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ノア王の心裏
王の来訪 6
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「かさねて手間をかける……とはいえ、過度に気を使う必要はない。あなたも、あの灰色のリードホルム城を何度も見ているだろう」
「それは……」
ノアはやわらかな笑みをたたえて言った。
そうなのだ。ノアの居城であるリードホルム城は、謁見の間や会議室などは青みがかった御影石で覆われ、神話をモチーフにした浅浮き彫りの装飾が歴史と威厳を感じさせる。だがひとたび部屋の外に出ると、ねずみ色の組積造がどこまでも続く、堅牢だが質素な古城がリードホルム城なのだ。
いちおう、リードホルム城の敷地の奥には、時の黎明館という名の贅を尽くした館が建っている。前王まではそこを居所としていたが、すでに館の大半は閉鎖されている。ノア自身もほとんど寄り付くことはなく、現在の時の黎明館には前王后と妃たちが、それぞれ離れた区画で暮らしていた。すなわち前時代の後宮となっているのだ。
「休憩場所ならば……そうね、この天気ならば、庁舎の中庭にあるあずま屋がちょうどよいでしょう。そこに何か運ばせますわ」
「あなたに任せるとしよう。ここでは私のほうが異邦人だからな」
ノアは服従するとでもいうように両手を見せ、トマス・ブリクストが扉を開けた馬車に乗り込んだ。
ランバンデッド都市管理委員会庁舎の中庭には白樺の木が立ち並び、その中央に切妻屋根のあずま屋が設けられている。その下には幹の色に合わせたような白い椅子とテーブルがあり、焼き菓子などの軽食と飲み物が並べられていた。テーブルではベアトリスとノアが向き合っている。その周囲には、ブリクストを筆頭にノアの侍従が十数名ほどと、アリサやアルバレスをはじめとしたベアトリスの側近が数名、彫刻のようなふたりを取り囲んでいる。
庁舎の薄緑色の天井と壁の上部は、ランバンデッド湖の湖面からの照り返しに輝いている。ゆらゆらと揺らめく陽光の波紋は見るものの気持ちを落ち着かせた。
「質素ではあるが、いい建物だ」
「建設当時、手元にあった素材の中では高級なものを使い、官舎とするべく建築にも気を使いましたが……それでも巧緻は拙速に如かず、という折のこと。中は外側以上に質素ですわ」
「必要十分ということだろう」
「お泊まりいただく部屋は、不便のないよう準備を進めております」
「構わないさ。私も遊山遊興に来たわけではない」
ベアトリスはうなずきながら、周囲に目をやった。
あずま屋を囲む侍従たちの中には、ベアトリスが見たことのない顔も散見される。その者たちはどうあれ、ブリクストはおそらく何時もノアのそばを離れないだろう。彼とノアの関係がどれほど深いものなのかは知れないが、他の高官たちよりは私的な領域に通じていたようだ。最低限、ブリクスト以外を人払いしたあとでなければ、エル・シールケルの話題を切り出すべきではないだろう。
「それは……」
ノアはやわらかな笑みをたたえて言った。
そうなのだ。ノアの居城であるリードホルム城は、謁見の間や会議室などは青みがかった御影石で覆われ、神話をモチーフにした浅浮き彫りの装飾が歴史と威厳を感じさせる。だがひとたび部屋の外に出ると、ねずみ色の組積造がどこまでも続く、堅牢だが質素な古城がリードホルム城なのだ。
いちおう、リードホルム城の敷地の奥には、時の黎明館という名の贅を尽くした館が建っている。前王まではそこを居所としていたが、すでに館の大半は閉鎖されている。ノア自身もほとんど寄り付くことはなく、現在の時の黎明館には前王后と妃たちが、それぞれ離れた区画で暮らしていた。すなわち前時代の後宮となっているのだ。
「休憩場所ならば……そうね、この天気ならば、庁舎の中庭にあるあずま屋がちょうどよいでしょう。そこに何か運ばせますわ」
「あなたに任せるとしよう。ここでは私のほうが異邦人だからな」
ノアは服従するとでもいうように両手を見せ、トマス・ブリクストが扉を開けた馬車に乗り込んだ。
ランバンデッド都市管理委員会庁舎の中庭には白樺の木が立ち並び、その中央に切妻屋根のあずま屋が設けられている。その下には幹の色に合わせたような白い椅子とテーブルがあり、焼き菓子などの軽食と飲み物が並べられていた。テーブルではベアトリスとノアが向き合っている。その周囲には、ブリクストを筆頭にノアの侍従が十数名ほどと、アリサやアルバレスをはじめとしたベアトリスの側近が数名、彫刻のようなふたりを取り囲んでいる。
庁舎の薄緑色の天井と壁の上部は、ランバンデッド湖の湖面からの照り返しに輝いている。ゆらゆらと揺らめく陽光の波紋は見るものの気持ちを落ち着かせた。
「質素ではあるが、いい建物だ」
「建設当時、手元にあった素材の中では高級なものを使い、官舎とするべく建築にも気を使いましたが……それでも巧緻は拙速に如かず、という折のこと。中は外側以上に質素ですわ」
「必要十分ということだろう」
「お泊まりいただく部屋は、不便のないよう準備を進めております」
「構わないさ。私も遊山遊興に来たわけではない」
ベアトリスはうなずきながら、周囲に目をやった。
あずま屋を囲む侍従たちの中には、ベアトリスが見たことのない顔も散見される。その者たちはどうあれ、ブリクストはおそらく何時もノアのそばを離れないだろう。彼とノアの関係がどれほど深いものなのかは知れないが、他の高官たちよりは私的な領域に通じていたようだ。最低限、ブリクスト以外を人払いしたあとでなければ、エル・シールケルの話題を切り出すべきではないだろう。
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