簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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氷の城

背信の館 3

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「ふふ。冗談だ、半分はな」
「残りの半分は……」
「立地は良いぞ。なにしろ王家の内戚ないせきだった名家だからな。それに焼けた棟を取り壊してもなお、十分な広さの屋敷は確保できよう」
「い、一考の猶予ゆうよをいただければ」
「いいだろう。色よい返事を期待している」
 ノアはそう言うと立ち上がり、側近そっきんの男と共に、足早に会議室から出ていった。
 会議中は余裕と気品でその身をよろい続けていたベアトリスだったが、ノアの予想外の反応に浮足立ち、最後の最後で主導権を明け渡すことになった。いくつかの違和感と混じり合った敗北感が、ベアトリスの顔をわずかに赤らめる。
 ノアとベアトリス――二人は協力と対立を繰り返しつつも、その中で弁舌や政略の優劣を競いあうことを楽しんでいる、という一面があるのだが、今回はノアの勝利に終わったと言える。ベアトリスは負けを認めるように、小さくため息をついた。
――ノア様のあんな目は初めてだったわ。あのノルドグレーン風の空き屋敷に、なにか思い入れでもあるのかしら。

 ヘルストランド城を後にしたベアトリスを、オラシオ・アルバレスが出迎えた。ベアトリスの外出時にいつも帯同たいどうしているこの男は、彼女の身辺警護を取り仕切る、親衛隊の長である。アルバレスはゆるく波打つ長い黒髪を後頭部で結び、肩がベアトリスの頭頂部より上に来るほど長身の、浅黒い肌をもったミステリアスな青年だ。
 国民のほとんどが薄い色の肌をしているリードホルムでは、その容貌はとくに人目を引く。中にはその外見上の差異を悪しざまにののしる者もいるが、アルバレスは少なくとも表面上は、涼しい顔で聞き流していた。またベアトリスの信条と統治規律も、そうした差別意識とは明確に敵対している。
 アルバレスに向けられたような排外はいがい主義は、女の身で権力を獲得したベアトリスに向けられる非難の声と近縁のものだ。いま数が多いからといって膝を屈すれば、次にその身を焼かれるのはベアトリス自身なのである。
 アルバレスは右前腕を胸の下で曲げ、体を折ってベアトリスに一礼した。
「首尾はいかがでした?」
「ええ……明日の午後に、用地を下見に行くわ」
「ことは思惑通りに運んだようですね」
「図書省長官を抱き込んでいたのだし、あちらにとっても損のない提案なのだから当然ね」
「それは何よりです。それと、エイデシュテット邸のことですが」
「……エイデシュテット?」
「失礼、報告が前後しました。あの西門の邸宅は、どうやらリードホルムの前宰相さいしょう、エイデシュテットきょうのものだったようです」
「エイデシュテットといえば……」
 シーグムンド・エイデシュテットは、前王のヴィルヘルム三世に長く仕えていた老宰相だ。
 政治に関心の薄かった王に代わって国政のほとんどを取り仕切り、それと並行して、ノアの兄アウグスティンにへつらうように付き従っていた。だがその裏ではノルドグレーンの外務省に内通しており、次期国王候補のアウグスティンを傀儡かいらいとすることで、リードホルムの国力を削ぐよう画策していた。その目論見が露見すると姿をくらまし、ジュニエスの戦いによる混乱もあって、三年経った今も消息は知れていない。
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