capriccio

月季花

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救出編

19譜-ballare-

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 幽霊街ではダゴンが歓喜の声を上げて出迎えてくれた。
 しかし、リーウェンでの惨状を伝えるとメリルもダゴンも黙ってしまう。
 鼓の報告もあり同胞の無念はあれどもと云った形でダゴンは真衣に跪く、その様に真衣はあるべき形に戻りつつあるのだと自覚をする。
 次にこの街を訪れる時は傀と一緒だろう、その時は来賓のような扱い方をされるに違いない。
 街に出て歩き回ることは出来るだろうかと悩みそんなことわからないと苦笑する。
 もう、あのキャラバンでのような出来事は出来ないかもしれない。
 それは少し寂しいなと窓から外の明かりを見下ろす。
 その光の一つ一つが真衣の守るべきものなのだとも自覚をさせる。
 この旅が終わった後の真衣の一番の仕事はこのように悩むことではない。
 何度も自問自答をする傀のようになれるだろうか。
 そんな考えをしている真衣の部屋の扉を誰かが叩いた。
 もう夕方にもなるが誰だろうかと扉を開けた真衣の前にいたのは暗乃だった。

「こんばんは、夕飯は済ませた?」
「ううん、まだだけど」
「なら街に食べに行こう」
「夕食を?」
「ダゴンや鼓には報告済だよ」

 聞いて来たと云うのに既に話が済んでいると云うのはつまり確信犯だ。
 少し悩んだ後真衣はわざとらしく差し出された手を取って微笑んだ。
 それに満足したように暗乃は笑うと優しく手を引かれた。
 屋敷から出ると日の傾いた時間に似つかわしくランタンが至るところに掲げられていた。
 部屋から見ていた光もこうしてみると新鮮な気もすると真衣は暗乃の後について行く。
 キャラバンの入れ替えがあったのだろう、また見たこともない様々な商品を見ながら真衣たちは進んで行く。

「真衣はお酒は飲む?」
「少しだけ、強くないから飲まないようにしてるの」

 レムリアでは成人は十五歳だ。
 それを過ぎれば大人として扱われ酒や煙草と云った娯楽も許される。
 とは云えアルカディアにいた身、そんなにも無理した酒の飲み方はしたこともなければ祝祭で出された酒はあまり得意ではなかった。

「まあ、無理して飲むものじゃないからね」
「暗乃は飲むの?」
「適度にね」

 この旅を通して酒を飲む機会もなかった為、飲んでいるところは見たことないが確かに酒は好きな類の人は毎日飲むとも云う。
 我慢などさせていなかっただろうかとも思う。

「ついた」
「お店じゃ、ないの?」
「夜市だよ」
「夜市……」

 先日の歌った広場はがらりと雰囲気が変わりランタンで灯されたそこは酒を嗜む者食事を楽しむ者、酒を運ぶ女性に食事の提供を呼びかける男性に溢れていた。
 わいわいとしたその雰囲気は兵士たちの祝杯の様ともまた違う。

「こういうの初めてでしょ」

 その言葉に何度も頷いて真衣は物珍しさに辺りを見回す。
 灯りだけでは知れなかった光景がそこにはある。
 暗乃に着いて行き料理の説明を受けながら何を食べるか悩む。
 それだけで新鮮だった。
 目の前で焼き上げる肉は迫力が満点でそれを片手にアルコールが弱いとされた酒を少しだけ飲む。甘くて飲みやすいそれは真衣の口にとても合っていた。
 甘い酒もこのスパイスの効いた肉と合う。
 そんな真衣を満足げに見つめる暗乃の手元には真衣の酒と一緒に受け取った別の酒がある。
 少し悩んでいたがその店で一番度数の高いと云われたそれを注文した時は驚いたが無理はしていないと云う言葉を信じた。
 実際その言葉の通りで真衣は軽く酔っているが暗乃の顔色はまったく変わらない。
 あれこれと珍しいものを食べて満たされた頃、広場の中心でまたしても何かが始まった。

