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ノア王の心裏
王の来訪 3
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ブレーデフェルトの言いようはともかく、その内容には一定の蓋然性があった。
リードホルムの目と鼻の先にあるランバンデッドを武装化すれば、これまでの関係に亀裂を入れる一手となるだろう。たとえベアトリスにリードホルム侵攻の意図がなく、ノアがそのことを了解していたとしても、周囲の者たちの見解は異なる。
ベアトリス自身も忘れかけていたことだが、ノア王との政略結婚の話は立ち消えたわけではない。これまで主導していた張本人のヴァルデマルがあまり口にしなくなったため、表面化する機会が減っていたのだ。
ベアトリスがリードホルム王妃となれば、現在のグラディス・ローセンダール家を支えている求心力は急低下するだろう。ベアトリス自身はノルドグレーン県令としての地位を失い、所領内外をせわしなく移動して直接指示を出す機会も少なくなる。そうしてベアトリス個人の影響力が減ったローセンダール家ならば、懐柔したり服従を迫ったりするのは現在よりもたやすい――少なくともヴァルデマルはそう考えていたし、ベアトリスもそう危惧していた。
「すぐに県令を出せ、と言われても困るだろう。次の最高議会までにでも人選を定めるがいい」
「ええ……」
ランバンデッドを県として承認すること自体は、ベアトリスにとって有益な提案である。それがヴァルデマルの口から発せられたことが、なにより不可解なのだ。
ベアトリスはこれまで、ランバンデッドはグラディスの町と同列に、オースリバリエット県下のいち都市として扱ってきた。ランバンデッドはまだまだ新興の小都市に過ぎず、それのみで県と見なすのは明らかに無理筋なのだ。
県を増やせばランバンデッド県令の任命が必要になり、その人物はベアトリスの陣営から選出される。列席している県令たちの誰もがそう考えており、ヴァルデマルでさえも異論は挟まなかった。
ランバンデッドはベアトリスがほぼ単独で開発した都市であり、その点で関係の深い者が選ぶのでなければ、県令人事の基準そのものが崩壊してしまうのだ。いま最高議会に列席している県令たちは全員、県制が敷かれる以前はその土地の領主だった旧貴族たちである。議長権限や議員の投票によって土地とは無関係な者が県令に選ばれるような事態になると、たちまち自分たちの地位まで危うくなる。
現在、最高議会は議長のオリアンを含むヴァルデマル派が七名、対してベアトリス派と言えるのはわずか三名、それに中立が一名といった勢力図となっている。この状況下でベアトリス派が一人増えても、劣勢であることに変わりはない。
だからこそベアトリスは、ランバンデッドを領内のいち地方都市として扱うことを是としてきた。たとえば、ヴァルデマル派議員の買収や裏工作などを行ってランバンデッド県令の席を増やしたとしても、その椅子の費用に見合った価値はなかったのだ。
にもかかわらず、わずかでもベアトリスに有利な提案を、不倶戴天の敵同士であるヴァルデマルが推してくる真意がわからなかった。ひとつだけ確かなのは、ベアトリスに対する善意からの提言ではないことだけだ。かならず何か企んでいる。
「……よいのですかな、ローセンダール殿」
「なんの問題があろうか。信賞必罰を徹底せぬのでは、最高議会の威信にも傷がつこうというものよ」
「……わかりました。次の議会までに人選を済ませておきますわ」
「ランバンデッドは、公国にとって八十五年ぶりの新領土である。その栄誉に恥じぬようにな」
「はい」
ヴァルデマルは鉱山の一件を忘れているかのようにふんぞり返っている。その不敵な態度を見れば、言外の意図があることだけは明白だろう。
リードホルムの目と鼻の先にあるランバンデッドを武装化すれば、これまでの関係に亀裂を入れる一手となるだろう。たとえベアトリスにリードホルム侵攻の意図がなく、ノアがそのことを了解していたとしても、周囲の者たちの見解は異なる。
ベアトリス自身も忘れかけていたことだが、ノア王との政略結婚の話は立ち消えたわけではない。これまで主導していた張本人のヴァルデマルがあまり口にしなくなったため、表面化する機会が減っていたのだ。
ベアトリスがリードホルム王妃となれば、現在のグラディス・ローセンダール家を支えている求心力は急低下するだろう。ベアトリス自身はノルドグレーン県令としての地位を失い、所領内外をせわしなく移動して直接指示を出す機会も少なくなる。そうしてベアトリス個人の影響力が減ったローセンダール家ならば、懐柔したり服従を迫ったりするのは現在よりもたやすい――少なくともヴァルデマルはそう考えていたし、ベアトリスもそう危惧していた。
「すぐに県令を出せ、と言われても困るだろう。次の最高議会までにでも人選を定めるがいい」
「ええ……」
ランバンデッドを県として承認すること自体は、ベアトリスにとって有益な提案である。それがヴァルデマルの口から発せられたことが、なにより不可解なのだ。
ベアトリスはこれまで、ランバンデッドはグラディスの町と同列に、オースリバリエット県下のいち都市として扱ってきた。ランバンデッドはまだまだ新興の小都市に過ぎず、それのみで県と見なすのは明らかに無理筋なのだ。
県を増やせばランバンデッド県令の任命が必要になり、その人物はベアトリスの陣営から選出される。列席している県令たちの誰もがそう考えており、ヴァルデマルでさえも異論は挟まなかった。
ランバンデッドはベアトリスがほぼ単独で開発した都市であり、その点で関係の深い者が選ぶのでなければ、県令人事の基準そのものが崩壊してしまうのだ。いま最高議会に列席している県令たちは全員、県制が敷かれる以前はその土地の領主だった旧貴族たちである。議長権限や議員の投票によって土地とは無関係な者が県令に選ばれるような事態になると、たちまち自分たちの地位まで危うくなる。
現在、最高議会は議長のオリアンを含むヴァルデマル派が七名、対してベアトリス派と言えるのはわずか三名、それに中立が一名といった勢力図となっている。この状況下でベアトリス派が一人増えても、劣勢であることに変わりはない。
だからこそベアトリスは、ランバンデッドを領内のいち地方都市として扱うことを是としてきた。たとえば、ヴァルデマル派議員の買収や裏工作などを行ってランバンデッド県令の席を増やしたとしても、その椅子の費用に見合った価値はなかったのだ。
にもかかわらず、わずかでもベアトリスに有利な提案を、不倶戴天の敵同士であるヴァルデマルが推してくる真意がわからなかった。ひとつだけ確かなのは、ベアトリスに対する善意からの提言ではないことだけだ。かならず何か企んでいる。
「……よいのですかな、ローセンダール殿」
「なんの問題があろうか。信賞必罰を徹底せぬのでは、最高議会の威信にも傷がつこうというものよ」
「……わかりました。次の議会までに人選を済ませておきますわ」
「ランバンデッドは、公国にとって八十五年ぶりの新領土である。その栄誉に恥じぬようにな」
「はい」
ヴァルデマルは鉱山の一件を忘れているかのようにふんぞり返っている。その不敵な態度を見れば、言外の意図があることだけは明白だろう。
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