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ノア王の心裏
王の旧友、王の過去 5
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青年はベアトリスたちを見とめたようで、そちらに視線を止めた。ダニエラはそのまま青年に歩み寄ると、唇に軽くキスをした。
「えーっ!?」
声を上げておどろくアリサをよそに、ダニエラは青年の肩に手を回した。その白い手を、青年の一回り大きな手が包む。
「あいかわらず汗臭いね」
「それはそうだろう、漁師たちと一緒に肉体労働をしていたのだから」
「あんたの目当ての客が来てるよ」
「ああ、わかってる。知ってはいたんだが、あの大物との格闘が二時間ほど続いてな……」
青年は、女中の抱える巨大魚からベアトリスに向き直ると、ぱたぱたとチュニックの砂ぼこりを払いながら歩み寄ってきた。
「このような格好で失礼する。私はフランシス・エーベルゴード。以後お見知り置きを願いたい」
「こんな人が!?」
「アリサ、失礼よ。……ベアトリス・ローセンダールです」
アリサは驚いてばかりいる。いまのフランシスの姿だけを見て、彼がカッセル王国で指折りの貴族に連なる身であることを見抜けるものはいないだろう。
「話には聞いている。私たちのあいだに、共通の友人がいることも含めてな」
「ええ……」
この、貴族らしからぬ身なりの青年が、どうやらノア王の言っていた古い友人、フランシス・エーベルゴードのようだ。ベアトリスにとってまったく予想外の風貌だったが、他方ノア王もおおよそ権力者らしからぬ外見ではある。その意味では、ふたりが友人同士であるという事実にも納得はできる。
「ちょっとダーリン、ベアトリス・ローセンダールと、いつまでも玄関先で立ち話してるつもりかい?」
「それもそうだな。まずは着替えてこようか……そうだ、フローケン・ローセンダール、食事は?」
「いいえ。さきほどノルデンフェルト侯爵への挨拶を済ませたばかりで」
「それは丁度いい、私がたった今釣り上げてきた魚をご馳走しよう」
「フランシス……そんなもの食べて、ベアトリス・ローセンダールが腹を壊したらどうするんだい」
「さてダニエラ、君は腹を壊したことがあったかい?」
「あたしはないけどさ。その記念すべきひとり目がベアトリス・ローセンダールになったらどうすんだ、って言ってんの」
一見ののしりあっているようなダニエラとフランシスだったが、互いに言葉の掛け合いを楽しんでいるようだ。
「とまれ場所は改めよう。ダニエラ、どこかいい部屋は?」
「屋敷の南側に、草花を集めたいいサロンがあるよ。今はリラが満開さ」
「では私もあとで向かおう」
「魚は持ってこなくていいからね」
「わかったよ」
わざとらしくすねたように言い、フランシスは早足で屋敷の階段を登っていった。ダニエラが手をひらひらさせて見送り、ベアトリスに向き直る。
「えーっ!?」
声を上げておどろくアリサをよそに、ダニエラは青年の肩に手を回した。その白い手を、青年の一回り大きな手が包む。
「あいかわらず汗臭いね」
「それはそうだろう、漁師たちと一緒に肉体労働をしていたのだから」
「あんたの目当ての客が来てるよ」
「ああ、わかってる。知ってはいたんだが、あの大物との格闘が二時間ほど続いてな……」
青年は、女中の抱える巨大魚からベアトリスに向き直ると、ぱたぱたとチュニックの砂ぼこりを払いながら歩み寄ってきた。
「このような格好で失礼する。私はフランシス・エーベルゴード。以後お見知り置きを願いたい」
「こんな人が!?」
「アリサ、失礼よ。……ベアトリス・ローセンダールです」
アリサは驚いてばかりいる。いまのフランシスの姿だけを見て、彼がカッセル王国で指折りの貴族に連なる身であることを見抜けるものはいないだろう。
「話には聞いている。私たちのあいだに、共通の友人がいることも含めてな」
「ええ……」
この、貴族らしからぬ身なりの青年が、どうやらノア王の言っていた古い友人、フランシス・エーベルゴードのようだ。ベアトリスにとってまったく予想外の風貌だったが、他方ノア王もおおよそ権力者らしからぬ外見ではある。その意味では、ふたりが友人同士であるという事実にも納得はできる。
「ちょっとダーリン、ベアトリス・ローセンダールと、いつまでも玄関先で立ち話してるつもりかい?」
「それもそうだな。まずは着替えてこようか……そうだ、フローケン・ローセンダール、食事は?」
「いいえ。さきほどノルデンフェルト侯爵への挨拶を済ませたばかりで」
「それは丁度いい、私がたった今釣り上げてきた魚をご馳走しよう」
「フランシス……そんなもの食べて、ベアトリス・ローセンダールが腹を壊したらどうするんだい」
「さてダニエラ、君は腹を壊したことがあったかい?」
「あたしはないけどさ。その記念すべきひとり目がベアトリス・ローセンダールになったらどうすんだ、って言ってんの」
一見ののしりあっているようなダニエラとフランシスだったが、互いに言葉の掛け合いを楽しんでいるようだ。
「とまれ場所は改めよう。ダニエラ、どこかいい部屋は?」
「屋敷の南側に、草花を集めたいいサロンがあるよ。今はリラが満開さ」
「では私もあとで向かおう」
「魚は持ってこなくていいからね」
「わかったよ」
わざとらしくすねたように言い、フランシスは早足で屋敷の階段を登っていった。ダニエラが手をひらひらさせて見送り、ベアトリスに向き直る。
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