「真衣はダンスなんかは得意?」
「少しだけ習ったことあるよ」
「うん、じゃあ行こう」

 またしても手を引かれ真衣は戸惑うが暗乃が楽しそうにしているのだけはわかりそのまま着いて行く。
 広場の中心では既に様々な人がダンスを踊っていた。
 流れて来る音楽に合わせて三者三様思うがままのダンスは宮殿では見れない景色だ。
 このような営みがあるのだと真衣は魅せられながら暗乃の足を踏まないようにダンスを踊る。
 古い記憶の中で母に教わったのは相手が上手ければ任せてしまいなさいと云う言葉だった。
 真衣が少しぎこちなくとも暗乃はとてもスマートだ。
 誰かとこのように踊ったことがあるのだろうか、などと思いながら真衣はダンスを楽しんだ。
 一通りダンスで腹が落ち着き戻った席の掃除をすれば真衣と暗乃は帰り道に付く。
 すっかり暗くなった道はランタンの灯りがなければ何も見えないだろう。
 とても楽しい時間だった、そして充実した時間だった。

「ありがとう」
「うん?」
「楽しかった」
「よかった、少しは息抜き出来たかな」

 最近悩む顔が前よりも増えたのはきっと暗乃にはお見通しだったのだ。
 心配をかけてしまっていたのかと真衣は苦笑する。
 少しだけ心臓がうるさいのは飲んだお酒のせいだと云いわけをして真衣は屋敷に帰り着いた。
 またしても屋敷の前で待っていた鼓は少し不満げだったのはきっと夜市に真衣を連れ出すのは良しとせずにいたが暗乃に云い包められたか何かしたのだろう。
 それでも楽しかったと語る真衣に少しだけ鼓は微笑んだ。

 幽霊街での旅支度をした真衣たちはダゴンたちに挨拶を済ませ次の目的地へと出立した。
 次の目的地はラコルーニャだ、危険ではないかと鼓は云うがダゴンの報告では水源が復活したラコルーニャには既に他の領主が割り当てられており、他の村に寄るよりは堅実に旅の最終チェックが出来るとのことだった。
 だが、カナンでは現在あちこちに検問が掛かっており正規の方法ではラコルーニャにもたどり着けないかもしれないとも云っていた。
 森などをなるべく抜けるのはもちろん、以前に引っかかってしまった風魔法の探知を避けながら進む必要がある。
 飛竜を森の中から見上げ真衣はそれを改めて実感する。

「必死だな」
「何もないと良いけど」

 鼓の言葉に真衣はそう返す。
 今通っている森は開拓の進んでいない森だ。
 その為魔物が多く足場も良くない、魔物一匹一匹は強くはないが数を相手するのはけして楽ではない。
 真衣はペンダントを握り締める。
 ここで捕まってしまえば本当に最後だ。
 炎は真衣の手元にある、と云う実感はいまいち湧かないが間違いなくあの氷を溶かす術はこれしかない。
 森を何とか抜けた先は岩場に川辺、それでも真衣は歩き続けた。
 ラコルーニャまでの道のりは野宿をメインとして進む他なかった。
 カナン全土に行き渡った王命がそうせざるを得なくしている。
 必要な食料調達などは鼓と暗乃で行い野宿も洞窟などなるべく灯りの目立たない場所で行った。
 その甲斐もあってか無事にラコルーニャ付近まで着いた折には真衣も安心で身体の力が抜けた。
 そして、その寸前で真衣は出会う。
 腐臭を撒き散らしながらラコルーニャに前進する魔物の集団に。

「グール、かな」
「あの集団がラコルーニャを襲ったら!」
「無事じゃすまないだろうね」

 緑の肌が見え隠れする四足歩行の魔物、グール。
 人間を食べる魔物としてはメジャーな魔物だ。
 その戦闘力自体は高くないが緑の肌から零れる体液に触れると身体が溶けてしまうのは有名で魔術師に討伐が依頼されることが多い。
 そして、その数が今見るだけでも尋常ではない。
 それこそどこからか無限に湧いているかのようにも思える。

「鼓、ラコルーニャに伝書を頼める?」
「お前はどうするんだ」
「……もしかしたらあの宝石があるかもしれない。鼓なら怪しまれずに伝書出来るでしょう?」
「わかった任されよう」

 その言葉と同時に鼓は走り出す。
 あの足の速さで行けばグールの足の遅さを加味しても鼓の方が早く着くに違いない。
 暗乃と二人でグールの歩む方向とは反対側へ真衣は歩き出す。
 あの黒い宝石だとするならば壊す必要もあるが今後の為に欠片だけでもどうにか回収する必要がある。
 グールの発生元になりそうな場所を暗乃と探し出すとやはり不自然にグールが溜まっている場所がある。

