星の子の神話

紅花

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第三話

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 私がお皿いっぱいの果物を食べ終わったのを見た彼はにっこりと笑ってお皿を片付け始めた。

 私も手伝おうとしたのだが、彼に止められた。まだ病気が完全に治ったわけではないのだから安静にしていなさいと優しく諭され、もやもやとした気持ちが心の中に残ったままその場に留まった。

 そう言えば、彼は私の前で笑っていることが多い。

 今まで家族以外から笑顔を向けられたことがなかったから少しドキドキする。
 彼に微笑まれただけでこんなに幸せな気持ちになるなんてまるで恋をしているみたいだ。

 そんな馬鹿なことはあるはずがない、と私は否定しながら彼を見る。彼は楽しそうに鼻歌を歌いながらお皿を洗って片付けていた。

 彼は手際良く物事を片付けていたため、お皿はすぐになくなった。

「よし、おしまい!え~、地図、地図は……っと」

 がさがさと岩でできた棚を漁って折り畳んだ紙をばさっと広げては畳んで戻す作業を何回も繰り返す。

 この洞窟は、思ったよりも散らかっていた。彼の私物なのだろうか、多くの物があちこちに転がっている。

「……あった、あった。こっちにおいで」

 彼は満足そうに頷いて私を手招きした。

 私は素直に頷いて彼の隣に座る。お兄さんの身体はひんやりしていて気持ちがよかった。

 お兄さんが広げた地図には、大きな大陸とその大陸に流れる一本の細やかに光り輝く河、果てしなく続きそうな黒い海に、小さな島がぽつんと描かれていた。

「今、君がいる場所はここ。星の海の向こうにある最果ての島。君のような星の子が住んでいる大陸はここだ」

 彼は地図にある、たった一つの島を指差して場所を示す。それから海を遡り、大きな大陸を指でとんとん、と叩いた。

「大陸では、星辰教が主流だったよね?」

 お兄さんが私に確認してくる。
 私は、お兄さんの問いに1度だけ頷くことで肯定した。

 星辰教は『この大陸を作ったのは神であり、我らは神の子である』という概念の元、我々の創造主である神を敬うことを目的とした宗教だ。
 大陸に住む人は皆、星辰教の信者である。

 お兄さんは、さらさらと必要なことの説明をする。私は、全てを聞き取ろうと、お兄さんの言葉を聞くことに集中する。

「星辰教では、神の子である君達が死んだ後、星の海に流すことによって神様により近い存在、黒い海で輝く星になれる、と言われている」

「だから、星の海に唯一繋がる河を“天の河”と呼ぶ」

 お兄さんの言葉を引き継いで呟く。
 これくらいは、家に閉じこもってばかりの私でも知っていることだった。

「亡くなった人の遺体は天の河に流されて星の海の一部になる。ただ、亡くなっていない子が天の河から星の海に来た時にはこの最果ての島に辿り着く」

 地図上に描かれている大陸の中心を流れる天の川から星の海へ、星の海から1つしか描かれていない島、最果ての島へ指を滑らしながら言葉を発して私に物事を伝えてくれる。

 私は彼の言葉を聞き漏らしのない様に全神経を使う。

「最終的には君は家族のもとに戻れるから安心して欲しい」

 少し寂しそうな笑顔で彼は笑う。

「あと少し休めばきっと力もつくから君を待っている人のもとへ向かうんだ。君には帰る場所があるんだから」

 彼はそこまで言ってからいつもの笑みを浮かべた。

「さあ、お休み?大丈夫、絶対に戻れるから」

 私の頭を優しく撫でた彼は洞窟の外へと歩み出した。

「少し出かけてくるから、きちんと休むんだよ」

 ひらひらと手を振って彼の姿は私の視界から消える。

 私は彼の言葉に従って横になる。
 ……寝れるかと言われれば寝られないと答えるだろう。
 それ程までに彼の笑顔が寂しそうだった。
 どうしてそんな顔で笑うのか分からなかった。
 いつもみたいに笑って欲しくて、でもどんな声を掛ければ良いのかわからない。どんなことをしてあげれば良いのか分からない。

 彼と私の間に見えない、分厚い壁が造られたような感じがする。そして、その壁を私が壊すこともできない気がした。
 
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