122 / 281
ノア王の心裏
王の来訪 4
しおりを挟む
「……わかりました。次の議会までに人選を済ませておきますわ」
「ランバンデッドは、公国にとって八十五年ぶりの新領土である。その栄誉に恥じぬようにな」
「はい」
ヴァルデマルは鉱山の一件を忘れているかのようにふんぞり返っている。その不敵な態度を見れば、言外の意図があることだけは明白だろう。
ランバンデッドの件を承諾したベアトリスではあったが、その麾下に県令の候補となれそうな人物が乏しい、という問題を抱えていた。現時点での腹案としては、ベアトリス自身が兼任する、あるいは、父エーリクを名目上のグラディス県令とし、ランバンデットにベアトリスが赴任する、といったところだろう。
いずれにせよ、次の最高議会までの三ヶ月間のうちに、ヴァルデマルの真意を探り出すことのほうが先決問題である。
最高議会を終えたその日のうちに、ベアトリスは首都ベステルオースをあとにした。そして戻ったグラディスでは、驚くべき報告がベアトリスを待ち受けていた。
「なんですって!?」
ベアトリスはここ二年でもっとも大きな声をあげた。これほど声を張り上げたのは、ジュニエスの戦いで号令を発したとき以来のことかもしれない。
リードホルムの若き氷河王ノアが、ベアトリスの所領であるランバンデッドの視察を申し入れてきたという。
三年半ほど前に即位して以来、王都ヘルストランドから動かなかったノアが行啓すること自体、まず前例がない。さらにその行き先がベステルオースではなくランバンデッドだというのだから、リードホルム内でも驚きの声が上がっていることだろう。
「……政務に区切りがついたので、余裕のあるうちにグラディスを見てみたい……と、ノア王たっての希望だそうです」
「そう。こ、困ったわね……」
淡々と説明するルーデルスに、ベアトリスは複雑な顔をつくる。
「視察って言われたって……ノア様を迎えられるような立派な屋敷、ランバンデッドにはないですよね」
「そうなのよね……」
ベアトリスとアルバレスは、アリサの言葉にうなずいた。
ランバンデッドには、交易商が泊まるための宿はいくつか建てられている。だが王侯貴族を迎えるような豪邸や、フィスカルボのスヴァルトラスト・ヴァードシュースのような高級な宿は存在しない。建てる予定はあるのだが、いまは質よりも数を優先するため後回しにしていたのだ。
もっとも豪華、壮麗と言える建物は、ベアトリスが滞在時に利用している、ランバンデッド湖畔の邸宅だ。外壁は粘板岩のスレートで覆われ、湖面の照り返しを受けてうっすらと緑色に輝く様子はベアトリスも気に入っている。だがそれでさえ、豪邸と呼べるような規模、内装ではない。もともと官舎としての利用を前提に建築されたもので、いまはベアトリスの居住区域以外、都市管理委員会の詰め所として利用されている。
「ランバンデッドはその成り立ちから言って、非常に珍しい都市です。それに、リードホルム側に行けばすぐにソルモーサン砦、すなわち国境にもっとも近い都市でもありますからね。実際に見ておきたいというノア王の心情もうなずけます」
「それは、そうね……」
「ランバンデッドは、公国にとって八十五年ぶりの新領土である。その栄誉に恥じぬようにな」
「はい」
ヴァルデマルは鉱山の一件を忘れているかのようにふんぞり返っている。その不敵な態度を見れば、言外の意図があることだけは明白だろう。
ランバンデッドの件を承諾したベアトリスではあったが、その麾下に県令の候補となれそうな人物が乏しい、という問題を抱えていた。現時点での腹案としては、ベアトリス自身が兼任する、あるいは、父エーリクを名目上のグラディス県令とし、ランバンデットにベアトリスが赴任する、といったところだろう。
いずれにせよ、次の最高議会までの三ヶ月間のうちに、ヴァルデマルの真意を探り出すことのほうが先決問題である。
最高議会を終えたその日のうちに、ベアトリスは首都ベステルオースをあとにした。そして戻ったグラディスでは、驚くべき報告がベアトリスを待ち受けていた。
「なんですって!?」
ベアトリスはここ二年でもっとも大きな声をあげた。これほど声を張り上げたのは、ジュニエスの戦いで号令を発したとき以来のことかもしれない。
リードホルムの若き氷河王ノアが、ベアトリスの所領であるランバンデッドの視察を申し入れてきたという。
三年半ほど前に即位して以来、王都ヘルストランドから動かなかったノアが行啓すること自体、まず前例がない。さらにその行き先がベステルオースではなくランバンデッドだというのだから、リードホルム内でも驚きの声が上がっていることだろう。
「……政務に区切りがついたので、余裕のあるうちにグラディスを見てみたい……と、ノア王たっての希望だそうです」
「そう。こ、困ったわね……」
淡々と説明するルーデルスに、ベアトリスは複雑な顔をつくる。
「視察って言われたって……ノア様を迎えられるような立派な屋敷、ランバンデッドにはないですよね」
「そうなのよね……」
ベアトリスとアルバレスは、アリサの言葉にうなずいた。
ランバンデッドには、交易商が泊まるための宿はいくつか建てられている。だが王侯貴族を迎えるような豪邸や、フィスカルボのスヴァルトラスト・ヴァードシュースのような高級な宿は存在しない。建てる予定はあるのだが、いまは質よりも数を優先するため後回しにしていたのだ。
もっとも豪華、壮麗と言える建物は、ベアトリスが滞在時に利用している、ランバンデッド湖畔の邸宅だ。外壁は粘板岩のスレートで覆われ、湖面の照り返しを受けてうっすらと緑色に輝く様子はベアトリスも気に入っている。だがそれでさえ、豪邸と呼べるような規模、内装ではない。もともと官舎としての利用を前提に建築されたもので、いまはベアトリスの居住区域以外、都市管理委員会の詰め所として利用されている。
「ランバンデッドはその成り立ちから言って、非常に珍しい都市です。それに、リードホルム側に行けばすぐにソルモーサン砦、すなわち国境にもっとも近い都市でもありますからね。実際に見ておきたいというノア王の心情もうなずけます」
「それは、そうね……」
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~
放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」
最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!?
ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
【完結】公爵令嬢は勇者への恩返しを試みる〜サブヒロインとして頑張ります〜
マロン株式
恋愛
公爵令嬢ユウフェには、ひとつだけ秘密がある。
――この世界が“小説の中”だと知っていること。
ユウフェはただの“サブヒロイン”で、物語の結末では魔王のもとへ嫁ぐ運命にある……はずだった。
けれどーー
勇者の仲間、聖女、そして魔王が現れ、〝物語どおり〟には進まない恋の三角関係(いや、四角関係?)が動き出す。
サブヒロインの恩返しから始まる、ほのぼの甘くて、少し切ない恋愛ファンタジー。
◇◇◇
※注意事項※
・序盤ほのぼのめ
・勇者 ✖ サブヒロイン ✖ 魔王 ✖ 巫女(?)の恋愛模様
・基本はザマァなし
・過去作のため、気になる部分あればすみません
・他サイトと並行改稿中のため、内容に差異が出る可能性があります
・設定ゆるめ
・恋愛 × ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる