簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

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フィスカルボの諍乱

闇の中で 2

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 ベアトリスの言う屋敷というのは、フィスカルボの町を南に出てしばらくの場所に建つ空き家、別荘のことだった。フォルサンド邸と呼ばれるその屋敷は、ある程度の大人数でフィスカルボを訪れたときのために、密かに購入していたものだ。当初の目的とは違ったが、意外なところで役立つ機会が訪れた。
「ときにその屋敷、人が住める状態なのですか?」
「いちおう管理は頼んでいるわ。……月に一度程度だけど」
「まあ命が助かるなら、文句は言いませんよ僕は」
 ラーゲルフェルトは不満そうにぼやきながら、冷めかけた魚介のスープを口に流し込んだ。

「まずいわ……」
 ベアトリスはサンドイッチをひとくち食べ、絶望的な表情でつぶやいた。
 ベアトリスたちがフィスカルボ郊外のフォルサンド邸に到着したのは夕刻過ぎで、まずは夕食を摂ることにした。とはいえ使用人のいないフォルサンド邸では、居合わせた誰かが作るしかない。ベアトリスは権門の令嬢らしく料理などしたことがなく、また残念なことにアルバレスもラーゲルフェルトも食には無頓着むとんちゃくで、ありあわせの酢漬け発酵キャベツやニシンの塩漬けを食べ続けても気にならないたちだった。さらには馬車の御者ぎょしゃを務めていた従者の男女二人も同様で、五人で料理人役を押し付けあった挙げ句、では私がやってみましょうか、とアルバレスが作ることになった。
 管理人が保存の効く食材をキッチンに用意してくれていたので、それらをいかに組み合わせるかが重要だったのだが、果たして結末は惨憺さんたんたるものだった。つまりベアトリスたちの置かれた状況ではなく、なんとなくアルバレスが作った夕食が、実にひどいものだったのだ。
「文句は言いませんと言いましたけど、前言撤回しますよ僕は」
「普段いったい何を食べていたら、こんな味になるのかしら……」
「ひどい言われようですね。……私の食事は大抵、近くにいる女性の誰かが用意してくれているんです」
「ああ、そう」
 思わぬ方向に話頭わとうが転じたが、ベアトリスはまったく気のない返事で受け流した。
 話に聞く限りにおいては「非常に乱れた」アルバレスの私生活については、ベアトリスの耳にも届いている。だが当事者たちから非難の声が上がったことはなく、ベアトリスは問題ないものとして口を出さずにいた。彼の嗜好しこうというのが、たとえばフィスカルボには港町らしくいくつもの娼館しょうかんが存在するが、そうした場所に足繁あししげく通うというたぐいのものではない。
 どうやらアルバレスと関係を持つ女たちというのは、それなりの地位にある権門の婦人が多いらしい。そうした事情も沈黙に一役買ってはいるのだろうが、ならばなおのこと、ベアトリスは関わり合いを持たないほうが得策と言える。
「ちなみに僕も毎日とっかえひっかえ違う女性に作ってもらってるので料理ができないんですね」
「ああ、そう」
「……大事をとってこちらに移動しましたが、こんなものを食べるくらいなら、明日からは素直にフィスカルボに宿を取りましょう。護衛は私が抜かりなく務めますので」
「まあ見張りでも増やしとけば大丈夫でしょ」
「明日の朝までは、こんなものを食べなければいけないのね……」
 小国の王を軽くしのぐ資産を持つ割には粗食そしょくに慣れているベアトリスだったが、それでもアルバレスの手料理は耐えがたいものだった。ジュニエスの戦いの合間に食べた、冷えて軽石のようになった黒パンや、木の皮を剥いだような干し肉よりもひどい。
「ちょうどいいわ。明日はスヴァルトラストで食事をしながら、可能ならエクレフを招いて交渉してみましょう」
「こんなものを食べ続けたら、我々はオットソンをどうこうする前に喧嘩別れしますよ」
「しかしおかしいですね……キッチンにあった調味料は、だいたい使ってみたのですが」
「それよ」
「手当たり次第に放り込めば美味しくなるってもんじゃないんだぞ」
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