来る男。
 べリアルは未だ目覚めないらしいが峠は越えたと云うのは医師の言葉でアルスは心底安堵した。彼の奔放さには悩まされているが今のカナンにとって最高峰の剣と云っても差し支えないのがべリアルだ。
 今彼を喪うには痛手であることは確実だった。
 他の十騎士も様々なところに散っている現状深い偵察は無意味なのはアルスにもわかっている。
 宮殿の片隅で本を読みながらアルスは考えをまとめていた。
 ここはアルスと一部の女中しか知らない秘密の場所だ、アルスは昔から考えをまとめる時はここで本を読む。
 本の内容は何だっていい、ただ文字の羅列がそこにあると云うことが重要だった。
 宮殿自体も今はとても忙しい、皇女のことだけではない、数か月後に控えているアルスの成人の儀式の為だ。
 それと同時に今でさえも騒がしいと云うのに更に様々な策略がアルスの周りを渦巻くことだろう。
 それは覚悟しているが事実耐えられるだろうか、そしてそれさえ迎えることが出来たなら父はこの数年の愚行の真実を話してくれるだろうか。
 アルスとしてはリーウェンの再興を掲げる皇子の存在は好ましい、広すぎる統治は取りこぼしにもつながり兼ねない。殺し合いよりも話し合いの方が良いに決まっている。
 アルスよりも年上と云えど年端も変わらない皇子が一人でリーウェンの再興を掲げているのは尊敬の念を抱かずにはいられない。
 昔、大戦の前に連れて行かれた席で出会った時のことはほぼ記憶にない。
 ただ当時からアルスの従者だったレガートが云うには優しい雰囲気を纏いながらもとても子どもだとは思えない人物と評されている。
 皇女に関しては愛らしい方でしたと云う感想であるからにリーウェン帝国には生まれながらの皇帝がいると囁かれていた噂は事実と云うことだ。
 どうすればそのように立ち回れるのかいつか話してみたいとも思うが無理だろうなとアルスは本を閉じた。
 今からはダンスの練習が入っていたはずだ、困らせるわけにはいかない。
 そうして立ち上がり立ち去るアルスを窓から見下ろす人物がいた。

「今日は城下に出ていないみたいで良かったですね」

 覇気のない声で後ろに控えていた仮面の男、クォンに話しかけた。

「無理をしないでもらいたいな、何かあれば面倒だ」
「あんたの話は絶対聞かないでしょうしね」

 窓辺の男はけらけらと笑いながら金色の目を細める。
 その男は立ち上がるとクォンに宝石を渡す。

「例の研究いい感じみたいですよ、黒い宝石。破壊耐性が強すぎるのは良いもんか悪いもんか……、大事な大事な皇女さまが今死にそうで大変みたいですし」
「何?」
「あいつからの伝言なので間違いないですよ」

 その言葉に仮面越しにもクォンの顔が崩れるのがわかる。
 焦りと戸惑いだ。

「俺しかいないんだし、仮面外してもらえません?表情読みにくいったらありゃしない」
「お前だから外さないんだろうがスペルヴィア」

 スペルヴィアと呼ばれた男は少し驚いた顔をした後また笑ってみせる「買って貰って何より」とわざとらしく頭を下げればクォンが大きく溜め息を吐く。

「まあ、計画自体はいい感じに進んでるんだし、適度に休んで欲しいとは俺もあいつも云ってましたよ?」
「……」
「誰だ?って考えたでしょう?あんたの愛しい」
「それ以上は要らんぞ」

 名前を紡ごうとしたスペルヴィアを遮りクォンは身を翻す、きっとまた何かを思い出したのだろうか。
 一人残されたスペルヴィアは再び笑うがそれは何を考えての笑みだったのか、本人以外は知らない。

 ※

 真衣が目覚めたのはそれから再び三日過ぎた頃だった。
 虚ろに開かれた目に気付いたのは暗乃で、二人を見て真衣は申し訳なさそうに笑った。
 全身が焼けるような感覚などからやはり炎を使った反動だろうと云うのが最終的な話になり、真衣が回復するまではもう少しこの洞窟に居ようと云う話しでまとまる。
 鼓が間に入れないほど完璧に真衣の世話を焼く暗乃は少し嬉しそうに見えた。
 真衣が目覚めて更に二日、ようやく洞窟から出た真衣は炎は傀の氷を溶かす時以外は使わないと云う約束をした。
 それですらも良い顔をしなかった暗乃だったのだが、この旅の目的を考えれば反対などは出来ない。真衣自身もこのような思いはこりごりなのでその約束を反故にするつもりはない。
 そして、洞窟から出て早々に三人は悩むことになるラコルーニャの警備が厳しくなっている。
 グールの件でやはり被害があったのだろう、ラコルーニャでの物資調達は諦めても問題はないが今後の動きなどが制限されて来る。
 そんな三人の前に思いもしない人物が現れたのは神の気まぐれだろうか。
 デッグ一団に紛れ込み真衣たちは街に入り込んだ。
 水を汲みに来たアナスタシアと鉢合わせたのは何か運命的なものを感じたと云うのは少し大げさだろうか。
 真衣の身分を知りながら顧客の情報は決して漏らさない、キャラバンの掟だ。
 一団ご用達だと云う宿まで手配してくれたのだから感謝しかない。

「本当はまたアナスタシアと一曲と云いたいところですがここでは難しいでしょう」

 団長の言葉は最もで真衣とアナスタシアは顔を合わせて残念そうに微笑んだ。
 宿は今度こそ問題がない場所で、真衣たちは久々のベッドに眠ることが出来たのだった。
 その夜、窓を開けた真衣の耳にあのアナスタシアの演奏が微かに聞こえて来た。
 やはり彼女の紡ぐ音が真衣は好きだ、その音に返すように小さく小さく謡を紡ぐ。
 誰に聞かせる為でもないのは少し寂しいがそれでも満足だった、あの熱の中では喉も焼かれて謡を紡ぐことも出来なかった。
 それは真衣にとっては何よりも恐怖だ。
 この旅を通じてこの謡の使い方も学んできたつもりでいる、この謡がなければ真衣は本当にただのお飾りになってしまう。それだけは嫌だった。
 小さな謡は窓を通じて暗乃たちの部屋にも微かに聞こえて来ていた。

「回復したみたいだな」
「うん」

 真衣も知らない二人の観客はその声に耳を澄まし心の底から安堵するのだった。
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