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フィスカルボの諍乱
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白夜の季節が近いノルドグレーンは日の出が早く、午前四時には東の空が白みはじめる。闇に包まれていたフォルサンド邸も朝焼けに照らされ、雑木林の中にふたたびその輪郭を浮かび上がらせていた。少しばかり古びてはいるが、小ぶりで瀟洒な建築様式で、都市の喧騒から離れ、しかし都市の利便性は享受できる場所に隠棲したかったのであろう、前の持ち主が理想とした晩年の生活を伺わせる。
「主公様」
階段下倉庫の小扉がノックされ、ステファン・ラーゲルフェルトがゆっくりと扉を開けた。戸口にはオラシオ・アルバレスと、彼を隊長と呼ぶ従者の男女の姿があった。
「いやあ、実にひどい夜だった」
ラーゲルフェルトが不平を言いながら、腰をかがめて小扉をくぐり出てきた。続いてベアトリス・ローセンダールも姿を表す。彼女の着ていた寝間着のチュニックとガウンには、傷一つついていない。倉庫の床を覆っていたほこりまみれではあるが。
「オラシオ、また助けられたわね。アリサとルーデルスも」
「過分のご配慮、痛み入ります。……我々はこれが仕事ですので」
「そんで隊長さん、誰か生け捕りにできましたかい?」
ラーゲルフェルトの問いかけに、アルバレスは無言で首を横に振った。深夜に押し入ってきた――おそらくベアトリスの暗殺を目的とした――黒ずくめの凶賊たちは、その大半をアルバレスが斬り伏せた。ラーゲルフェルトはそれを生きたまま捕縛し、彼らに仕事を依頼した首謀者の名を聞き出したかったのだ。
三人は階段を登り、もっとも凄惨な戦いの場となった二階の廊下へと移動した。従者の二人、アリサとルーデルスは、邸内外の死体を確認に向かっている。
「一人は鞘打ちで済ませましたが、残念ながら」
床に横たわる五つの死体のうちに、両手を後ろ手に縛られているものがある。その死体には背中や胸の切創はなく、口から血を流しており、どうやらそれで絶命したものらしかった。アルバレスは戦闘時、剣の鞘で後頭部を打ち据え昏倒させたのだが、思ったより早く意識を取り戻した。凶賊は状況を悟ったらしく、アルバレスに猿ぐつわを噛まされる前に舌を噛み切ったのだ。
「あら、自裁しましたか……」
「……そこらの盗賊がすることではないわね」
「察しはつくとはいえ、口を割らせて聞き出したかったですね」
「……ならず者の集団といえども、信義則ってものがあります。捕まって首謀者の名を吐いてしまうようでは、裏の仕事であればこそ依頼者は減るということですな」
はじめにフォルサンド邸の出入り口を固めた手際といい、アルバレスの名を聞いてひるまなかった自信といい、黒ずくめの男たちが「そこらの盗賊」ではない、裏社会でそれなりに名の通った集団であることは間違いないようだった。
「なるほど。同じ理由で、屋敷に火をつけて身元のわからぬ焼死体がありました、ではだめなわけね」
「あの連中は仕事が雑だ、という評判が立っては、たつきの道も立たないでしょう」
「……といって、感心している場合ではないわね」
「主公様」
二人の従者、アリサとルーデルスが階段を駆け上がってきた。二人はともにジュニエスの戦いをくぐり抜けてきた勇士であり、アルバレスほどではないにせよ腕にも覚えがある。ベアトリスの従者に抜擢されるだけあって、アルバレスを巧みに補佐して闇夜の襲撃も無事に戦い抜いた。その上、警戒任務などもそつなくこなせる器用さも併せ持つ、得難い逸材の男女だ。
「ここを合わせても、死体の数は十四でした」
「最低でも二人は逃げています」
「今からでも追いますか?」
「主公様」
階段下倉庫の小扉がノックされ、ステファン・ラーゲルフェルトがゆっくりと扉を開けた。戸口にはオラシオ・アルバレスと、彼を隊長と呼ぶ従者の男女の姿があった。
「いやあ、実にひどい夜だった」
ラーゲルフェルトが不平を言いながら、腰をかがめて小扉をくぐり出てきた。続いてベアトリス・ローセンダールも姿を表す。彼女の着ていた寝間着のチュニックとガウンには、傷一つついていない。倉庫の床を覆っていたほこりまみれではあるが。
「オラシオ、また助けられたわね。アリサとルーデルスも」
「過分のご配慮、痛み入ります。……我々はこれが仕事ですので」
「そんで隊長さん、誰か生け捕りにできましたかい?」
ラーゲルフェルトの問いかけに、アルバレスは無言で首を横に振った。深夜に押し入ってきた――おそらくベアトリスの暗殺を目的とした――黒ずくめの凶賊たちは、その大半をアルバレスが斬り伏せた。ラーゲルフェルトはそれを生きたまま捕縛し、彼らに仕事を依頼した首謀者の名を聞き出したかったのだ。
三人は階段を登り、もっとも凄惨な戦いの場となった二階の廊下へと移動した。従者の二人、アリサとルーデルスは、邸内外の死体を確認に向かっている。
「一人は鞘打ちで済ませましたが、残念ながら」
床に横たわる五つの死体のうちに、両手を後ろ手に縛られているものがある。その死体には背中や胸の切創はなく、口から血を流しており、どうやらそれで絶命したものらしかった。アルバレスは戦闘時、剣の鞘で後頭部を打ち据え昏倒させたのだが、思ったより早く意識を取り戻した。凶賊は状況を悟ったらしく、アルバレスに猿ぐつわを噛まされる前に舌を噛み切ったのだ。
「あら、自裁しましたか……」
「……そこらの盗賊がすることではないわね」
「察しはつくとはいえ、口を割らせて聞き出したかったですね」
「……ならず者の集団といえども、信義則ってものがあります。捕まって首謀者の名を吐いてしまうようでは、裏の仕事であればこそ依頼者は減るということですな」
はじめにフォルサンド邸の出入り口を固めた手際といい、アルバレスの名を聞いてひるまなかった自信といい、黒ずくめの男たちが「そこらの盗賊」ではない、裏社会でそれなりに名の通った集団であることは間違いないようだった。
「なるほど。同じ理由で、屋敷に火をつけて身元のわからぬ焼死体がありました、ではだめなわけね」
「あの連中は仕事が雑だ、という評判が立っては、たつきの道も立たないでしょう」
「……といって、感心している場合ではないわね」
「主公様」
二人の従者、アリサとルーデルスが階段を駆け上がってきた。二人はともにジュニエスの戦いをくぐり抜けてきた勇士であり、アルバレスほどではないにせよ腕にも覚えがある。ベアトリスの従者に抜擢されるだけあって、アルバレスを巧みに補佐して闇夜の襲撃も無事に戦い抜いた。その上、警戒任務などもそつなくこなせる器用さも併せ持つ、得難い逸材の男女だ。
「ここを合わせても、死体の数は十四でした」
「最低でも二人は逃げています」
「今からでも追いますか?」
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