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05.男女の友情
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「アウル」
思わず名前を呼ぶ。アウルは小さく笑うと、マデリンから人一人分離れて並んだ。
「婚約おめでとう」
「ありがとう」
「何も知らなかった。決まったなら教えてくれればよかったのに」
「私も知らなかったから」
マデリンは自嘲気味に笑う。
そう。紹介される直前まで、相手はアウルだと思っていた。そう言ったら、彼は驚くだろうか。
いや、それを言ったところで、何も変わらない。気まずさだけが残ることになる。
アウルへの気持ちは十五歳のマデリンの中に置いてきた。だから、それを今更見せるつもりはない。
「落ち着いたらまた狩りに行こう。祖父が思い出話をしたいと言っている」
「狩り……」
「君がいないと張り合いがなくてつまらない。それに、君が勝ち逃げなんてずるいだろう?」
いつもの彼だ。
まるで山の中に来たような気持ちになる。
「残念ね。私、狩りは止めたの」
「なぜ? 好きだろ?」
「もう飽きたのよ。血生臭いし、汚れるでしょう?」
マデリンはアウルから顔を背けた。
これ以上彼の顔を見れば、涙がこぼれ落ちそうだったからだ。
「助けて」と縋りそうだったからだ。そんな格好悪いところは見せたくない。最後までアウルの中のマデリンは強い女性でいてほしかった。
アウルはぽつりと呟いた。
「残念だな……」
「あなたもじゅうぶん遊んだでしょう?」
「そうだな。君がいないなら、社交くらいでいいかもしれない」
「なによ。私がいたから来ていたの?」
マデリンはからかうように言った。
「ああ、マデリンは仲のいい友達だからな」
「友達ねぇ……」
「たくさん競い合った仲だろ? 狩りをやめてもそれは続く。そうだろう?」
友達。
今、新しくできた二人の関係性だ。
今までの二人は狩りだけで繋がっていた。それがなくなったとき、二人の縁は完全に途絶えたと思ったのだ。
しかし、彼は新しい形で残そうとしてくれている。
マデリンは小さく笑った。
「男女の友情なんてあるわけないわ」
マデリンの口から出た言葉はとても素直ではない。
友達でもいい。彼との繋がりがほしい。そう、願っているというのに、素直ではない口は反対の言葉を口にする。
「そんなのわからない。じゃあ、賭けよう」
「賭け?」
「そう。死ぬまで私達が友情を育めたら私の勝ちだ」
「途中でだめになったら私の勝ちね。なら勝負あったようなものじゃない」
マデリンが一方的に友情を終わらせればいい。
「やってみるまでわからないだろ? やるか?」
「ええ、いいわ。勝ったら何をくれる?」
「君がほしいもの」
「そう。楽しみだわ」
「じゃあ、これからよろしく。マデリン」
アウルがマデリンに右手を差し出した。
マデリンはどう返すべきか悩んでその手をジッと見つめる。
「友達はこういうとき、手を握り返すと思うんだが」
「わかったわよ」
マデリンは言われるがままアウルの手を握った。
彼の手を握るのは初めてだ。
少しあたたかい。手から全身に温もりが伝わってくるようだった。
「困ったことがあったらいつでも相談してくれ」
「突然何?」
「いや、友達ってそういうものだろ? 私も何かあれば頼らせてもらう」
「もしかして、未来の公爵夫人との繋がりをつけたかっただけなんじゃないの?」
マデリンの口は思ってもいないことを言う。
嬉しいと素直に言えないのか。
しかし、アウルは怒りもせずに笑った。
「いいな。公爵夫人になったら頼むよ」
「その時まで友情が続いていたらね」
マデリンは素っ気ない態度で言うと、バルコニーから出た。
まだ右手に彼の感触が残っている。
あたたかい。このあたたかさをずっと求めていたのだと思う。
「こんなところにいたのか。心配したよ」
ルイードが笑顔の仮面をつけたままマデリンに言った。
(興ざめだわ)
せっかくいい気分に浸っていたのに。
すぐに彼によってだめにされた気分だ。
「さあ、ダンスを踊ろう。ファーストダンスは婚約者の特権だろう?」
そう言ってルイードはマデリンに手を差し出す。
マデリンは断りの文句を考えたが、残念ながらいいアイディアは出てこなかった。
デビュタントがダンスを一回も踊らないわけにはいかない。
マデリンはしかたなく彼の手に自分の右手を乗せた。
あたたかかった右手が瞬時に冷えていく。
(最悪)
心の中で悪態をつく以外に、マデリンに出来ることはなかった。
その数日後、アウル・ルートの婚約が発表された。
***
そして五年の時を経た今も、マデリンはルイードの婚約者をしている。
マデリンは猟銃店を訪れた。
「いらっしゃいませ」
店主はにこやかに迎えてくれる。
この五年、マデリンは一つも購入していない迷惑な客だというのに。
「今日も試しますか?」
「ええ、試すわ。端から」
店主は呆れ顔をしながらも、「かしこまりました」と答えてくれる。
だから、この店が好きだ。
マデリンは端から猟銃を構えていく。肩にずっしりと重い。
ひとりで一丁ずつ試していると、店主が尋ねた。
「お嬢様は何をお探しで?」
この五年、マデリンは愛馬を失った。
