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ノア王の心裏
爪牙 6
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「……いろいろと、ご存知のようですね」
「え? ま、まあね」
含意ありげなアルバレスの言いように、アウロラははぐらかすような相槌を返した。
「……それじゃ、話し合の場はあそこでどう? 土まみれで坑道の中を這い回るよりはいいと思うけど」
アウロラは帆布の天幕が掛けられた仮組みの小屋を指し示す。鉱山の出入り口からは、土砂を乗せた荷車を引いてふたりの男が姿を現した。申し合わせたかのように、彼らは脚も腕も茶色の土汚れにまみれている。バックマンが手を上げてふたりの男に挨拶した。
「悪いが、いま俺らが用意できるうちじゃ、あそこが一等客室だ。ま、雨風がしのげるだけマシと思ってくれ」
「わかりました。ではそこでお待ちください。主公様をお連れします」
アルバレスは切り株の椅子から立ち上がった。
ベアトリスはアリサとルーデルス、アルバレスとともに、アウロラに指定された交渉の場に向かっていた。
歩を進めながら、受け取った報告の内容を整理する。アルバレスの見立てによれば、エル・シールケルと名乗る山賊団は、あきらかに平凡な山賊とは異なる集団のようだ。とくにラーゲルフェルトのことまで深く知っていたという報告は、ベアトリスを大いに驚かせた。だがその事実を踏まえると、エル・シールケルの輪郭が、ベアトリスの中で明瞭になってくる。
エル・シールケルの情報収集能力について、ベアトリスにはひとつ心当たりがあった。
廃坑や廃城を根城にするような盗賊の集団が都市に情報収集係を潜り込ませたり、都市を仕事場にする同業者から情報を買うことは珍しくない。だがそれで、遠く離れたフィスカルボで暗躍するラーゲルフェルトのような存在を知ることは難しいし、そもそも知ったところで彼らにはなんの利益もないのだ。
しかし、ベアトリスのことをよく知る者が、スタインフィエレット鉱山を奪うにあたって、エル・シールケルに情報を流していたとしたら――ベアトリスの脳裏には、リードホルムの若き王ノアの冷たい笑顔が去来していた。
「……本当にノア様の手勢ならば、詰め寄ったところで私に話すはずがない」
「え? どうかしました?」
ベアトリスのひとりごとにアリサが振り向く。気もそぞろな自分にはっとして、ベアトリスは意識的に、菫青石の瞳に光を宿した。
「いいえ。なんでもないわ。……ヴァルデマルの軍勢を排除して、すぐに鉱山の開発を始められる……そんな勢力が、まさかこの国にいるとはね」
「交渉って、まさか鉱山を売り渡せとでも言うんでしょうか?」
「どうかしら。見たところ、交渉するに足る相手ではあるようだけれど……なんにせよ条件次第ね」
“ノルドグレーン屈指の辣腕家”としての顔をつくり、ベアトリスは交渉の場へと向かった。
「え? ま、まあね」
含意ありげなアルバレスの言いように、アウロラははぐらかすような相槌を返した。
「……それじゃ、話し合の場はあそこでどう? 土まみれで坑道の中を這い回るよりはいいと思うけど」
アウロラは帆布の天幕が掛けられた仮組みの小屋を指し示す。鉱山の出入り口からは、土砂を乗せた荷車を引いてふたりの男が姿を現した。申し合わせたかのように、彼らは脚も腕も茶色の土汚れにまみれている。バックマンが手を上げてふたりの男に挨拶した。
「悪いが、いま俺らが用意できるうちじゃ、あそこが一等客室だ。ま、雨風がしのげるだけマシと思ってくれ」
「わかりました。ではそこでお待ちください。主公様をお連れします」
アルバレスは切り株の椅子から立ち上がった。
ベアトリスはアリサとルーデルス、アルバレスとともに、アウロラに指定された交渉の場に向かっていた。
歩を進めながら、受け取った報告の内容を整理する。アルバレスの見立てによれば、エル・シールケルと名乗る山賊団は、あきらかに平凡な山賊とは異なる集団のようだ。とくにラーゲルフェルトのことまで深く知っていたという報告は、ベアトリスを大いに驚かせた。だがその事実を踏まえると、エル・シールケルの輪郭が、ベアトリスの中で明瞭になってくる。
エル・シールケルの情報収集能力について、ベアトリスにはひとつ心当たりがあった。
廃坑や廃城を根城にするような盗賊の集団が都市に情報収集係を潜り込ませたり、都市を仕事場にする同業者から情報を買うことは珍しくない。だがそれで、遠く離れたフィスカルボで暗躍するラーゲルフェルトのような存在を知ることは難しいし、そもそも知ったところで彼らにはなんの利益もないのだ。
しかし、ベアトリスのことをよく知る者が、スタインフィエレット鉱山を奪うにあたって、エル・シールケルに情報を流していたとしたら――ベアトリスの脳裏には、リードホルムの若き王ノアの冷たい笑顔が去来していた。
「……本当にノア様の手勢ならば、詰め寄ったところで私に話すはずがない」
「え? どうかしました?」
ベアトリスのひとりごとにアリサが振り向く。気もそぞろな自分にはっとして、ベアトリスは意識的に、菫青石の瞳に光を宿した。
「いいえ。なんでもないわ。……ヴァルデマルの軍勢を排除して、すぐに鉱山の開発を始められる……そんな勢力が、まさかこの国にいるとはね」
「交渉って、まさか鉱山を売り渡せとでも言うんでしょうか?」
「どうかしら。見たところ、交渉するに足る相手ではあるようだけれど……なんにせよ条件次第ね」
“ノルドグレーン屈指の辣腕家”としての顔をつくり、ベアトリスは交渉の場へと向かった。
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