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ノア王の心裏
爪牙 5
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バックマンと名乗った男と、アルバレスの視線が交錯する。ふたりは一瞬、互いを鋭く見やり、すぐに目をそらした。
「……以前どこかで?」
「さあ? 気のせいじゃねえかな」
「そうでしょうね」
アルバレスとバックマンはお互いに見えないように、口角を少しだけ吊り上げて笑った。
「……さて、泣く子も黙るローセンダールの親衛隊長様が、交渉まで担当するわけじゃないんだろ?」
「もちろんです。そちらはあなたが交渉を?」
「ああ。金勘定や事務仕事は俺が取り仕切ってるんでね」
「ご頭目は同席なされないのですか?」
「そこにいるよ」
バックマンの肩越しに顔をのぞかせていた赤毛の若い女と、アルバレスの目が合った。赤毛の女がバックマンの前に出る。
「……あたしたちはエル・シールケル。首領のアウロラよ」
「お初お目にかかります。オラシオ・アルバレスです」
アルバレスを前にして物怖じした様子もなく、アウロラと名乗った若い女は自らを首領だと言い放った。エル・シールケル山賊団の首領アウロラは、外見上は二十歳にすら達していないように見えるほど若々しいが、首領を任されるだけあって肝が据わっているようだ。
「驚きましたね。我らの主公様もお若い方ですが、どうやらそれ以上だ」
「お愛想をどうも。……それで、そっちの交渉役は?」
「ベアトリス・ローセンダール様ご本人です」
「本人が来てるの?」
「へえ! てっきりステファン・ラーゲルフェルトあたりが出てくるのかと思ってたがな」
「……主公様は極力、ご自身でことに当たられる方ですから。よくも悪くもね」
表面上は涼しげな笑みを崩さず、しかしアルバレスは内心で驚いていた。
ラーゲルフェルトはフィスカルボの騒動で活躍したものの、基本的にはあまり表に出ない仕事を受け持っている人物だ。ベアトリス陣営ではアルバレスや、ジュニエスの戦いで分隊指揮を執ったグスタフソン、ミットファレットの県令代理を務めているエディットなどのほうが名は知れ渡っている。ラーゲルフェルトの存在だけでなく、彼がフィスカルボでベアトリスの全権代理として暗躍していることも知っていなければ、この場でステファン・ラーゲルフェルトの名が出てくるはずがない。
エル・シールケルは交渉を持ちかけてきたとき、自ら山賊であると喧伝していたらしい。だがその内実は、ありきたりの山賊とはおおよそかけ離れている。さきにスタインフィエレット鉱山を占拠していたヴァルデマルの手勢を武力で追い払ったばかりか、鉱山の開発を進め、さらには情報収集にも長けているのだ。
「で、あたしたちは、ふもとのマンスタ村にでも出向けばいいの?」
アウロラが腰に両手をあて、考えを巡らしていたアルバレスを急かすような調子で言った。
「これは失礼。主公様はすぐそこに来ていらっしゃいます」
「こんな場所に?」
「ええ。交渉相手がどんな集団か、見極める必要があるでしょう」
「そりゃ確かにな。お偉いさんのわりにゃ骨惜しみしねえ、って噂は真実だったようだ」
「……いろいろと、ご存知のようですね」
「え? ま、まあね」
含意ありげなアルバレスの言いように、アウロラははぐらかすような相槌を返した。
「……以前どこかで?」
「さあ? 気のせいじゃねえかな」
「そうでしょうね」
アルバレスとバックマンはお互いに見えないように、口角を少しだけ吊り上げて笑った。
「……さて、泣く子も黙るローセンダールの親衛隊長様が、交渉まで担当するわけじゃないんだろ?」
「もちろんです。そちらはあなたが交渉を?」
「ああ。金勘定や事務仕事は俺が取り仕切ってるんでね」
「ご頭目は同席なされないのですか?」
「そこにいるよ」
バックマンの肩越しに顔をのぞかせていた赤毛の若い女と、アルバレスの目が合った。赤毛の女がバックマンの前に出る。
「……あたしたちはエル・シールケル。首領のアウロラよ」
「お初お目にかかります。オラシオ・アルバレスです」
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「驚きましたね。我らの主公様もお若い方ですが、どうやらそれ以上だ」
「お愛想をどうも。……それで、そっちの交渉役は?」
「ベアトリス・ローセンダール様ご本人です」
「本人が来てるの?」
「へえ! てっきりステファン・ラーゲルフェルトあたりが出てくるのかと思ってたがな」
「……主公様は極力、ご自身でことに当たられる方ですから。よくも悪くもね」
表面上は涼しげな笑みを崩さず、しかしアルバレスは内心で驚いていた。
ラーゲルフェルトはフィスカルボの騒動で活躍したものの、基本的にはあまり表に出ない仕事を受け持っている人物だ。ベアトリス陣営ではアルバレスや、ジュニエスの戦いで分隊指揮を執ったグスタフソン、ミットファレットの県令代理を務めているエディットなどのほうが名は知れ渡っている。ラーゲルフェルトの存在だけでなく、彼がフィスカルボでベアトリスの全権代理として暗躍していることも知っていなければ、この場でステファン・ラーゲルフェルトの名が出てくるはずがない。
エル・シールケルは交渉を持ちかけてきたとき、自ら山賊であると喧伝していたらしい。だがその内実は、ありきたりの山賊とはおおよそかけ離れている。さきにスタインフィエレット鉱山を占拠していたヴァルデマルの手勢を武力で追い払ったばかりか、鉱山の開発を進め、さらには情報収集にも長けているのだ。
「で、あたしたちは、ふもとのマンスタ村にでも出向けばいいの?」
アウロラが腰に両手をあて、考えを巡らしていたアルバレスを急かすような調子で言った。
「これは失礼。主公様はすぐそこに来ていらっしゃいます」
「こんな場所に?」
「ええ。交渉相手がどんな集団か、見極める必要があるでしょう」
「そりゃ確かにな。お偉いさんのわりにゃ骨惜しみしねえ、って噂は真実だったようだ」
「……いろいろと、ご存知のようですね」
「え? ま、まあね」
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