「最近の魔物の増加ってこれもあるのかな」
「ありえるかもね」

 真衣の言葉を暗乃が肯定する。
 前回の宝石と同じ特性を持っているとするならば、莫邪で切る必要がある。
 少し渋った顔をする暗乃にも他の策がないことを確認した上で真衣はグールの群れに突っ込む。その周りを暗乃の炎が援護するように渦巻きグールの粘液に触れないようにする。
 気付いたグールたちが真衣に近寄ろうとするも炎を纏う真衣にはそうそうに近付くことは出来ず真衣は何とか中心地点になりそうな場所に辿り着く。
 グールたちの焼ける匂いも酷いがそのようなことを気にしている時間はない。
 宝石を探す真衣の目にその黒い光が入る。
 刀を抜きそれを大きく振りかぶる、これで収まればラコルーニャでカナン兵が何とかすると信じて。
──ガチン。
 宝石は大きく振りかぶった刀をその硬さで受け止めた。
 その振動に思わず真衣は少し距離を取ってしまう。
 炎の渦は真衣のものではない為熱さを感じるがそれどころではない。

「壊れない⁉」

 莫邪が無事なのを確認した後真衣はいったんの退避を余儀なくされる、焦る気持ちはあるが次に振り下ろした時に刃毀れでもしたら大変だ。
 戻って来た真衣に首を傾げる暗乃に汗を拭いながら真衣は今見た情報を共有する。

「宝石によって強度が違う、とか」
「そうだとしたら、どうすれば……」
「少し試して来ても?」
「え?」

 真衣の返事を待つことなく真衣が行った時のように炎を纏い暗乃はグールの中に飛び込んで行く。
 呆気に取られながらも真衣は仮に暗乃が壊せなかった時のことを考える。
 神器である莫邪に切れないものはそう多くない、その多くないものの中にこの最悪な物が分類されてしまったのはあまりにも良くない。
 力任せに壊せるならば良いがそうでないとすれば、今後同じような物がリーウェンで発生した際の対応が難しくなる。それだけではない、カナンでも被害が増えるに違いない、それはとても良くないことなのは真衣にもわかることだ。

「無理だったね、何あの硬さ」

 いつの間にかあっさりと戻って来た暗乃の様子を見て真衣はやはり最悪なパターンかと眉を寄せる。

「魔力でも神器でもダメなんて」
「いっそその炎使ってみる?」

 暗乃が指差したペンダントを真衣は握り締めた、そうだ考えもつかなかった。
 神の炎であればさすがに問題ないに違いない、真衣は再びグールの中は走り込む。
 真衣は暗乃に云われたように刀を再び抜く。

「刀の周りを薄くまとうようなイメージで」

 先ほど暗乃に云われた言葉を反芻する。
 暗乃の普段の武器はナイフだ、それを魔力で覆い剣のような形を作り出し戦っている。
 折れない刃毀れもしない場所も取らない、便利な剣だと云うがそのような魔力の使い方があるのかと鼓がマネをしようとしてすぐに諦めていた。
 その魔力を形取るイメージを先ほど即興で教えられたのだ。
 出来ないと云う返事はない。
 何より真衣はそもそも考えるより身体を動かす方が得意なのだ。
 暗乃は何も云わずに微笑んでくれた、それもまた真衣の謎の自信に繋がる。

「スルト神よお力をお貸しください」

 ペンダントから炎が溢れるイメージ、自身を燃やさず刀に沿うように。
 真衣が思うほどスムーズではないが確かな感覚に真衣は出来ると本能が訴えかけるのを感じた。
 切れる、今度こそと大きく振りかぶりその黒い宝石を打ち砕く。
 それの余波で近くにいたグールを数体焼き尽くした衝撃に目を丸くしながら真衣は慌てて炎をしまうイメージをする。
 本来はここで使うものではなかった、スルト神への感謝の念を忘れずにどうか鎮まるようにと深呼吸する真衣の意思に従い炎は終息する。
 暗乃の炎とは違い真衣に熱を与えることもなかったそれにほっとして真衣は宝石のあった場所を確認するもそこに宝石の痕跡はなく、真衣はその場を後にする。
 汗を拭いながら暗乃と合流をした瞬間、真衣は身体が異常に熱いのを感じる。

「あ、れ……?」
「真衣!」

 暗乃の焦った声だけが最後に聞こえた気がした。
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