祖父から譲り受けた猟銃も売られてしまった。
足を折られ、手をもがれた。そんな状態だ。それでも唯一の抵抗として、月に一度マデリンはここに来る。
思わず名前を呼ぶ。アウルは小さく笑うと、マデリンから人一人分離れて並んだ。
「婚約おめでとう」
「ありがとう」
「何も知らなかった。決まったなら教えてくれればよかったのに」
「私も知らなかったから」
マデリンは自嘲気味に笑う。
そう。紹介される直前まで、相手はアウルだと思っていた。そう言ったら、彼は驚くだろうか。
いや、それを言ったところで、何も変わらない。気まずさだけが残ることになる。
アウルへの気持ちは十五歳のマデリンの中に置いてきた。だから、それを今更見せるつもりはない。
「落ち着いたらまた狩りに行こう。祖父が思い出話をしたいと言っている」
「狩り……」
「君がいないと張り合いがなくてつまらない。それに、君が勝ち逃げなんてずるいだろう?」
いつもの彼だ。
まるで山の中に来たような気持ちになる。
「残念ね。私、狩りは止めたの」
「なぜ? 好きだろ?」
「もう飽きたのよ。血生臭いし、汚れるでしょう?」
マデリンはアウルから顔を背けた。
これ以上彼の顔を見れば、涙がこぼれ落ちそうだったからだ。
「助けて」と縋りそうだったからだ。そんな格好悪いところは見せたくない。最後までアウルの中のマデリンは強い女性でいてほしかった。
アウルはぽつりと呟いた。
「残念だな……」
「あなたもじゅうぶん遊んだでしょう?」
「そうだな。君がいないなら、社交くらいでいいかもしれない」
「なによ。私がいたから来ていたの?」
マデリンはからかうように言った。
「ああ、マデリンは仲のいい友達だからな」
「友達ねぇ……」
「たくさん競い合った仲だろ? 狩りをやめてもそれは続く。そうだろう?」
友達。
今、新しくできた二人の関係性だ。
今までの二人は狩りだけで繋がっていた。それがなくなったとき、二人の縁は完全に途絶えたと思ったのだ。
しかし、彼は新しい形で残そうとしてくれている。
マデリンは小さく笑った。
「男女の友情なんてあるわけないわ」
マデリンの口から出た言葉はとても素直ではない。
友達でもいい。彼との繋がりがほしい。そう、願っているというのに、素直ではない口は反対の言葉を口にする。
「そんなのわからない。じゃあ、賭けよう」
「賭け?」
「そう。死ぬまで私達が友情を育めたら私の勝ちだ」
「途中でだめになったら私の勝ちね。なら勝負あったようなものじゃない」
マデリンが一方的に友情を終わらせればいい。
「やってみるまでわからないだろ? やるか?」
「ええ、いいわ。勝ったら何をくれる?」
「君がほしいもの」
「そう。楽しみだわ」
「じゃあ、これからよろしく。マデリン」
アウルがマデリンに右手を差し出した。
マデリンはどう返すべきか悩んでその手をジッと見つめる。
「友達はこういうとき、手を握り返すと思うんだが」
「わかったわよ」
マデリンは言われるがままアウルの手を握った。
彼の手を握るのは初めてだ。
少しあたたかい。手から全身に温もりが伝わってくるようだった。
「困ったことがあったらいつでも相談してくれ」
「突然何?」
「いや、友達ってそういうものだろ? 私も何かあれば頼らせてもらう」
「もしかして、未来の公爵夫人との繋がりをつけたかっただけなんじゃないの?」
マデリンの口は思ってもいないことを言う。
嬉しいと素直に言えないのか。
しかし、アウルは怒りもせずに笑った。
「いいな。公爵夫人になったら頼むよ」
「その時まで友情が続いていたらね」
マデリンは素っ気ない態度で言うと、バルコニーから出た。
まだ右手に彼の感触が残っている。
あたたかい。このあたたかさをずっと求めていたのだと思う。
「こんなところにいたのか。心配したよ」
ルイードが笑顔の仮面をつけたままマデリンに言った。
(興ざめだわ)
せっかくいい気分に浸っていたのに。
すぐに彼によってだめにされた気分だ。
「さあ、ダンスを踊ろう。ファーストダンスは婚約者の特権だろう?」
そう言ってルイードはマデリンに手を差し出す。
マデリンは断りの文句を考えたが、残念ながらいいアイディアは出てこなかった。
デビュタントがダンスを一回も踊らないわけにはいかない。
マデリンはしかたなく彼の手に自分の右手を乗せた。
あたたかかった右手が瞬時に冷えていく。
(最悪)
心の中で悪態をつく以外に、マデリンに出来ることはなかった。
その数日後、アウル・ルートの婚約が発表された。
***
そして五年の時を経た今も、マデリンはルイードの婚約者をしている。
マデリンは猟銃店を訪れた。
「いらっしゃいませ」
店主はにこやかに迎えてくれる。
この五年、マデリンは一つも購入していない迷惑な客だというのに。
「今日も試しますか?」
「ええ、試すわ。端から」
店主は呆れ顔をしながらも、「かしこまりました」と答えてくれる。
だから、この店が好きだ。
マデリンは端から猟銃を構えていく。肩にずっしりと重い。
ひとりで一丁ずつ試していると、店主が尋ねた。
「お嬢様は何をお探しで?」
この五年、マデリンは愛馬を失った。
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