簒奪女王と隔絶の果て

紺乃 安

文字の大きさ
121 / 281
ノア王の心裏

王の来訪 3

しおりを挟む
 ブレーデフェルトの言いようはともかく、その内容には一定の蓋然性がいぜんせいがあった。
 リードホルムの目と鼻の先にあるランバンデッドを武装化すれば、これまでの関係に亀裂を入れる一手となるだろう。たとえベアトリスにリードホルム侵攻の意図がなく、ノアがそのことを了解していたとしても、周囲の者たちの見解は異なる。

 ベアトリス自身も忘れかけていたことだが、ノア王との政略結婚の話は立ち消えたわけではない。これまで主導していた張本人のヴァルデマルがあまり口にしなくなったため、表面化する機会が減っていたのだ。
 ベアトリスがリードホルム王妃となれば、現在のグラディス・ローセンダール家を支えている求心力は急低下するだろう。ベアトリス自身はノルドグレーン県令としての地位を失い、所領内外をせわしなく移動して直接指示を出す機会も少なくなる。そうしてベアトリス個人の影響力が減ったローセンダール家ならば、懐柔かいじゅしたり服従ふくじゅうを迫ったりするのは現在よりもたやすい――少なくともヴァルデマルはそう考えていたし、ベアトリスもそう危惧きぐしていた。
「すぐに県令を出せ、と言われても困るだろう。次の最高議会までにでも人選を定めるがいい」
「ええ……」
 ランバンデッドを県として承認すること自体は、ベアトリスにとって有益な提案である。それがヴァルデマルの口から発せられたことが、なにより不可解なのだ。
 ベアトリスはこれまで、ランバンデッドはグラディスの町と同列に、オースリバリエット県下のいち都市として扱ってきた。ランバンデッドはまだまだ新興の小都市に過ぎず、それのみで県と見なすのは明らかに無理筋なのだ。
 県を増やせばランバンデッド県令の任命が必要になり、その人物はベアトリスの陣営から選出される。列席している県令たちの誰もがそう考えており、ヴァルデマルでさえも異論は挟まなかった。
 ランバンデッドはベアトリスがほぼ単独で開発した都市であり、その点で関係の深い者が選ぶのでなければ、県令人事の基準そのものが崩壊してしまうのだ。いま最高議会に列席している県令たちは全員、県制が敷かれる以前はその土地の領主だった旧貴族たちである。議長権限や議員の投票によって土地とは無関係な者が県令に選ばれるような事態になると、たちまち自分たちの地位まで危うくなる。

 現在、最高議会は議長のオリアンを含むヴァルデマル派が七名、対してベアトリス派と言えるのはわずか三名、それに中立が一名といった勢力図となっている。この状況下でベアトリス派が一人増えても、劣勢であることに変わりはない。
 だからこそベアトリスは、ランバンデッドを領内のいち地方都市として扱うことをとしてきた。たとえば、ヴァルデマル派議員の買収や裏工作などを行ってランバンデッド県令の席を増やしたとしても、その椅子の費用に見合った価値はなかったのだ。
 にもかかわらず、わずかでもベアトリスに有利な提案を、不倶戴天ふぐたいてんの敵同士であるヴァルデマルが推してくる真意がわからなかった。ひとつだけ確かなのは、ベアトリスに対する善意からの提言ではないことだけだ。かならず何か企んでいる。
「……よいのですかな、ローセンダール殿」
「なんの問題があろうか。信賞必罰しんしょうひつばつを徹底せぬのでは、最高議会の威信にも傷がつこうというものよ」
「……わかりました。次の議会までに人選を済ませておきますわ」
「ランバンデッドは、公国にとって八十五年ぶりの新領土である。その栄誉に恥じぬようにな」
「はい」
 ヴァルデマルは鉱山の一件を忘れているかのようにふんぞり返っている。その不敵な態度を見れば、言外の意図があることだけは明白だろう。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

3回目の人生は、悪役令嬢を辞めて引きこもります~一歩も出ずに国を救ったら、なぜか「聖女」として崇められ最強の男たちが部屋を包囲してくる件~

放浪人
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、1度目は悪役令嬢として断罪され処刑、2度目は改心して聖女となり国に尽くしたが過労死……という悲惨な最期を遂げた。 記憶を持ったまま3度目の人生が始まった瞬間、彼女は固く決意する。 「もう絶対に働きません! 今世は部屋から一歩も出ず、睡眠と趣味に命をかけます!」 最強の拒絶結界『絶対領域』で部屋に籠城し、婚約破棄イベントも夜会も全て無視して惰眠を貪ろうとするエリザベート。 しかし、彼女の「働きたくない」一心からの行動――適当な農業アドバイスや、安眠妨害への容赦ない迎撃――が、周囲には「国を憂う深慮遠謀」「慈愛に満ちた奇跡」として超好意的に解釈されてしまう!? ヤンデレ化した元婚約者の王太子、物理で愛を語る脳筋騎士団長、効率厨の隣国王子、さらには古代の引きこもり少年までをも巻き込み、事態は国家規模の大騒動へ。 部屋ごと空を飛んで戦場を浄化し、パジャマ姿で古代兵器を操り、地下牢をスイートルームに変えながら、エリザベートは究極の安眠を手に入れることができるのか? 塩対応すればするほど愛され、逃げれば逃げるほど伝説になる、最強引きこもり令嬢の勘違いドタバタ溺愛ファンタジー、ここに完結!

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】公爵令嬢は勇者への恩返しを試みる〜サブヒロインとして頑張ります〜

マロン株式
恋愛
 公爵令嬢ユウフェには、ひとつだけ秘密がある。  ――この世界が“小説の中”だと知っていること。  ユウフェはただの“サブヒロイン”で、物語の結末では魔王のもとへ嫁ぐ運命にある……はずだった。 けれどーー  勇者の仲間、聖女、そして魔王が現れ、〝物語どおり〟には進まない恋の三角関係(いや、四角関係?)が動き出す。  サブヒロインの恩返しから始まる、ほのぼの甘くて、少し切ない恋愛ファンタジー。 ◇◇◇ ※注意事項※ ・序盤ほのぼのめ ・勇者 ✖ サブヒロイン ✖ 魔王 ✖ 巫女(?)の恋愛模様 ・基本はザマァなし ・過去作のため、気になる部分あればすみません ・他サイトと並行改稿中のため、内容に差異が出る可能性があります ・設定ゆるめ ・恋愛 × ファンタジー

毒姫ライラは今日も生きている

木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。 だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。 ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。 そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。 それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。 「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」 暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。 「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」 暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。 「お前を妃に迎える気はない」 そして私を認めない暴君。 三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。 「頑張って死んでまいります!」 ――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

処理中です...