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第9話『夜の通話』

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 夜九時。姫のお誘いで、アプリ通話をすることになった。

唯都いとねえね、カメラオンにしていいですか?』
『いいよー』

 スマホをスタンドに立てかけて、角度を調整する。

 パッと画面が切り替わり、フリルいっぱいのネグリジェを着た姫の姿がうつった。

『わっ……かわいい!本物のお姫様みたい』
『んふー。ありがとうございます!』

 姫は照れながらも自信たっぷりな様子。自慢のパジャマを見てもらいたいのだろう。立ちながら移動し、ネグリジェの全貌をカメラに写そうと頑張っている。

 もしかして、私のためにかわいい服を着てくれたのだろうか。そう思うのは、自惚れだろうか。

 姫は元の位置に戻ってきた。ネグリジェの上からモコモコパーカーと半纏を羽織る。

『やっぱ寒いので、防寒します』

 十二月とはいえ、ここは南の県。そんなに寒くないんだけどな……姫って寒がりなのか?新たな一面を知れて、なぜか嬉しい自分がいる。

『唯都ねえねの私服はじめて見ました!スウェットもかっこいいです!』
『あ、ありがとう』
『シンプルな服が似合う唯都ねえね、非常に良いです』

 スウェット姿をこんなに褒められるなんて、普通はお世辞を疑うが、姫の目がキラキラしているから、本音なんだろう。まあ、人見知りで真っ直ぐな姫が、お世辞なんていう技術を身につけているはずないか。

 なんだか褒められて、顔が熱くなってきた。赤くなってないかな。

 そうだ。そんなことより、真っ先に伝えたいことがあったんだ。

「貸してくれた本、最後の話以外は読んだよ。おもしろかった」
「もう読んだんですか!?」

 姫はよりいっそう目を輝かせ、詳しい感想を聞きたそうにしている。一番おもしろかった話はこれだと伝えたら、「唯都ねえねは、倒叙形式が好きなんですね……」と呟かれた。

「とうじょ……」

 初めて聞く言葉だ。年上のくせに知らない言葉があると思われたくないので、こっそり検索する。

 なるほど。最初に犯人がわかっていて、探偵役が犯人を追い詰めていく過程が主軸になるミステリーってことか?調べていたら、アガサ・クリスティー作品のネタバレが見えそうになったので、ブラウザを閉じた。

 あれ?以前の私なら、小説のネタバレなんて微塵も気にしなかったのに。どうせ読まないからいっか……と思うはずなのに。姫の影響で、読書意欲が生まれたのだろうか。

 最近、少しずつ、自分が変わっている、ような気がする。姫に出会ってから。

 姫は楽しそうに、オススメの倒叙ミステリー小説について話してくれた。私に読ませる気満々だ。多分、私も読むだろう。姫ともっと繋がっていたいから。

『もう……そろそろ……切りますね』
『えっ!?まだ九時半だよ?』

 通話前に届いたチャットによれば、十時までは通話が許可されているはずだ。

『ボク……夜に弱いんです……いつも十時になると同時に寝ちゃうんです……』

 確かに、今もポワポワしている。眠そう。

 ……この状態なら、聞けるかもしれない。ずっと感じてた疑問を。面倒くさい女だと思われそうで、今まで聞けなかったけど。

『姫ってさ……』
『んー……?』
『なんで私のこと好きなの?』

 だって、出会ったばかりで告白されて、運命の人だと言われて、こんなに好かれている状況、不可解だ。私は特別なモノなんて何ひとつ持っていないのに。

『思慮深くて、世界一優しい人だからです』

 即答された。

『えっ?』
『ボク……家族以外と話すのが苦手で……あの時、助けてもらったお礼を言いたくても、上手く言えなくて……だけど、そんなボクを……あなたは嫌な顔ひとつせず長い間待ってくれました……』

 それは……何か言いたそうな君を見捨てた方が、あとで嫌な気持ちになるからだ。自分が嫌な思いをしたくなかっただけだ。

『こんな人に出会えたのは初めてで……運命だと思いました。だから……お礼の言葉よりも愛の言葉を伝えることにしました』
『……』
『あなたはボク自身を見ようとしてくれる人です、お母さんが亡くなった今、唯一の人です……学校の人や身内は、ボクに「変わった子」とか「面倒な子」というレッテルを貼って接しますから……』

 姫の瞳が濡れている。涙がこぼれそうだ。

『ボクはあなたを心から慕っています』

 ……結局、お互い顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、おやすみの挨拶をして、通話を切った。私はもらい泣きだ。

 自分の都合で姫を泣かせてしまったことを後悔したが、心はふわふわしたものに包まれていた。形容しがたい感情だが、無理矢理言葉にすると『幸福』に近い。

 世界から祝福されたような気分だ。姫のために生きてみてもいいかもしれない。そんな大きな決意さえ、今なら簡単にできてしまいそうだ。

 告白の返事をしよう。ちゃんと私の好意を、直接伝えなきゃ。月曜日まで待ちきれない。

 もう寝てると思うが、姫宛に『明後日の日曜日にデートしない?』とメッセージを送った。

 姫は私のことが大好きだ。用事がない限りは断られないと思うが、それでも、ソワソワして落ち着かない。

 結局、朝六時に姫から了承の返事が来るまで、眠れなかった。
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