幽閉塔の彼女と僕

紅花

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『花畑があります。花畑を真っ直ぐ歩いたら黄金と白銀の蝶が右左に飛びました。お礼に薔薇の花と蜜をくれました。美味しかったから家族にあげよう』

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 見えた灯りの方に向かい、水中から出るとそこには月光が差し込む月華草の群生地がある。

 月華草は、この月光差し込む地下かつ夜にしか咲かない不思議な花だ。

 この花には色々と効能があり、多くの人間が求めにきては見つからずがっかりと帰っていく様子をこの何百年もの間ずっと見てきた。

 それだけの価値と人を惑わす力を持つ花だ。

 月華草の群生地の真ん中に、一箇所だけ月華草が咲かない空いた場所がある。

 その周りには月光が差し込んで、月華草も咲き誇っているのに、そこだけ月光も差し込まない。

 僕はランタンの灯りを消してその場所に近づいた。

 その場には、細い金属が編まれて出来た手籠状の鳥籠が、ガラスで出来た小さな机の上に置いてあった。

 鳥籠の中にあるのは一輪の虹色の薔薇の造花と蝶の姿をした小さな鍵。

 金色の鱗粉を落としながら飛ぶ黄金の蝶と白銀の鱗粉を落としながら飛ぶ蝶が虹の薔薇に止まって眠っていた。

 この花畑と蝶が歌の『お花畑がありますよ。お花畑を真っ直ぐ歩いたら黄金と白銀の蝶がふわふわと右に左に飛びました』の一部に値する。

 さて、僕がやるべきことは金の蝶と銀の蝶を起こすこと。

 僕は鳥籠を手に取ってくるくると鳥籠を回しながらある印を探す。

「あった」

 細い金属で編まれた鳥籠には数多の模様がある。

 その模様の中の1つが蜘蛛の巣の模様だった。

 その蜘蛛の巣には、ここに住む蜘蛛の1匹が暮らしている。

 歌の『蝶々は蜘蛛の巣にかかり、私はそれを助けましょ』通りに僕がここに住んでいる蜘蛛を払えばいい。

「ごめんね」

 僕は蜘蛛にそう断って、蜘蛛を地面にそっと下ろす。

 蜘蛛を潰さない様に降ろした後もしばらく動こうとは思わなかった。

 僕は無意味な殺しというものを嫌う。

 僕が殺すべきだと思った生き物は殺すが、それ以外は生きようが死のうがどうでもいい。

 どうでも良いから殺そうとは思わない。

 それに、この蜘蛛は生きていて欲しいと思う。

 しばらくしてから僕は鳥籠を手に取った。

 そっと持ち上げて、入り口を開けた。

 2匹の蝶がひらひらと鱗粉を落としながら鳥籠から出て飛んでいく。

 2匹の蝶は上下入れ替わりながらひらひらと先に進んでいる。

 僕はゆっくりと歩いて追いかける。

 2匹の蝶は遊ぶように飛んでいるので追いかけるのは苦ではなかった。

「大体1時間か」

 蝶を追いかけている途中に胸元から懐中時計を見て時間を確認してみると結構な時間が過ぎていた。

「次の歌詞は『お礼に蝶々が薔薇の花、美味しい蜜くれました。とっても美味しかったから、大切な家族にあげましょう』だね」

 言い終わったあたりで2匹の蝶が僕の周りを飛び回っている。

 目の前は大きな石の扉になっており、小さな鍵穴が付いていた。

 きちんと合った鍵を使わないと開かないようになっているんだろう。
 
 2匹の蝶は鍵ではあるが、鍵ではない。

 僕は鳥籠を腕を前に真っ直ぐ伸ばして掲げた。

 2匹の蝶は鳥籠の中に戻って、虹色の薔薇にとまる。

 しばらくすると蝶はまた鳥籠から出て目の前の扉に翅を閉じて動かなくなった。

 僕は近づいて蝶に触る。

 蝶の翅は金と銀の硬い金属のようになっていた。

 これが『お礼に蝶々が薔薇の花、美味しい蜜くれました。とっても美味しかったから、大切な家族にあげましょう』の意味となる。

 虹色の薔薇の花から出る蜜を吸った蝶は、その鍵穴の中に蜜を流し込む。

 蜜はすぐのに固まり、一定時間経つと消えてしまう。

 蜜を流し込んだ時に彼ら自身も鍵の一部となるのだ。

 僕は蝶の翅を持ってそっと右に回す。

 がちゃりと、鍵が開錠された音がした。

 力を少し加えると音なく重そうな扉が開いていった。

 
 
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